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リレー小説「恋愛編」  作者: 唐錦・綾鷹
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第2話 九ノ瀬早矢

唐錦。いきます。

「おかえり。おお?入学初日からケンカか?若いねえ」

 帰宅した俺を、祖父の驚きの声が迎える。砂と土にまみれた制服を見れば当然の反応だ。

「ただいま。そんなわけないだろ」

 俺の性格と見た目を知っていれば、ケンカという発想が出てくるのはおかしかった。俺は靴を脱ぎながら祖父の発言を否定すると、階段を上がっていく。

「なんでもいいが、制服は大事にしろよ。安くないからな」

 祖父の声を背中で受け、俺は二階にある自室に向かった。

 祖父の家は様式こそ古臭いものの、二人では持て余すほどの広さだった。一階には台所、十畳の和室と祖父の部屋、物置。和室には縁側があり、そこから庭へと出ることができる。二階への階段を上がると、俺の部屋の他に、使っていない部屋が2部屋ある。トイレはふたつの階にそれぞれ設置してあった。俺が引越してくる前までは二階は全く使っていなかったらしく、初めて自分の部屋を案内された時も、埃との戦いが最初だった

 俺は自室に入り、ベッドに横たわる。天井を見上げながら屋上で出会った彼女の言葉を反芻する。

 いつかきっと、一緒に死にましょう。九ノ瀬と名乗る彼女はそう言った。彼女と手を繋ぎ、屋上から飛び降りた。重力に引き寄せられて地面へと急降下する感覚が鮮明に蘇る。落下しながら握り続けた彼女の手は、陶器のような白さとは裏腹に、暖かく、柔らかかった。

 俺は自分の手のひらを天井へと向け、ゆっくりと握った。俺は落下する最後まで、彼女の手を握り続けていただろうか。

 そして一つの疑問が頭をよぎった。何故ひとりで死のうとしないのか。まるで俺を待っていたかのように屋上に佇んでいた彼女。そしてあの第一声。まるで俺の心を見透かしているような数々の言葉。彼女への興味が、自分の中で膨らんでいくのを感じた。

 階下から夕飯を知らせる声が聞こえ、俺はベッドから起き上がった。




第2話 九ノ瀬早矢




 翌朝、登校した俺を待っていたのは生徒達からの奇異の眼差しだった。教室に入るなり、それまでざわついていた室内が静まり返り、視線が突き刺さる。なるほど、彼女の奇行は昨日に始まったことではないらしい。俺が席に着き、一息つくころには、教室は元のざわめきに戻っていた。教室の前方に目を向けると、楽しそうに会話をしている女子生徒の横に、動かない人影が座っているのを見つけた。周りの女子生徒は、そこに誰もいないかのように真横で談笑をしている。黒く真っ直ぐ伸びた長い髪。九ノ瀬早矢だった。

 

「ようヒーロー。昨日はお疲れだったな」

 鞄を机の横にかけたとき、右の席に座っていた男子生徒が話しかけてきた。

 顔だけをそちらに向けると、短髪の快活そうな男子が、こちらに向かって座っていた。ネームプレートには「東堂 正樹」と刻まれている。

 「初めまして、だね。東堂だ。よろしく」

 名前を告げた東堂は、俺に右手を差し出した。一瞬迷ったが、こちらこそ、とそれを握り返す。意外だな、とばかりに眉を上げる東堂。

「もっとつれない奴だと思ったけど、そうでもないみたいだね」

 手を離した東堂はニカリと笑う。

「君は俺のことを知っているみたいだけど」

 自己紹介は入学式の終わったあとに一人ずつしたが、東堂の最初の言葉にはそれ以外の含みがあった。

「気付かないの?もうみんな知ってるさ。入学初日に九ノ瀬と一緒に屋上から飛び降りたってね」

「彼女は有名なのか?」

「九ノ瀬のことを知らないで騒いでる奴も大勢いるだろうよ。見たって奴も少ないし、噂話の域を出ないね」

 東堂は、九ノ瀬の座っている方に目だけを向けてそう言った。

「東堂は九ノ瀬のことを知ってるのか」

「同じ中学だからね。あいつのことは色々知ってるよ。心中未遂もお前で3人目だ。もっとも、俺が知る内で、だけど」

 そう言う東堂から目を離し、九ノ瀬に視線を移す。九ノ瀬の横には、いつの間にか一人の男子生徒が立っていた。男子生徒は両手を前に出して、何かを訴えているようだった。九ノ瀬は座ったまま一言二言男子生徒と会話をすると、そのまま教室の外へと二人で出て行った。

 俺は東堂に視線を戻し、いくつか質問をして、九ノ瀬早矢について聞いた。東堂は喋るのが好きらしく、こっちが一のことを聞くと、十にして返してくるようだった。

 彼女は隣町の中学校から入学してきたらしい。異質さはそのころから健在だったらしく、周りから浮いていたという。それでも美しい顔をしているので、言い寄ってくる男もいたそうだが、中学三年になる頃にはそれも途絶え、周りからは完全に距離を置かれていた。心中未遂の噂が立ったのもその頃からだった。東堂が知っている内の一人目は登校拒否になり、二人目はトラウマを植えつけられ、九ノ瀬の顔を見るだけで失禁した。

 無表情で無感動、人形の様な美貌と他者を寄せ付けない雰囲気。妖しげな魔術師のような彼女に、軽蔑の眼差しを向ける者もいれば、崇拝の念を持つ者も少なくなかった。いつしかそれらは同盟を組み、親衛隊を作り上げた。彼らは九ノ瀬早矢を陰ながら見守り、有事の際にはどこからともなく颯爽と現れるのだという。これは九ノ瀬の意思とは関係なく行われるらしい。九ノ瀬がこの高校に入学をした後も、彼らは後を追うようにごっそり入学したそうだ。しかもこの親衛隊には謎のバックアップがあるらしく、学生という範疇を超えた行動力や技術力を時に見せるらしい。

「まるで宗教だね」

「いや、国を守る軍隊に近い」

 東堂の言葉に、俺は昨日の軍服達を思い出した。確かに、文字通り軍隊のようだった。

「そもそも、なんであんな鉄仮面に入れ込んでるのかねえ。俺はあいつの笑ってるとこすら一度も……」

 言葉を途中で切って、東堂は止まった。口を開けたまま、視線を俺の左へと向けている。どうしたのかと前を向くと、俺の机の前に、いつの間に教室に帰ってきたのか、九ノ瀬が立っていた。窓からの風に、前髪が揺れる。

「おはよう」

 俺がそう言うと、九ノ瀬は無表情のまま挨拶を返してきた。東堂は今だ固まったままだ。

「何の話をしているの?」

「君のことを聞いていた」

「そう」

 彼女は驚く様子もなく返事をすると、ちらりと東堂の方を見て、またすぐに俺を見る。

「放課後、話があるの。待ってるわ」

 彼女はそれだけ言うと振り返り、自分の席へと向かっていく。近くの女子たちが、彼女を見ながら、聞こえない声で話しているのが見えた。

「お前、どんな方法を使ったんだ?」

 信じられん、と、やっと動き出した東堂が言った。

「今まで、九ノ瀬の方から男に話しかけるなんて、ましてや待ち合わせ。俺は見たことがないぞ」

 食い入る東堂に答えようと、人差し指を上へ向ける。

「一緒に落ちた」

 なるほど。と東堂は笑いながら短い前髪を掻き上げた。

「そりゃあ真似できんわ」


 今日はまだ授業は無い。写真撮影と校内の施設設備の案内、部活動の説明など、夢見る高校生活を色付ける数々の退屈な時間を過ごし、俺は放課後を待った。

 放課後、談笑しながら教室を出て行く生徒たちに紛れて、一人で歩いていく九ノ瀬を、俺は席から眺めていた。 

「行くのか?」

 そう言って立ち上がる東堂に、俺は目を合わせた。

「やっぱ行くよな。んじゃまた明日」

 別れを告げる東堂に右手を上げる。

 教室に誰もいなくなったのを確認すると、俺は立ち上がった。

 九ノ瀬は待っているとだけ言い、場所は聞いていない、それでも、彼女が待っているであろう場所に向かうことは容易だった。俺は昨日と同じように非常階段を上り、屋上の扉を開け放つ。冷えた外気が肌を刺激した。

 昨日、彼女が立っていた場所に目を向けるが、そこに九ノ瀬の姿はなかった。俺はゆっくりと屋上を歩く。青空の先に飛ぶ、小さな飛行機の音が聞こえる。手すりに手をかけ、下を覗いた。昨日、ぶつかる筈だった地面が見える。あのままあそこに落ちていたら、今頃白い人型の線が二つ、描かれているのだろうか。

「来てくれたのね」

 ふいに、後ろから声がした。俺は反射的に振り向く。辺りを見回すが、声の主の姿は無い。

「ここよ、ここ」

 もう一度声がした方を向く。そこには金網の柵があり、その先に給水タンクが設置してある3メートルほどの四角いコンクリートの塊があった。九ノ瀬早矢はその上に座っていた。

「そっちに行ってもいいかい」

 僕は日差しを手のひらで遮りながら、彼女を見上げて言った。

「かまわないわ」

 彼女がそう言ったのを確認すると、俺は金網に手をかけた。

 金網を乗り越えて、梯子を登る。九ノ瀬が座っている反対側、ちょうど梯子を真ん中にして、端と端になるように座った。

「話って?」

 俺は九ノ瀬に、ここに呼び出した理由をたずねた。

「そうね、まずひとつ」

 彼女は俺に声をかけたあとからずっと空を眺めていた。俺がここに座ってからも、それは変わらない。

「そこの金網、扉が付いてるわ」

 彼女が指差した先、俺がよじ登ってきた所の向かい側に、金網をそのまま加工したような扉が付いていた。

「教えてくれればよかったのに」

 俺がそう言うと、次からはそうする、と彼女は静かに言った。

「あなた、ああいう人ともお話ができるのね」

 すぐに東堂のことだと分かった。この学校にきて、まともに会話をしたのは、九ノ瀬と東堂だけだった。

「意外だったわ」

 それとも、と彼女は続けた。

「話せているように見えるだけかしら」

 九ノ瀬が俺を見る。またあの眼だ。全てを見透かすような、硬く閉ざした心の鍵穴を射抜くような眼差し。

「どうだろうね。俺は彼と話していて楽しい」

「また意外なことを言うのね。なによりだけれど」

 そう言って彼女は首を傾げた。

「話したいことはそれだけかい」

 俺がそう言うと、彼女はまた空を見上げた。まるで血管が透けて見えそうなほど白い彼女の肌が、日差しを受けて輝いていた。

「別に用事はなかったのよ。ただ話をしてみたかっただけ。迷惑だったかしら?」

 彼女の質問に、別に、と答えると、俺は彼女の方を向いた。

「それじゃあ、俺からも一ついいかな」

 彼女は横髪を指先で掻き上げて、横顔を向けた。

「どうぞ」

 相変わらずの無表情。

 昨日見せた笑顔が、気のせいだったと思いそうになる。俺は彼女の眼を見据えて、疑問をぶつけた。出来るだけ直接的に、完結に、余計なものは省いて。


「ひとりで死ぬのは、怖いかい」


 遠くに聞こえていた飛行機の音は、いつしか聞こえなくなっていた。残った春風の音に、彼女の髪がなびく。



読了感謝。ありがとうございました。

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