1.子供の夢。
その笑顔があんまりにも輝いて見えたから、憧れたのだと思う。青空の真上に我が物顔で居座る太陽より、よほど輝いて見えたから、焦がれたのだ。
「おれ、大きくなったらヒーローになるんだ!」
五歳の子供らしい、真っ直ぐな夢だった。「ヒーローはカッコいいからなりたい」なんて単純極まりない、そんな理屈の純粋な夢。彼の笑顔と相まって、それはとても素晴らしく、数多の宝石より輝かしい未来のように思えた。
笑って「すごいね」と云う。すると彼はえっへん、とでも云わんばかりに胸を張る。
同い年、家族ぐるみの付き合いがある彼の事は、前々から好ましく思っていた。けれどそれは当然、恋愛感情ではなかった。友愛の情だ。
自分とは違い、明るく前向きで友達も多い彼が、それでも「おれの一番の友達はお前!」と云ってくれるのが誇らしかった。絵本や図鑑ばかり読んでいて大人しい上に友達も少ない、そんなつまらない自分の話を熱心に聞いて、「すげーな。お前ほんとアタマいーよな!」と褒めてくれるのが嬉しかった。
そんな彼が望む夢だ。精一杯応援しようと云うものだ。
しかしそこで気付いてしまった。大変な事に、だ。
――この世界には、ヒーローと敵対するような悪の組織がないのだ。
彼が云うヒーローとは、警察官とか消防士とか、そう云うものではない。テレビに出てくる、変身したり戦隊を組んでいたりするヒーローの事だ。ほぼ全ての男児の憧れの存在。しかし現実にはいない。だって必要ないからだ。
怪人をけしかけて平和を乱す悪の組織は存在せず。犯罪者を取り締まるのは警察の仕事。人助けは消防士やレスキュー隊や自衛隊の仕事。さて、彼が目指すヒーローは世間に必要か否か。――まったくと云っていいほど必要ではない。
これはいけない。
このままでは、彼の夢が儚く終わってしまう。そんな事はあってはならない。彼はいつだって輝いていなくてはいけないのだ。夢叶わずと悲嘆にくれるなんて、そんな事は絶対にあってはいけないのだ。
そこで考えた。彼をヒーローにするにはどうしたらいいか。
とても簡単な事だった。考えるまでもない。
自分が、悪の組織を作ってしまえばいいのだ。
自分達が大人になるまでに悪の組織が出来る可能性もあるが、そんな不確かな物に彼の夢を託す訳にはいかない。自分と彼は友達だ。一番の友達だ。きっと、自分の思い違いでなければ親友と云うものなのだ。その親友が望む夢の後押しをするのは、親友である自分でなくてはならない。
うむ、と一人納得して頷いていると、彼は「どうした?」と不思議そうな顔で瞬きをする。にっこり笑顔を意識して、少しずれた眼鏡を直した。
「じゃぁボクは、君がユメをかなえる手伝いをするよ」
そう云うと、彼はこの世で最も素晴らしい物を見たとでも云わんばかりの顔になって、強い力で抱きついて来た。正直痛かったが、耳元で彼が「ほんとか?! ぜったいだぞ! やくそくだからな!」と興奮した声で云うので痛いのを我慢して、「うんっ」と頷いた。
それが始まり。
親友の夢を叶えようと決意した、最初の出来事であった――