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第一章: 旅館再建への一歩 3

「次に紹介するのは、事務や会計を担当する者です」


彼女に案内されながら、旅館の別の一角へと向かう。廊下を進むたびに、月影館のかつての栄光と今の廃れた姿が交錯して胸に迫ってくる。だが、静はしっかりと前を見据え、決意を固めた。自分の役割は、ここでこの旅館を再建し、再び訪れる者たちに安らぎと活気をもたらすことだ。


「この方が、旅館の管理を支えるエリオットです」


霞が紹介した先にいたのは、一人のエルフの男性だった。銀色の髪が静かに揺れ、冷静な瞳が静を見つめる。彼は丁寧に頭を下げ、静に優雅に挨拶した。


「お会いできて光栄です、田中様。私はエリオット。今後、旅館の再建に向けて、全力でサポートさせていただきます」


エリオットの声には、確かな信頼と落ち着きがあった。彼の冷静な雰囲気に触れた瞬間、静はすぐに彼が頼りになる存在であると感じた。これまでの人生で多くの人々と接し、家族を守るために尽力してきた静は、人を見る目が自然に養われていた。エリオットの誠実な態度と、物事を客観的に捉える冷静さに、彼女は安心感を覚えた。


「あなたが旅館の経営を支えてくださるのね。ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」


静がそう言うと、エリオットは柔らかく微笑んだ。


「私もこの旅館を再び活気ある場所にしたいと思っています。田中様の知恵と経験があれば、きっと成功しますよ」


その言葉に、静は再び胸に決意を固めた。この異世界で自分が果たすべき役割が見えてきたような気がした。自分が若返ってもなお「お婆ちゃん」としての自分を求められるのは、もしかしたら自分が年齢や外見に囚われることなく、周囲を支える存在であるべきだという使命なのかもしれない。


「それにしても、まずは旅館の状態を何とかしないと……お客様が来ても、これでは快適に過ごしていただけないわ」


静は、古びた廊下やひび割れた壁を見つめながら呟いた。このままでは、たとえ温泉や料理が素晴らしくても、施設の老朽化が問題となるだろう。旅館全体の修復が必要だと、改めて痛感した。


「まずは、修繕が必要な箇所をリストアップし、それを基に計画を立てましょう」


エリオットは手際よく帳簿を取り出し、既に彼なりの修繕案をまとめている様子だった。静は彼の効率的な仕事ぶりに感心しつつ、旅館再建がいよいよ現実のものとなりつつあることを感じた。


「ありがとうございます、エリオット。あなたの助けがあれば、この旅館を再び繁盛させることができるわね」


静はエリオットに感謝の意を伝えた後、旅館の各箇所を再び巡り始めた。月影館は、長い歴史を持つ建物であるだけに、至るところにその歴史の名残が感じられた。廊下に刻まれた傷、使い込まれた家具、古びた絵画――それら一つ一つが、この旅館がかつてどれほど愛されてきたかを物語っている。


だが、その一方で、今の状態では到底、かつての栄光には届かない。静は、こうしたものをすべて修復し、新たな風を吹き込むための計画を頭の中で練り始めた。


「修復するだけではなく、この旅館に新たな魅力を加えなくてはならないわね……」


静は再建のためのアイデアを思案しながら歩を進めた。温泉と料理だけでなく、この場所を特別な存在にするための工夫が必要だ。それは、新しいお客様を引き寄せるための重要なポイントとなるだろう。


その後、静は霞に案内され、温泉へと向かった。月影館の温泉は、この旅館がかつて多くの冒険者や旅人たちに愛されていた理由の一つだったという。静もまた、温泉というものに特別な思いを抱いていた。日本では、温泉がもたらす癒しの効果を熟知していた彼女にとって、この温泉が旅館再建の鍵となることを直感的に理解していた。


「ここが、月影館の温泉です」


霞が案内したのは、木々に囲まれた広々とした露天風呂だった。だが、長い間手入れがされていなかったため、湯船の周囲には苔が生え、湯気も弱々しく立ち昇っていた。その姿に、静は少し寂しさを感じた。かつてこの場所が多くの人々に癒しを提供していたことを思うと、その今の姿はあまりにも対照的だった。


「この温泉も、かつては多くの旅人たちが利用していました。彼らはここで疲れを癒し、次の冒険へと旅立っていったのです」


霞の説明に、静は頷いた。温泉はただの風呂ではなく、心と体を癒す特別な場所だ。ここで過ごすひと時が、旅人にとってどれほど重要なものだったか――それを理解している静にとって、この温泉を再び蘇らせることは、月影館の再建にとって不可欠な要素だと感じた。


しかし、ただ温泉を再開させるだけでは足りない。異世界の住人にとって温泉そのものは目新しいものではないからこそ、何か特別なサービスが必要だった。そこで静は、ふと自分がかつて日本でしてきたことを思い出した。


「温泉でのマッサージはどうかしら。私が自ら手を動かして、お客様に直接施術を行うことで、体の疲れを癒す特別な体験を提供するのよ」


静は、日本で家族の体を労わるために、長年マッサージを行ってきた経験があった。優しく筋肉をほぐし、心地よい圧を加えることで、疲労が取れ、体全体が軽くなる――その効果をこの世界の客にも提供できれば、月影館に訪れる理由が強固になると考えた。


「この世界には私が知っているような手技はまだ浸透していないでしょうし、温泉と組み合わせて、体の内外から癒しを提供できるわね」


静の言葉に、霞は目を輝かせた。


「それは素晴らしいアイデアです、田中様。お客様にとって、温泉の癒しだけでなく、体に直接働きかけるマッサージが加われば、きっと多くの冒険者や旅人があなたの手技を求めて訪れることでしょう」


こうして、静は温泉での特別なマッサージサービスを提供することを決意した。彼女が提供するマッサージは、ただ筋肉をほぐすだけではなく、心身に深いリラクゼーションをもたらす技術だ。異世界の住人にとっては目新しく、しかも実際に効果を感じられる体験となることだろう。


「温泉に浸かりながら筋肉を和らげ、マッサージで血流を促進し、体全体を軽くする――そうすれば、旅の疲れも吹き飛ぶわ。冒険者たちにもぴったりのサービスになるはずよ」


静は、湯気の立ち上る温泉を見つめながら、自分ができることを考え始めた。異世界の住人にとって特別な価値を持つのは、ただの温泉そのものではなく、そこに付随する心のこもったサービスだ。彼女が施すマッサージは、その中心的な役割を果たすことになる。

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