第一章:イベント開催 2
イベントの準備が一応整ったとはいえ、すべてが順調に進むわけではなかった。各自が責任を持って仕事をこなそうとする一方で、予期せぬミスやトラブルが次々と発生し、スタッフたちは苦悩を抱えていく。そんな中で、リリィとグリゴルはそれぞれ大きな壁にぶつかり、自己嫌悪と挫折に悩まされることになる。
リリィは元気いっぱいで、一生懸命に働いていた。しかし、その元気が空回りし、いくつかの小さなミスが積み重なってしまった。
「これ、どうしよう……」
彼女が布団の準備を終えたはずの客室には、布団が片側しか敷かれていなかった。さらに、清掃した部屋も細かな埃が残り、掃除道具がそのまま置き忘れられている始末だ。
「もうっ、ちゃんとやったつもりだったのに!」
リリィは悔しさで目に涙を浮かべた。
彼女は、ミスを指摘されたときは元気に「ごめんね!」と笑顔で返していたが、心の中では失敗が自分の力不足の証拠だと思い込んでいた。
「リリィ、大丈夫?」
静が心配そうに声をかけると、リリィは無理に笑顔を作り、「うん、大丈夫だよ!」と元気に答えた。
しかし、静は彼女の表情に隠れた不安を見逃さなかった。「そんなに無理をしなくていいのよ。私も何度も失敗してきたわ。」
「でも、私……皆の足を引っ張ってるだけかもしれない……」
リリィの声は小さく、彼女の肩は落ち込んでいた。
「リリィ、私たちはみんなでこの旅館を立て直しているの。失敗は誰にでもあるわ。だから、次にどうするかが大切なのよ。」
静は優しく語りかけ、リリィの小さな手を握った。
「……次は、もっと頑張る!」
リリィは静の言葉に励まされ、涙を拭って力強く頷いた。
一方、グリゴルもまた、自分の仕事に行き詰まりを感じていた。彼は完璧な料理を提供することにこだわり抜いていたが、納品されるはずだった食材が届かなかったことで、準備が大幅に狂ってしまった。
「くそっ、こんな半端な材料で何ができるんだ!」
彼は厨房のテーブルを叩き、苛立ちを隠さなかった。
もともと頑固な性格のグリゴルは、自分の理想通りに物事が進まないと感情を抑えることが難しかった。彼は、自分がこの旅館の料理を支えているという誇りがある反面、その重圧に押しつぶされそうになっていた。
「グリゴル、今はある材料でベストを尽くすしかありません。大事なのはお客様に喜んでもらうことです。」
エリオットが冷静に提案したが、グリゴルは苛立ちを隠せなかった。
「お前に何がわかるんだ!?俺はな、妥協なんかで料理を出したくねぇんだよ!」
グリゴルはエリオットに声を荒げ、そのまま厨房を飛び出した。エリオットは一瞬言葉を失ったが、冷静さを保ちながら「後で話そう」とだけ呟いた。
厨房から飛び出したグリゴルは、一人で温泉の縁に腰を下ろしていた。そんな彼のもとに、静がそっと歩み寄る。
「何か話したい?」
静がそう尋ねると、グリゴルはため息をつきながら「……どうしてもうまくいかねぇ」と漏らした。
「グリゴル、あなたの料理に対する情熱は素晴らしいわ。でも、完璧を求めすぎると、何も進まなくなってしまうこともあるの。」
静の言葉に、グリゴルは黙り込んだ。
「大事なのは、心を込めて料理をすること。それはどんな材料でも変わらないはずよ。」
静は穏やかな声で続けた。
「……心を込める、か。」
グリゴルは少しだけ顔を上げ、その言葉を噛みしめるように呟いた。
リリィとグリゴルは、それぞれの失敗を抱えながらも、静の言葉に励まされ、少しずつ前に進む決意を固めていく。リリィは、次こそは完璧に準備を整えると誓い、グリゴルは新しい材料を使ったメニューを考え始めた。
「失敗なんて、いくらでも取り返せるさ。」
グリゴルがようやく笑顔を見せたとき、リリィも「次は絶対にうまくいくよ!」と明るい声で応じた。
静はその様子を見守りながら、「皆が力を合わせれば、きっと素晴らしい旅館になるわ」と心の中で確信した。