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リレー小説「恋愛編」  作者: 唐錦・綾鷹
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第3話 委員会

綾鷹、いきまーす!




 ふふ、という微笑が風に流れてきた。

「あなたって冷たい人ね。私には興味がないのに、私が一人で死のうとしないことに興味があるなんて」

 九ノ瀬はどこか達観したような微笑みを作っていた。俺の目を確かに見つめているはずなのに、その焦点は遥か遠くにあるようだった。

 彼女はそれから肩を少し上げて、今度は子供っぽい無邪気な笑顔になった。

「くやしいから、その質問には答えてあげない」

 背筋から後頭部が、さぁっと痺れた。

 この感じはなんだろう?

 気味が悪くなって、俺は彼女から視線を逸らす。

「……でも、嬉しくもあるの。あなたはきっと、私に似てるから」

 言うと、九ノ瀬は梯子を滑るように降りて、足早に去った。

 離れていく彼女に、俺は視線を送らなかった。

 最後の言葉を彼女がどんな表情で言ったのか、本当のところ、俺は気になっていたはずなのに。




 第3話 委員会




 それから俺はしばらく屋上でぼんやりとしていた。

 ゆっくりと流れる雲は、一緒にいて一番安らげる相手だ。何も語らず、何も思わない。気を合わせる必要すらない。

 九ノ瀬の言葉が頭から離れない。

「あなたはきっと、私に似てる」

 不思議な奴だ。東堂は彼女を無表情で無感動だと評していたが、しかしあいつは俺の前で二度も笑顔を見せた。

 それは俺が大事な心中相手だからだろうか。何がしかの計算の上に作られた表情なのだろうか。確かに、九ノ瀬の顔には作り物のような美しさがある。不自然な雰囲気が。

 けれど、さっきこの目にした無邪気な笑顔には幾ばくかの温度を感じた。だから俺は動揺……そうだ、焦ったんだ。

 そもそも俺は、九ノ瀬にあんなことを訊いて、どんな答えを知りたかったんだろう?

 俺が家族でもない誰かに個人的な質問をすること、自分以外の人間に対して興味を持つことなんて、前にあったのがいつだったか思い出せないくらい稀なことだった。

 冷たい人……か。きっとそうなんだろう。

 最初に九ノ瀬に訊ねるべきだったのは、彼女がどうして死のうとしているのか、その理由のほうではなかったか。だから彼女は、俺をそう評した。

 空にあった視線を下方に傾ける。俺は給水タンクから飛び降りて、屋上の出入り口の扉のノブに手をかけて引いた。


 瞬間、視界を闇が覆った。


 悲鳴を上げる間もなく、縄のようなものが体に巻きつけられて手足の自由が奪われる。

「声を出すな。抵抗するな。大人しくしていれば手荒な真似はしない」

 低い男の声が耳元にささやかれた。

「目標Aを確保。状況終了。委員会へ通達」

 同じ声が、軍隊のようなことを話している。視界が遮られているが、俺には少し心当たりがあった。例の、九ノ瀬の親衛隊の奴らの仕業ではないだろうか。

 それから俺は、おそらくは数人に担がれるようにして運ばれていった。その間、俺は一言も声を発さなかった。

 抵抗したところで無駄だろうし、質問をするならどこぞに運ばれて拘束を解かれたからのほうが良いと判断したからだ。

 数分もしないうちに俺はどこかの部屋に運ばれて、固い床に下ろされた。

 拘束が解かれ、視界が開けたとき、目の前には腕組みした制服姿の女子が仁王立ちで俺を見下ろしていた。

「あんたが神崎勢一? ふーん、なんだかぱっとしない奴ね」

「ここはどこだ」

 周囲を見回す。昼間なのに、酷く暗い部屋だ。天井に一つだけある明かりはオレンジ色のダンライトのみだった。

「どこでしょうね? あなたが通ってる学校の中にあるのは確かだけれど、この場所は教職員だって知っている人はわずかなのよ」

 含みのある笑みを落としてくる女はキツネを思わせるような目つきと高い鼻だが、その大人びた顔つきに反して、長い髪はツインテールに結われていた。

「君は……誰だ」

「残念ながら、あなたには自由に質問する権利なんてないのよ。でも、その程度だったら答えてあげてもいいかもね。ほら、私たちってこれから協力し合っていく仲だもの」

「どういう意味だ?」

「ええ、いいわ。その質問にはこれから丁寧に答えてあげる。けどその前に、挨拶くらいきちんとさせてもらえない?」

 彼女がそう言うやいなや、天井で光るダンライトが七つに増え、その下に立っている人間たちを浮かび上がらせた。

 誰も彼もが舞台の黒子のような頭巾を被っている。しかし首から下は、男子や女子の制服姿だった。

「委員会へようこそ、神崎勢一くん。私たち執行委員一同は心よりあなたを歓迎するわ」

 まるで獲物を睨むような目でそう言う彼女の口はしかし、その両眼とは裏腹に歯を見せて笑っている。

「そして、共に言いましょう。平凡で平穏、安楽で安全な高校生活に――さよなら、と」

 高校生活二日目の俺に、まるで死刑宣告でもするかのように彼女は言った。

 それは実際、すでに記憶から消えてしまった始業式での校長のそれに比べたらよっぽどシンプルで記憶に焼きつく挨拶だった。








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