おはようございます 1
年末年始、忙しくて、あと次話投稿の仕方が分からず、モタモタしていました。
間が空いてしまいましたが、この話しが初投稿です。感想いただければ嬉しいです。
マンションを出て、駅へと向かう。
今年の残暑はやや厳しいとの報道だが、それでも朝は、夏真っ盛りより心なしか日差しも柔らかい。
短い商店街を抜け、駅が視界に入ったところで、後ろから、なんの躊躇もなく、葵の背中に突っ込んでくる気配があった。
「ミラクルスターダスト☆エターナルギャラクシー!!」
頭一つ分高いところから響く声とともに振り下ろされる手刀を、すれすれでかわし、自分の肩に沿わせて受け流す。
「・・!・・なんなんだよ・・朝からそのテンション・・あぶな・・」
はなから誰の仕業か分かっている呈で、葵はぼやいた。
「おお、アオちゃん、朝から動き、キレッキレダネ!」
手刀をかわされ勢いあまって二三歩つんのめりながら、180cmを越える巨体が、おかしな決めポーズでニヤッと笑う。
葵と同じ制服を着ているのだが、それが違うデザインに見えてしまうくらいのガタイだ。
「いやいやいや、ほらね?今サンシャインちゃん、敵に拉致られちゃってるじゃないですか?だからって、スターダストとムーンライトがメインのエピソードがなんと2話連続っていうのは俺得過ぎるなと」
・・だからなんだ。
ていうか、撮り溜めした美少女戦士アニメ鑑賞で夜更かしした翌朝は、必ずその推しキャラの必殺技を葵の背中に本気でキメてくるクセは、もうそろそろ治してもらいたい。
そんなマイペースで、ムダにイケメン&高身長な2次元オタクが、同級生の新田薫であった。
「だから、僕は、その手の話、興味ないし」
朝からいわれのない疲労感を背負う理不尽に苛つきながらも、言い聞かせる様な口調で葵は応える。
「冷てぇなぁ。俺がこの手の話で一緒に盛り上がれるのはお前だけなのに。心の友よ。」
ジャイアンか。いや、その前に誰も一緒には盛り上がってはいない。
―――だが、今朝はコイツがそれほど、ウザくない・・ような?・・これは一体・・?
そんな葵に、遠慮なく肩に腕が回される。頭一つ分の対格差から、絵的には本当にジャイアンとノビタだ。
「つうかぁ、なんでぇ、一人で先に行っちゃうんだよぉ。アオの母ちゃんもぉ、カオルちゃんと一緒にいけばいいのにぃ〜、って言ってたぜぇ?」と口を尖らせてなぜかの萌え口調。
―――いや、大丈夫。やっぱ今朝も十分ウゼエ。
「だってどうせ同じ電車になるんだからさ」
葵はもうため息を隠そうともせずに言った。
「わざわざ6階まで誘いに行くの、ダルいだろ。小学生じゃあるまいし」
2人は同じマンションの4階と6階に住む幼なじみだ。
2人が6才のタイミングで、両家に妹が産まれたものだから、親同士もとても仲の良いママ友になり、以来しょっちゅうお互いの家を行き来してきた。
当然、小学校と中学校は毎朝一緒に通ったが、上から迎えに降りてくるはずの薫を、いつしか葵が下から迎えに上がるようになり、漫画みたいに朝飯をむぐむぐしながら靴を履く薫を、エレベーターをおさえて待ってやったものだ。
そんな世話の焼ける幼なじみが、いつしか自分の背を追い越し、今やその身長差も10cmを越えようとしている。
しかもすっかり女子好みの犬顔イケメンに育ち、中学3年間で10人の女子に告られ、その全てをOKし、弱冠15歳にしてついた異名が10人切りだ。
もっとも薫に告白した女子たちは、もれなく3ヶ月以内に彼をふっているため、聞きかじり中学生たちがつけたその異名で真に意味したいのは「10人の女子が切った男」である。
小学校の卒業式で、初めて告白なるものをされてる薫を見た時は、ヘーすごい、ドラマみたい、と素直に感嘆していた、いろいろ遅咲きな葵だったが、中学で薫が7人目に告られたあたりから、めでたく思春期らしい鬱屈した感情も芽生えてきた。
以来、この犬コロのように自分を慕う幼なじみを、何くれとなく邪険にしている。
改札が近づき、葵がICカードを出すため鞄をゴソゴソやっていると、薫がなおもベタついてくる。
「ていうか、アオ、今日、全クラス英語のワークブック検閲って知ってた?」
「知ってた。しかもやってきた。けど、見せないよ」
「・・なんで俺の言いたい事、すぐわかっちゃうの?アオ、そんなに俺のことが」
「ねえし。つか売店おごれし。」
「よ!葵ちゃん!おはよう!」
そこへ、またもハイテンションな、こんどは長身でナイスバディの女子が現れた。
「おはよ。つか、フクちゃん、声デカイ」
福田美咲は170cmの身長を生かした、脅威の打点を誇るバレー部期待のアタッカーだ。身長差のあまりない葵は、耳の近くで叫ばれる形になって、耳を抑える。
福田は、いやー、わるいわるい!と葵の肩をばしばし叩く。
オヤジ臭い所作とは裏腹なファニーフェイスが、葵の隣の10cm上を見上げる。
「つか、アラタよぉ、高校ではアオイちゃんにイチャつくのはよ、ホント、大概にしてやれよ?」
中学からの友だちは薫を、苗字の新田を読み替えて「アラタ」と呼ぶ。
「君らよぉ、中学のとき、オタ部の女子たちにBL本だされてたって話、知ってたかい?」
「・・・・マジか?」
葵が青ざめ、薫がなにそれ美味しい、みたいな顔をした。
小学生のころから、女みたい、とからかわれることは多々あった。そのたび葵の心に湧くのは、怒りよりも、なんで?という疑問だった。
一重だし、天パだし、メガネだし。エロへの興味も一般的青少年並みにはあるのに。
名前のせい・・?だったら、こいつなんか薫だし・・
女子もうらやむ、なめらかな肌や長い首、整えたような眉ときれいにそろった長めの睫毛——そういった、細かいディティールが織りなす何かを、小学生の男子に表現させれば「オンナみてえ」がせいぜいだったのだろう。
そして、今、思春期真っ盛りにも関わらず、残念なほど自分の見た目に無頓着なのが片瀬葵だった。
「とりあえず、髪切るか。そろそろ、女子より長くなっちまうぞー」
福田が自分のショートボブのサラサラヘアを一筋指でつまむ。
妹の弥生に「耳かきの後ろについてるやつヘア」と称され、それが母親に窒息するほどウケていたことを思い出すと、この頭はなんとかしないといけないのかもしれない、と葵も思う。だが・・
「うーん・・・なんか、美容院て苦手なんだよな・・・」
天然パーマで猫っ毛で、ややコミュ障の人間にとって、美容院はストレスだ。
―—お前みたいに、髪質が素直な上に社交家で入学したとたん先輩彼氏が出来てるリア充には、分からない事情だろうがな・・―—
自身の見た目には無頓着なくせに、いっぱしの思春期男子らしく、正しくリア充を憎む葵であった。
「いいじゃん、このふわふわ、癒しじゃね?タンポポ的な。」
言ってるそばからアラタが葵の髪をいじって、福田に、だからそういうのヤめれ、と手を叩かれる。
ホームに滑り込んだ急行列車の起こす風が、サラサラ、ふわふわ、つくつくの、三人の髪を、等しくまきあげていく。
「やべえ!アオの髪が飛ぶ!」
「飛ぶか!」
そんなわさわさしたやり取りの中で、朝からしつこく葵につきまとっていた妙な感覚も違和感も、いつしか頭の外に追いやられていた。
* *
教室につくと、同じ3組の那智健太郎が葵の席によってくる。
「おう、なんだまた今朝もゾロゾロ連れて」
4組のアラタと福田も、なぜか自分の教室に直行しない。葵の机がなんとなくたまり場になる。
ワーク貸してもらうの♡とアラタ。私は葵ちゃんとの時間を大事にしてんの♡と福田。
「なんだよ、おまえら気持ちわりい。もう、3人で付き合っちゃえよ」と那智が細い目を更に訝しげに細めると、・・・勘弁してくれよ・・と、葵がなんとなく切実なトーンでつぶやいた。
「はぁ・・ほんと、高校生活には、フツウに期待してるんで。ほんと、お願いします・・」
鞄の中のワークブックを探しながら、誰ともなしにぼやく。
「ばかだな、俺がついてんじゃねえか」那智が笑顔で、ガッと肩を組んでくる「とりあえず、散髪行ってこい。話しはそれからだ」
どいつもこいつも髪切れ髪切れ、って。そこかよ。そんな単純な話なのかよ。
実際、五分刈りの那智に浮いた話はない。
「ていうか、福田と付き合えばいいじゃん。こんだけ追っかけられてんだから」
「えー。付き合っちゃったら、追っかけられないじゃん。つか大きなお世話なんだよ、那智のくせに」と福田が那智に噛み付く。
「ノビタかよ。つか、よくわかんねえなぁ」と口を尖らす那智
「フクはあれだから。アオフェチ。一種の変態だから」と薫
「変態とか、お前に超絶言われたくねえわ。」と青筋を立てる福田
「つか、福田、彼氏出来たんだろ?ここはリア充の来るとこじゃねえぞ。」
全くである。ありがとう健太郎。
「それはそれ、これはこれ。女子には別腹という臓器があるんだよ。」
何だそりゃ。僕はスイーツか。つうか自分を女子とか言う口調じゃないだろ。
葵は、鞄から英語の課題を取り出すと、薫に渡してやる。
しかし、薫がうやうやしく受取ったワークブックが、後ろから何者かに、さっと奪われた。
さすがに薫もムッとして振り向くと、そこには5組の高橋早苗が「ああん?」みたいな顔をして、座った薫をわずかに見下ろして、立っていた。
薫は、とりあえず不服そうな表情こそ浮かべてみたものの、およそ20秒ほどの睨み合いであっけなく制圧されていた。自分より頭一つ半は小柄で、アイドルみたいな顔した女子に。変態な上に、ヘタレである。
しかしながら高橋早苗は、入学して2日目にして薫に告白し、その5日後に切って捨てたという伝説を持つ猛者だ。どうやら彼女にとって薫は「手に取ってみたら彼氏より子分の方がしっくりきた」というところらしい。
はあ・・。なんだか、こんな薫と早苗のイジメの現場的なやり取りにすら~~はいはい、別れても仲良くて、よござんしたね~~と嫌みの一つも言いたくなる。そんな自分のささくれた気持ちに気付き、葵から本日何度目かのため息が漏れた。
そこに、4組の女子たちが
「あ、新田くーん、もうすぐ始業だよー。今日当番でしょお?」
なんて、ちょっとはにかんだ笑顔で声をかけていく。
「お、そうだった。サンキューな。」と、やたら爽やかな笑顔で応対する2次元少女オタク。しかもロリコンの変態のくせに・・。って待て・・薫はリア充じゃないぞ。敵じゃない!などと、葵が自分を諌めていると
「なんかとりあえずむかつくな、アラタ」
とナイスタイミングなコメントが健太郎から送球された。グッジョブ、ナッチ。さすが野球部。
「は?んでだよ」
「お前が女と口きいてんの見ると、なんかイラっとすんだよ」
「はあ?無茶言うなし!」
「つか、お前はこのくらいの理不尽そろそろ慣れろし!」
「あ、大丈夫。こいつリア充じゃないから。」と葵が冷たく言い放つ「今も、そしてこれからも。」
「ひでぇなぁ・・・なんだよ、アオ、生理か?」
「・・・マジで殺すか?・・・」黒いオーラをまとった葵から殺気がわき上がる。
「葵ちゃん、こわっ!」福田がむしろ嬉しそうに言う「でもステキ!殺っちゃって下さい♡」
「そうそう!葵ちゃん、その顔デスヨ!その格闘家面で落とせば女は落ちるデス!」
那智が外人コーチ風に両手を広げる。
その後ろに隠れて、うんうん、男前!と薫が頷く。
「・・え、マジで?」
そんな自分を思わずガラスに映して確認しようとする葵に、・・カ、カワイ・・と福田美咲が密かに悶絶する。
―――あ、そういえば。
葵は思い出した。夢で、視界一杯に広がる、少年の泣き顔。自分にちょっと似てるけど、もっと凛々しい感じの。で、その瞳に映る少女。繊細で端正な顔立ちの、好みのタイプ・・・あれ、ていうか、そのシチュエーションだと、あの女の子が、僕ってことか?―――
始業のチャイムで、薫と福田がやっと自分の教室へ赴く。
ほんと、葵ちゃんとおかしな仲間たちだよな、と那智がつぶやき、葵の席の斜め後ろに座る。
那智健太郎は、葵の高校での友達第一号だ。弱冠暑苦しい性格だが、いい奴だ。
小学校の頃からリトルリーグでならした野球少年だが、”進学校の弱小野球部を華麗にひっぱって甲子園につれていく”というやたら演出過多な夢を引っさげてここ渚南高校の入部したものの、文武両道を重んじる渚高野球部は意外に弱くなく、現在、部を引っ張るどころかレギュラーの座も危うい気配に焦っている。
そんな残念な性格にも、葵はなんとなく安心感を覚える。
「つうかさ、福田も高橋も、黙ってりゃレベル高いわけよ。でも中身があれじゃん。オッサンじゃん。それもヤクザまがいな。あれな、いわゆる残念女子な。顔とかおいといて、総合的女子力の高さじゃ、ランク外な。女子力っていやぁ俺のオススメは断然4組の林田とかー・・・」
ナチケンの1日は、女子を語って始まり、終わる。彼も大概、中身も外身も女好きのオッサンという、残念男子高生である。
那智は、葵にはめずらしく、福田や薫が絡まずできた友だちだ。
ほんのり人見知りで、ややコミュ障の葵の交友関係は広いとは言えない。だが意外に友だちは多い。しかし、その殆どは社交家の福田の繋がり、つまり女子友であった。
「それは片瀬よ、めっちゃくちゃ美味しいじゃねえかよ!」と那智は露骨にうらやましがった。
しかしながら、彼女らが葵に抱くのは、いつも哀しいくらい、真摯に友情であった。
話題は大抵恋愛相談で、目当ては7割が葵が知りもしない男子で、3割が薫だった。
――最初は相談相手だった彼を、気がついたら、好きになってた――
少女漫画では割とあるパターンなのに、なぜか葵にそれが適用されたことは一度もない。そして、結局、ヒロインの告白を応援する友人A/B的な役回りをするハメになる。
そんな中学生活も、当時はそれなりに楽しかった。
別の男との恋愛相談であろうが、友人の真剣な悩みには変わりない。なんとか応えてやりたいと、葵は思う。
相手の想いや感じ方に、葵は並外れて敏感だった。小さな頃から、呼吸をするように、相手の心中を汲み取って行動してきたので、それが特別に人並みはずれていると意識したことはない。
そして現在男子16歳にして弱冠遅めの思春期ど真ん中。漠然とした報われない感も、いいかげん深刻なものになってきた。やはり、高校生活で出会う女子とは、もうちょっと違った展開を期待したい。
つまり、彼女が欲しい。
そして、那智はいつのまにか、そんな葵の恋愛戦略室長のポストに収まっていた。
「ともかくさ、片瀬は女子のネットワークを使えるって利点があるだろ。これだけで、すでにかなり有利な立ち位置にいるといえるんだよ。」
那智はなぜかビジネスマンのプレゼン口調になる。
「福田は女子にも人気あるし、協力してもらおう。4組の林田とか鈴木とか、福田ほどじゃないけど胸もあるし、そこそこ可愛いし、趣味がお菓子作りとか、女子力高えし、俺ランク高いぜ?どうよ?」
と熱心に戦略を練る。この熱意と情報管理能力を勉学につぎ込めれば、学年一位も夢ではないだろう。
葵をダシに、半分くらいは本人が楽しんでいるのだろうが、自分の為にアレコレ考えてくれる那智を、葵は素直にありがたいと思う。
「健太郎、ありがとな・・・お前、なんだかんだいい奴だよな」
まあ、4組の林田も鈴木も、最近カオの周りを意味ありげにウロチョロしてるから、あと数週間以内にヤツに告るんだろうけど。
「なにを今更。あ、抱かれてもいいとか、そうゆうの、やめてね?」
「・・・・死ぬか?・・・」
「いいね!葵ちゃん!それよ、その戦闘モードに女子はグッと・・・」
気がつけば、先生が引きつった顔で2人を見下ろしていた。