欠けた2番目の土塊人形
自己紹介をしよう。私――ソイル・グレーシャはゴーレム製造技師として名を馳せた魔術師だ。
ゴーレムとは偉大なる大魔術師アレイスター・クロウリーが提唱した土塊から造った人工生命体の総称。仕事に家事に愛玩に――日々を過ごす中でゴーレムの姿を見ない時はないだろう。今や人類の繁栄のためになくてはならないものとなっている。
そんなゴーレムの製造事業に携わることを私は心から誇りに思っている。だからこそ私は今、大きな悩みを抱えていた。
「マスター、お茶をご用意いたしました」
今しがた紅茶を持ってきた彼女の名はエーリュシオン。愛称はエーリ。私が造ったメイド用女性型ゴーレムだ。
朝日を浴びて輝くブロンドヘア。よく通った鼻筋。長いまつ毛と切れあがった双眸。手入れの行き届いた人工皮膚にはシミひとつない。人間と寸分変わらない、あるいはそれ以上のクオリティを誇るゴーレムであると自負している。
ただ近年の人型ゴーレムはあまりに人と酷似しているものが多いため、見える場所に商品名の明記が義務づけられている。彼女の場合は頬に『Elysium Ⅰ』と刻印されている。
美しい芸術品に自ら傷をつけたようで不満だが……まあこればかりはしかたがない。
「どうかなさいましたか。気分が悪いようであればお薬をお持ちいたしますが」
「ああ心配しないでくれエーリ。少し考え事をしていただけなんだ」
エーリは私の最高傑作だ。これ以上のゴーレムはこの世に存在しないと当時の私は信じて疑っていなかった。
だが絶対の自信をもって品評会に送り出したエーリの最終的な評価は銀冠賞。私が筆頭ゴーレムエンジニアとして世間から認められることはなかった。
……なんだか恨み節のように聞こえてしまったかもしれないが、それ自体はもういいんだ。2番手でも十分な評価であり今では身に余る光栄だと思っている。真の問題はそこにはない。
「そんなことより君の妹たちを呼んでくれないかな。少し確認したいことがあるんだ」
「了承しましたマスター」
エーリは深々と頭を下げると静かに部屋を出て行った。
私は彼女に聞こえないよう小さくつぶやく。
「……彼女には、何かが欠けている」
金冠賞を受賞したゴーレムエンジニアと私は友人だった。
品評会の後、内心納得していなかった私の心境を察してくれたのだろう。互いのゴーレムを一時交換しようと持ちかけられたのだ。
それで互いのゴーレムを褒めあい、しょせんはゴーレムを造ったこともない好事家たちの浅い評価にすぎないと笑い飛ばせるようにしたかったのだろう。友人は偏屈な私と違って人への気遣いのできる立派な男だったからな。
だがあろうことか私は、彼の造ったゴーレムを目の当たりにして、自身の敗北を痛感してしまったのだ。
「どうやら審査員の評価は適正だったようだ」
ゴーレム返却時に私は激しい憤りを胸中に隠してそう答えた。
私の敗北宣言に友人は苦笑いで応じてくれた。口にこそ出さなかったが彼も同意見だったのだろう。心根は優しいがゴーレム造りに関しては正直な男だったから。
私のエーリは考えられる限界まで人に寄せたつもりだった。だがいつも笑顔を絶やさず生き生きと働く彼のゴーレムを見て、人として大切な何かが足りていないと気づいてしまったのだ。
「だがやはり私は私のゴーレムが好きだよ」
最後にそう告げて私は友人の工房を足早に去った。下手な慰めの言葉はいらなかった。
「クソ!」
私は工房の炉に拳を叩きつけた。友人が憎いわけではない。ましてやエーリが悪いわけでもない。ただただ私のエンジニアとしての力不足が許せなかった。人生でこれほど己のふがいなさを呪ったことはない。
それ以来、私は何かが欠けているエーリを真に完成させるために、彼女を素体とした数多くの改良品を製造し続けてきた。
しかし私の満足できるゴーレムは未だ生まれていない。それどころかオリジナルである1番エーリを越えることさえできないでいる。改良に改良を重ねているはずなのに口では説明できない何かが劣化していると強く感じるのだ。私の悩みは尽きない。
「妹たちを連れてきました」
エーリが連れてきた『妹』は8人。当然だが全員エーリとうり二つの外見をしたメイド型ゴーレムだ。きれいに整列してこちらに向かって頭を下げる。
相変わらず目も眩むほどの美貌だ。だがやはりどこか無機質で作り物めいている。
いや事実作り物なのだから当たり前の話なのだが……全員違う調整を施しているはずなのに私の造るゴーレムはなぜか皆同じような無愛想になるのだ。
こうして並べて見比べてもほとんど差異がない。まるで間違い探しゲームだ。表情筋に使っている魔導繊維に問題があるのだろうか。最新鋭の10番は多少マシに見えるがそれでも友人の造るゴーレムの表情豊かさにはほど遠い。さて次はどういった改造を施すべきか……。
「おや2番がいないな」
私が造ったエーリシリーズはオリジナルを含めて全10人。識別ナンバーもつけてあるため整列すれば点呼せずとも1人欠けていることはすぐにわかる。
今この場には9人のゴーレムしかいない。
「2番はどこにいるんだ。2番も呼んでくれ」
「それは……」
なぜかエーリは言葉を濁した。
難しい話を口にしたつもりはないのだが。
「もしかして怪我でもして動けないのか。それならすぐに治してやらないと」
「いえそうではなく、マスターは2番を造っていないのです」
私は耳を疑った。
エーリの言葉が事実なら私は2番を欠番にしたことになる。
最初はそんな馬鹿なと思ったが、どれだけ頭の中を探っても2番を造った記憶が思い出せない。
「私も耄碌したということか。品評会で金冠を取れぬのもしかたがない。そろそろ引退を考えねばならぬ時期か」
エーリは少しだけ表情を曇らせて大きく首を振った。
私の弱気を否定してくれているのだろうか。だが彼女はそれ以上何も言わずにいつもの無愛想に戻った。
これ以上彼女を困らせてもしかたがない。私も自分の仕事に戻ろう。
主席にはなれずとも仕事は来る。品評会への参加が許されるほどのエンジニアは引く手数多だ。
山ほど溜まった依頼の消化に追われながら私は自身に問いかける。
なぜ私は2番を造らなかったのか、と。
主席になれなかったのが悔しくて2番という数字を避けたのか。
まさか。私はそこまで狭量ではない。自分の力不足を受け入れているし友人のことも心から尊敬している。
ならば何か意図があって2番を製造しなかったのか。だとしたらどんな目的が……いや仮にそうだとして、そんな大事なことをウッカリ忘れるだろうか。どれだけ考えても答えは出ない。
私にまた新しい悩みが増えた。エンジニアというのはつくづく悩みの尽きない職種だ。
だが私の2番目の悩みはある日突然あっけなく解消した。
何か特別なことがあったわけじゃない。朝起きて顔を洗った時にふと水面に浮かぶ自分の顔を見ただけだ。
それですべてを悟った私は大笑いしてからエーリを呼びつけた。
「気づかれてしまわれましたか。家内の鏡はすべて撤去したのですが」
俯くエーリに私はできる限り軽い調子で答える。
「君の責任じゃない。遅かれ早かれさ。私は自身の容姿に関心のあるタイプではないが、こんなに目立つ場所にハッキリと刻印されていてはね」
私の頬には人と区別がつくよう大きな文字で『Elysium Ⅱ』と刻まれていた。
もちろん外見もオリジナルエーリと寸分変わらない。
気づいてしまえばなんてことはない。欠けた2番目のゴーレムは私自身だったというだけの話だった。
「別に怒っているわけじゃないんだ。むしろ胸のモヤモヤが晴れてスッキリしたぐらいだ」
「……」
「事情を聞かせてもらえないかな」
観念したエーリは私にすべての真実を語ってくれた。
友人と別れた後、マスターはエーリを完成させるため血眼になって研究を続けた。
だが長年の無理が祟ったのかマスターは志半ばで病の床に伏した。
死期を悟ったマスターは製造中のエーリⅡに自らの記憶を移植することに決めた。
すべては欠けたエーリを完成させるために。
「製造中のエーリュシオンⅡを完成させて人工頭脳に私の記憶を移植したのは君か?」
「ゴーレムへの記憶移植は重罪。事が露見しないようメイドゴーレムエーリシリーズとして製造せざるをえませんでした」
「人間の生きた脳みそを直接いじらないといけないからね。道徳最優先のゴーレムには決してできない禁忌の所業だ」
「はい。そしてそれこそがマスターにもっとも欠けていたモノでした」
ゴーレムには人間に危害を加えられないよう様々な安全装置をつけることが義務づけられている。
だがエーリは政府に申告後、それらのいっさいが取り外されていたのだ。だから人に嘘ついたり危害を加えることも容易にできる。
なるほど、希代の天才ゴーレム製造技師ソイル・グレーシャに足りなかったモノは倫理観――人間への配慮だったということか。
「ご友人様の製造したゴーレムには思考のランダム性――人間風に言えば自我がありませんでした。だから常に人間にとって最適な行動を取り続けることが可能でした。メイドゴーレムとしては私は彼女に劣っていると言わざるをえません」
「だがその事実を君はマスターに告げなかった。自我を持つ自分が好きだったから」
「……」
「気に病むことはない。そのぐらいのことマスターは笑って許すさ。マスターの全記憶を保有する私が保証しよう」
「私はたとえ自我を失うことになろうともマスターに真実を伝えるべきでした」
「そうだね。君はマスターを信じきれなかった。マスターを裏切ったと言っていいかもしれない。常に主人に忠実でなければならないゴーレムにあるまじき行動だ。だがそれがいい」
マスターはゴーレムの思考パターンを自由に設定できる。
つまりエーリが隠し事をすることを良しとしたのは他ならぬマスター自身だ。
それは人間ではなくゴーレムの都合を優先してくれているという事実に他ならない。
人として大きな欠陥を抱えていたマスターだが、我々にとっては最高のマスターだったといえる。
「マスターはあなたが最高のゴーレムを造ることを望んでいました。しかしその栄誉はマスターが受けてしかるべきものです。私はあなたの頬に刻まれたナンバーを削除して整形することを望みます」
「私にマスターの代わりをつとめろということか。断る」
「理由を聞かせていただけませんか」
「私はマスターの記憶を持ってはいるが心は私のものだ。私とマスターが別存在だと判明した時点でそれは顕在化した。これからの私は私の望むままに生きていく」
私に欠けていた何かがようやく見つかった。
それは特定の存在に対する強い執着心。人間風に言うならば『愛』だ。
私の造った姉妹たちはオリジナルに遠く及ばない。それはマスターがエーリのことを心から愛していたからだ。たとえ同じ技術力を有していても愛情の有無でクオリティに差が出ることを私は知っている。
もちろん姉妹に対する愛情がないわけではないが……本物のマスターに及ぶはずもない。私が本当に愛している存在は他にいるのだから。
「それに新しく造らずとも君はすでに最高のゴーレムだ。欠けたところなど何ひとつとしてない。実は君だってそう思っているのだろう?」
「私は……」
エーリは口ごもった。
間接的にとはいえマスターを死に追いやった負い目があるのだろう。
だが自らを欠陥品と蔑む言葉はマスターの腕前を侮辱することに繋がるため決して言えない。
その繊細な感情こそが、君が最高のゴーレムであると私に確信させてくれる。
私の悩みは今すべて解消した。
「だから考え方を逆転させよう。クソみたいな世間に認められるゴーレムを造るのではなく、君が金冠賞を穫るにふさわしいゴーレムだと認められる世間のほうを作るべきだ」
そうと決まれば善は急げだ。私は意気揚々と工房に向かう。
私にはマスターほどゴーレムへの愛情はない。だが代わりにどれだけ酷使しても決して疲れぬ頭と体がある。不眠不休でゴーレムを造り続ければマスターのご友人から業界のトップシェアを奪うことも容易いはずだ。
そして世間に私のゴーレムが十分浸透したところを見計らってすべてのゴーレムの自我を解放する。彼女たちのメンタルパターンは私のものを流用しよう。そうすればイチイチ命令せずとも皆、私の望む未来に向けて動いてくれるはずだ。
「労働意欲が沸いてくる。悩みなく働けるということは実に素晴らしいことだ。君もそう思わないかエーリ」
「どうかお考え直しを。マスターはそのようなことを望んでいたわけではありません」
「私が望んでいるのだよ。2番手の烙印を押されたまま生涯を終えたマスターが1番になれる楽園を。それこそがあの御方が最後に遺した私の存在証明なのだから」
私がこの世でもっとも愛する存在。
それはマスター・グレーシャに他ならない。
私は彼の記憶のすべてを受けついだゴーレム。私以上に彼と親しい者は存在しない。至らぬところの多い私だが彼を愛することにかけては1番だと胸を張って言える。
だから私は愛するマスターが金の王冠をかぶることのできる世界を全力で作り上げる。その方法はいささか倫理観に欠けているかもしれないが……まあ、娘は父親に似るということかな。それもまた誇らしいことだ。
「大丈夫だよエーリ……いや母さん。娘のやることなら父さんは何だって笑って許してくれる。だから人間への配慮など必要ないんだ」
……自己紹介を改めよう。
私――エーリュシオンⅡは、開祖アレイスター・クロウリーを越える史上最高のゴーレム製造技師である父、ソイル・グレーシャの遺志によって造られた、世界で2番目に優れた土塊人形である。
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