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第一章: 旅館再建への一歩 1

田中静は、霞の案内に従いながら「月影館」の中をゆっくりと歩いていた。目の前に広がる古びた廊下は、長年の手入れが行き届かず、所々にひび割れや傷が見受けられる。かつての栄華を誇っていたという面影は、今や薄れてしまっていた。


「この旅館、かなり年季が入っているわね……」


静はため息交じりに呟いた。思わず指で柱をなぞってみると、乾いた木の感触が指先に伝わる。古びた木材は、彼女の人生と同じように時の流れにさらされ、くすんでいた。だが、その一方で、この場所にはどこか懐かしさも感じる。


「はい。月影館は、かつて多くの旅人や冒険者たちに愛されていました。しかし、今ではすっかり廃れてしまい、ほとんどお客様も来なくなりました」


霞が静かに答える声が、古い廊下に反響した。彼女の足取りは軽やかで、まるでこの旅館に溶け込んでいるかのようだ。静は一瞬、霞を見つめた。彼女は一体、どれほどこの旅館に思い入れがあるのだろうか――そう思わせるほどの真剣さが、その横顔には感じられた。


「あなたは、ずっとここにいたの?」


静の問いに、霞は微笑みながら頷いた。


「はい、私はこの旅館に宿る精霊として、この場所を守り続けてきました。ですが、旅館がこのような状態になってからは、私一人ではどうにもならず……そこで、田中様のような方にお力をお借りしたく、異世界からお呼びしたのです」


「異世界から、私を……?」


静は自分が選ばれた理由にまだ納得がいかない様子だった。確かに彼女は、長い間家族を守り続けてきた経験がある。しかし、それは家庭内のこと。果たして、この異世界の旅館を再建するための力が、自分にあるのだろうか――そんな不安が胸に去来する。


「私で、本当に大丈夫なのかしら」


静がポツリと漏らすと、霞は優しく微笑んだ。


「大丈夫です。あなた様の知恵と経験は、この旅館を再建するために必要不可欠なものです。私たちも全力でお手伝いさせていただきますので、ご安心ください」


霞の言葉に、静は少しほっとした。だが、まだどこか心の中に引っかかるものがある。今までの人生の中で、旅館経営などという大規模な事業を行ったことはない。もちろん、家庭の運営や日々の生活を支えることに関しては熟知しているが、それが通用するかはわからない。


「そう……なら、まずはやってみるしかないわね」


静は自分自身に言い聞かせるように、そう呟いた。彼女の声には少し力が込められていた。挑戦することへの不安はあるものの、彼女の胸の中には新たな人生を切り開こうとする意志が芽生えてきていた。


「ありがとうございます。では、早速ですが、スタッフたちをご紹介いたします」


霞が言い終わると同時に、どこからか軽快な羽音が聞こえてきた。静がその音に耳を傾けていると、小さな影が空中を飛びながら彼女たちに向かってくるのが見えた。やがてその影が近づいてくると、それが一人の妖精の少女であることがわかった。透き通った翅を持ち、空中を軽やかに飛び回りながら、彼女は明るい声で話しかけてきた。


「やっほー!お婆ちゃん、こんにちは!」


その元気な声に、静は驚いて顔を上げた。目の前に浮かぶのは、小さな体に鮮やかな翅を持つ妖精の少女。彼女は楽しそうに宙を舞いながら、静に近づいてきた。


「はじめまして!私はリリィ、妖精のメイドよ!お婆ちゃん、よろしくね!」


「……お婆ちゃん?」


静は一瞬戸惑ったが、すぐに笑みを浮かべた。


「ええ、よろしくね、リリィさん」


静の言葉に、リリィは満面の笑みを浮かべ、ふわりと舞いながら空中で一回転した。


「わーい!ありがとう!でもね、そんなにかしこまらなくていいよ。リリィでいいからね、お婆ちゃん!」


「そう、じゃあリリィって呼ばせてもらうわね」


静は、彼女の無邪気な明るさに少し肩の力が抜けたように感じた。異世界での不安は確かにあるが、こうして笑顔で接してくれる仲間がいることに少し安心感を覚えたのだ。


「リリィは、この旅館でメイドを務めてくれています。掃除や雑務などを担当し、とても働き者です。少しおっちょこちょいなところもありますが……」


霞がそう説明すると、リリィは誇らしげに胸を張った。


「うん、私、掃除とか片付けは得意だから!だから、困ったことがあれば何でも言ってね、お婆ちゃん!」


「ありがとう、頼りにしてるわ」


静は心の中で、リリィの若さと元気さに少し嫉妬しながらも、その明るさに救われる思いだった。異世界の住人であることにまだ慣れない部分はあるが、こうして目の前にいるリリィのような存在は、確かに「本物」なのだ。

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