みじかい小説 / 031 / 手を伸ばす
「今夜、会えませんか」
相手の男からメッセージが入った。
美咲はそれを読んで眉を寄せる。
「次の土曜日のお昼ならいいよ」
はじめて二人で会うのに、夜という時間帯を設定してくる男など論外である。
しかし、男の着ているパーカーが、元夫に買ってあげたものと一緒だったので、なんとなく会ってみようと言う気がしたのだった。
大輝との出会いは、今時珍しくもない、マッチングアプリであった。
最初はその笑顔に惹かれた。
その上で、住んでいる場所や、学歴などのステータス、子供が欲しいかなどの条件もクリアしていたため、なんとなく「いいね」を押したのだった。
するとすぐに相手からも「いいね」が押され、めでたくマッチング成立、すぐにメッセージのやりとりがはじまった。
やりとりをしていて相手がマメな性格であることが知れると、美咲は本格的に好感を抱くようになっていった。
大輝から会わないかと誘われたのは、それから一か月ほど経ってからのことである。
「はじめまして、よろしくお願いします」
当日の大輝は、例のパーカーを着て現れた。
「そのパーカー、写真と一緒だね」
と美咲が言うと、大輝は「見つけやすいかと思って」と笑顔を作った。
そのまま二人で動物園へと足を向けた。
特別動物が好きというわけではなかったが、待ち合わせ場所から一番近い娯楽施設がその動物園だったのだ。
やれ像の鼻が長いだの、やれライオンのたてがみがふさふさしているだのと言いながら二人して歩く。
土曜日ということもあり人が多かったが、そんな中で、大輝は美咲に歩幅を合せ、人込みではぶつからないように気を配ってくれた。
それだけでなく、「喉かわかない?」「トイレ大丈夫?」などと細やかに気遣ってくれた。
大輝の背中が大きく見えた。
もうそろそろ、元夫を忘れてもいいのかもしれない。
そんな思いがあふれてきて、美咲は大輝の右手をじっと見つめた。
そうして、自分の左手をそろそろと伸ばしたのだった。
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