第一話 庶民派カフェ開店です!
様々なバイトを掛け持ちし、毎日をただ平凡に暮らしている鈴木葵。
このときは、彼女に待ち受ける運命を知る由もなかった。
葵はバイトから帰り、近くの少し古ぼけたカフェで疲れを癒していた。
「ここのカフェ……やっぱいいな」
彼女はこの、香ばしい匂いが辺り一面に漂い、耳を澄ませばコーヒーを淹れる音、パンケーキを焼いている音が心地よく聞こえてくる、どこか懐かしいカフェを前から気に入っていた。
彼女は少しカフェに滞在したあと、代金を支払い、店を出た。
いつも歩く光景、いつも見る子どもたちの遊んでいる声、遠くから上昇してくる夕日。
彼女にとってはこのすべてが愛おしく、その姿は幸せに満ちていた。
そして、その幸福は唐突にして消え去った。
キキキキー!!と音を立て猛スピードで彼女の方に突進してきたタクシーはそのままスピードを緩めることなく、衝突した。
「キャアアアア!!!」
近くにいる、救急車を呼ぶ人、ただパニックになっている人、すべてが彼女には見えていた。
(ああ……私の人生もここで終わりか……)
彼女はそう悟り、そのまま帰らぬ人となった。
——
窓から光が差し込み、小鳥の声が聞こえる。
葵は目を少しずつ覚ました。
「ん……あれ、私ってたしかタクシーに轢かれて……って、なにこの部屋!」
そこには彼女がいつも寝ていたベッドとは一回りも二回りも大きいベッドに、金色と赤色で飾られ、どれも光り輝いている床と壁、海外でしか見たことがない大きなシャンデリアなど、様々な物が違って、そこに存在していた。
「嘘……!」
彼女は白い手袋をされた自分の手を見て、ベッドから飛び降り、すぐ近くの鏡に全身を写した。
「これが……私?」
そこにはごく平凡な顔をしていた自分とはかけ離れた整った鼻筋、餃子のように柔らかい耳、つややかな唇、輝いている目、黒色で美しい髪の、誰かが写っていた。
「しかも、この服装……」
彼女が驚くのも無理はない。
なぜなら、海外でしか見ないような貴族そのものの感じの豪華な紫色のドレスを着ていたからだ。
驚いている暇もなく、一階からは誰かがやってきた。
その人はドアを丁寧に開け、一礼してから言った。
「アリーシア様、お早うございます。ご機嫌の方はいかがでしょうか?」
小柄でメイド服を着た可愛らしい人だ。
「アリーシア……!?」
アリーシアと自分は呼ばれていることに困惑を隠せないが、そのキャラを思ったまま演じようとした。
「ああ、お早う」
すると、さっきまで顔を深々と下げていたメイドが驚いた顔で目を丸くしながらこちらを見てきた。
(キャラミスったーー……!!)
だが、少したどたどしい言葉でも、メイドは何も気にしていないような様子で言った。
「ア、アリーシア様。ご朝食の準備ができましたので用意ができたら下の方へ……」
そう言い、もう一度礼ををしてから出ていった。
階段を下りながらメイドの彼女は思った。
(アリーシア様があんな言葉づかいを……!?いつも、話しかけるたびに罵られていたはずだったのに……)
そう、アリーシアとして葵は転生したが、俗に言う『悪役令嬢』だったのだ。
「メイドさん驚いてたな……なんでだろう」
だが、アリーシア本人はそんなことにも気づいていないのであった。
下へ降りると、そこには父親と見られる人物が机に座っていて、さっきのメイドはお盆を持って立っていた。
「アリーシア今日は遅かったじゃあないか。あれほどいつも時間を厳守しているのに……もう僕泣いちゃうよ……!」
そして泣き出した父親をメイドが慰めていた。
「テルヘラ様、落ち着いてください」
「うん……ありがとうメアリーちゃん」
(いい年してなんてことしてんや!)
そして、泣き終わった父親テルヘラは、アリーシアを座らせた。
「とりあえずご飯食べてちょーだい」
(貴族にしてはこの父親言葉遣いが終わってる!)
空腹のアリーシアはすぐに食卓に並んだ、黄色いポタージュや、パンに手を出したが、そこで彼女に衝撃が走った。
「味薄っ!」
テルヘラもメイドのメアリーもすぐに驚いた顔をして、一斉にアリーシアに視線を向けた。
「コホン……!」
彼女は咳払いをし、何もなかったように振る舞った。
だがしかし、なんといっても味が薄すぎるのだ。
(これがこの世界のごはんなの?味薄すぎるでしょ)
何も言わず食べているアリーシアに向かってテルヘラは口を出した。
「アリーシア。いつも味がどうのこうのとか、盛り付けがひどすぎるとか大胆に言って、コックを首にしたりするのに、今日はなんでそんなに文句一つ言わないで静かなんだい?」
テルヘラの言動でアリーシアはようやく気づいた。
(待って、自分やってること完全に……悪役令嬢じゃないの!)
「婚約者になったアルベルト王子も最近お金ばっかせがんでくるけど、今のアリーシアならちゃんと婚約してくれると思うよ」
「って!そいつ絶対婚約破棄するじゃん!」
またも失言してしまうアリーシアであった。
そして当たり前だがもう一度驚いた顔で二人が見てきた。
「ゴッホン!」
咳払いをさっきよりも大きくしたが、そんなのでバレないと思ったのだろうか。
だが運よく二人もそれ以上何も言ってこなかった。
味の薄い朝食を頬張りながら、アリーシアは考えた。
(このままじゃあの王子に婚約破棄されて破滅フラグになっちゃう!なにかここから抜け出す方法があれば……)
考え抜いた末、一つの結論に到達した。
そして、この生活をしていった2日後、チャンスはやってきた。
「それではごゆっくりなさいませ」
メアリーがそう言い、ドアを閉めた。
「にしても……こういう貴族の令嬢でも武術の修業って必要なんだなぁ」
そう思ったアリーシアだったが気を取り直して脱出を試みた。
「今ならお父様も、メアリーもいない!いける!」
貴族に合わせるためお父様と呼ぶことにした。
1日前パパと呼ぶと、テルヘラが嬉しくすぎて泣きだしてしまったからだ。
そして窓から簡単に抜け出すことができ、そのままずっと北の方向に進んでいった。
そして、一つの大きな森にたどり着いた。
さらに進んでいくと、そこには一つの小屋があった。
「誰もいない……使っていいかな」
その小屋に入ったアリーシアであったが、小屋の中が汚すぎたため、なぜか扉にかけてあったほうきで掃除をした。
1時間後すっかりきれいになった小屋を見て、アリーシアは大満足。
「そういえば、誰も使ってないなら、前世の夢叶えようかな……」
アリーシアの前世の夢は憧れていたカフェの店長だった。
「よしやるか!」
そして夜、もう一度貴族の屋敷に帰ってきたアリーシアは食料庫から様々な食品を盗み出し、小屋に持っていった。
そして一日が経ち、アリーシアは朝から作業をしていた。
「うーんいい香り!」
コーヒーは、盗んだ豆から作り、香ばしい匂いを漂わせながら、カップに注がれた。
すると、今までいなかったはずの何かが後ろから来た。
「……誰!」
すぐ後ろを振り向くが、そこにいたのは小さく可愛らしいもふもふした謎の生き物だった。
「えーなにこれ!かわいい!」
コーヒーの匂いに反応して来たのだろうか、人間には慣れているようだ。
「君、名前は?」
アリーシアがもふもふに聞くと、ボソッとした口で言った。
「モフモフ……」
(鳴き声がモフモフって珍しいな!)
内心ツッコミを入れながらも、見た通りのモフモフなので、アリーシアはそう呼ぶことにした。
アリーシアは自作した開店中の看板を外に立て、肩にはモフモフがいて、机には作りかけのコーヒー。
「さあ庶民派カフェ、開店!!」
これから二人の、カフェの店員としての第二の人生が始まるのだった。




