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序:シャルル=ダ・フールの戴冠

 砂塵の中に、その都はたたずんでいた。

「はは、とうとう帰ってきちまったな」

 彼は苦笑気味に呟いた。

 黄色い砂の荒れ地の中で、都は緑と水の青をたたえ、内乱で疲弊したとはいえ、とても美しいものだった。その都を彼は憎しみもすれ、愛しもしていた。何もない荒れた大地の中にたたずむ緑あふれた広大な都は、まるで陽光のもと、キラキラと輝く宝石のようですらあった。

「ということで、これからよろしく頼むぜ」

 誰に対して言った言葉なのか、彼はぽつりとそう呟くと顔を上げた。

 陽光に目を細める彼の瞳は、太陽の光を透かしてなお青く、それはある種の魔性を感じさせるほどのものでもあった。そして彼の着衣も、砂塵に汚れていたが目が覚めるほど青かった。それらはこの紺碧の大空と同じ色をしていた。

 

 彼の帰還は、その日、その都に新しい王が即位した当日のことである。




  *


 シャルル=ダ・フール戴冠。


 その知らせは、ザファルバーンの王都カーラマンの隅々まで走っていた。

 王都は半年前にようやく終結した内乱に疲弊していたが、新たなる王を迎えるための用意に久々の華やかな様子になっていた。

「新しい王様が即位するんだよ」

 にぎやかな市場を歩いていた彼女は、隣にいたよく知る老人にそう声をかけられた。

「前の王様もとても良い方だったが、戦場で行方不明になってしまってね。それが契機になって内乱になってしまった。王様にはお前も知る通り、たくさんの子供がいたから、後継者を決めずにいなくなるということは恐ろしいことだったのだよ」

「ええ、先生」

 老人はため息をついた。

「本当にたくさんの血が流れてしまった。けれど、今度の王様はとても良い方だと聞いているから、きっと平和が戻ってくるに違いないよ」

「そうね、先生」

 老人の傍にいる娘は、つややかな黒い髪を流して市場を歩いていた。人込みの中でも、明らかに目を引くほど、彼女は美しかった。老人の娘にも見えなかったが、彼が彼女に対する態度は娘に対するそれではあった。

「けれど、先生、シャルル=ダ・フール様とは、変わった名前ね」

 そう彼女が尋ねると、彼は頷いた。

「ああ、そうだろう。王様自身も異国の方ではあったが、シャルル=ダ・フール王子の名前は特に変わっている。その理由は、王様が異国の英雄の……」

 彼がそう話しているとき、ふと、彼女の目の前から一人の男が歩いてきた。

 旅人風の男だった。目が覚めるような青いマントは、砂塵を被って黄土色に汚れ、端がびりびりに破れていた。どこか異国の地で作られたらしい元は上等だった服も、全て基調は青で彩られていたが、かなり着古されていて薄汚れている。長旅の上、金を持っているわけでもなさそうで、気ままに旅をしているのだろうか。

 さして強そうにも見えないひょろっとした長身痩躯の男だが、腰には見慣れない剣が提げてあった。

 彼女は、何故かその男に興味をひかれて顔を見た。相当癖の強い髪の毛らしく、奇妙にくるくると巻いた巻き毛の黒い長髪を頭の上で高く結い上げていた。そのくるりと巻いた前髪の間から見える目は、これはまた見事なまでに三白眼で、顔自体は整っていないわけではないのだが、少し間抜けな印象を与えもする顔立ちである。その癖に、どこか不穏な気配を漂わせてもいるのが、何か気がかりであった。

 歩いているうちにその瞳に陽光が入ると、陰では黒かった瞳が明るく輝いて見えた。その瞳の色は、ぞっとするほど青い。

 彼女の視線に気づいたのか、旅人がこちらに視線を向けそうになった時、前を歩いていた老人が彼女に声をかけた。

「リーフィや、どうしたんだい?」

「あ、先生。ごめんなさい」

 彼女はそう答えて、慌てて立ち止まった老人のところにかけよった。

 結局、旅人と彼女は目を合わせることはなかった。

「あれ、なんか、今のコ、すげえ綺麗だった気がするな」

 旅人はぽつりとつぶやいた。振り返ったときにはすでに黒髪しか見えなかったので、彼は思わず舌打ちする。

「よお、兄ちゃん。のどが渇いてないか? 何か果物でも買って行けよ!」

 急に八百屋のオヤジに呼びかけられ、彼は苦笑した。

(ちぇ、美人のネーチャンじゃなくて、オッサンかよ)

 まあ、自分にはそれぐらいがちょうどいいのかもしれない。確かに喉も渇いているし、何か買うのもよさそうだった。

「今日はお祭りだもんで、安くしといてやるぜ」

「へぇ、結構なお祭りだね」

 八百屋のオヤジに言われて、彼は軽い調子で言った。

「そりゃあな。内乱も終わって、新しい王様がやってくる。とりあえず、オレたちにとっちゃ、戦争が終わっただけでもうれしいね」

 八百屋のオヤジが微笑みながら素朴なことをいったので、男は少しだけ苦笑した。

「ふうん。そうなのかい」

 旅人は、そういうと街にかかった垂れ幕を見上げた。そこには、『諸王の王、偉大なる大地の統治者、シャルル=ダ・フール=エレ・カーネス万歳』と書かれていた。

「シャルル=ダ・フール様ね。……今度の王様はずいぶん変わった名前だなあ」

 旅人は率直な感想を口にした。確かに、彼の名前は、ザファルバーンでは、あまり見かけない名前なのだ。

「さぁ、俺が聞いた話では、シャルル=ダ・フール様ってのは、前の王様が、王になる前の恋人との間にできた子供らしい。いわゆる御落胤ごらくいんてやつでね、内乱でもおこらなきゃ、王になれなかったひとなんだろう。シャルルってえ、変わった名前は、そのシャルル様が連れてこられたとき、城を訪れていた外国の使者から適当に取った名前なんだそうだ。そう思うとちょっと不憫な気もするがなあ」

 八百屋のオヤジは、少し同情するように言った。前の王であるセジェシスには、たくさんの子供がいて、それぞれが王位継承を主張して争い、たくさんの血が流れた。最後に、今まで名も挙がっていなかったシャルル=ダ・フールが候補に挙げられ、それが通ったのだという。詳細は国民にはわからないことだ。

「へぇ。そりゃあ、また随分たいへんだな」

 旅人は、考えるようにあごに手をやった。

「まあ、あんたは、旅の人みたいだが、せっかくなんだから楽しんでいきなよ」

 八百屋はそういうと、旅人の砂でざらざらする肩を叩いた。

「砂漠を渡ってきたんだろう。しばらくは、ここで休んでいきな」

 旅人は乾燥した空気を少し吸い込んで微笑んだ。存外に愛想がよく、そして人懐っこく妙に魅力的ではあった。

「ありがとよ、おやじさん」

 そして、彼は付け加える。

「しばらくの間さ、オレもここに用があるんだ」

 彼は薄く笑った。



 その笑みにどういう意味が含まれていたのか、八百屋は知ることはないだろう。


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