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リレー小説「恋愛編」  作者: 唐錦・綾鷹
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プロローグ

はじめまして。唐錦です。出だしいきます。よろしくお願いします。

 俺が祖父の実家で暮らし始めたのは、中学を卒業する間近のことである。それ以前に住んでいた場所のことはよく覚えているが、母の記憶とともに、思い出となっている。

 八歳年上の兄が家を出た後、俺と母はふたりで暮らしていた。兄がどこへ行ったのかも、何をしているのかも、俺は知らない。

 幼い俺は父の顔を知らずに成長した。物心ついた時にはすでに、母と、歳の離れた兄しかその家にはいなかった。中学校へ上がる頃には、母との二人暮しが当たり前になっていた。

 決して裕福ではなかったが、不満はなかった。友達が流行のゲームで遊んでいるのを見ても、不思議とそれが欲しいとは思わなかった。幼い頃は母にものをねだったりもしたが、その都度、テレビゲームなんかよりももっとおもしろいものがある。と兄が俺を外に連れ出してくれた。川で魚を釣り、山で虫を獲った。落とし穴を作って見ず知らずの人を落としてみたりもした。そして、泥まみれで帰る俺たちを、母は笑顔で迎えてくれた。俺たちが揃って遊びに出た帰りには、決まって母の手作りのプリンが待っている。俺は母のプリンが大好きだった。三人で食べるプリンは、どんな食べ物よりも上等だった。

 

 俺が十一歳になってしばらくの頃、兄は、帰りが遅くなると言い残したきり、そのまま帰ってこなかった。母に尋ねても、気まずそうに微笑むだけだった。

 その頃から、母は病院へ通うようになった。

 もともと丈夫とは言えない体に鞭を打って、子供二人を育ててきたのだ。病気の原因はそれだけではないかもしれないが、俺は母親の優しさを噛み締めた。それと同時に、兄への憎しみが湧いてきた。兄は俺たちを捨てたのだ。母がこんな状態になっているというのに、顔も見せず、どこにいるかも分からない。思い出にちらつく兄の面影は、すでに怒りに飲み込まれていた。

 俺が十五歳になるころには、母の症状はますます悪化していた。日に日に痩せていく母を見るのは辛かった。仕事も辞めて床に伏せることが多くなり、炊事洗濯は俺の役目になっていた。母の綺麗だった長い黒髪も、くすんだ白に変わっていった。母が入院することになったあとも、俺は学校の帰りに毎日病院へ通い、母の話し相手になった。

 学校生活は楽しくなかった。俺の家庭事情は誰もが知っていた。友人も、教師でさえも、憐れみの眼差しを向けてくる。中には親しげに話しかけてくる者もいたが、校外での付き合いは遠慮しているようだった。母には、学校であったありもしない行事を語ったり、いない友人との会話を聞かせていた。

 しばらくして、医者から退院しても良いとの指示が出た。俺は喜びの反面、病状は改善されていないように見えたのに、何故なのかと不思議に思ったが、今思えば末期だったのだろう。家に帰りたいという母の意志も尊重したのかもしれない。母は歩くのも精一杯になっていた。

 

 母が家に帰ってきてからしばらくして、学校から課外授業の予定が出た。近くの山へ出向き、自然を体験するという内容だった。幼い頃の記憶が頭をよぎった。兄は今、どこにいるのだろうか。ふとそんなことを思ったが、すぐに考えるのをやめた。

 俺は母が寝ているベッドの横の椅子に腰掛けて、事情を説明した。

「セイちゃんが行ったら、きっと人気者になっちゃうね。お兄ちゃんに色々教えてもらったんだもの。楽しんできてね」

 昔と変わらない笑顔で母はそう言った。母は兄が憎くはないのだろうか。自分が病に倒れているというのに、顔も見せない兄が。

 思わず問い質しそうになったところで口をつぐみ、俺も笑顔を作った。

「ああ、でっかい虫を捕まえて、みんなを驚かせてやるよ!今なら兄さんにだって負けないよ!」

 母に余計なことを言う必要は無い。例え口から出任せでも、母を笑顔にしたかった。

 俺は立ち上がり、笑顔のまま母に背を向けると、部屋の扉を開けた。

「セイちゃん・・・・・・」

 廊下へと足を出そうとした時、うしろから母の声がした。俺は振り返り、母を見る。

「どうしたの?」

 と俺が聞くと、しばしの沈黙のあと、母が口を開いた。

「お兄ちゃんのこと、責めないであげてね・・・・・・」

 俺は呆然とした。言葉の意味がすぐには理解できなかった。俺は驚きを隠せないままどう返していいのか分からず、そのまま部屋から出てきてしまった。

 

 課外授業当日、出発は昼からで、帰ってくるのは夕方過ぎになる。母のことが心配ではあったが、医者は安静にしていれば、しばらくは病状が急変することはないと言っていた。それに、何かあっても俺の携帯電話の番号は教えてある。俺の携帯電話には、自宅と学校と病院しか登録されていないので、着信があればすぐに分かるのだ。

 出発間際、俺は母の元へ行き、いってきますと告げた。母は笑顔で送り出してくれた。

 課外授業では案の定、俺は浮いていた。母の言っていた人気者ではなく、まったくの逆として。結局、俺は何もしないまま、教師に先導された道を歩いていただけだった。

 解散後、母へどんな話をしようかと考えながら帰途についた。楽しく、おもしろい話をしなければならない。自宅へ着き、玄関の鍵を開けようとしたとき、異変に気付いた。

 鍵が開いている・・・・・・。

 突如悪寒が走った。背中を冷たい汗が流れる。母は家から出ることはない。出る事自体はできるだろうが、そんなことをしていい状態ではない。考えられることはいくつかあったが、俺はすぐに扉を開け、母の部屋へと向かった。しかしその途中、通りがかったリビングで俺は足を止めた。リビングの椅子には母が座っていた。机に上半身を預け、うつ伏せで眠っているようだった。机の上にはスーパーの袋が無造作に置かれていて、一目で買い物に行ったのだと分かった。ここから一番近いスーパーまでは、俺でも徒歩では疲れる距離にある。出歩けるような状態ではないのに、何故わざわざそんなことを。

 俺はリビングに入り、母の背中に手を置き、そして異変に気付いた。

 母は、息をしていなかった。

 

 そこからはあまり覚えていない。俺は泣きながら怒鳴るように救急車を呼び、あとは瞬く間に事が運んでいった。

 ただ覚えていることは、救急車を待っている間、俺は机の上にメモがあることに気付いた。筆は乱れ、なんとか読めるような状態だったが、間違いなく母の字だった。そこにはこう書かれていた。

 

 ごめんね。プリンつくったんだけど、いっしょに食べられなかったよ。 きっとおいしいから、かえってきたら、ちゃんと食べてね。 ごめんね


 救急隊員が駆けつけたとき、俺は半ば放心状態で、母の横でプリンを食べていたそうだ。

 母の葬式が終わるまで、俺は完全に蚊帳の外だった。今までどこにいたのかと思うような、親戚や知人と名乗る人たちが参列していた。

 そのあと、俺は母方の祖父の所へ引き取られることになった。中学卒業までは電車でこちらに通い、高校は祖父の実家の近くへ通うことになった。

 あとから聞いた話だが、祖父は母を勘当していた。身元も分からない男と子供を作ったことで、家を追い出されたのだ。それから連絡は取っていなかったらしいが、今回の件で母が病気だったことを知ったらしく、俺のことも初めて見たらしい。祖父いはく、「俺の孫なら俺にしか育てられん」とのことだ。どういう理屈でどの口が言うんだとも思ったが、話してみるとそれほど捻じ曲がった人でもないらしかった。とある一件でこの人に対する信用が確立したのも事実だ。

 生活が急変する中、戸惑っている暇などないほどに目まぐるしく時は流れ、俺は高校に入学した。町も、人も、全てが違う遠く離れたこの地で、俺は新たな生活を送る。

 

 新しい制服の袖に腕を通すと、不思議と身が引き締まるのを感じた。『神崎勢一』と刻まれたネームプレートを左胸に付ける。階段を降りるとすでに祖父は起きていて、朝食をとっていた。

「おい、メシは?」

 そう言う祖父を横目に居間の前を通り過ぎる。

「今日はいい」

 いつもの調子で祖父に返事をする。

「今日はって、いつもじゃないか。たまには食っていけよ。力が出ないぞ」

 居間から顔だけを出して廊下にいる俺に祖父が言った。

「俺は朝食べなくても大丈夫にできてるんだよ。いってきます」

 俺は慣れない革靴を履きながら後ろにいる祖父に言った。おういってこい!という声が返ってくる。

 最初こそ俺は祖父に敬語を使っていたが、祖父に堅苦しいからやめろと言われてからはずっとこの調子だ。


 立ち上がると、下駄箱の上の母の写真に手を合わせた。

「母さん。行ってきます」

 扉を開けると、まぶしすぎる朝日が身体を照らした。思わず目を細める。目が慣れると、学校への一歩を踏み出した。 

 

 今日は入学式だ。


当初400文字程度で交代のはずが、いつのまにかこうなっていました。プロローグだし、仕方ないよね!☆


お読みいただきありがとうございました。

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