第一章:旅館修復の始まり 1
静は、旅館再建のための計画を練り直すため、皆を集めた広間のテーブルに資料を並べた。これからどのように進めていくか、各自の役割を明確にすることが必要だ。エリオットが帳簿を手にし、静の横に立つ。彼は既に旅館の現状を把握し、今後必要な資材や費用について、効率よく進めるための案をまとめていた。
「まず、こちらが資材リストです。」
エリオットは淡々とした口調で説明を始めた。「建物の老朽化が激しい部分に優先的に手を入れる必要があります。柱の補強と屋根の修繕が最初の課題です。現在の予算では、最低限の修繕に取り掛かることはできますが、予備費用がほとんど残りません。」
静は頷きながら、手元の資料に目を通した。限られた予算の中でどうやりくりするか、まずは優先順位を決めなければならない。
「まずは、温泉を最優先に整備しましょう。温泉を目玉にする以上、ここが使えなければ意味がないわ。」
温泉施設は、月影館の最大の武器である。しかし、使わずに放置されていたせいで、排水設備や湯船の劣化が目立っていた。それらを修復するためには、相応の時間と資材が必要だ。静は、温泉が蘇ったときに多くの客を呼び込む姿を心の中に描きながら、力強く言葉を続けた。
「次に客室の整備ね。せっかく温泉を使えるようにしても、お客様が泊まれなければ意味がないわ。」
エリオットは静の意見に同意し、ノートに項目を記入した。彼は淡々と進めているようでいて、必要な判断を見逃さない性格だ。その冷静さは、静にとって心強い支えだった。
「資材の手配は、私が地元の業者と交渉します。」
エリオットが手配を申し出ると、グリゴルが豪快に笑った。
「交渉が必要なら、俺も一緒に行こう。相手が断れねえように、しっかり脅してやるさ。」
「それでは困ります。」
エリオットは微笑みながらも、きっぱりとした口調で制した。「ここはあくまで信頼を築く交渉が大切です。脅しではなく、誠実な対応を心掛けます。」
グリゴルは「なんだつまらねぇ」と不満そうに呟いたが、静の視線に気付いて肩をすくめた。
会議は順調に進み、具体的な役割が決まっていった。
「リリィは、掃除と簡単な雑務を担当してもらうわ。あなたの明るさは、この旅館の雰囲気を良くするわよ。」
「わーい!任せてお婆ちゃん!」
リリィは宙をふわふわと舞いながら、楽しそうに笑った。
「グリゴルは、厨房の整備と食材の管理をお願いするわ。」
「ふん、料理は俺の領域だ。誰も文句を言わせねえ。」
グリゴルは自信満々に答え、手にした包丁を軽く振った。
「そして、私は……」
静は少し間を置いてから、優しく微笑んだ。「温泉でのマッサージを担当するわ。温泉を訪れるお客様に、私自身が特別な癒しを提供したいの。」
その言葉に、エリオットは意外そうに眉を上げた。「マッサージですか?」
「ええ。私がずっと家族にしてきたことを、ここで役立てたいの。体が癒されれば、心も元気になるものよ。」
静の真剣な眼差しに、エリオットは頷き、リストに書き加えた。
「それでは、各自の担当が決まったので、早速動きましょう。エリオット、資材の交渉をお願いするわ。グリゴルとリリィもそれぞれ準備に取り掛かって。」
静の指示で、スタッフたちはそれぞれの担当に動き始めた。エリオットは早速業者との交渉に出かけ、グリゴルは厨房の整備に取り掛かる。リリィは廊下の掃除を始め、旅館に少しずつ活気が戻っていった。
静は一人、旅館の中庭に立ち、風に吹かれる木々の音を聞いていた。古びた廊下や傷んだ屋根、使われなくなった家具たち――これらをすべて修復し、新しい命を吹き込む。それは、彼女自身の新しい人生を切り開く旅でもあった。
「さあ、これからが本当の勝負ね。」
静は、自分自身にそう言い聞かせながら、一歩を踏み出した。