おはようございます 2
週1ペースで、更新予定です。
どうぞよろしくお願い致します。
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眠い・・中藤先生の日本史の授業はCDに落として売れば、不眠症の人達の間でベストセラーになると思う。
あーあ・・・昨夜はなんか、よく寝たんだけど、寝た気がしないな・・・
授業の退屈さから逃れようとする葵の思考はいつしか、昨夜の夢のことに及んでいた。
半日たった今も、まだはっきりと思い出せる。あの生々しい感覚こそ時間に薄められはしたものの、見聞きした場面は、かなりの臨場感を伴って脳裏に再生できた。
目覚める直前の、おそらく”自分が死んだ”のであろうシーンを思い出して、葵は思わず自分の胸を押さえた。
夢の中では、何日過ごしたろうか。恐ろしく長い夢だった。
あの少年と、少女(おそらく自分)は、お互いを守りながら旅をしていた。―――でも、あの男の方、なぜか僕にちょっと似てるような・・雰囲気は、かなり違うけど―――
彼らに目的地はなく、ともかく息つける場所を求めて、彷徨っていた。
蒸し暑い、熱帯地方みたいな気候の中をひたすらに、絆の深そうなあの少年と、少女の姿の葵は、もうずいぶんと長い間、寄り添い、支え合って、歩き続けていたようだった。
蘇るずっしりとした疲労感。
なにかに取り付かれたように、狂気の形相で襲いかかってきた、黒い男達。
反撃する少年の、その背後に敵を見つけた自分は、なにかに弾かれるように崩れ落ち・・
痛みを感じる間も無く薄れて行く意識のなかで、自分を覗き込んだ少年が降らす、涙の雨を美しいと思っていた。
――――泣かないで、泣かないで、ミツ・・泣かないで――――
彼が自分を呼ぶ、胸の張り裂けるよう声が、だんだんと遠くなっていく。
ああ、神様・・・あんなにお願いしたのに・・・
「おい、売店いくだろ?」
ウトウトしてる間に、授業が終わってしまったらしい。薫の声でハッとなる。
「ご苦労だな、新田よ。チャイムと同時に登場って、どんだけ片瀬のこと好きなんだよお前」
「那智よ、俺のアオに手を出したら、てめえタダじゃおかねえぞ?」
月に変わってオシオキよ!とでかい図体で気持ちの悪いポーズをとる。変態である。変態なのに――
「新田くん、売店行くの?今日、当番でしょ?昼当番、私がやっておこうか?」
4組の林田由佳里が、さも偶然教室の前を通りかかりました、という呈で、声をかけてきた。
あ、そうだー。おれ当番じゃんー。・・ってさっきも言われてただろうが。
アホである。変態の上にアホなのに――
「サンキュー林田。悪いな。助かる」
軽く手を顔の前で合わせ、薫が笑顔を向けると、林田の顔にさっと赤味が差した。
――さわやか過ぎるアホな変態は、今日も罪深い。
*** そのちょっと前、女子トイレにいた福ちゃんは ***
「あの子、新田君とは別れたんでしょ?なのに、今朝とかも、3組までからみに行ってたよ。超目障りなんですけど」
「うーん・・やっぱり誰でもいいって感じなのかな。噂だけど・・朝場町のホテル街で、夜ウロウロしてるらしいよ・・援交とか、してるんじゃないか・・って。」
「まーじで!?ていうか、メッチャやってそー!それで新田君に告白とか、最低じゃない?病気とかうつったら、どうすんのよねえ」
ええと、これって多分あの人の話題ですよね?今朝もアラタを一瞬で制圧していらした・・。
話してるのは・・4組の女子、か・・?まあ、なんにせよ、聞いてらんないディスりっぷりだな。よし!ここはひとつ、出しゃばってやるか・・とパンツをあげるのももどかしく、個室を出ようとした福田美咲より早く、2人の会話に割って入る声が聞こえた。
「あのさ」
高橋早苗。まさかの本人登場。
「あの界隈で援交やろうなんて、よっぽど頭が悪いか、ブスでないと、思いつかないだろ」
2人の間にずかずかと割って入り、水道で手を洗う。まるで小テストの傾向でも話すような淡々とした口調で話す。
「電車で40分も行けば、立派な都会と繁華街がある。顔も割れないし、相場も高い。誰が好き好んで、先生だって使うかもしれないラブホ街で、援交の相手探して歩くんだよ」
そしてその手をハンカチで拭かず、びしょびしょの指を丸めてのデコピンポーズを、相手の顔面に向ける。
「チョッ・・!」反射的に顔をそむけ、目をつぶる女子2人。
相手の気勢を削ぎ、ニヤリと笑うと、バーカ、と可笑しそうに、アイドルみたいに可愛らしい笑顔を浮かべた。そしてゆうゆうとハンカチを出して手を拭きながら立ち去る早苗を、個室のドアの隙間から見送り、福田は思わず、長いため息を吐いた。すごい気迫と威圧感に、しばし動けなかった。
「あれにかかっちゃ・・アラタなんか、赤ちゃん・・いや、赤ちゃんビスケットだな・・」
* * *
売店からの帰り、葵と高橋、彼らにパンやジュースをおごらされたアラタ、そして那智の4人は渡り廊下横の「イートインコーナー」と彼らが名付けた、幅広で段の大きくて誰も通らない、弁当を広げるのにはうってつけの階段にならんで腰掛け、昼飯を広げていた。
そこに弁当袋を提げた福田が、三つ編み眼鏡の女子と2人でやってきた。
「はい、どいてどいてー」
那智とアラタの足をとんとん叩いてどかせると
「委員長、どうぞ」とにこやかに眼鏡女子を促す。
「福ちゃん、それじゃ私、ヤクザの親分みたいよ」
委員長と呼ばれた眼鏡女子は、困った様な笑顔で、ごめんねー、と那智やアラタの下の段に腰を下ろす。
「委員長、今日も弁当手作り?」と那智
「そう。味見する?」と委員長
「マジで!いいんっすか?」と那智がはしゃぐ
「ダメに決まってんだろ!」と福田が鋭く制する
「いやー、この女子力の差パネエなー」と那智
「あたしのも、手作りだけど?」と高橋
「ですよね!早苗さん、さすがっす!」
那智は本能で強者を嗅ぎ分け、そつなく対応する。
白い目で那智を見つめる早苗と福田。
結局女子の手弁当の試食は叶わず、那智が苛つくとアラタに矛先は向くという、最近のパターンになってきた。
「つうかおまえ、なに林田ちゃんに手なんか振ってんだよ」
「はあ?知らねえよ。俺が俺の手をどうしようが、俺の勝手だろが」
「大体そんなガタイだけでも目障りなのに、やる事まで目障りってどうしてくれんだ」
「だから理不尽極まりねえんだよ!オマエの言ってる事はよ!」
そこに福田が割り込んだ。
「那智の言ってる事は確かに理不尽で変態だけど、ここはなんとなくアラタが謝れ」
「えーなんだよフク。それズルくねえ」
「だろだろ?コイツのやる事、いちいちイラッとくるんだよな。ていうか今のオレのどこらへんが変態だったんだよ」
「那智の場合なんもしなくても、女子を見ただけで変態行為臭いもんな。それ才能?つか林田ちゃん、とか呼んでんじゃないよ、ばかですか?」
葵だけが、この険悪な雰囲気をなんとかしようとオロオロする。
「フクちゃ・・だめだよ、女の子だろ?那智も、フクちゃん一応女子だから・・その辺にしとけよ」
そこに委員長こと小田美鈴が、クスクス笑いながら、険悪な場を一挙に制圧すべく、爆弾を落とした。
「そういえば、今日はうちのクラスに、転校生が来るはずだったんだよね」
とたんに、蜂の巣をつついたように騒ぎが起きる。
「—!ーーええーーーっ!!」
「マジで!?」
「はずって?来るの?来ないの?」
「委員長なんで知ってるのー?すごー!VIPー?」
「女?女?かわいい?」
各々が、とっさに様々な声を上げる。人差し指を口元にあてて、しーっ!しーーっ!と慌てる委員長。
「私も、ちらっとね。職員室で、予告編だけ」
担任に、今日その生徒のお世話を頼まれていたらしい。で、わくわくしてたら、今朝、欠席を告げられたという。
「と、ここまで。あとは個人情報保護の観点からヒミツでー」
「ええええーーー!!ありえなーーーー!!」
「女?女?それだけ教えて、それだけ」
「だまれ、この性犯罪者予備軍が」
「なんだよ、福田、おめーは気になんないのかよ!すげえイケメンかもしんねえんだぜ!?」
「・・・・・・男?女?」と福田と高橋が同時に言うと、顔を見合わせ赤面した。
くすくす可笑しそうに笑っていた委員長だったが、人指し指を可愛らしく唇にあてると小さく下を出した。
「ごめんっ!続きは次回のお楽しみで☆」
大げさにがっくり来る健太郎と福田を見て委員長が、いや、体調不良とかじゃないらしいから、明日はきっと登校するって、とあわてて慰める。
「ほんとに、ほんとに、女子か男子かは分からなかったの。名前はちらっと、見えたんだけど。」
でも・・・と、ちょっと考えて
「・・私の読みだと、おそらく我々と部活仲間になるんじゃないかな」
葵の方を振り返り、いたずらっぽく笑う。どういうこと?と言う顔を返して、葵はきょとんとするしかなかった。
「・・というわけで、めっちゃ可愛い女子だったら、片瀬クンにはいろいろと協力いただくことになりますが」
よろしくな、と那智に結構な力で肩を叩かれた。
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