表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ハズレスキル『心声文字化』を手に入れた転生令嬢、ついに婚約破棄を迎える。

作者: okazato.

 王立学院で年に一度だけ開催される、秋のダンスパーティー。授業の一環ではあるものの、この時だけはお決まりの制服を脱ぎ、好きな格好で夜を過ごすことが許されていた。


 会場では、色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢たちが、軽やかな声をあげている。

 学力を買われ、ここへ入った貧しい娘たちもいるが、彼女らにも学院の用意したドレスがあてがわれていた。


 そしてまたホールの片隅で、わあっと歓声が上がる。ひざをつき、ダンスを申し込まれた少女は、初めての経験に戸惑っているようだ。


 もともと学院内では、身分の差を問わず、平等に生徒同士が交流できる体制が整えられている。とはいえ、学科が違えばほとんど会話をする機会もない。

 そのため、すべての学年が一堂に会する夜会は、年齢や立場を超え、新たな出会いを育む場になっていた。


 みながどこか浮き足立つ、特別なひととき。けれどもそれは、ある少女の登場によって一変した。


「エレノア様よ……!」


 誰かの囁きを受け、会場中が静まり返る。


 ホールの入り口に足を踏み入れた少女は、高いヒールをものともせずに、勢いよく人山をかき分けていく。


 きらめく黄金の髪に、特徴的なアースアイ。

 ロイヤルブルーのチュールドレスには、細かな刺繍が施され、さらに宝石が散りばめられている。それはまるで、星空をまとったかのような美しさだ。


 つかつかと進んでいた少女は、突如歩みを止める。周囲の生徒たちが、慌てて彼女から離れていくのに対し、とある集団だけは、その場に残り続けた。


 エレノアの婚約者である第一王子アマートと、彼を支える忠臣たちだ。

 そして、彼のそばには一人の女生徒が付き添っている。


〈ビビアナ・グランディ。やはり、あのゲーム・・・のとおりね〉


 口から心臓が飛び出しそうになるのを、必死にこらえながら、“悪役令嬢エレノア・ソレンティーノ”は渾身こんしんの笑みを浮かべた。


 これから、ここで起こることは全て知っている。


〈アマート様からの、婚約破棄の宣言。そして、私の断罪が始まる〉


 他の面々も、おおよそ今後の展開を予想できているのだろう。教師も含め、会場に集う全員が、エレノアから目を逸らしている。


〈うう、なんだか緊張するわね。でも、覚悟はできているわ!〉


 自分を鼓舞こぶしながら、エレノアは姿勢を整えた。


〈婚約破棄でもなんでも、やってみなさい!〉


 その時、ようやくこちらを見た王子と、わずかに目が合う。

 さらりとしたカシスカラーの頭髪からのぞく、アメジストの強い瞳。ああ、やっぱり。


〈圧倒的に顔がいいです、アマート様!〉


 頬が緩みそうなところを、必死に我慢しながら、にこりと微笑みかけると、彼は眉間みけんにしわを寄せて、あからさまに顔を背けた。


 やはり、“エレノア”は嫌われたままのようね。けれどもそれは、この世界・・・・にきたあの日から、分かりきっていたことだった。


 『ラビリント・ダモーレ』──日本語に訳すと、“愛の迷路”と名付けられた乙女ゲーム。

 かつての私──丁野ていの光理ひかりは、このゲームにハマりきっていた。


 緻密に描きこまれた圧巻のグラフィックに、切ないストーリー展開。そしてなにより、魅力的な攻略対象キャラクターたちが、当時高校生だった私の心を鷲掴わしづかみにした。


 騎士団長の息子・ティベリオに、未来の宰相候補ともくされる秀才のマリアーノ。

 エレノアの兄であるダニオに加え、物語の展開次第では、イケおじ枠の父親勢までもが攻略対象になるのだから、全クリするのはなかなかに骨が折れた。


 その中でも、光理が一番好きだったのは、王道の王子様アマートルートだ。

 彼の婚約者である、悪役令嬢からの嫌がらせに耐えたうえで、彼の取り巻きたちをも味方につけると、夜会での断罪シーンを経て、王子と結ばれることができる。


 そう。このダンスパーティーこそ、主人公ビビアナ・・・・がアマートと幸せになるために、欠かすことのできない場面だった。


 この世界においての主人公は、ビビアナになる。つまり、悪役令嬢であるエレノアには、もはや手も足も出せない状況なのだ。


 思い返せば二年前。私が前世で交通事故に遭い、この体に憑依してから、破滅への道は始まっていたのだろう。


「お母さま! エレノアが、エレノアが目を覚ましましたっ!」


 転生したばかりの私を見つめながら、兄のダニオは大声を上げた。


 妹を溺愛する兄と、父母や祖父母、それから医師に囲まれたエレノアは、寝台に横たわったまま、混乱する記憶を整理し、ある結論に辿り着いた。

 ここは、大好きな『ラビダモ』の世界である、と。


 長い間、私の体を診ていた医師は、深く息をいたあと、家族たちに向き直った。


「原因不明の高熱だと思っていましたが、どうやら、そうではなかったようです」

「それは、いったいどういうことです……!?」


 今にも掴みかからんばかりの勢いで、父は問いかける。


「ご令嬢は、スキルを獲得されたようです。おそらく、その負荷に耐えきれず、寝たきりの状態が続いていたのでしょう」


 スキル? なにそれ。そんなの、ゲームの設定にあったかしら?


「エレノア様。あなた様がこの度獲得されたスキルは、『心声文字化モノローグ・サブタイトルズ』です」

「モノローグ……?」

「私も、このように患者の状況を可視化することができるのですが、おそらくエレノア様にも、似た能力が備わったのだと思います」


 彼はそう言いながら、目の前で両手を動かしてみせた。すると、四角い液晶画面のようなものが、目の前に映し出される。


【エレノア・ソレンティーノ】

【現在かかっている病気:なし】


 その他にも既往歴や身体的特徴、さらに恥ずかしいことに、体重の移り変わりまでもが、グラフで表示されていた。


 この人は、いわゆる『ステータスオープン』の能力を持っているのだろう。

 そして、彼の前に映し出された画面には、【固有スキル:心声文字化】の文言も刻まれている。


 もしかすると、これからは登場人物たちの心の声が、分かるようになるのかしら? だとすれば、ゲーム攻略のための、大きな力になるはずよ!


 ものは試しということで、医師の動きを真似てはみたが、画面のようなものは現れなかった。


〈やり方が違うのかしら?〉


 その代わり、エレノアの目の前には、今しがた考えていたばかりの言葉が浮かび始める。


〈あら。こういう感じなのね!〉


 まるで映画の字幕のように、自分のモノローグが映し出されていく。


〈こんなふうに、みんなの心の声も表示されるのかしら?〉


 順番に家族たちの顔を見回すが、なんの変化もない。


〈おかしいわね。私の言葉しか出てこないじゃない!〉


 それとも、なにか別のやり方でもあるのかしら。


「おい。大丈夫か、エレノア!?」


 頭を抱えた妹に、ダニオが慌てて手を差し伸べる。


〈ああ、やはりお兄さまは素敵な方ね〉


〈わがままな私にも、優しく接してくださるし。エレノアに似た金髪も、とてもお似合いで。それに、しなやかな手指は、まるで女性のように美しいわ!〉


 色々と妄想を膨らませているうちに、いつしか兄はうつむいてしまっていた。声をかけようとした、次の瞬間。彼は寝台のふちを、思い切り拳で殴りつけた。


「ひゃっ!?」


 怒りのためか、彼の肩は激しく震えている。こちらに向き直った顔は、驚くほど真っ赤に染まっていて、でも。


〈感情的な顔も、魅力があるわね〜〉


 のんきに捉えているエレノアとは対照的に、ダニオは声を荒げ、その場に立ち上がる。


「こんな、こんなスキルがあってたまるか!」


 兄は両親の制止も振り切って、部屋を去ってしまった。

 残された家族たちも、気まずそうにこちらから目を背けている。


 なにかがおかしい。


「ねえ、お母さま?」


 おずおずと手を伸ばすが、母は涙をぬぐったまま、背をむけてしまう。


「お父さま?」


 すがるように見つめた父も、眉を下げ、そのまま目を閉じてしまう。


 もしかしなくとも、私は盛大な勘違いをされてしまったのかもしれない。人の心を勝手に読むことのできる、とんでもないスキルを手に入れたのだと。


 実際のところは、『自分の心の声』が、字幕のように現れるだけの、ハズレスキルだったのに。


 しばらくして、学院に復学してからも、周囲の警戒がおさまることはなかった。


 そもそも、妹を溺愛していたダニオが、あからさまに距離を置くほどの事態なのだ。


 エレノアの取り巻きも次第に離れていき、それまでは友好的だった攻略対象たちも、彼女を敬遠するようになっていく。


 一学年上の天才宰相候補マリアーノは、放課後密かに行なっている化学実験の場に、エレノアがもぐり込むことを黙認していたが、ある日を境に、二度とここにはくるなと告げた。


 同学年で幼馴染でもある騎士団長の息子ティベリオは、いつもエレノアが朝の鍛錬たんれんを見守っていたところ、それすら迷惑だと彼女を突っぱねる。


 そして、第一王子アマートはというと、転生してからの二年間、まともに目を合わせてくれない始末だった。


 いずれ国王となる立場の者が、腹の中を探られるなど、あってはならぬこと。その気持ちは嫌というほど分かる。


 けれども。


〈私には、あなたの心の声は聞こえないのに〉


 冷たい態度を取られるたびに、ちくりと胸が痛んだ。


 そして春を迎え、王子や兄たちが最終学年を迎えたころ。新入生として、ついに彼女がやってきた。


 この世界では珍しい、若草のような黄緑の瞳と髪。健康的な肌色の手足と、誰かから譲り受けたお古の制服が、平民らしさを際立たせている。


〈なんてかわいいの! ゲームのパッケージのとおりね、ビビアナ・グランディ!〉


 エレノアはようやく出会えた女主人公に、すっかり感動していた。


 無言で近づいたエレノアに、ビビアナは慌てて頭を下げる。


〈お友達になれるかしら。ああでも、私みたいな“悪役令嬢”がそばにいたら、怖がらせてしまうわよね〉


 いつまでも黙っている“悪役令嬢”を見つめ、戸惑いの表情を浮かべたビビアナのもとに、数名の男子生徒が駆けつけた。

 未来の宰相候補マリアーノ幼馴染ティベリオ、そして兄のダニオ。生徒会のメンバーとして、彼女を保護すべき場面だと考えたようだ。


 そして、彼らが揃っているということは。


「君は新入生かな?」


 当然、生徒会長アマートもここにいる。つまり、これが女主人公と攻略対象たちの、記念すべき初対面のシーンになるのだ。


「もうすぐ入学式が始まるよ。どうしてこんなところに?」

「あ、あの。私、道に迷ってしまって」


〈すごい。ゲームの台詞とまったく同じだわ!〉


 悪役令嬢としては、二人の邪魔をするのが正しいのだろうが、その時は目の前で展開される『ラビダモ』の世界に興奮しきっていた。


〈ビビアナとアマートは、身分に大きく差があるのに、彼はそんなことを気にせず、気さくに手を差し伸べるのよ。ああ! そういう博愛主義なところも、本当に大好き!!〉


 王子はこちらをちらりと見遣みやり、それからすぐに、ビビアナへ手を伸ばした。


「僕は生徒会長のアマート・アモーレ。急ごう、君を講堂まで連れていくよ」


 それから、誰一人エレノアには目もくれずに、その場を去ってしまった。


「感動だわ! ゲームの冒頭シーンを、間近で見れるなんて!」


 ひとしきり盛り上がったあと、講堂に向かい、とぼとぼと歩き始める。これでも一応、エレノアは生徒会メンバーの一員だ。


 誰よりも早く講堂に控えていた私は、会場に女主人公の姿がないことに気づき、光理の記憶を頼りにここまでやってきた。純粋に、彼女の入学を祝いたい一心で。


 けれども悪役補正なのか、やることなすこと、全てが裏目に出てしまう。もしかすると、あのハズレスキルを引き当てたのも、私が破滅ルートに進むためのイベントだったのかもしれない。


 でも、だからって、断罪される未来が確定したわけではないわ!


 エレノアは駆け足で講堂に向かいながら、改めて決意する。


 みんなの誤解を解くのも、ビビアナと仲良くなるのだって、きっと、頑張ればできるはずよ!

 爽やかな春の風が、少しだけ背中を押してくれたような、そんな気がした。


 それから試行錯誤を重ね、半年後の今。

 結果として、努力が身を結ぶことはなかった。


 目の前には、沈黙を貫く生徒会のメンバーたちが控えている。

 ここまでくればもう、あとは婚約破棄の条件を、少しでも良いものに変えていくしかないわ。


 本来のルートである、修道院送りにされるよりかは、国外追放に持っていきたいところね。

 普通の令嬢とは違い、前世の記憶があるのだから、一人で放り出されたとしても、どうにか生きていけるだろう。


〈これで本当に、最後なのね〉


 あっという間の二年間に、なんだかしんみりしてしまう。


〈大好きだったダニオお兄さま。知らないことをたくさん教えてくれたマリアーノ様に、いつも私を笑顔にしてくれたティベリオ。そして〉


 対峙している婚約者にそっと微笑みかける。


〈アマート様。初めてあなたのお姿を目にした時から、私はあなたに恋をしていました〉


 王子はぎゅっと顔をしかめ、高らかに声を上げる。


「私、アマート・アモーレは、学院の卒業に合わせ、婚約者であるエレノア・ソレンティーノとの結婚式を催すことを宣言する!」


〈そうそう。アマート様の卒業に合わせて、華やかな式が挙げられるのよね。ビビアナとの……って〉


「えええぇえ!?」


 静まり返ったホールに、エレノアの絶叫だけが響き渡った。


〈もしかして、アマート様、言い間違えちゃった? ビビアナと結婚するはずなのに! どうしよう。きっとみんな、驚いてるわよね? だって、“悪役令嬢”と王子様が結ばれるわけないのに〉


「エレノア」


 第一王子は取り巻きから離れ、静かにこちらへと近づいてくる。


〈間違いに気づいたのかしら。さあ、断罪のやり直しよ! ここまで集めてきた悪行の証拠を、みんなの前でおおやけにしなくちゃ〉


 エレノアの手首をぎりりと握りしめたアマートの、端正な顔立ちが目に飛び込んできた。


〈なんて……綺麗なのかしら……〉


 この局面に至っても、うっとりと見惚れている“悪役令嬢”に、王子は声を張り上げる。


「そなたは! もうすこし、緊張感というものがないのか!?」


 そのまま強引に、婚約者の手を引き、駆け出していく。


「な、なにをなさるのですか。アマート様!」

「うるさい。少し黙っていろ!」


 全校生徒に見守られながら、二人の男女は、会場を後にしたのだった。


 彼がようやく足を止めたのは、学内に設けられた礼拝堂の中に入ってからだ。


「すぐに戻りましょう! このままだと、私とあなたが結婚することになります!」

「はぁ?」


 王子はひたいの汗をぬぐいながら、こちらを見上げる。


〈きゃ! オールバック、レアスチルよ! 格好良い!〉


 なぜだか不思議そうに、彼は首をかしげる。


「私とそなたは、婚約しているだろう。なにかおかしな点があるか?」


「ですが、アマート様は、ビビアナ様のことをおしたいされているのでは?」

「なんだって!?」


 釣り上がった目が、エレノアをまっすぐに捉える。


「ですから、アマート様は私との婚約を破棄して、ビビアナ様を新たな婚約者に迎えるのでしょう?」

「どうしてそうなる」


 彼の深いため息に、胸が痛む。


〈また、がっかりされるようなことを言ってしまったわ〉


 落ち込むエレノアに、王子はゆっくりと話しかける。


「私は、そのような戯言たわごとを口にしたことがあったか?」

「いいえ。ですが、アマート様がビビアナ様を大切にされていることは、学院中の者が知っています」

「それは、彼女がずば抜けた才能を備えているからだ。王族として、重宝すべき人材だろう」


 彼の言うとおり、女主人公のビビアナは、学力に秀でているだけではなく、特別な能力を身につけていた。

 闇をはらう、聖魔法。いずれこの国を襲撃する、魔族たちとの戦いに勝つためには、彼女の能力が欠かせないものであることを、エレノアもよく理解していた。


〈だから、あの子が王妃になるべきなのよ〉


 心の中で呟くと、まるで自分をいましめるかのように、その言葉が目の前に表示される。


「私の結婚相手はそなただ、エレノア」


 字幕越しに、彼の声が届いた。


「いいえ。この国のためにも、アマート様はあの子と結ばれなくては」


〈他のルートは、条件を満たしていない。王子ルートを選ばなければ、物語はバッドエンドを迎えるはずよ〉


 それはすなわち、アマートとビビアナの破局──魔王襲来による死別ルートを示している。


〈それは駄目。それだけは駄目! この人のことは、決して死なせたりしない!〉


 エレノアは王子の両手を握り、静かに囁いた。


「私との婚約を破棄し、ビビアナ様と幸せになってください。この国のためにも」


〈私は、あなたが生きてさえいれば、それだけでいいのです。どうか、末長くお幸せに〉


「ああ、もう! なんて面倒くさいんだ!」

「えっ」


 彼は私の手を払うと、思いきり抱きしめてきた。


「アマート様、おやめください!」


 こちらが抵抗すればするほど、腕に込められた力が強くなっていく。


「私のことを、嫌ってはいないのだろう。なら、無駄に暴れるのはやめてくれ」

「うう……ですが、私はアマート様に相応ふさわしくありません。『心声文字化』なんて、変なスキルを持っているせいで、みんなからも警戒されていますし」

「確かにそれは、厄介な力だ。せめて、周囲の人間の心情を知ることのできる能力であれば、そなたも生きやすかっただろうに」


 その物言いに、エレノアは引っかかりを覚える。

 アマート様は、心を読み取られることを警戒して、私を避けていたわけではないの?


 抱きしめられた格好のまま、そっと婚約者を見上げる。長いまつ毛に覆われた、伏し目がちな目が、まっすぐにこちらを見ていた。


〈やっぱり、大好きです。アマート様〉


 その瞬間、彼はエレノアの顔を手のひらでおおった。


「わふっ!?」

「だから、厄介なんだよ。本当は、エレノアの卒業まで待つつもりだったのに」


 指の隙間から覗き見た、彼の右耳は驚くほど真っ赤に染まっている。


「あまりにも、可愛いことばかりを考えるものだから……」


 それからのため息は、軽蔑からくるものではないと、さすがのエレノアにも分かった。


 一方そのころ、主役の二人が姿をくらませたホールでは、パーティーが再開されたものの、未来の王子妃についての話題で持ちきりだった。


「ようやく、お二人が結ばれるのですね!」

「エレノア様、いつも字幕にお心が漏れ出てらっしゃいましたものね」

「あの文字を見てしまわぬよう、配慮するのはなかなか大変でしたわ」

「王子様に向けられたお言葉を、私たちが目にするわけにはいきませんからね」


 にぎやかな女生徒たちの陰で、生徒会の面々も、ぶつぶつと不満を漏らしている。


「もともと、素直な妹だとは思っていたが。本音をあそこまで文章化されると、のぞき見ているこちらのほうが、心苦しくなってくる」


 ダニオの言葉に同意するように、未来の宰相マリアーノも深く頷く。


「我々に向けられているのは、恋心ではない。単純な好意だということは、よく知っているのです。けれども、二人きりの教室で、あれほど礼賛れいさんされ続けると、どうにも勘違いしてしまいそうだった。それは、アマートに申し訳なさすぎる」


「いや、エレノアも悪いんだぜ!?」


 食い気味に、幼馴染ティベリオが声を重ねる。


「あいつも、もう子どもじゃないんだ。いつまでも、目を輝かせて俺たちを追いかけてちゃ駄目なんだよ」


「ですが、みなさまはそんなエレノア様のことが、大好きなのでしょう?」


 ビビアナが問いかけると、三人は声を揃えて答えた。


「「「もちろんだ!」」」


「ふふ、私もですよ。あんな純粋なお方、他にはいませんからね。ただ、お心が相手に知られてしまうというのは、王族となられた際、弱点になりかねません。うまく、スキルをコントロールできるようになればいいのですが」


 その後、己の真の能力を知ったエレノアは、顔を赤らめながら、婚約者と共に会場へと戻った。


 そこで再び、生徒たちを驚かせることになる。なんと、それまで彼女に付きまとっていた『心情を示す字幕』が、すっかり消えてなくなっていたのだ。


 エレノアはこの文字を、自分にしか見えないものだと思い込み、スキルを常時オンにしていた。

 つまり、これはスキルをオフにするだけで、防ぐことのできた失態になる。


 どうしよう。みんな、私の心を読まないように、ずっと私のことを、避けてくれていたのよね?


 この二年間、感情を垂れ流しにしていたのかと思うと、恥ずかしくていたたまれない。


 うつむく彼女の肩を、アマートは黙って抱き寄せた。初々ういういしい二人の様子に、数名の生徒が黄色い歓声をあげる。


「アマート」

「踊ろうか、エレノア?」


 彼は流れるようにこちらの手を引き、腰に手を回した。


 他の生徒に紛れて、二人は踊り始める。気品溢れるその姿に、壁の花におさまっていた生徒も、ほぅ、と感嘆の息を漏らす。


 スキルをオフにしたほうが、他人と心を通わせることができるなんて、やっぱり、とんだハズレスキルだったわね。


 心からの笑顔を浮かべている、アマートを見つめながら、エレノアは考える。


 でもこの力のおかげで、私の本音が彼に伝わっていたのだから、少しは感謝しなくちゃ。


 曲が終わり、アマートは軽くお辞儀をして、その場を後にしようとする。

 エレノアは、繋いだままの恋人の手を引き寄せると、みんなに気づかれぬよう、指先にそっとキスを落とした。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。作品が心に残りましたら、感想等いただけますと励みになります。


連載中の別作品については、下にリンクを貼っていますので、ご興味がありましたらそちらもご一読いただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
心の声が字幕のようになって相手に知られてしまうエレノアのスキルがユニークですね。 エレノア本人が知らないところで進行している構成がおもしろくも謎めいた展開で、没入しながら読み進めることができました。 …
読ませていただきました。 読者も恥ずかしくなるような展開ですが、それが王子により胸キュンに繋がるのがいいですね。スキルの真の能力を本人が知ると同時に全ての事を収束させてハッピーエンドに持っていく様が読…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ