EP001 Encounter
初めての投稿作品です。ラノベを読んでて何か書きたいなぁと思って書きました。まだ第一章ですが、構想としては五十章ぐらいになっちゃいそうです。怖い。あまり国語力に自信がないので、ポッと出にすら及ばないかも知れませんが、温かい目で読んでやって下さい。
*2015/07/31 改稿
2015年4月8日。
『Fuso Air 390, line up and wait runway 34L.(フソウ・ジャパン航空390便、滑走路34Lに進入し待機)』
『Roger, Fuso Air 390.(フソウ・ジャパン航空390便、了解)』
北風が少し冷たいこの日、俺は高校に入学する。
『Wind check?(風向風速は?)』
『Wind 320 at 12.(320度から12ノット)』
『Thank you.(ありがとう)』
そんな御めでたい日の朝、入学式の始まる前、俺は天空橋駅の近くで見つめてるのは、羽田空港のほう。
『Tokyo Tower, Starmark 54, on your frequency.(東京タワー、こちらスターマーク54便、周波数調節完了)』
『Starmark 54, Tokyo Tower, runway 34L, continue approach, wind 340 at 13. You are No.2.(スターマーク54便、こちら東京タワー、滑走路34Lにそのまま着陸侵入。風向風速340度から13ノット。前方に着陸機一機。)』
『Continue approach, Starmark 54.(スターマーク54便、着陸進入了解)』
羽田空港では、一日のたったこの時間帯だけ、ある特殊な出来事が起きる。
『Fuso Air 390, cleared for take-off.(フソウ・ジャパン航空390便、離陸許可)』
来た。
『Cleared for take-off, Fuso Air 390.(フソウ・ジャパン航空390便、離陸)』
出来事といっても、飛行機の胴体で光が乱反射して神秘的な光景になるとか言うリア充がわんさか来そうなそれではない。その出来事は、飛行機オタクにしかその特異性の分別がつかないのだ。
そんな中、エンジン音がだんだんと大きくなっていく。そしてフェンスの向こうから飛行機が浮き上がる。
「キ、キターーーーーーーーーーー!!!!!!!」
興奮を抑えきれずに叫び出す。
「オヒョォア!!!」
目の前の少し霞みの入った青空を、B787-8が駆けていく。
『Fuso Air, contact Tokyo Departure.(フソウ・ジャパン航空390便、東京ディパーチャーに周波数調節)』
『Contact Tokyo Departure, good day.(東京ディパーチャーに周波数調節、良い日を)』
『Good day.(良い日を)』
嗚呼、素晴らしい!いつ見ても、このHummingbird Departureは素晴らしい。
・・・・・・ちょっと待て、今「ここに感動する要素があんだよ」って何言ったか?・・・・・・てめぇのHUDは汚れてんのか!?Hummingbird Departure、8時ちょっきりから半までしか見れないんだぞ!こんな貴重な機会を無駄にしやがって・・・・・・!
・・・・・・ごめん、そうだよな。意味分かんないよな。妹にも言われた。
はぁ、学校行こう。
俺は耳にしていたイヤホンをとって無線レシーバーに巻きつける。
あぁ、は無線レシーバって言って、空を飛び交っている航空無線をキャッチして聞くことができる。さっきの英語がそう。大丈夫、航空無線を妨害したり、録音して無断で使ったりしない限り。英語リスニングのいい勉強になるから、みんなもやろう!・・・・・・と言っても、管制の英語は呪文みたいなものだから、日常会話にはあまり効果ないけどな。
さっき「天空橋駅の近くで」、と言ったけど、俺の入学する学校は勿論この近辺。その名も、「私立天空橋高校」。あまりにどストレートすぎてネーミングセンスの無さが垣間見えて笑えて来るけど、気にしないであげて欲しい。
俺がこんな焼けた軽油の臭いで充満しているところの高校に入学する理由はだた一つ、言わずもがなだけど、
「飛行機が大すっっっっっっきだからだぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!」
・・・・・・・・・・・・はぁ、はぁ・・・・・・ふぅ。
「はっ!」
しまった、つい口にしてしまった・・・・・・ヤバイな、同じ制服を着た人にめっちゃ睨まれてる。これは弁解できない。
飛行機オタクとしては、四六時中いつでも飛行機を眺めて居たいもの。だからこの学校は、俺にとってエンジン音、軽油の焼けた臭いで空気が満たされていても、ユートピアなのだ。いや、むしろ音も臭いも俺にとってはユートピアをユートピアたらしめている要素の一つになっている。
天空橋駅から、駅名となった天空橋を渡り、海老取川沿いを北に歩いて、環八を横断。さらにまた少し川沿いを歩く。
すると、非常につまらない造りの校舎が見えてくる。くすんだ白の壁に縦横に規則正しく張ってある窓、元々は薄い緑色で今は錆びきった屋上のフェンス。「何がつまらないのか説明しろ」と言い寄ってきた人も、口をあんぐりしてしまうほどのつまらなさ。こんなの、公立の小学校って言っても、疑う人はいないだろう。付け加えておくが、私立だ。
今日入学する「ぴかぴかのいちねんせい」の俺は、新調した学校指定の学ランに、バッグは赤・桃・白の三色で彩られたメッセンジャーバッグタイプ。靴は白いスニーカー。髪は新入生らしく、特に手を加えていない黒の短髪。
改めて身なりを説明すると、校舎の佇まい並みに平凡だな俺。特に高校生デビューしたいとか、そういった欲望を一切持ち合わせていなかったからこんな感じになってしまっただけなんだが。
なんてったって俺は高校生活のすべてを飛行機に捧げたい。必要最低限の勉強をして、青春は、まあ出来ればしてみたいって気持ちはあるけど、どうせこんな平々凡々としたヤツが出来るわけがないからほとんど期待しちゃいない。飛行機最高。
『平成二十七年度 入学式 天空橋高校』
正門の脇にはこのように書かれた看板が据えてあって、多くの親子が記念撮影をしている。けど、俺は撮らない。というより撮れない。親は共働きだし、俺は朝早めに行ってさっきの「特異な現象」を見たかったし。・・・・・・「特異な現象じゃねぇだろ」とか言わないでくれよ。
この地味で平凡な門を通り抜けて、下駄箱のある玄関に向かう。着くと靴を脱いで、新品の学年色(俺たちは赤)で線が入った上履きを鞄から取り出して、床にポンと置く。いいねぇ、赤。なんてったって、俺の大好きなフソウ・ジャパン航空のコーポレートカラーだし。
下足を下駄箱に放り込んで、指を靴べら代わりにして上履きを履き、トントンと軽快に床を鳴らして履き心地を整える。そして、来た方向から見て左に曲がって廊下に入って、多くの真新しい学ランやセーラー服に身を包んだ同級生たちと共に、入学式の行われる体育館へと向かう。緊張?いや、特にしてないなあ。前で立って話すこともないし。むしろ、早く学校終わって飛行機見に行きたい。嗚呼、飛行機。
** *
入学式が終わり、各々(おのおの)のクラス教室に散らばった。他の生徒は近くの人と談笑しているのに対し、俺は教室の窓からぼんやりランウェイ04/22を眺めている。うーん、やっぱ北風運用だと使わないよなあ・・・・・・おっ、海保のガルフ!でもカメラないしなぁ、撮れないや。なんでこういうときに限って持ってきてないんだよ。
「Hey Hotaru, Wazzap?」
完璧な発音。声だけ聞けば誰だってアメリカンだと思うはずだ。しかし、目鼻立ちは一般的なジャパニーズ。体躯はガチムチで日本人ばなれしているのだが。
その人物は鶴飼摩周。アメリカで生まれ育った帰国子女、というより「来日」子女。野球が得意で、日本の野球を体感すべく日本に来たらしい。さっきも言ったようにがっしりしていて、学ランを着ていてもそのゴツさは良く分かる。身長も俺より15センチぐらい高い。
なんで俺が入学式を終えたばかりだと言うのに、このマットのことについてよく知ってるかって?まあ、実は二週間前ぐらいに新入生召集って言う教科書を買ったりする時があって、そんでいろいろと話してたら仲良くなっちまってね。ちなみに「マット」は床に敷くあれじゃなく、摩周君のあだ名。アメリカで名前をMatthewと名乗っていたから、短縮形のMattと呼ばれるようになったらしい。
* * *
今日は新入生招集日。俺は受付で手続きを済ませて剣道場に向かっているところだ。受付の人によると、剣道場でこれからの学校生活とか、その後の教科書販売とかの説明を受けるんだと。
いくぞーショート!
えーい!
カキーーーン!!!
右手に見えるグラウンドで野球部が練習している。春休みなのに、精が出ますなあ。
「・・・・・・野球か。」
中学で3年間ずっとやっていたはいたけど、全然伸びなかったんだよな。ホント、晒しもんだったな。打ってはピッチャーゴロ。守ってはトンネル。走っては挟まれてタッチアウト。よく監督に叱られ・・・・・・を通り過ぎて飽きられてたな。
でも、もうそんな陰鬱な日常からオサラバ!高校からは飛行機生活、略して飛活だ!
「アノー」
・・・・・・略し方が微妙だな。空活?いや、それだと空虚っぽさが滲み出る。まあ要するに飛行機オタする。
「アノー」
その為に、飛行機のエンジン音が鳴り響くこの学校に入学したんだ。それ以上でも、それ以下でもない。
「Umm, Excuse me?」
ん?今誰か俺の肩叩いた?気のせ―――
「―――ぬわぁ!」
なんだなんだこの黒い壁!?どこか―――
「―――Bグミノヒトデスカ?」
「ひゃっ!?」
壁が喋った!?何が起きてんだ!?
「・・・・・・ダイジョウブ?」
・・・・・・って、なんだ。ただの学ラン着た人か。びっくりしたなぁ。
「え、え~っと・・・・・・」
ダメだ、コミュ障発動しちまった。応答が・・・・・・
「あ、え・・・・・・」
どうにかして何か言わないと!・・・・・・でも何を言えば・・・・・・
「エ~ット、アナタハ、バカ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
「ちょ、ちょっと!?」
初対面の人にそれ言うか!?いや、確かに俺は偏差値がイマイチなこの学校にしか入れなかったけど、さすがそれは無いんじゃないか!?
「Jokeダヨ。」
「だっ、だよね!」
びっくりしたよ、いきなりバカ呼ばわりされてさ。にしても、なんか気分が和らいだな。もしかして、これを狙ってさっきのジョークを・・・・・・?
「デ、ドウナノ?」
ん?何のことだ?
「・・・・・・モシカシテ、ホントニバカ?」
「違うって!」
いや、完全に違くはないけどさ。
「Jokeダッテ。」
またですか、そうですか。
「サッキ、『Bグミノヒトデスカ』ッテキイタケド、キイテナカッタ?」
ああ、なんかそんなこと言っていたようななかったような。言っていたとしても、ビックリしすぎて聞けてないと思うがな。
「あっ、あぁそういうことね。一応そういうことになってるけど」
よし、落ち着いて言えたぞ。
「ヨカッタ。オレモBグミ。」
「あ、そうなの?」
「オレノナマエハ、Tsurukai Matthew。ヨロシク。」
「ヨロシク」のタイミングでそのツルカイ君は右手を出してくる。
握手?いや、それ以外に無いだろうけど。でも、普通さ高校生同士で握手しないよな。野球で試合後に互いの健闘を称える為にならやるだろうけど、それ以外では見たこと無いぞ。
まあ手を差し出すべきなのは百も承知なんだけど、痛そうなんだよ。体格はさっき黒い壁に見紛うぐらいだし。しかも、日本語のイントネーションが外国人観光客のそれだ。この2つの要素だけで痛そう指数5割増よ。
「い、伊丹穂垂です・・・・・・」
俺はゆっくり右手を差し出して握る。実際やってみると、なんと言うか圧迫感が心地良い。
「よ、よろしく。え~っと・・・・・・ツルカイ君。」
「Mattデイイヨ~!オレモHotaruッテヨブカラ。」
「っ!」
今驚いたのは下の名前で呼ばれたからじゃなく、「Mattデイイヨ~!」の時に思いっきり肩を叩かれたからで。・・・・・・いててて、いまのはさすがにこたえた。
廊下のど真ん中で握手していたら、当然女子だけでなく男子も「何事だ?」という奇異の視線を遣して脇を通っていく訳で。しかし、マットはそんなことは気にも留めずにへらへらしている。
「そ、そろそろ行こうか、剣道場?」
「ソウダネ。」
** *
その後、説明が始まるまでの待ち時間があって、俺らはお互い自分のことについて語り合った。自分の卒業した学校、入っていた部活、高校で何をしたいか、エトセトラ。部活は(マットはクラブチームだったが)どっちも同じ野球だったから、野球について話が弾んだ。好きな野球チームや選手、ポジションはどこだった、などなど。まぁ、向こうはアメリカの野球チームが話の中心だったし、ポジションもベンチの俺から程遠い四番ピッチャーだったことから、物凄く弾んだ訳でもなかったが。
兎にも角にも、そんなことがあって、俺はマットのことを知った。
・・・・・・はあ、そうだよな。さっきのコミュ障気になったよな。
実はな、こうやって心の声で説明している時は普通でむしろ饒舌なのだが、いざ人と喋ろうとなると急に呂律が回らなくなるというか。何でだろうなあ・・・・・・
「Hello, Mr. Itami?」
「うおっと、ご、ごめんマット。ボーっとしてた。」
数日前に一度話したからか、マットに対して大分コミュ障を発動することはなくなった。
「ど、どうしたの?」
これはひとえにマットのお蔭だな。ガッチガチになっていた俺をマットは冗談で解かしてくれた。
「Question、シテモイイ?」
「え?・・・・・・まあ、いいけど。」
前話したときもかなり自分に質問してきた。多くはコミュ障の自分の話題を引き出してくれたありがたい質問だったが、部分的に変なこと、特に根本的なことを聞いてきた。俺はそれに上手く答えられなかった。今回もその手だと考えられる。
「・・・・・・ナンデ、『ニュウガクシキ』ヤルノ?」
「ひぇ?」
こんな感じだ。マットは日本の文化に慣れてないわけであるから、当たり前といえば当たり前だ。しかし、その度に俺はつい変な声が出てしまう。
「・・・・・・アメリカではやらないの?」
「ヤッタコトナイネ。」
そうか、世界を見渡して入学式という概念があるのは日本ぐらいなのかも知れないな。どの道、今の俺には「何故入学式をやるのか?」ということについての答えなんて持ち合わせていない。
「・・・・・・う~んそうだなぁ。」
だから、俺は頭の中に思い立った単語を口にする。
「『通過儀礼』って、言えばいいのかな?」
「ツウカギレイ?」
マットは電子辞書を開く。そう、俺はそれを狙っていたのだ。マットは生まれてこのかた15年、ずっとアメリカに住んでいたのだ。だから、中学生ぐらいの日本語は難しい。
「T,S,U,U,K,A,G,I,R,E,I……」
そのお蔭で答えを捻り出す時間がつくれる。
「Oh, “initiation.”」
いにしえーしょんが何なのかよく分からないが、まあそういうことなのだろう。
「だ、だから、なんてのかなぁ。その、『これから高校生なんだぞ』っていう気持ちになれるからってことなんだと思うよ、入学式をやる意味ってのは。」
「I see.」
どうやら分かってくれたらしい。
そういや、アメリカでも卒業式みたいなヤツでプロムってあったよな。それもある意味、子どもから大人になる『通過儀礼』のようなものだと思うのだが。あ、始めからそう説明すれば良かったな。
すると、誰かがガラガラと引き戸をスライドさせる。
「ほ~い、みんなちゃくせぇ~き!」
妙に陽気に入ってきた小太りのおっちゃんは、俺のクラスの担任である細川先生。名前と身体が一致していない、とか全く持って思っていない。全然だ。
「じゃ、じゃあ、僕戻るね。」
俺はマットに一言置いて、窓側から廊下側にある自分の席に戻る。
「・・・・・・ん、みんな席に着いたかな?よし、じゃこれから1‐Bにとって初めてのホームルームを始めま~す。」
新入生召集とか入学式の時で知っていたはいたけど、かなりハイテンションなんだよな、ベテランの先生にしては。
「んじゃ、最初に先生の自己紹介からして行こうかな。」
嗚呼、自己紹介か・・・・・・参ったな。いや、別に先生の自己紹介聞きたくないとか、そういうことじゃなくてだな。これが終わると必ず生徒たちにも自己紹介をやらされるっていうのがテンプレだろ?しかも俺の名前は伊丹。故に今年度の出席番号は3番。よって出席番号順で行くとなるとすぐに順番が周ってくる。そして毎回思う。番号が後ろの奴、○ねば良いのに。
先生の自己紹介の要約。先生の担当教科は世界史。私立高校の教員にしては珍しく、青森や金沢、福岡などの数多くの私立高校を転々とした後、この天空橋高校に漂着。あと三年で定年らしい。・・・・・・なんで、青森?いや、空港2つあるから嫌いじゃないが。
「先生が終わったから今度はみんなにもやってもらおうかな。」
さあ来たぞ、本当のコミュ障の底力見せてやる。
・・・・・・ただあたふたするだけじゃんとか言わないでくれよ。
「では、出席番号順に―――」
やはりか。
「―――と言いたいところなんだけど~、いつもこうだとさ、一桁の人可哀想じゃない?」
・・・・・・お?
クラスメイトもざわつき始める。
「だから、32番から行こうと思う!」
苗字の神様(?)はまだ俺を見捨てていなかった!
窓側から「えぇ~」「嘘だろ~?」「マジかよ・・・・・・」と嘆く声が聞こえる。フッフッフ、ざまぁみやがれ。毎年序盤に黒板の前に立つ苦しみを思い知れ!
(もし「32番」に引っかかった人に伝言。この学校元から毎年の倍率が1.2倍とかで受験する人が少ないにも拘らず、私立特有の「滑り止め」にする人が一定数いる所為で、最終的な入学者がとことん少ないというのが現状。よって学年で5クラス体勢でも、1クラス30人強になっているのだ。)
32番から数字をどんどん減らして行って、次は22番。マットの番だ。
マットは落ち着いた足取りで教卓に向かう。しっかし、座って見てると余計高く見えるな。まあ当たり前なんだが。そんなわけで俺のみならず、他のクラスメイトもその高さに唖然としている。
「エ~、コニチハ。オレノナマエハTsurukai Matthewデス。コノマエマデ、ウマレテカラズットStatesニイマシタ。Baseballダイスキデ、Baseball Clubニハイロウッテオモッテマス。ニホンゴ、トクイジャナイケドガンバリマス。」
相変わらずのカタコトではあったけど、身振り手振りで頑張って自己紹介した感がみんなにひしひしと伝わったからか、そこここから拍手や声援、指笛などが飛び交っている。
いやぁ、堂々としていて素晴らしいですなぁ。・・・・・・俺にはどの道できやしない。
「よし、次~21番~」
とうとう4番が終わってしまった。知らなかった、最後のほうになるとこんなに緊張するとは・・・・・・
「3番~」
「んひっ!?」
クラスのみんながクスクスと笑う。はぁ、頭と口が逆ならこんなんじゃなかった筈だ。
え~っとなんだっけ?あれ、さっきまで喋ること考えておいたんだけど全然思い出せない・・・・・・困った、本当に困った!教卓に足を踏み出すごとに頭が響いてくるは、腹が急に痛くなるは、どうにかしないと。
・・・・・・嗚呼、ついに立ってしまった!歩いている途中に思い出せると思ったんだけど、全然だ。しかも、対峙した途端に顎がチョークで止められたように動かない!あ、チョークというのは駐機している飛行機のノーズギア、要するに前輪に置いて動かなくさせるというもので、ってそんなこと言ってられねえ!何か言わねえと・・・・・・
「え、えぇ~っと、その、あ、い、伊丹、伊丹穂垂、です。」
うわっ、舌がすごく重い・・・・・・
「趣味は、えぇっと、飛行機、を見ることです。よ、よろしくお願いします!」
・・・・・・拍手がすっごい遠いところから聞こえる気が。はぁ、全然喋ってない。今思って見れば、中学どこ出身だだの、何部に入っていたのかだの、もっと喋ることあった筈なのによ。こんなんじゃ日本語が得意じゃないマットのほうが全然良かったよ。情けない。
あ、そういや何回も俺の名前出てきていたのに自己紹介するの忘れていたな。
俺の名前は、皆さんご存知伊丹穂垂。誕生日は10月11日。血液型はO型。大田区立東糀谷中学校出身。中学のときの部活は野球部で、高校では多分どこにも入らないと思う。
なんでこれをクラスの前で出来なかったんだよ・・・・・・
1番の相川さんまで周ると、先生が教卓に立った。すると、
「はい、注目注目!んじゃ、次は委員会・係決めの説明をするよ~!」
と相変わらずのテンションで言う。
委員会は、クラスをまとめるホームルーム委員、体調不良者を保健室に連れて行ったりする保健委員、図書の貸出とかを担当する図書委員など。係は、各教科の提出物を集めたりする○○(教科名)係、黒板を休み時間に綺麗にする黒板係、号令をかける号令係など。
中でも気になるのが旅行委員。どうやら、学年で纏まってどこかに行く時に活躍する「係」(「委員会」ではない)らしい。おっ、ということは来年の三月に沖縄に行くらしい修学旅行で(飛行機関連で)大活躍できるチャンスではないか!よし、これだ。
「んじゃ、黒板係決まったから、次のりょ―――」
「―――はい!」
「・・・・・・」
「オレモ。」
「私も行っちゃおっかな~」
うあ~、結構居るなぁ。
「おお!四人も出てきて素晴らしいなぁ!よし、だったら正々堂々ジャンケンだ!」
うっ、これまた参ったなぁ。俺じゃんけん弱いんだよ。小学校のとき学校のレクリエーションでジャンケン大会なるものがあってさ。それでビリケツになったら、クラスの男子に「ホタル、じゃんけん弱すぎ~」と馬鹿にされた経験があって・・・・・・うあっ、頭が。こんなやつに勝ち目なんてある訳ないでしょう。
だが、ここでは勝ちたい。ここにしか俺の活躍の場(存在意義)はないからな。
対抗馬は出席番号15・新鍋千歳さん、同22・マットこと鶴飼摩周、同26・府内和子さん。枠は二名。ジャンケンは一本勝負。
「よ~し。いいかい?後出しは失格だからね。」
先生がこの場を取り仕切る。
「・・・・・・行くぞ!」
「「「最初はグー、ジャンケン―――」」」
「アノー・・・・・」
俺は大きく振り上げて放ったチョキを空振りした。急に止めないでくれよ、マット。
「どうしたんだい、鶴飼君。」
「オレ、ニホンノ『ジャンケン』ワカリマセン。」
・・・・・・そこからか!
そういえば、昔中学で英語圏ではジャンケンをロック・ペーパー・シザースと言うんだって習った覚えあるな。
俺がマットに日本式ジャンケンを伝授して、先生が仕切りなおす。
「よし、今度はいいね?・・・・・・行くぞ!」
「「「「最初はグー、ジャンケンポン!」」」」
グー、パー、パー、チョキ。あいこだ。
「「「「あいこでしょ!」」」」
グー、チョキ、グー、パー。またあいこ。
「「「「あいこでしょ!」」」」
パー、グー、パー、グー。どうやら決着がついたみたいだ。・・・・・・おっ?
「よっしゃ~!」
勝った!勝ったぞ!よしっ!いやあ、久しぶりに勝ったな。
マットもすごく喜んでるのだが、何言ってんのかさっぱり分からない。いぇす、うぃ、なんとかと言っていた。canじゃなさそう。
「・・・・・・チッ」
新鍋さんは、舌打ち。怖い。無口な人が舌打ちするとここまで怖いんだな。にしても、この人西洋風の顔立ちしてるよな。色白で、赤髪。ハーフなのかな?
「・・・・・・何?」
「あ、いえ・・・・・・」
少し見てただけなのに。物凄い剣幕で突っぱねられる。本気で怖いから止めてくれよ・・・・・・
「あ~負けたわ~」
府内さんはかなり楽観的な模様。周りが「弱ぁ~」と囃し立てると、「うっさいわ!」と笑いの含んだ声で一蹴する。それだけなのに笑い渦が。凄い、俺には一生掛かってもこんな真似できないな。
まあ、これにて無事旅行委員が決まった訳で―――
「―――ヤッタナ、ホタル!イッショダナ!」
「ぐふぉっ!?ま、マット!?」
どっから湧いた!?キツい、かなり強く抱きつかれて・・・・・・
「は、離し・・・・・・」
ダメだ、振りほどけない・・・・・・出会ったときの握手とは比べ物にならない圧迫感。ホントに圧死しそうだ・・・・・・
「ナニイッテンダヨ!」
いや、これが欧米スタイルだからマットは気にしてないんだろうけどさ、この日本には「少しずれた人種」がおりまし―――
「―――ブフォアッ!」
「ワコっち!?」
倒れたのは・・・・・・府内さん?
ええっ、この人が「少しずれた人種」だったのか!?髪を茶色く染めてたのといい、アクセサリーも煌びやかなものを身に纏っていたのといい、所謂最近のJK感満載だったから、全然そうは見えなかったのだが。
マットは今は体から離れて、肩に手を置いている。おい、そんなすっとんきょな顔すんなよ。確かにマットは腐女子文化を始めとした日本の文化を全然知らないけどさ、簡単に言えば君が原因なんだからな。
「ホ、ホモォ!」
「ワコっち落ち着いて!」
「さっき決めた保健委員、出番だ!」
いや先生、鼻血の止血するだけならまだしも、こいつら腐女子を健常者がどうこうすることは不可能なのですよ。熱が冷めるまで待つしかないのです。
何で知っているような口で言ってるかって?まぁそれについては追々。
「と、取りあえずさ、肩から手外してよ。」
「ドウシテサ?コノウレシサ、コレダケジャオサマラナイネ!」
むぎゅっ
「ぶわっはぁっ!!!」
「ワコっち~~~!!!」
* * *
先生の「解散!」の合図で、クラスのみんなはダラダラ帰り支度を始めた。
コミュ力の高い方々はもうグループを作って颯爽とクラスを後にしていく。一方、俺みたいなコミュ力の低い人は、俺をソースにすると、窓から飛行機でも見ながら時間を潰してから帰る。ウェイウェイしているグループに寄り添って帰ると、今日起きたことで弄られたり、自分のコミュ力の無さに泣けてきちゃったりするからね。
あ、南風運用になってる・・・・・・おお、フソウのB747-400Dだ!確か来年の今頃には退役することになってるんだよなぁ。海外の航空会社も次々と「テクノジャンボ」を退役させる方向でいるし。やはり時代はB777か。いや、B7が嫌いだとかそういうことじゃなくて、会社自体が消滅したら元も子もないのは百も承知ですけど、航空会社が「燃費が悪いから良いのにスイッチする」とかそんな理由だけで退役させるから少し思うところがあるんですよ。分かる?分からんか。
「Hey Hotaru.」
「もうちょっと待ってよ、今良いところなんだ。」
今ちょうど滑走路を離脱していて、いい感じの画のだ。
「あ~いいわぁ~。で、なんか用なの?」
「イッショニカエロウゼ。」
「い、いいけどさ、あのグループと、帰るんじゃなかったの?」
あのグループとは、先ほど颯爽と出て行った高コミュ力軍団のこと。見た目はジャパニーズ、心はアメリカンという異質なマットは、もちろん軍団から注目を集めるわけで、先生が解散って言った後、話が盛り上がったりしていた。だからてっきり、マットはあのグループと帰るものだと思ってたんだけど、どうもそうではないらしい。
「ウン、タシカニイッショニカエロウゼ、トハイワレタヨ。デモオレ、Japaneseノモリアガリstyleガ、チョットニガテナンダヨネ。」
「な、なるほど。」
コミュ力の低い俺でさえもカタコトの日本語で何とかして話を引き出してくれるから、例え宇宙人とかとでも仲良くなれるんじゃないかと思っていたのだが、マットにはマットの不得意分野があるんだな。
「デモ、ナンカイカハナシタラ、ナレルカモネ。」
「そ、そうか、そうだよね・・・・・・」
まぁそうだわな、コミュ力高い人は相手に適合するのが上手い人でもある(と俺は思う)から、何回か話せば打ち解けれるだろうな。
「で、何か用事?」
「イッショニカエロウッテ、イッタジャナイカ。」
「あ、ご、ごめん。」
俺は脇から窓の桟をはずして、バッグを取りに自分の席に戻る。
「ソウイエバサ。」
いつもの如く向こうから話しかけてくる。
「カカリキメルトキ、ヒトリgirlガinsane・・・・・・・・・・・・ショウキデナクナッタノ、ナンデ?」
英和辞典を少し使ってマットは聞いてきた。でもこれについては割かし俺のフィールド。
俺は日本の腐女子についてを、自分の知っている範囲で教えてあげた。流石にウィキペディア並みの整理された説明には出来ないかったけど。
「I see. テイウコトハ、」
一通り説明し終わるとマットが質問をしてくる。
「ホタルハ『フジョシ』ナラヌ『フダンシ』ナノネ?」
「断じて違ぁぁぁああああう!!!!」
なんという爆弾を落とすんだマットは!?違う!どうしたらそういう勘違いすんだよ!?
「チガウノ?ダッテホタル、BLニツイテヨクシッテタ。」
・・・・・・そうだよな。健常者から見れば、この情報量は「詳しい」の部類に入るのか。
「違うんだよ、これは妹からの受け売りだ!」
そう、俺は重度の腐敗度を誇る妹からよく聞かされたこと(聞きたくもなかったけど)を言っただけ。
「だから!俺は!いたって!健全だ!」
「ナルホド。」
良かった、どうやらこれで納得してくれたらしい。・・・・・・くれたのか?
「デ、ホタル。」
「ん、何さ。」
またなんか質問か?
「ホタル、ホタルッポクナイヨ」
「・・・・・・」
いつもはコミュ障でヘタレな言い草だが、感情が高ぶると頭で言うのと同じになる。以後、お見知りおきを。
* * *
俺たちは今、校門を出て天空橋駅に歩いているところだ。
「ホタル、ホタルハナニブニハイルノ?」
環八を渡る信号で待っていると、またもやマットが質問をしてくる。質問のネタ尽きないな。しかし、これがマットの強みなんだ。俺なんか質問ネタのストック、「趣味は何ですか」ぐらいだ。
「う~ん、航空研究部みたいのがあれば、入るんだけどね。ないんだよ・・・・・・」
俺は悩み悩み返答。空港近いから俺の同業種が大勢居るのかと思ったら、実際全然そういうわけではなく。確かに、東京の南はずれで通いにくいからな。とは言っても、真の飛行機好きならそんなこと関係なしに通うと思うのだが。そう、アキバに毎日のように行きたいからという理由で、わざわざ上野の超難関の国立学校を受験する人がいるように。
「どうしよう。」
信号が青になり、また歩くのを再開する。
「ダッタラサ・・・・・・」
すると、半分ぐらい渡った所で立ち止まった。
「オレトイッショニ、ヤキュウブハイロウゼ。」
「それは却下。」
なんか新たな青春ストーリーの開幕を予感させるマットの言葉だったが、それを俺は淡々と跳ね返す。うん、野球はもういい。理由は、前言ったよな?
「ジャア、ドウスルノサ。」
「分かんないよ・・・・・・特に入る部活なかったら、帰宅部にでもなるよ。」
駄弁りながらぶらぶら歩いていたら、いつの間にか天空橋駅に。地下に潜って改札を通り、羽田空港とは逆向きの京急線のホームに俺らはいる。平日のこの時間帯は空港利用者もまばらで、土日並みには混んでない。
13時08分、各駅停車京急蒲田行きが入線。軽快な、あのウルトラマンのタイマーのような音と共にドアが開くと、降りる人はいないので開いた途端にドアをくぐる。
「そういえばマット。」
ドアが閉まるのと同時に、俺は久しぶりに(いや、初めてか?)自ら質問する。
「マットってどこに住んでんの?」
「オレハ、コウジヤダヨ。」
糀谷か。学校から近くていいな。まぁ俺もそこそこ近いが。
「ホタルハドコ?」
「僕は大森町。」
小六までは鮫洲の小さな社宅に住んでいたけれど、今は大森町から歩いて13分ぐらいのところにある一戸建て。駅からは遠いのだが、飛行機撮影にうってつけの京浜島や城南島まで自転車で行けなくもない距離だから、良いところ買ってくれたなと親に感謝している。
てて~んてて~んてて~て~て~ん♪
誰かの携帯からドラマGood Luck!!の劇中BGM「Departure」が漏れる。飛行機オタクなら誰でもそのメロディーを思い出せるだろう名曲中の名曲。しかし、一体誰の―――
「―――あ、俺のか!」
進学で親に買ってもらったばかりで、まだ扱いに慣れてない。
「ホナミからだ。」
連絡先登録しておいたから、名前でロック画面に出てくるようになっている。何の用事か分からないから出たかったけど、流石に電車内じゃ無理。×の付いた赤いボタンを押す。
「ホナミッテダレ?」
マットが唐突に聞いてくる。
「妹だよ、僕の。」
「Oh,アノ『フジョシ』ネ。」
言っていることはともあれ、妹だということについては理解してくれた。取りあえず俺はlineの・・・・・・アプリだったか、を起動して、妹にチャットで話しかける。
『いま電車。要件何?』
間違って「用件」を「要件」にしてしまった。まだ手馴れないなぁ・・・・・・
『早く帰ってアレやるって言ったじゃん\(*`∧´)/遅いよ~(`Д´)』
『早くしないとお母さん帰ってきちゃうよ~(`ε´)』
アレ。あぁ、そういえばそうだった。でも止めてくれよ、一週間に一回やっただけでも結構疲れるというのに。
『面倒くさい。ヤダ。』
『え~でもホタル、この前ホナミに押し付けた貸しがあるじゃん(^-^)』
『その分ホナミの好きにさせてもらうよ~(゜∇^*)♪』
うっ、しまった。確かにその通りだ。
『あー分かった分かった。やるよ、やればいいんだろ。』
『押しに弱い兄ちゃんで良かったわ~(⌒~⌒)』
『うるせぇ』
向こうが「てへぺろ♪」と台詞の付いたスタンプを送ってきて、チャットは終了する。はあ、やだなあ・・・・・・アレ身体的にも精神的にもキツイんだよ。
「ホタル。」
マットがどこからか話しかけてくる。・・・・・ん、後ろ?
「ホナミッテ、ホントニタダノイモウトナノ?」
「えっ?」
俺は後ろから冷静沈着に聞いてくるマットに呆気をとられる。どうやら、さっきのチャットを覗いていたらしい。いつの間に?
「糀谷ぁ、糀谷ぁ」
車掌の声と共にドアが開く。そしてマットは、ドアの上のところに頭がぶつからないように、身を屈めて降りる。
「デモ、ソウイウromanceモ、ワルクナイトオモウネ。」
「へっ?」
ロマンス?
俺はさっきのチャットを読み返す。
『早く帰ってアレやるって言ったじゃん\(*`∧´)/遅いよ~(`Д´)』
『早くしないとお母さん帰ってきちゃうよ~(`ε´)』
『え~でもホタル、この前ホナミに押し付けた貸しがあるじゃん(^-^)』
『その分ホナミの好きにさせてもらうよ~(゜∇^*)♪』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あああああああああああ!!!!!??????
「ち、違うんだマッ―――」
―――ぴこーんぴこーんぴこーん♪
誤解を解こうとマットに声を掛けようとしたが、ドアに阻まれてしまう。
マットは口と目を真一文字にして、手を振っている。
違う、違うんだ!俺はそんな妹と如何わしい関係を結んでいない!〈アレ〉は〈アレ〉であってアレじゃないんだ!
と、脳内で釈明しようとしても意味がなかった。
少し大きな声で呼びかけてしまった所為で、他の乗客から怪訝そうな顔で見られている。俺はその人たちに会釈して、ドアにもたれ掛かる。
すると、手に握っていたスマホにlineの通知が来る。マットからだ。そういや、新入生招集日に交換していたのだ。
『Have a nice love-making :P』
らぶめいきんぐ?俺はインターネットで意味を調べた。すると・・・・・・
「だから違うっての!!!」
意味を知った俺は。また大きな声を出してしまった。そしてまた周りに会釈して、今度は静かに席に座った。次が終点なのだが。
* * *
終点の京急蒲田で降ると、反対側のホームに各駅停車泉岳寺行の発車の合図が響いていた。俺はすかさずその電車に飛び乗る。
「ふー、危ない。」
そういうと俺は空いている席にバフッと座る。
大森町駅までは二駅。別に立っていても苦ではない距離。でも、学校での出来事といい、さっきの電車の中でのといいがあったおかげで、今疲れを癒しておかないと、家に帰ったらやらされる〈アレ〉を乗り切ることは出来ないのだ。
「大森町~、大森町~」
なんてグータラしているともう大森町だ。早いよ。いつ梅屋敷通り過ぎたんだ。もう少しゆっくりさせてくれ。無理やり付き合わされる兄貴のために。
ホームに下りて、階段をトタタタと転がり落ちるように下っていく。改札を出ると駅前通りを東に歩いて、第一京浜という交通量の多い道路を渡って直進。するとまた交通量のある道路の産業道路にぶつかる。これもまた直進。ここからは細々(こまごま)としてるから説明は省くけど、さっきの産業道路の交差点から七分ぐらい歩くと、俺の家がある。証拠として、ほら、ちゃんと「伊丹」と表札が出てる。
俺は少し身を屈めながら、静かにドアを開けて玄関に入る。なんとかバレずに自分の部屋に辿りつければいいのだけど。いくら貸しがあるからといってアレはやりたくな―――
「おかえり♪ホ・タ・ル♪」
バダーン!!!
少し玄関のドアを開けた途端、♪付の不穏な声が響き渡った。俺はすかさずドアを閉めて、背中をくっ付けた。
待ち伏せか!既に一回まかれたから、もうその手には乗らない、とでも言うのか。
「ふふふ♪何してるの~ホタル~♪」
ドアに寄りかかっていた俺は、背後から、ドアの向こうから妹の声を聞いた。止めてくれ。その言い方、真に迫って物凄く怖い!
「な、なんでもないぞ、ホナミ。」
「だったら早く入りなよ~♪早くしないと~♪お母さん帰ってきてアレやれないよ~?」
「やらなくていいから!やれなくていいから!」
あっ、しまった!つい本音が・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・ふぅ~ん、そんなこと言うんだ?へぇ~」
うわうわうわうわうわ!声音から音符が・・・・・・
「だったら、こっちから無理矢理やるしかないね♪」
え?と思った刹那、俺は前に吹き飛ばされて、地に這い蹲る。起きようとするも、首筋に鈍痛が走って、俺は気を失った。
* * *
「ただいまー」
「お帰りなさ~い、お母さ~ん」
「どうしたの、穂垂。しかも、穂波の部屋で。」
「え~しらな~い。」
「知らないじゃないでしょう。ベッドのかなり隅っこで心此処に在らずって感じで体育座りしてるじゃない。何、また喧嘩?」
「まぁそんなかんじかなぁ。」
「もう、全く。・・・・・・穂垂。どうしたのよ。」
若干離れかけてた魂が呼び止められて、俺は意識を取り戻す。
「あ・・・・・・ホ、ホナミ、が・・・・・・」
俺は真実を告げようとする。しかし、暖かい母さんの顔の奥に「言ったらぶっ殺すぞ♪」といった調子の笑顔なメデューサが見えたのでやめる。
話は一時間前に戻る。俺は気絶の後目を覚ますと、ホナミの部屋で横になっていた。
* * *
部屋は、まだ外は明るいというのに、薄暗い。気分の所為か、紫色の間接照明が灯っているような気がした。
『ふふふっ、ホタル♪もう逃げられないよ♪』
部屋の鍵を閉めながら、不敵な笑みで俺に最後(期)通告をした。
『止めてくれホナミ!〈アレ〉は流石に親にばれたらタダじゃ済まないぞ!ただ読むならまだしも・・・・・・』
何とかホナミの奇行を止めようとした。
『それにまず、兄のこんな姿見たくないだろ!?』
もちろん、経験上無理なことは分かりきっていた。
『何言ってんのホタル?兄でも男がやってたら誰だって堪らないに決まってるじゃん。』
そんな真顔で言うなって・・・・・・
『訳が分からん・・・・・・』
『でも、どの道この前押し付けた分は払ってもらうよ♪どんな手を使ってでもね♪』
『分かったから手荒なことだけは!』
嗚呼、今となってみたら、この前「ATC3:トーキョー・メトロポリタン・ゲートウェイ」を無理やりプレイさせるんじゃなかった。
『分かってるって~』
そういうと、ホナミは机の上に置いてあった本に手を掛けた。そして、俺の顔の前に差し出した。
『んじゃ、今日はこれをやってもらうよ~』
『そ、それは・・・・・・!』
それは、BL本界では名作の中の名作と呼ばれる「今夜もまた帰ったら」シリーズの最新巻だった。
『男に二言はないよね?』
『ヘタレにはありまぁす!』
いやそれ、今までのシリーズ全巻の〈アレ〉やってきたけど、他ので〈アレ〉やった時より段違いで疲れるんですが!床にはっ倒した後からの台詞が毎回のように長くて、ヘタレ兄貴のエネルギー持ってかれるし。さらに悪いことに、妹の前で絶対に言いたくない台詞ばっかりだし。
『内面真剣オードのホタルがヘタレねぇ。』
『うっ』
『もちろん、やるよね♪』
『や―――』
『―――やるよね?』
『ひゃ、ひゃい。』
叛逆してみようかと思ったけど、事前にその芽をむしりとられた。
『んじゃ、早速上脱いでもらおっかな~』
俺は妹に対して何も出来ない、操り人形と化していた。
金色の学ランのボタンを外し、腕を袖から引き抜く。同様にワイシャツも。そして、一番下に着ていた「BOEING」とデカデカと書かれたTシャツを脱ぐ。もういい加減慣れたけど(慣れたくなかったけど)、妹の前で上裸になる兄貴って何なんだ?
『相変わらずヒョロいな~』
『うるせぇ。』
『まぁいいや。取りあえずその抱き枕に跨って、四つん這いになって。』
俺という操り人形ははらりと抱き枕に跨った。
『よし、ここから始めるよ♪』
ホナミは付箋で挟んであったページを開いて俺に見せた。
『本気でこれやんのかよ、これ・・・・・・』
* * *
特に説明はしていなかったが、〈アレ〉とは「BL本で芝居すること」。
ホナミが中学生ながらにして重度の腐女子ということが判明してからかれこれ一年半ぐらい経つ。ちょうどその頃からじゃないかな、このプレイが始まったの。
最初に知った時は、動揺はしたけど、俺も同様にオタクだから分かってはあげた。だが、最近は「どうして認めちまったのか」と思う時が多い。特に〈アレ〉をやらされる時は。
一人、部屋の片隅で放心状態でいると、二階のリビングの方から親子の声が漏れてくる。いつの間にか、あの二人は俺をほっぽって二階に行っていたらしい。酷いよ、全く。
「そういえば、この前受けた模試の結果、返ってきてたわよ。」
「あれ、もう来たんだ。早いね。」
俺は二階には行かずに、漏れてくる音に耳を傾ける。
「すごいじゃない、今回も。全国一位なんて。」
「いつものことだよ~」
そうか、「いつものこと」か。俺も言ってみたいな、全国で一位とって。
平凡すぎる俺とは対照的に、ホナミはああ見えて中学受験で日本のエリート中のエリートが集う中高一貫校、国立第一中等高等学校(国一)に合格するぐらいの秀才なのだ。だいぶ前に言った、「アキバに毎日のように行きたいからという理由で、わざわざ上野の難関の国立学校を受験する人」イコールホナミだ。
「穂波はこんなに飛びぬけてるのに、なんで穂垂はああなのかしらね。」
「ね~」
「全く、オタクな趣味をどうにか出来たら、穂垂もまあまあだったろうにねぇ。」
うるさいなあ、もう。ほっといてくれよ。
俺とホナミとの違いって、学力はもちろんなんだけど、親に自分の趣味を曝け出しているかどうかなんだよな。俺はこうやって「BOEING」と書かれたTシャツを気にせずに着ているから、母さんにあまりいい目で見られていない。変わってホナミはBL好きであることを親にはもちろん、友達にも公表せず、同じオタクの括りである俺にしかしていない。だから、親からの評価はいい。
勿論、そんなホナミのことを少しは羨ましく思っている。でも、この二人の秘密を親にチクろうとは思わない。何故なら、年子の事もあって、俺とホナミは兄妹というよりかは、竹馬の友に近いからだ。考えてみてくれ、もし昔からの友達が頭良かったら、妬ましいよりかは誇りに思うだろう?なおさらチクってやろう、なんて思わないだろう?
「ホタル~・・・・・・まだ居たんだ。」
ひょっこりとドアからホナミが覗き込む。
「居たよぉ。誰の所為だと思ってるんだよぉ。」
「アレはホタルが変なゲームを押し付けたからじゃ~ん。自業自得だよ。」
“変なゲーム”だとう!?
「変なゲーム言うな!あれは航空オタ業界で“超”の付く有名な―――」
「―――はぁいはい、ホナミが悪う御座いましたぁ~」
脊髄反射でホナミに反駁したけど、すぐに止められる。でも、俺は“変なゲーム”扱いされたのに納得がいかない。
「全然反省してねぇじゃねぇか、その口調!」
どこが変なゲームなんだ。確かにアプローチ、タワー、グラウンド、ディパーチャー等すべてのセクターを一人でこなすところは現実的じゃなくて“変”だろうけどさ、他はリアルで素晴らしいじゃないか。グラフィックはもとい、効果音もシナリオも・・・・・・
「ギャーギャーうるさいと、ホタルの分まで全部食べちゃうよ?おやつ。」
「ふん、それがどうした。」
俺ごときがおやつの誘惑に負けるわけがないだろう。
「それがオールレーズンでも?」
「・・・・・・許してホナミぃ、それだけは止めてぇ。」
あのサクサクとした生地と、しっとりとしたドライレーズンの旋律には、どうしても頭が上がらない。
「やっぱ、ホタルはオールレーズンに弱いな~」
「何を言ってんだよ、ホナミもだろう。」
「まあね~」
兄妹って似ていることを忌み嫌うものらしいが、俺たちはさほど気にしない。オールレーズン然り、オタクであること然り。むしろ、似ているほうが良い、似ていたいって思いもある。やはり俺らの関係、「兄妹」より「竹馬の友」って単語の方がしっくり来るな。
* * *
「で、どうだったの、初日。」
夕食中、母さんが俺に聞いてくる。父さんは、現在台湾に絶賛出張中で帰ってこない。
「それ、ホナミも気になる~」
焼き魚を突っついていたホナミは、その手を止めて話に乗っかってくる。
「それはそれは散々だったよ。」
俺は今日あった出来事を思い出しながらいう。
つまらない校長の話を聞かされて、自己紹介失敗して、マットとの件でホモ扱いされそうになって。挙句の果てには、マットに〈アレ〉で誤解されて。これを「散々」以外に言いようがあるだろうか。いやない。
「で、可愛い女子生徒居たの~?」
味噌汁を飲んでいた俺は、若干噴出した。
「な、なんちゅう質問すんだよ!」
「え~別に良いじゃ~ん」
まあ、いいっちゃ良いけどさ。もうちょっと順序っていうのもあるでしょうよ。
「・・・・・・居なかったよ、特に。」
そうホナミに告げてやる。すると、
「え~面白くないの~」
眉を八の字にして、呆れたように言う。
「別にいいじゃないか。全校生徒の名前と顔を覚えてる訳じゃないんだし。」
俺はクールに無い眼鏡の位置を調整しながら反論する。しかし、
「え、覚えてないの?」
「そりゃホナミが覚えられるからだろ!いい加減にしろ!」
ホナミにはこんな脳の常識なんて理解できない。一度覚えたものはずっと頭の中に残り続ける、ホナミはそんな脳の持ち主なのだ。くそぅ、そのアビリティ、兄貴にもくれよ。
夕食を食べ終わって、しばらくリビングでバラエティー番組を見た後、自分の部屋に戻る。隣にあるホナミの部屋からは、シャープペンで机を鳴らす、乾いた音が聞こえる。
ホナミが頭のいいのは、ひとえに自分の努力の結果なのだろう。いくら天賦の才能があろうと、それを高めない限り、本当の天才にはなれない。俺はホナミを見るとそう感じる。
「俺にも才能があればな・・・・・・」
ベッドに寝そべりながら呟く。しかし、もしあったとしてそれを高めようとしたかは、微妙なところだ。すると、階段から母さんの声が響く。
「穂垂、穂波。ブドウあるわよ~上においで~」
お、ブドウか。俺は上体を起こして、ベッドから出る。
「へ~い」
俺はそう返事したけど、ホナミの部屋からは特に何も聞こえなかった。一応、部屋のドアを開けて聞いてみる。
「ブドウだとよ。」
「いい。今集中してるから。」
「さ、左様でございますか。」
ホナミの集中している時はなかなか怖い。いつもの明るく暢気な声じゃなくて、心の底に何かが滾っているような暗く低いそれになる。こういう時は出来るだけ関わらないことが先決。後で「さっき邪魔したお返しだ!」とかいう名目で〈アレ〉をやらされる羽目になるから、という理由が一番だ。
「あ、その代わり少し持ってきて。」
「ほ~い」
結局、俺はパシられる形で階段を上る。
「穂波は?」
「勉強中。『とってこい』ってパシられた。」
テーブルの真ん中には、深い紫色をしていかにも美味しそうな葡萄が鎮座していた。俺はそこから一粒とって口に投げ入れる。
「あんたもそんな葡萄なんかに釣られてないで、勉強したらいいのに。」
「じゃあ出さないでよ・・・・・・出さなかったらわざわざ上に来ないっての・・・・・・」
皮をプチッと割り、中にある瑞々しい実を歯と舌を駆使して取り出す。
「あんたも穂波みたいに頭が良かったらねぇ。」
「ホナミは父さん似、俺は母さんに似。良くある遺伝パターン。」
「しれっと厭味なことを言ったわね・・・・・・」
実際そうだから仕方ないでしょ。
俺は果肉を歯で噛み砕き、甘い果汁を堪能する。
「別に俺は頭良くなくたっていいんだよ。将来グラハンにさえなれれば。」
グラハン。略さないで言うとグラウンドハンドリング。それは空港のグラウンドレベルで飛行機のトーイング&プッシュバック、バゲッジの詰め込み、給油などを行うスタッフのこと。ここに出てきた単語についてはググれ。
「でも、それなりの頭はないとダメなんじゃないの?」
手違い(口違い?)で種を噛み砕いてしまう。苦い、渋い。
無論、グラハンはバカにできる仕事じゃない。グラハンとしての知識・技術を身に付ける吸収力、飛行機をオンタイムでディパーチャーさせる対応力などは、バカの為せる業ではない。でも、
「母さんは、俺が人並みの脳を持ってないとでも言いたいの?」
「別にそうとは言ってないじゃない。」
いや、そうとは言ってなくても近いじゃんか。さっきの発言。
細かくなった種の破片をペッペッと取り除き、ティッシュにくるめる。そして、新たに一粒口に放り込む。
「どうだか。俺は決心したんだ、俺は高校生活を飛行機に充てるって。」
また、皮の中から瑞々しい果肉が溢れ出す。
そう。だから『飛行機こそ我が恋人、誰にも邪魔はさせない』これを座右の銘にして、この三年間を過ごす。
「一欠片もらってくよ。」
五粒ほど実の付いた塊を小皿に移し替えて、階段へ向かう。
「じゃあ、部活とか恋とか、青春染みたものはしないのね?」
階段とリビングの間に付けられた暖簾を潜ろうとすると、後ろから話しかれられて止まる。また、種を噛みそうになる。
「当たり前。どっかで言ってし、『青春ほどの難問はない』ってね。そんな難問解いてるより、自分の得意教科の勉強を延々としてた方が数倍楽しいからね。」
我ながらカッコいいこと言ったような気がする。自分で言っちゃダメか。
「ふ~ん・・・・・・じゃあ、賭けようか?」
「賭け?なんのさ。」
「穂垂の青春に。」
どういうことだ?といった顔で俺は母さんを睨み付ける。
「簡単よ。穂垂は『恋愛しない』に、お母さんは『青春する』に賭ける。」
「なるほどね。でも、賭けである限り何かかけるんでしょ?」
「勿論。」
では何を賭けようか。掃除一ヶ月?買出し一ヶ月?いろいろ考えていると、
「お母さんは、負けたらオールレーズン1か月分買ってあげる。」
かなり強気で出てきた。だとしたら俺も、
「僕が負けたら、お小遣い5月分ナシで良いよ。」
強気に出なければならない。
「ホントにいいの?」
「勿論。」
こうなったら、1年でも卒業まででも突き通してやる!
「じゃあ、賭けの期限は明日から1週間後ね。」
俺は目を白黒させる。
「1週間?」
「そう1週間。」
どうしてそこまで短い期間で賭けようとするのか、俺にはよく分からなかった。いくらなんでも短すぎる、母さんは俺をからかっているのか。俺はそんなことを考えた。
「・・・・・・オールレーズンで首が回らなくなっても知らないからね?」
「そんなこと150%ありえない。」
相当な自信があるようだ。だったら俺は絶対に道を踏み外さない、それだけだ。
絶対見返してやる。
俺は階段をぶらぶらと下っていく。
「お~い、葡萄だぞ。」
机で乾いた音を鳴らしながら勉強しているホナミに話しかける。返事はない。長年の経験上、こういった場合は机に置いてそのまま立ち去るのがベストな選択肢。
「置いてくぞ。」
マニュアル通り机に小皿を置―――
「待って。」
―――こうとした途端、マニュアルから外れて話しかけられる。
えっ、俺なんか悪いことした?一応当たり障りのない対応はしたつもりなんだが。また〈アレ〉をやらされるのか?
俺は、機体に接続しようとしているPBBのように、ゆっくりと顔を上げてホナミを見る。
「高校で青春、しないの?」
ん?ああ、さっきの話漏れていたのか。
「ま、まあ、そうだよ。僕は飛行機が好きなんだ。だから、青春なんて必要な―――」
「―――そんなの、ダメだよ・・・・・・」
ホナミ?急にどうしたんだ?らしくないションボリとした顔して。もしかして、将来青春しなかった所為で後悔するんじゃないかって、心配してくれてるのか?
「でも俺は―――」
「―――そんなんだったら、ホナミが妄想できないじゃない!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
どういうこと?誰か翻訳を。
「だ・か・ら!ホタルが青春して貰わないと、ホタルと誰かがイチャイチャしてるホモホモシーンが妄想できないじゃないって言ってるの!」
「どういう青春だよそれ!ヤダよそんな青春!」
多少なりと気にかけてくれているって思った自分が馬鹿だったな・・・・・・
まあ、それっぽいシーンはもう起こったけど、このことはホナミには伏せておこう。何リットルの輸血が必要になるか分からないし。
* * *
日が変わって通常授業の初日。もう既に四時間目が終わって昼休みになっている。
今日は勿論どの授業にとっても初日なわけだから、授業内容の説明だのノートのとり方だのを伝授してほとんどの授業は潰れた。全く、教科書やらノートやら図表やらもってきたのに意味ないではないか。俺の貨物輸送に消費したエネルギー返してくれ。
「ホタルハベントウジャナインダネ。」
机をはさんで向こう側に、前の席の椅子を借りて座っていたのは、マットこと鶴飼摩周君だ。
「そうだね、母さんが『めんどくさいから買え』ってさ。」
そうなんだよ、聞いてくれよ。中学のときまで給食だったから、いきなりだったらそれはそれは大変かもしれない。でも、妹の分は作っている。しかも三年前から。不公平ったらありゃしない。
「イガイネ。ニホンノMom、ミンナオベントツクルンカッテオモッテタ。」
「それはないなあ。」
日本の母親ってモチベーションの高いイメージが外国人にあるのかもしれないけれど、ウチみたいに何故か俺にだけモチベーションがぐう低いこともあるわけだし。
それにしても、摩周の弁当凄いな。冷凍食品らしきものが1つも入ってなくて、手が込んでいるのが一目でわかる。
「摩周は弁当どうしてんの?やっぱ母さん?」
「Nope. オレノhost motherダヨ。」
ほ、ほすとまざー?聞いたことがない単語だ・・・・・・歌舞伎町かどっかのホストにいるママ?意味が分からない。
俺の動揺を察したのか、マットが電子辞書にパチパチ打ち込んでいる。
画面を見せてくる。そこには「host mother – ホームステイ先の母親」と載っていた。ほう、そういうことか。・・・・・・ん?
「マット、ホームステイしてるの?」
「Yeah, indeed.」
頼むから普通にイエスかノーで言ってくれ。まぁイエスって意味なのだろう。
なんにせよ、ホームステイしてるなんて初めて聞いたぞ。
「何でホームステイしてんの?」
「オレノfamilyマダStatesニイルンダヨ。」
States?アメリカのことか?・・・・・・そうだったのか。
「っていうことは一人で日本に戻ってきたの?」
「『モドッテキタ』ッテイウヨリ、『イッテル』ッテイウノガcorrectネ。」
「そうか。・・・・・・大変、なんだな。」
「ソウデモナイヨ。イッショニhome-stayシテルトモダチトhelp each otherシナガラスゴシテルカラ、クジャナイネ。」
おお、ほかにもいるのか。なら安心だな。
「Josephハmathematicsガトクイダカラ、ミンナニオシエテル。」
いいなあ。俺も完全なる文系だから是非教えて欲しい。あ、でも全部英語か。
「Toniハソウジガトクイ。ダカラliving roomノソウジ、ヨクシテル。」
掃除してくれるのか。今度妹の部屋掃除してもらいたい。女子の部屋なのに教科書やら教科書やら教科書やらが散らばってて、汚いったらありゃしない。なのになんでBL本はちゃんと隠すんだ?
「Robハセンタクガトクイダカラ、イツモオレタチノclothesアラッテクレル。」
洗濯?洗濯は・・・・・・まぁ母さんがいるからな。
「Jouleハ―――」
・・・・・・ん?
「―――ちょっと待ってマット。」
「ナニ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホームステイ先、人多くない?」
いくらなんでも多すぎる。二人ぐらいならまだしも、五人とかそれ以上って、ホストファミリー最強すぎる。
「マア、home-stayッテイッテモ、dormitoryニチカイカナ?」
「どみとりー?」
また、電子辞書君の登場。あ、寮のこと。
「ゼンインデ12ニンイルヨ。」
「でかッ!?」
うん、もうこれホームステイじゃなくて寮生活だね。
そんなこんな話していると、昼休みは半分を過ぎていた。俺は少し急ぎ目でコンビニで買ったおにぎりに食らいつく。
(ねぇ、あの二人ってどっちが攻めでどっちが受けかな?)
自分の左後ろのほうから「攻め」&「受け」という妹の部屋で頻発する言葉が聞こえてきた。その方向を見ると一人見覚えのある(まあクラスメイトだから誰だって見覚えはあるだろうけど、特に見覚えのある)人がいた。鼻血プロデューサーこと(呼んでない)府内和子さんだ。
「絶対鶴飼君が攻めでしょ。」
「え~でも、あの大きな身体が攻められてるのも見たくない?」
「あ、それ分かる~!」
おい、筒抜けだぞ。しかも実名バンバンでている。
それにしても、あの事件が起きてからまだ一日しか経ってないのに同志を見つけたのかよ。これは、「類は友を呼ぶ」の嫌な方向に進んだヤツなのか?俺も欲しいな、そういうの。
「あ。そういや、マット。昨日の件なんだけどさ。」
俺は昨日の帰りで起きた誤解を取り消すためにマットに呼びかけた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?いない。
「ヨンダ?」
あれ、どこ行った?声はするのだが。
「おわっ!まさか本人自らが来てくれるとは!」
ん?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああっ!?
「で、実際のところ、どっちが『攻め』な―――」
「―――なあああああにいいいいいやっっっっとんじゃああああああああ!!!!!!」
俺は腐女子界隈にぶっ飛んで行き、マットの襟を掴んで引っ張る。
「エッ、オレハコタエルタメニ―――」
「いらん!」
危ない、あの世界について無知のマットは対処のしようがない。迂闊に適当に答えられたら困る。
俺は教室の外にマットを連れ出す。流石に教室は居づらい。だから、俺は外側から中の様子を垣間見る。
「逃げちゃったね。」
「でも、これは『二人だけの秘密』を守ろうとしたってとれるよね!?」
「「おー!なるほど!」」
ダメだこれ、もっと悪い方向にことが進んでいる。
「お!いたいた、ホモホモズ!w」
「おい、ホモホモズってなんだよwww」
「ネーミングセンス無さ過ぎんだろwww」
遠くから声がかかる。あの高コミュ力軍団だ。ホント、ホモホモズってなんだよ。
「そんでさ、ホモホモズも見たか?」
「え、え、な、なんの、こと?」
伊丹は軍団の「コミュ力の高さ」で「コミュ症」を再発した!
「今ちょうど見てきたんだけどさ、超美人だったよな!」
「噂に聞いた以上だったわ~」
「でも、おっぱい小さくね?」
「お前は巨乳が好きだからだろw」
急に胸の話されると反応しにくいぞ・・・・・・
「うん、見てない。多分。」
自分の精一杯の返答をする。
「マジかwwwんじゃ、見に行こうぜ!www」
「いやなに言っちゃってんのノベっちwホモホモズが女子のことが好きなわけがねぇだろwww」
「そうだよなwww」
黙っとれば勝手なこと言いよって・・・・・・い、言ってやる。
「ち、違っ!ぼ、俺たちは、ふ、普通に女子が、す、好き、だ!」
噛みながらも何とかして反駁する。ふう、我ながらよく頑張った。
「な、な!そうだよな、マット!」
「Off course, I do love girls!」
マットが親指を立てながら完璧な発音で答える。
「マジかwww」
「んじゃ、貧乳をもう一回拝みますかwww」
「お前は黙れwww」
俺、マット、高コミュ力軍団という謎めいた団体は足をその美人の居るところへ動き出す。
「Hey, ホタル。」
数歩歩いてから隣についたマットが聞いてくる。
「何?」
「ホタルッテドンナgirlガスキナノ?」
唐突だったものだから少しうろたえる。
「そ、そうだなぁ。・・・・・・・・・・・・飛行機?」
「ソレニンゲンジャナイヨ?」
「いや、知ってるから。現実見させないでくれよ。」
でも、本気で飛行機は好き。B777-300ERは「スレンダーな高身長のできるキャリアウーマン」で、B747-400Dは「いつもだらけてるエロいお姉さん」で、少し昔になっちゃうけどB727-100は「運動神経の高すぎる棒高跳びやってる可愛い女の子」って、俺の目には映るんだ。誰か飛行機を擬人化した「飛行機これくしょん」作ってくれないかなぁ。
意味わかんない?そうだよなぁ・・・・・・
「マットはどんな子がタイプなの?」
問題を逸らすために変わって俺が聞く。
「オレハ・・・・・・Europeanナgirlガスキ!」
「来るところ間違えたんじゃない?」
まぁ、ヨーロッパは野球がポピュラーじゃないから行っても意味無いか。
例の美少女の名はシキシマミチカ。「磯の城の島」で「しきしま」、「道の華」で「みちか」らしい。いかにも美少女キャラにありそうな豪壮な名前だ。
磯城島さんはE組にいるらしい。この天高は各学年五クラスしかなく、東京23区内ではかなり少ないほう。しかも前は四クラスだったらしく、新たに創設したE組の教室はA~Dと階段で隔たれたところにある。教室も急ごしらえだと一発で分かるような構造になっている。
D組のところまで来ると、E組に大勢の男子生徒が扉のアクリル窓に張り付いているのが見て取れるようになった。これまた凄い人数だ・・・・・・
「お~い、ホモホモズ!こっちだ!」
いやだからホモホモズじゃないと何回言わせれば・・・・・・コミュ力なくて言ってないけど。
とりあえず「ホモホモズ」は高コミュ力軍団の一人・橘信貴君に言われるがまま、むさ苦しい男子生徒の塊に頭をねじ込む。周りからは「すげぇ!」「めっちゃ美少女やん!」など、多様な感想を発している。
「ホモホモズ!」
だから「ホモホモズ」じゃねぇ!
「あの本読んでる黒髪の女子だ。」
指を刺している方向に目を向ける。するとそこにいたのは・・・・・・
一瞬にして言葉を出すことができなくなった。いや、正確に言えば、言葉に表すのは無礼に値するぐらい綺麗だった。いつもの俺なら、「B8の翼ようにしなやかな手先、UAEドバイ航空が塗装に使っているパールホワイトのような透き通った白い肌、コントレールのように長く癖のついた艶やかな黒髪。」といった具合に、オタクにしか分からない表現で空気を読まないのだけれど、今はそんなことできなかった。
完全に見とれていた。一目惚れだった。
「はいはいはい!帰った帰った!」
すると、空気をぶち壊しにきた輩が出てくる。
「こんなところにいたら通れないじゃないの!」
「さっさとどいて!しっし!」
E組の女子だ。内側からドアをバンバン鳴らして男子生徒をどかす。間が悪くなった男子生徒たちはぞろぞろと自分の教室に戻っていく。俺たちもそれについていく。
「・・・・・・ル。・・・・・・タル?Hey, dude. Are you listening?」
「はっ!」
何回か呼ばれてやっと気づいた。
「ダイジョウブ?『ココロココニアラズ』ッテカンジダッタヨ。」
おっ、マット「心ここに在らず」は知ってるのか。
「あぁ、大丈夫。大丈夫。」
俺はできるだけ平静を装った。
「もしかして、伊丹惚れたのか?www」
「マジで!www」
しかし、高コミュ力勢には一発で分かったらしい。
「ち、違っ!・・・・・・くはない。」
ここで否定すると、誰も得しないツンデレ系オタクになってしまうので肯定する。
「おお!マジか!wwwwww」
「伊丹が磯城島を好きになったって!www」
「ちょ、ちょっと!」
大声でいうのは流石に止めてくれ・・・・・・
予鈴が鳴ると同時に俺たちはBの教室に入る。
「ホモホモズの伊丹が磯城島のこと好きになったって!www」
「だ、だからさ!」
「マジで!?www」
クラスが無駄に騒がしい。止めてくれ、こんなことで盛り上がらないで。恥ずかしい。
「俺、応援するぜ!www」
「俺も俺も!www」
何故か応援してくれている。これは、多分アレだよな、「その場の盛り上がり」ってヤツだな。絶対応援してない。ごめんね、見透かしちゃって。
「オレモオウエンスルヨ。」
でも、マットの発言だけは、何故か本気で応援されている感じがした。
次の時間の準備|(いってもどうせ使わない)に徹していると、後ろのほうで大きな岩が置いてある感じがした。見ると、それは腐女子グループだった。
「い、伊丹君、普通に女子が好きなんだ・・・・・・」
「なんで。なんで・・・・・・」
「折角、伊丹×鶴飼が発展するの見れると思ったのに・・・・・・」
いや、そこまで打ちひしがれなくても・・・・・・
かくして、俺の飛行機一途なはずだったバラ色の青春計画は、磯城島さんという新たな存在によって、始まって二日目でもう飛行ルートを変更することになってしまった。いや、まだ完全にそうしようと決めたわけではないけど。何を言おうが、あの容姿だ。ライバルは多いだろう。
ただ、磯城島さんを好きになってしまったからといって、オタ活を止めることはない。B777-300ER美しい、愛してる。仮に磯城島さんに「飛行機オタを止めたら付き合ってあげても良いよ。」って言われたら、そのときは磯城島さんを諦めるっていうぐらいに。いや、まずこうやって高嶺の花である磯城島さんと話ができる確率なんて、限りなく0%に近いのだから、そんなこと考えるのは「取らぬ狸の皮算用」か。
俺は教室の反対側にある窓を見る。限りなく青い空が広がる。今日は25℃近くまで上がって、この時期にしては暑いらしい。流石にこの時期に冷房は付かない。ただただ暑い教室で、俺は昨日母親と賭けたことを思い出しながら、動こうとしない脳を使ってどうやってバレずに済むかを考えていた。