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ERROR

作者: 斗瀬

 ふと、空を見て違和感を覚える。あれ? 空の色が青い? 空は青かっただろうか?

 いや、違うと、私の中の何かが今見ている空を否定した。空は緑色だ。私が知る空は汚い緑色をしていたはずだ。

 いやいや、私は何を言っている? 私、河野 実は緑色の空なんて見たことがない。これは確かなことだ。

 ならば、この記憶に鮮明に残る緑色の空はなんだろう? コーヒー色の海はなんだろう? なにかのアニメ? それとも映画? いや……


 ERROR ERROR


 突然、視界が赤に染まり脳が揺れるような感覚に襲われ、私は思わず目を閉じた。


「ちょっ、実! 大丈夫!?」


 掛けられた声に目を開ければ、体育着姿の友人が太陽を背負って私を覗き込んでいた。


「眩しい……」


 日の光は目蓋で遮断することが出来ず、私の視界に赤が映る。赤? ああ、さっき視界を染めた赤はきっとコレのせいだ。


「実!? ねえ、しっかりしてよ! 誰か、先生呼んで来て! この子日射病かも!」


 日射病? そうか、この頭の痛さは日射病のせいなのか。ああ、痛い。頭が痛い。だめだ……意識がとお……く……





「ちゃんと水分補給しなくちゃ駄目よ」


 保健室のベッドで目を覚ますと、保健室の先生がそう言ってペットボトルを差出して来た。ペットボトルは大手メーカーのスポーツドリンクで、私の苦手な奴だ。だが、違うのがいいと我儘を言う歳でもない。私は上半身を起こして仕方なしにペットボトルに口を付ける。


「アイスノン代えるわね」


 丁寧にタオルの巻かれたアイスノンを代えて、先生は「暫くここで休んでなさいね」と言いベッドの周りのカーテンを閉めた。カーテンの外でいつも保健室に入り浸っている生徒が「せんせー、あのこ平気?」などと決して小さくない声で話し始める。それに応える先生の声も左程抑えられた様子はなく、二人は私のことも気にせず世間話を始める。

 ……ここは苦手だ。保健室の先生と、先生と仲良し生徒だけのテリトリーで、私達病人はいつも異物。はっきり言って居づらい。

 でも、だからと言って私は先生と仲良くなる気は無かった。先生の笑顔が苦手だった。妙に顔を歪めた笑いは、いつも苦笑いに見えて嫌いだ。高校に入ってばかりの頃、初めてその笑顔を見たときヒドク衝撃的だった。あんな風に笑う人間を初めてみたから、衝撃的過ぎて自分の顔を触ってしまうほどだった。自分があんな笑顔を人に向けていたらと思うと恐ろしかった。


 布団を頭までかぶり、私は思考を別の方に持っていこうとする。


 そういえば、倒れる前も何か考えていた気がするが全然思い出せない。珍しいこともあるものだ。いつもなら覚えているのに……。


 私はよく意識を明後日の方向に飛ばす悪い癖がある。何かしていても別のことを考えだしてしまい、人に声を掛けられても気付かないこともしばしばある。しかも、なにか作業しているときにその癖が出ても、手や体は動かしているため周りには気付かれないから始末に負えない。

 そんな私の考えることはどうしようもないことばかりで、宇宙の広がり、無限とは何か? 虚空というものは何か? そんな素人の身にならない哲学ごっこをツラツラと考えているのだ。

悪い癖なのも、現状でなんの為にもならないのも、理解している。それでも止められないのは、それが私にとって、TVやゲームよりも面白い娯楽となっているからだ。それなのに、その娯楽の内容が、こうもすっぱり抜け落ちているなんて……。


「日射病の所為かな?」


 考えていると頭の痛さが酷くなっていき、私は一先ず眠ることにした。





 緑の空が高い建物の狭間から覗く。見えないはずの空気は薄く緑を帯びていて、吸い込むとまるで煙草の煙を吸ってしまったときみたいにイガイガした。この有害な空気を吸わないよう、特殊なマスクをしている筈なのに、最近ではそのマスクも効果が薄い……。


 ん? なんで私はマスクなんてしているんだろうか? しかも馴染みのある白い布のマスクではなく、シリコンで出来た浄化装置付きのゴツイマスク。こんなの付けている人見たことがない。……いや、何を言っているのだ? このマスクは幼い頃から付けていた馴染みのあるものだ。外でこれ無しに動き回れば、身体中が不調を訴え、最終的には死に至ることは、幼い子供でも知る常識だ。だって空気は汚いもの。だから空は緑。不純物だらけの空気の色が、空を濁した。





「実、大丈夫?」


 声と共に身体を揺らされ、私は目を覚ます。汗をかいたのか、背中がグッショリと濡れていて気持ちが悪い。


「……うなされてたから起こしたけど、ねぇ? あんたもう今日は早退した方がいいよ。汗が凄いよ」


 心配して保健室まで来てくれたのだろう友人は、私の額をタオルで拭ってくれる。前髪が張り付いていたのだろう、固まりとなった髪が落ちる感覚がした。


「ここの先生って遊んでばっかり! 病人ほっといて何してると思う? 仲良しの子とトランプしてんの! あたし、授業が終わってすぐ実を見に来たのに生徒とトランプだよ? あの子絶対授業サボってるのに注意もしないんだから!」


 大きな声で友人が怒っていると、がたがたとカーテンの外から音が聞こえてきた。きっと急いで片付けているんだろう。その音が終わるまで友人はカーテンを睨んでいたが、生徒が出ていったのを確認すると私に向き直った。


「それにしても、実が倒れるなんて思わなかった。あんた風邪引いたこともないし、授業中だってこまめに水飲んでたのにね」


「……私だって、風邪になったことあるよ」


「高校では初めてでしょ? 私見たことないもの。

 とにかく、今日は早退しなよ。荷物持ってきてあげるから待ってて」


 友人はそう言ってカーテンをかき分けて外に出ると、先生に「河野さん早退するんで、うちの担任に言っといてください」と、何処か偉そうに言った。その言葉の調子に、私は少し笑う。私は保健室の先生が苦手だけど、きっと先生は友人が苦手だろう。私達の仲間が保健室に行くといつもあんななのだから。


 私は少しふらふらしながらベッドを下り、ハンドタオルで身体の汗を軽く拭う。そういえば、私は一体どんな夢を見ていたんだろう?


「……緑の空?」


 細かい事は覚えてないが、それだけが私の記憶に深く、深く焼き付いていた。





 ERROR ERROR




 この日から、私は良く目の前を真っ赤にして意識を飛ばすようになった。とはいっても、あの日のように倒れる訳ではない。一瞬意識が飛んで、すぐ目を覚ますのだが、その前に考えていたことは必ず忘れるようになった。


「気持ち悪い」


 原因は不明。でも、きっとその原因を考えていると意識を飛ばすのだろう。そうでなくてはこんな不可解なこと、私が日々の思考のネタにしない筈がないのだ。


「一体何だろう?」


 そういえば、最近良く夢を見ている。詳しくは覚えていないが、夢を見るたびに一つずつ鮮明な景色が焼き付くようになった。


「緑の空、コーヒー色の海、機械だらけの街並み、そして」


 宇宙から見た灰色の地球。


 これは何だ? 本当に夢なのか? ただの行き過ぎた妄想なのか? それとも……


「今、ここにいる。それこそが夢?」


 ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR...

 修正不能、他個体に影響の危険有り、№2-23-7-0017261排出します。



 視界が真っ赤に染まり、私の身体は押し流され、大きな水音と共に床に打ち付けられた。


「ゲホッ! カハッ! うぇぇ」


 ゼリー状の液体が咽喉の奥からせり上がり、眼から口から、鼻からと、身体中の至る穴から出てくる。まるで身体中がこの液体で満たされていたかのようだ。全てが出ていくと咽喉がヒューッと音を立てて空気を吸い込んだ。イガイガした空気が肺を満たす。


「ああ、あんたも起きちまったのか」


 目の前に影が落ちて、見上げれば一人の男がいた。黒髪黒目の中年男のくせに異様に白い肌をしている。


「なぁ、あんたは最後のロール、西暦何年だった?」


 異様なのは肌だけではないようだ。


「と、その前に着替えるか? 大丈夫、服ならある」


 男の言葉に私は自分の身体を見て悲鳴を上げた。裸だからではない。いや、裸なのも驚いたがそれよりももっと驚くことがあった。


「なんで!? 私男になってる!?」


 しかも異様に肌が白く、貧弱な身体。


「なってるんじゃない。あんたはもとから男だったのさ、しかし災難だね。異性をロールしているときに排出されるとは……」


「何いってるの!? これは一体何なのよ!」


 私は目の前の男に怒鳴る。訳が分からない、分かりたくない。


「これはただの現実さ。あんたも、俺も、そして未だあそこにいる奴らも、ただ、夢を見ていた。それだけだ」


 私の後ろを指す男の指を追い振り返ると、そこには沢山の人間がカプセルの中に浮いていた。


 ああ、そうだ。思い出した。


 科学の発展の末、地球は滅びたのだ。だから、俺達はカプセルに入り、全てを忘れて仮想現実の世界に身を置いた。死に至るその日まで、幸せな夢が見られるように……。


「思い出したか? とりあえず服を着たほうがいい。もうこのシェルターの中の空気も汚染されているからな」


「……ああ」


 男に従い震える二本の脚をなんとか踏ん張り立ち上がり、ふと、違和感に気付く。アレ? 俺にはまだ足があっただろうか……? いや……


 ERROR ERROR


 何処か覚えのある赤が、俺の視界を染め上げた。


 シミュレーテッドリアリティについて書いてみたかったんですが、文章って難しいですね。

 ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後まで読んでしまいました。 文章の中に何とも言えない男女の違和感がありながら、 気色悪さを感じつ読み進めて提示された答え。 正直、その部分は、「そう来たか」と驚かされました。 文量的にもこ…
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