旅の途中 5
ディズニーシーには大きな池がある。その池では水上パレードが行われるらしく、池の周りには人々が集まってきていた。
「西沢さん、私パレード見たいんだけど、いい?」と松坂さんが尋ねてきた。
「もちろん。私はディズニーシーの初心者ですからね、松坂さんにお任せします」と答えた。
池のほとりに席を陣取って、しばらくすると水上パレードが始まった。池に様々な形をした船が浮かべられ、船に取り付けられた色とりどりのライトの光が暗い夜空に美しく光輝いていた。
派手ではあるが、柔らかな光。私は心が次第に穏やかになっていくのを感じた。
松坂さんは何を考えているのだろう。私は松坂さんの横顔をちらっと盗み見た。松坂さんはうっとりとした顔でパレードに魅入っている様子だった。
パレードが終わると時間が遅くなっていたので、私たちは帰ることにした。出場ゲートへ向かう途中、私は若い女性が大小の熊のぬいぐるみを身につけていることに気がついた。
「あの熊のぬいぐるみ、なんでしょうね」と私は松坂さんに尋ねた。
「あれはね、ディズニーシーのマスコットなの。ディズニーランドのマスコットはミッキーマウスだけど、ディズニーシーではダッフィー」
「ダッフィー?」
「あの熊の名前。変な名前でしょ」と松坂さんは笑って言った。
そうであるならばと私はお土産屋さんでダッフィーの小さなぬいぐるみがついたストラップを買い求めた。今日の記念だ。松坂さんはそれをほほえましく見守ってくれていた(気がした)。
帰りの車の中で私は松坂さんに尋ねた。
「何でディズニーシーなんかに誘ってくれたんですか?」
「毎日、毎日、同じ仕事をしているとね、息抜きがしたくなるのよ。だから」
「じゃあ、なんで私なんかを誘ってくれたんですか」
「そうね…」と松坂さんは少し考えているようだった。
「ここのデイケアのメンバーさんはいつか旅立ってしまうの、いつか西沢さんだって。だから、たまには、いいじゃない」
そうだ、私もいつかは別の場所に旅立たなければならない。
「ただし、他の人には内緒よ。中西先生にばれたら、とんでもないことになるわ」と松坂さんは笑って言った。
松坂さんは私の団地まで送ってくれた。時刻は12時近くになっていた。
「もう遅いから早く寝てね」と松坂さんは言うと、ミニクーパーを颯爽と走らせていった。
私は布団の中で今日の出来事について思いを巡らせた。
確かなことが一つある。松坂さんが言うとおり、気長に旅を続ける私もいつか旅立たなければならない身であることだ。枕元に置いたダッフィーは旅の思い出だ。そう思っていると、薬が効いてきて、うとうとと眠りに入っていった。