気晴らし?
パーピーに言われ、驚きつつもアスタロトと逢う事になった悠里。
彼女には休息が必要で・・・
「おでかけ?」
『左様です』
朝食を食べ終えた悠里の元に来たパーピーが言った。
『本日はアスタロト様のお屋敷にお呼ばれしているのでいつもとは違う服を着ていただきます』
そう言っていつもとは違う少しレースのついたかわいらしい服装を見せられた。
アスタロト?
…お屋敷…?
お呼ばれ?
判らない単語だらけだったが、なんとなくパーピーの様子から何処かへ出かけるのだと悠里なりに考えたのだ。
「えっと、アス…?」
『アスタロト様です』
「アスタロトサマってだれ?」
『アスタロト様というのは魔王様、つまり紅様の直属の将軍様です。魔王様にはアスタロト様以外にも4人将軍という地位を持っている方がいまして…』
パーピーが次々に話してくれるが悠里には到底理解できない事ばかり。
その為、首をかしげて考えてみるものの、どうしても判らないらしく、眉間に皺を寄せてしまう。
「わかんない…」
考えて出た答えがそれだった。
『ではその方に逢う為にその方のお屋敷、つまり住んでらっしゃる所まで行くのですよ。』
ここまではお分かりになりますか?
パーピーの言葉に悠里は頷いた。
出かける…この城の外だと言う事に悠里はわくわくしていたのだ。
『本当は悠里様は紅様の妃様なので相手様にこちらにきていただくのが恒例ですが、
紅様が悠里様もこの城内だけでは窮屈だろうとご配慮してくださったのですよ』
「…遊びに行くの?」
紅…という言葉に悠里の顔が少し強張る。
『いいえ、執務です。えっと…気晴らし…、そう、気分転換とあと…』
一生懸命パーピーは悠里のわかりやすいように言葉を選んで説明してくれる。
その必死さに悠里は申し訳なさそうに肩を竦めた。
『パーピー、悠里の支度は出来た?』
「あ、スイレン…」
部屋のドアをあけて入ってきたのは睡蓮だった。
いつもの使女の衣装とは違い、見たことのない服を着ていたので悠里は首をかしげる。
『睡蓮様…』
『悠里、やっぱり似合うわね、その洋服、どうかしら?私が探してきたのだけど…』
気に入ってくれた?
その言葉に悠里は笑顔で頷いた。
「うん。ありがとね、スイレン」
『今日は馬車で行くからパーピーは戻りなさい。』
『かしこまりました。』
あまり悠里が起きている時に影に入る事をしないパーピーだが、こうしないと今日はいけないのだと睡蓮は悠里に告げた。
『今日お逢いする方、アスタロト様は高貴、つまり紅様には及ばないまでも地位があるお方、使い魔を連れて行くというのは失礼にあたります。』
だからご勘弁くださいね、悠里様…
「…スイレンは?」
『もちろん、一緒に参ります…一緒に行きますよ。本日はアスタロト様のお招きなのです』
私も同席してよいと言われました。
「…怖い人?」
『…悠里様?』
紅よりは下だけど男の人というのを紅以外知らない悠里は身体が強張っている。
緊張しているようだ。
『アスタロト様はお優しい方です。それに礼儀をご存知の方、大丈夫ですよ。』
さぁ、参りましょうか、悠里様
手を差し出されて、悠里はにっこりと微笑んで睡蓮の手を取った。
馬車には先客が居て、それが紅だった。
『遅い…』
ため息を一つついてその反対側に座るとドアが閉められる。
『…本日はアスタロト様のお茶会なのです。たまには紅様ともお逢いになりたいと言う事で一緒に行くことになりました』
「…こんにちは」
『ぁあ、息災か?』
「…元気…です」
息災…そう言われ、悠里は先日、パーピーや睡蓮に教わった言葉だと思い出し、ようやく言葉に出来た。
『そぅか、何よりだ』
紅の一言に悠里は身体を強張らせてしまう。
「………」
『………』
黙りこくる紅と悠里。
“少しずつ溝を埋めていかなくてはならないのにどうにかならんのか!”
と睡蓮は思ったが、ここで問題を起こすわけにはいかない。
ここは自分が何とかするしかないと思い、睡蓮は拳を握り締めた。
『そういえば、悠里様、バラはお好きですか?』
「バラ?」
『はぃ。アスタロト様のご趣味で庭園にバラが一面咲いているそうです』
今頃が一番綺麗だとか…
「お花は好きだよ。」
『見せていただきましょうか?』
「うん!!」
うれしそうな笑みを浮かべる悠里に視線をやり、チラッと紅を見ればその笑顔を見て少し頬をほころばせていた。
『紅様のお城にも庭園があるのはご存知ですか?』
「…知らない」
『…では今度紅様にお願いしてみては?』
今お願いしてみてもいいのではないですか?
ねぇ、紅様…
睡蓮の合図に紅はため息を一つ吐き、『いつでも見に来い』と一言呟いた。
「パーピーも一緒…ダメ?」
『かまわん』
『よかったですね。悠里様』
「…うん!!」
アスタロトの庭園も見事なのは知ってるが、城にある紅自らが世話をしている庭園も見事なのを睡蓮は知ってる。
実は魔王をやってるときよりも庭をいじっているときのほうが幸せそうだと言うのは内緒だが。
馬車が止まったのは一軒の屋敷…とはいえないほど立派な城の前。
『…悠里様、お手を…』
降りる時に補助したのは睡蓮。
紅も続いて降り、馬車はその場から一瞬にして消えた。
それにびっくりして目を見開く悠里に対し、二人は何事もなかったかのように歩き出す。
「ねぇ。スイレン…」
『はい?』
「さっきの馬車は?」
どうしちゃったの?
『私達が帰るときにはまた出てきますよ。』
それまで置いておくわけにはいきませんから、移動したんです。
そういうと睡蓮は悠里を連れて紅の後を追う。
玄関ではたくさんの使女達が紅達を歓迎してくれた。
≪ようこそいらっしゃいました≫
≪どうぞ、こちらでございます≫
レッドカーペットの上を案内されてついた先は大きなダイニングルーム。
≪どうぞこちらでお寛ぎくださいませ。≫
使女の一人がお茶をテーブルに乗せると一礼して去っていく。
「…」
ぎゅっと睡蓮の洋服のすそを握り締める悠里に睡蓮は優しく頭を数回叩いた。
『大丈夫ですよ。もうすぐアスタロト様がおいでになるので下がっただけです』
「……ぅん。」
城から一歩も出たことのない悠里には少し刺激が強かったのかもしれない。
馬車の中も初めてで身体が少し強張っている。
疲れてしまったのかもしれない…
それが少し心配だった。
『悠里…』
様…
睡蓮が呼びかけようとしたと同時に紅が『悠里…』と呼んだ。
悠里はびっくりしたような顔をして「はぃ?」と答えた。
『馬車は初めてか?』
「…見たことはあるけど乗ったのははじめて」
『疲れたか?』
「……わからない」
『では言い方を変える。落ち着かぬか?』
「……うん」
『それは揺れたからか?』
「…うん」
『そなたの世界に馬車はないのか?』
「…むかしはあったみたいだけど…みたことない」
『ではなぜ見たことはあると先ほど言った?』
「絵本で見たことあるから」
『…書物か…なるほど。帰りも乗ることになるが…』
「…あんまり乗りたくない」
『…そうか。でも今回は我慢しろ。次からは考える』
それでよいか?
紅の言葉に悠里は小さく頷くしかなかった。
だが、横で聞いていた睡蓮はうれしそうに笑っていた。
二人がようやくちゃんとした会話をしたのだ。
これがうれしくないわけがない。
『悠里様、紅様と一緒に庭園に行ってきたらいかがですか?』
「…ぇ…」
『大丈夫ですよ。アスタロト様が来たら庭園に共に参りますから』
「…でも…」
『何かあったらパーピーを飛ばします。だから大丈夫ですよ』
「……」
『睡蓮、そなたが行けばよい』
困っている悠里に紅が呟く。
だが、睡蓮はこのときを逃さない。
『お言葉ですが、紅様は悠里様との時間を持たなすぎです。
それに私では品種などは判りかねますので』
“あなたががんばらないでどうするの!!”
睡蓮の無言の圧力の前に屈するしかない紅はソファから立ち上がり悠里に
『行くか?』と促した。
一応の礼はわきまえているらしい。
『…行ってらっしゃいませ。』
怖かったらパーピーをおよびください。
“少しでも歩み寄ってほしい。”
“紅を見てあげてほしい。”
“好き勝手な理由だけど、少しでも悠里に紅を見てほしい。”
そんな姉心とお側役として…
そしてアスタロトが来たら自分の正体がばれる。
それを少しでも悠里が受け入れやすいようにしてやりたいという思いやりだった。
「…いってくるね」
『はぃ。行ってらっしゃいませ』
二人がぎこちなくではあるが部屋を出た瞬間、睡蓮はどかっと座り直した。
出されたお茶を一気に飲み干し、陰に潜むパーピーを呼ぶ。
『睡蓮様…お疲れ様です』
「少しね。でも紅が少しは歩み寄ろうとしたのは大きい進歩だと思うの」
『…気配を探っておきますか?』
「そうね、お願い。一応黒耀が紅に憑いてるから大丈夫だと思うけど」
『…アスタロト様がおいでになります』
「じゃ、よろしくね、パーピー」
影に消えていく配下に睡蓮は小さく呟いた。
入ってきたアスタロトはそこに居るはずの魔王が居ないのできょとんとしていた。
「お久しぶりです、アスタロト公爵。」
『お久しぶりです。睡蓮皇妃』
アスタロトと呼ばれた人物は物静かな印象を与える男だ。
髪はどっちかというとセミロングで色は黒。
龍騎士の将軍という地位にあるため、龍の紋章のある軍服(これが正装)を纏っている。
第一印象で彼が悪魔に見えると聞かれれば「いいえ」と皆が答えるだろう。
だが、彼は第一の腹心であり、時にその物静かな仮面が冷徹に変わる。
それがどれほど恐ろしいかは彼が魔王の片腕と呼ばれる由縁である。
『魔王様はどちらに?』
「それがね、婚約者であり、妃である人と庭園にいるの」
苦笑しつつそう告げるとアスタロトは納得が行ったのか頷いてみせる。
『ではその婚約者様にもお逢いできるのですね』
「ええ、紅からこちらの庭園なら妃も気に入るのではないかっていうモノだから。
無理を言ってごめんなさいね」
『いいえ、こちらこそ、わざわざ起こし頂き恐縮です』
「それで、庭園に行くついでにあの件だけど…」
庭園までの道のりを歩きながらアスタロトに本題を持ち出す。
『ええ、あの件はこちらでも調査しました。近いうちに戦になるでしょうね』
貴方の見立てどおりに。
「そう…やっぱり半魂をしないと駄目かしらね」
『それが一番の方法だと思いますが…さすがに幼いのでは?』
「そうなのよ…それだけはどうにも…ね。」
すぐに死んでしまったらそれこそ困るもの。
睡蓮が首を捻るとアスタロトはにっこりと笑って窓枠に近づく。
『あの方が…お妃さまですか?』
庭園が見える窓枠に近づく睡蓮。
紅が何かを説明し、悠里がぎこちなく頷きつつも何か会話をしているのを見て、笑みを浮かべる。
「…弟のあんな楽しそうな顔を見れるなら…戦ぐらいいいかもしれないわね」
『…皇紀…』
「アスタロト…あの件は他の将軍達にも伝えて。魔王には私から説明しておくわ。」
『御意』
一礼した後、アスタロトと共に庭園に続くアーチをくぐる。
「あ、スイレン」
見て見て。
そう言って笑顔を浮かべて一つの花を指差す悠里。
それは魔界に多く咲くバラの一つ。
『悠里の世界にはないらしい。』
紅の言葉に睡蓮は『そうなのですか?』と首をかしげる。
「あおいバラはみたことないの」
はじめてみた。
綺麗だね。
笑顔でそう言った悠里に睡蓮もつられて笑顔を浮かべる。
『左様ですね…あ、悠里様、こちらがアスタロト様、こちらのお城の持ち主でいらっしゃいます』
そういって紹介された青年といえるほどの男性に悠里は頭を下げた。
「はじめまして、おじゃましてます」
『アスタロトと申します。悠里様、本日はこのように足を運んでいただき、恐縮…』
アスタロトの長々の口上を紅は一括。
『挨拶は良い。悠里、我が妃を紹介しに来ただけだ』
そして、それも体面。
『悠里の気分転換もかねているからな。』
ただそれだけだ。
そういうと紅は睡蓮へと視線を投げかける。
『そうですね。アスタロト様、悠里様の気分を和らげる為ですもの。』
「……?」
首をかしげる悠里にアスタロトと睡蓮はくすっと笑みを浮かべた。
どうなるんでしょうね?
結局アスタロトは何を考えてるんでしょう?
戦?
何の?誰と?謎は深まるばかりだと思います。