表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悪役令嬢の侍女ですが、お嬢様が優しすぎるので私が守ります

作者: 星渡リン
掲載日:2026/03/08

 ご覧いただきありがとうございます。


 今回は、悪役令嬢そのものではなく、「優しすぎるお嬢様を守る侍女」を主人公にしたお話です。


 悪役令嬢ものが好きな方、主従ものが好きな方、

 そして「理不尽に悪者にされる優しい子を全力で守りたい」と思う方に、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


 お嬢様は優しすぎて、自分が傷つくことにはとても鈍感です。

 だからこそ、彼女を守るために動く侍女クロエの視点で、断罪の裏側や、噂に負けないための戦いを書きました。


 少しでも楽しんでいただけましたら、ぜひ最後までお付き合いください。

 人は、見たいものだけを見る。


 誰かが手を伸ばした瞬間、それが助けようとした手なのか、突き落とそうとした手なのか。

 ほんの少し立ち位置が違うだけで、答えはいくらでも変わってしまう。


 そしていったん「そう見えた」と決まってしまえば、事実はたいてい負ける。


「きゃっ……!」


 王立学園、中央棟の大階段。

 昼休みのざわめきの真ん中で、特待生の少女マリー・フローレンスが足を滑らせた。


 悲鳴と同時に、周囲の視線が集まる。


 そのすぐそばにいたのは、私の主人。

 セレスティア・フォン・ルーヴェルトお嬢様だった。


「危ない!」


 お嬢様は反射的に手を伸ばした。

 マリーの腕をつかもうとしたのだ。


 けれど一瞬遅く、マリーは階段の途中で尻もちをつく。

 誰にも怪我はなかった。たったそれだけのことだった。


 なのに。


「今、押そうとしたように見えなかった?」

「ルーヴェルト様が?」

「最近、殿下があの子に親しくしていらっしゃるものね……」


 ひそひそ声が、波紋のように広がっていく。


 私はすぐに駆け寄った。

「お嬢様、お怪我は」


「私は大丈夫。それよりマリーさんが」


 お嬢様は青ざめるマリーへ、もう一度そっと手を差し伸べた。

 その横顔は、どこまでも真剣で、どこまでも優しい。


 だからこそ、胸の奥がきりきりと痛む。


 今、その手を受け取ってもらえないことくらい、見ればわかるでしょうに。


 マリーは怯えたように肩を震わせ、お嬢様の手を見ることすらできない。

 周りの視線も、空気も、最悪だった。


 するとお嬢様は、困ったように微笑んで、その手を引いた。


「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」


 違います。


 そう言いたかった。

 そう叫びたかった。


 けれど、お嬢様はそれ以上なにも言わない。

 自分が悪者になれば、この場が収まるとでも思ったのだろう。


「私の配慮が足りませんでした」


 頭まで下げてしまった。


 その瞬間、周囲の空気が「やはり」と定まるのがわかった。


 違う。

 違うでしょう。


 胸の奥に、冷たい杭が打ち込まれる。


 このままでは、お嬢様は優しいまま悪役にされる。


 だったら、その物語ごと私が壊す。


   ◇◇◇


 セレスティア・フォン・ルーヴェルト。

 ルーヴェルト公爵家の令嬢にして、王太子レオンハルト殿下の婚約者。


 学園では誰もが知る高嶺の花。

 そして噂の中では、平民出身の特待生をいびる、嫉妬深い悪役令嬢だった。


 もちろん、現実は真逆だ。


 お嬢様は、洗濯籠を抱えてよろける下働きの子を見れば何も言わずに片側を持つ。

 庭師が新しい苗を植えた日には、必ず自分の言葉で礼を伝える。

 料理人が試作に失敗して落ち込んでいれば、最初に食べて「私は好きよ」と微笑む。


 使用人に礼を言う貴族は多くない。

 失敗した相手を先にかばう貴族は、もっと少ない。


 だから私は知っている。

 お嬢様は、噂にされているような人ではない。


「クロエ、そんなに怖い顔をしないで」


 その日の午後、学園のサロンでお嬢様は穏やかに紅茶を口にした。

「私は本当に大丈夫よ」


「大丈夫ではありません」


 即答すると、お嬢様が小さく目を瞬く。


「教材紛失の件、花壇荒らしの件、茶会での冷遇の件。ここ最近だけでも、お嬢様に不利な噂が増えすぎています。今日の件まで重なれば、偶然とは思えません」


「でも、私が少し我慢すれば済むことなら」


「済みません」


 少しだけ声が強くなった。

 しまったと思ったが、もう遅い。


 お嬢様は驚いたように私を見た。

 私は深呼吸をひとつして、言葉を整える。


「お嬢様の優しさは、本当に素晴らしいものです。ですが、それを当然のように踏みにじる人間にまで差し出す必要はありません」


 しんと空気が静まった。


 お嬢様はしばらく黙ってから、ふっと力の抜けたように笑った。


「クロエは、本当に私のことで怒ってくれるのね」


「当然です。私はお嬢様の侍女ですから」


 その夜、私は自室で革表紙の手帳を開いた。

 普段は衣装管理や買い出しの記録をつけるためのものだ。


 新しい頁の一番上に、私ははっきり書く。


『お嬢様保護計画 開始』


 さて。

 悪意が相手なら、こちらは事実で殴るまでだ。


   ◇◇◇


 貴族たちはあまり気づいていない。


 この学園で、いちばん多くのものを見ているのが誰かを。


 廊下を磨く侍女。

 お茶を運ぶ給仕。

 花を替える庭師。

 扉の開閉を記録する門番。

 馬車の時間を覚えている御者。


 生活の隅にいる人間ほど、よく見ている。

 そして私は、そういう人たちの言葉を拾える立場にいた。


「東棟二階の花瓶が割れたのは、何時頃?」

「教材室の鍵の受け渡し記録、見せてもらえる?」

「その日の温室への納品帳もお願い」

「馬車の発着時刻も確認したいの」


 侍女が帳面を片手に学園を歩いていても、誰も不審に思わない。

 それがありがたかった。


「……君はいったい何をしているんだ」


 低い声が頭上から降ってきた。

 顔を上げると、公爵家付きの護衛騎士ユリウス・ヴァンが腕を組んで立っていた。


「仕事です」


「侍女の仕事の範囲を超えていないか」


「お嬢様の身辺を整えるのが侍女の仕事です。衣装の皺を伸ばすのも、噂の歪みを直すのも、大差ありません」


「……本気で言っているのか」


「私はいつでも本気です」


 ユリウスはしばらく黙り込んで、それから小さく息をついた。

「手が足りないなら言え」


「では、よく見ていてください」


「剣はいらないのか」


「まだ真実のほうが先です」


 最初に潰せたのは、花壇荒らしの件だった。


 お嬢様がやったと噂されたその時間、お嬢様は王妃殿下主催の茶会に出席していた。

 出席記録、送迎馬車の記録、待機侍女の名簿まで揃っている。


 どう考えても不可能だ。


 つまり噂は、事実を見て生まれたのではない。

 最初から「そういうことにしたい誰か」がいる。


 私は手帳に新しい線を引いた。


 誰かが、お嬢様を悪役令嬢に仕立てようとしている。


 その夜、自室へ戻ると、扉の下に一枚の紙が差し込まれていた。


『次は毒です。間に合うといいですね』


 私は紙を拾い上げ、ゆっくりと折りたたむ。


 なるほど。

 親切な予告状というわけね。


 なら、間に合わせてあげる。


   ◇◇◇


 翌日の茶会。

 私は最初から給仕の流れを監視していた。


 席順、配膳の順番、厨房からワゴンが出る時間、補助に入る侍女の交代。

 全部を頭に入れる。


 そして焼き菓子の皿が、お嬢様の席へ運ばれる直前だった。


「失礼いたします」


 私は一歩踏み込み、皿を持ち上げた。


 給仕係の少女が凍りつく。

「え……?」


「これは、お嬢様にはお出しできません」


 会場が一気にざわついた。


「香りが違います。この蜜漬け果実、カモミールではなく、眠気を強く誘う薬草が混じっていますね」


「そ、そんな……」


「厨房責任者をお呼びください」


 調べれば、毒ではなかった。

 けれど体調次第ではひどい倦怠感を起こす量だった。


 お嬢様が茶会の最中に倒れれば、いくらでも都合のいい話を作れただろう。

 自作自演だ、平民を陥れようとして失敗した、王太子妃にふさわしくない。

 そういう声が、目に見えるようだった。


 給仕係の少女は、その場で泣き崩れた。


「わ、私は命じられただけなんです……!」


「誰に」


「わ、わからない、でも……侯爵家の方で……香袋を……」


 床に落ちた布切れを拾う。

 紋章の刺繍は途切れていたが、それでも十分だった。


 エインズワース侯爵家。


 ベアトリス・エインズワース。

 淑やかで賢く、理想の令嬢ともてはやされる少女。

 そして最近、やけに王太子殿下のそばにいる人。


 お嬢様は震える給仕係へ自分のハンカチを差し出した。


「もう大丈夫。責めませんから、泣かないで」


 だから、そういうところなのです。


 私は頭痛をこらえながら、努めて穏やかに場を収めた。


 人払いのあと、ユリウスが壁にもたれて言う。


「怒っているな」


「燃えるほどに」


「顔は平然としている」


「侍女ですので」


「怖いな」


「お褒めにあずかり光栄です」


「褒めていない」


「では、これから褒めてください」


 ユリウスは呆れたように笑った。

「図太いな」


「お嬢様を守るために必要でしたので」


   ◇◇◇


 次に私は、マリーに会いに行った。


 正直に言えば、警戒していた。

 お嬢様の優しさを利用する側かもしれないと思っていたのだ。


 けれど温室の隅で向き合った彼女は、ただ怯えているだけの、ごく普通の少女だった。


「あの日……セレスティア様は、私を助けようとしてくれたんです」


 消え入りそうな声だった。


「でも、私がそう言ったら、周りの方たちが困った顔をして……殿下まで黙ってしまって。私、何を言えばいいのかわからなくて……」


 責める言葉は、出なかった。


 彼女もまた弱い立場にいたのだ。

 平民出身の特待生が、貴族たちの空気に逆らって真実を口にするのは、簡単なことではない。


「お嬢様は、あなたを憎んでいません」


「え……?」


「むしろ、ご自分が悪く見えるほうが、あなたがこれ以上つらい思いをしないと考えておられます」


 マリーの目に、みるみる涙がたまる。


「そんなの……優しすぎます……」


「ええ。本当に困るほどに」


 そう返すと、マリーは泣きながら笑った。


 その夜、今度はマリーの部屋が荒らされた。

 机の引き出しから出てきたのは、お嬢様の筆跡に似せた脅迫文。


『身の程を知りなさい。殿下に近づけば、次は階段では済まないわ』


 あまりにも露骨だった。


「偽物です」


 私は便箋を光にかざした。


「筆跡だけなら似せられます。でも封蝋の押し方が違う。お嬢様は封をする時、左下にわずかに力がかかります。これは均等すぎる。紙の折り方も違うし、香りも違います」


 横で見ていたユリウスが眉を上げる。

「そこまでわかるのか」


「侍女ですから」


「便利な言葉だな」


「便利ですよ。真実なので」


 調べを進めれば進めるほど、ベアトリスの影が濃くなっていった。

 席順を整え、噂の流れを作り、誰を味方につけ、誰を黙らせるか。

 丁寧に手を回している。


 ある日、私は廊下の陰で彼女の声を聞いた。


「卒業記念舞踏会で終わらせましょう。皆の前で、あの方がどれほど醜いか示せばいいのです」


 ぞっとするほど穏やかな声だった。


 これだ。

 最後の舞台は、そこにある。


   ◇◇◇


「お嬢様、逃げないでください」


 舞踏会の三日前。

 私は珍しく、主人の前で膝をつかずに立っていた。


「当日、この場でお嬢様を断罪するつもりです。平民いじめ、脅迫、盗難、あらゆる罪を並べて、悪役に仕立て上げます」


 お嬢様はカップを持ったまま黙り込んだ。


「私が反論すれば、殿下の面目を潰してしまうわ」


「潰れて困る面目なら、最初から他人を踏んで立ってはいません」


「クロエ」


「お嬢様は、丸く収めようとしているのではありません。ただ、ご自分が飲み込まれようとしているだけです」


 言いすぎだとわかっていた。

 それでも、ここで止まれなかった。


 長い沈黙のあと、お嬢様は静かに顔を上げた。


「……わかりました」


 その声は小さいのに、はっきりしていた。


「今度は、あなたの隣で立つわ」


 胸の奥が熱くなる。

 私は深く頭を下げた。


「ありがとうございます、お嬢様」


   ◇◇◇


 そこからの二日間は、嵐だった。


 私は今まで拾い集めてきた小さな真実を、ひとつ残らず形にした。


 あの日の廊下を掃除していた侍女。

 花束の差出人を見た庭師。

 便箋の注文を受けた文具係。

 宝石箱の鍵の複製依頼を受けた細工師見習い。

 金で口止めされる会話を聞いた御者。


 みんな最初は怖がっていた。

 けれど「セレスティア様のためなら」と、少しずつ口を開いてくれた。


 お嬢様は知らない。


 自分がどれだけ多くの人に、ちゃんと覚えられているのかを。


「全部持っていくのか」


 積み上がった証言書の束を見て、ユリウスが言った。


「もちろんです。真実は一枚だと薄いのです。重ねて初めて、空気に勝てます」


「侍女というより軍師だな」


「お褒めにあずかり光栄です」


「だから褒めていない」


「では、今日こそ褒めてください」


 ユリウスは苦笑して、やれやれと肩をすくめた。

「頼もしいな」


 私は一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく微笑んだ。

「それは、ありがとうございます」


   ◇◇◇


 卒業記念舞踏会の夜。


 光り輝くシャンデリアの下で、貴族たちはきらびやかに着飾っていた。

 その美しさの中に、人を裁くための期待が混じっているのだから、実に厄介だ。


 広間の中央で、王太子レオンハルト殿下が一歩前に出る。

 その隣には憂い顔のベアトリス。

 少し離れた場所に、不安げなマリー。


 そして正面には、私のお嬢様が立っていた。


「セレスティア・フォン・ルーヴェルト」


 殿下の声が広間に響く。


「お前がこれまでマリー・フローレンスに対して行ってきた嫌がらせ、ならびに王太子妃候補として相応しからぬ振る舞いは、もはや見過ごせぬ」


 ざわめきが広がる。

 予定通りだ。


「花壇荒らし、脅迫文、茶会での薬物混入、宝石の盗難未遂。証人も証拠も揃っている」


「なにか言うことはあるか」


 お嬢様が、一度だけこちらを見る。

 私は小さくうなずいた。


 お嬢様はまっすぐ前を向き、はっきりと言った。


「あります」


 静寂が落ちる。


「ですが、その前に。私の侍女から申し上げたいことがございます」


 広間がどよめいた。

 侍女が貴族の断罪の場に口を挟む。

 前代未聞だろう。


 私は一歩前に出て、完璧な礼をした。


「恐れながら申し上げます。今この場でセレスティア様に向けられている罪状は、いずれも事実と異なります」


「使用人風情が」と、どこかから吐き捨てるような声が飛ぶ。


 だからこそ、私が立つ意味がある。


「まず花壇荒らしの件。当該時刻、セレスティア様は王妃殿下主催の茶会に出席されていました。出席記録、送迎記録、待機侍女名簿、すべてこちらにございます」


 羊皮紙を開く。


「次に脅迫文。筆跡は似せられておりますが、封蝋、便箋、香り、筆圧が一致しません。これは偽造です。文具係と蝋職人の証言も揃っております」


 空気が揺れ始める。


「茶会での薬草混入につきましては、給仕係の証言があります。彼女はエインズワース侯爵家の関係者から指示を受けたと申しております。こちらが、その際に所持していた紋章入り香袋の切れ端です」


 ベアトリスの顔から、わずかに笑みが消えた。


「さらに宝石箱の鍵は事前に複製されておりました。依頼を受けた細工師見習いが、依頼主を証言しております」


「ば、馬鹿な……!」


 殿下の声が揺らぐ。


 私は最後の一枚を手に取る前に、マリーへ視線を向けた。


 彼女は震えながらも、一歩前へ出た。


「セレスティア様は、私を傷つけたことなんてありません」


 その声は細かった。

 けれど広間中に、はっきり届いた。


「階段の時も、助けようとしてくれました。私、怖くて言えなかった。でも、もう黙りたくありません」


 その瞬間、空気がひっくり返った。


 さらに、使用人たちが続く。

 庭師が、侍女が、御者が、文具係が。

 表には出てこなかった人たちが、次々と真実を差し出していく。


 見ていたのだ。

 ずっと。

 誰が優しく、誰が人を陥れようとしていたのかを。


「……嘘よ!」


 とうとうベアトリスが声を荒らげた。


「たかが使用人の証言に、なんの価値があるというの!」


 しまった、という空気がその場に広がった。

 今の一言で、彼女は自分の立っていた床を自分で壊した。


「価値ならあります」


 静かな声が響く。

 セレスティア様だった。


「あなたが見下した方々は、この学園を支えてくださっている方々です。私は、その方たちの言葉を信じます」


 ベアトリスの顔が歪む。

「あなたさえいなければ……!」


 彼女はそのままセレスティア様へ掴みかかろうとしたが、その前にユリウスが割って入った。


 張り詰めた空気の中、お嬢様は一歩前へ出る。


 今度は、私が守るだけの番ではなかった。


「私は、誰かを傷つけたくなくて黙っていました」


 お嬢様の声は震えていた。

 でも逃げてはいなかった。


「ですが、黙ることで守れないものもあるのだと、今日ようやく知りました」


 殿下が言葉を失ったように見つめる。


 お嬢様は、その視線を真正面から受け止めた。


「レオンハルト殿下。私は、あなたとの婚約をこの場でお返しいたします」


 広間が揺れたように感じた。


「あなたは真実ではなく、見栄えのよい物語を選びました。わたくしは、その隣には立てません」


「セレスティア、私は……」


「どうか、もうお呼びにならないでください」


 静かで、きれいな声だった。


 誰より優しい人が、初めて自分のために立った瞬間だった。


   ◇◇◇


 舞踏会のあと、王宮も社交界も大騒ぎになった。


 ベアトリスは失脚。

 彼女とつながっていた家々も責任を問われ、王太子殿下の評価も大きく揺らいだ。


 マリーへの偏見も少しずつ薄れ、学園では特待生や使用人の相談窓口を整える話まで進んでいる。


 そしてお嬢様は、前よりずっとまっすぐに笑うようになった。


 ある日の午後、公爵家の温室で、お嬢様は新しい書類に目を通しながら言った。


「使用人と特待生のための窓口を正式に作ることにしたの」


「とても素敵だと思います」


「クロエがいてくれたからよ」


 私は首を横に振る。

「私は侍女として当然のことをしただけです」


「その当然ができる人は、案外少ないのよ」


 お嬢様はくすりと笑った。


「褒賞も出るそうね。筆頭侍女への昇格案まで届いていたわ」


「ありがたいお話ですが、私の望みはひとつです」


「聞かせて」


 私はお嬢様の前に膝をついた。


「これから先も、お嬢様のおそばに置いてください」


 少しの間のあと、柔らかな笑い声が降ってくる。


「そんなの、私のほうからお願いしたいくらいよ」


 顔を上げると、お嬢様はあの日よりずっと強い笑みを浮かべていた。

 怯えて場を収めようとする笑みではない。

 自分の足で立てる人の笑みだった。


「クロエ」


「はい」


「これからも、守ってくれる?」


 私は微笑む。


「もちろんです、お嬢様。今度は、誰にも遠慮しないで守ります」


 温室のガラス越しに、春の光が差し込んでいた。


 お嬢様はきっと、これからも誰かに手を差し伸べる。

 また優しすぎて、損をしそうにもなるだろう。

 きっと私は、そのたびに胃を痛める。


 けれど、それでいい。


 覚悟はもう、とっくに決まっている。


 お嬢様が優しいぶん、敵が多いのなら。

 私はその全部の前に立つ侍女になる。


 それが、セレスティア・フォン・ルーヴェルトの侍女、クロエ・ノワールの誇りだ。

 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


 『悪役令嬢の侍女ですが、お嬢様が優しすぎるので私が守ります』は、

 優しい人が損をしてしまう理不尽と、

 その優しさを守るために動く人の強さを書きたくて作った物語です。


 セレスティアは、自分が悪く見えることで場を収めようとしてしまう人です。

 けれど、それは優しさであると同時に、誰かに利用されてしまう危うさでもありました。


 そんなお嬢様に対して、クロエは感情だけではなく、記録や証言、積み上げた事実で戦います。

 剣や魔法ではなく、見ていたこと、覚えていたこと、働いていた人たちの言葉が力になる形にしたかったので、そこを楽しんでいただけていたらとても嬉しいです。


 また、マリーを単純な対立役にせず、彼女もまた空気に飲まれた側のひとりとして描いたことで、

 ただの対決ではない物語にできればと思っていました。


 もし少しでも面白い、続きを読んでみたい、主従の関係が好きだと思っていただけましたら、

 ブックマークや評価で応援していただけるととても励みになります。


 ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ