第五羽 我侭
そんなこんなで三十分ほど話して話題が詰まるとナユが口を開いた。
「なんか変な人生を送ってるわね」
「そういう君はどうなんだ?」
「自分? 特にないわよ。生まれてからすぐに両親が離婚して母親に引き取られて、三才のころから入退院を繰り返しているつまらない人生よ」
「な、なんか大変だなぁ」
これはタブーな話題だったかな。
少し顔を曇らせながらそう答えるナユを見て申し訳ない気持ちに襲われた。
「ま、気にする必要はないわ。あんまりお母さんもお見舞いに来ないし」
「……じゃ、じゃあ僕が毎日来るよ」
「は?」
驚いた顔でナユが僕のほうを見つめてきた。
そんなに変なことを言っただろうか。
逆に僕が不思議そうな顔で見つめ返すとナユは呆れ顔になった。
「本当に呆れるわ。これだけキツく接しても毎日来るだなんて」
「だってナユは毎日つまらないんだよね? 僕も暇つぶし代わりになるし。一石二鳥だからさ。ダメかな?」
「べ、別にダメとは言わないけど……」
「やったっ」
うれしさで思わずガッツポーズをしてしまい、ナユの顔がさらに呆れたような顔になった。
そんな感じで話をしているとドアがノックされて中からの返事を待たずに瑠香さんが中に入ってきた。
「はいよ。もう昼の時間だからコウは戻りな」
「あ、はい」
僕が戻ろうと立ち上がると後ろから止められた。
「ちょっと待って」
「ん?どうしたの」
「……アナタのせいで右手を骨折したから責任とって食べさせて」
「……」
「ハハッ。そりゃいい考えだねぇ」
ナユのとんでもない提案に瑠香さんが笑いながらその提案に乗ってきた。
そして僕の反論を聞く前に自分の持っていた食器を僕に渡してきた。
「んじゃあとはよろしく~アンタのはこっちに持ってきてやるよ」
「ちょっ……」
そう言って瑠香さんはさっさと部屋を出て行ってしまった。
「……」
「ほら、こっちに来て」
ナユはポンポンと自分のベッドを軽く叩いた。
そこに座れという意味なのだろうか。
流石に気が引けたので隣に置いてある椅子に腰を下ろした。
「そこじゃ食べにくいからこっち」
僕のささやかな抵抗もナユには意味がなかったようだ。
渋々腰を上げてナユのベッドに腰を下ろした。
簡易テーブルを出してそこに瑠香さんから受け取った食器を置いてスプーンを取った。
「……はい」
「あ~ん」
僕が差し出したスプーンを何の抵抗もなくナユは口に含んだ。
この子には恥ずかしさとかないのだろうか。
「んむんむ」
口をもぐもぐと動かして食べ物を飲み込むと再び口を開けて料理を求めてきたのでまたスプーンで与えた。
半分ほど食べ終わったところで瑠香さんが僕の分の昼食を持ってきた。
なぜか瑠香さんの表情はにやけたままだった。
「お、今日はちゃんと食べてるねぇ」
「んむ」
「じゃ、コウのはここに置いとくからちゃんと食べなよ」
「へ~い」
僕は曖昧に返事をしてからナユにスプーンを差し出した。
ナユも気持ちがいいくらいにどんどん食べていって残りはほとんどなかった。
ナユに全部食べさせ終えてから僕は自分の食事にありついた。
僕が食べている間、ナユはじっと僕のほうを見つめていた。
「んぐ……見られてると食べづらいんですけど……」
「んん~気にしない気にしない~」
ニコニコしながら彼女は僕から視線を外さなかった。
食べづらいまま何とか全てを食べ終えて、食器を一つにまとめた。
「よし。食べ終わったわね」
「んむ」
「じゃあこの本を買ってきて」
「はいっ?」
ナユはそう言ってベッドの脇の棚の中から紙切れを取り出し、僕に渡してきた。
それを受け取ると紙には何かのタイトルらしきものが羅列されていた。
「あの~……僕も入院している身なんだけど」
「それが? コウは自分のわがままを聞いてくれるんでしょ?」
「そうは言ったけど……」
限度というものがあるでしょうが……
「まぁ行きたくないなら行かなくてもいいけどね」
「……瑠香さんに言うんだろ。ないことをメインで」
「ご名答」
ニヤリと笑みを浮かべてきたナユだった。
この子は将来悪女になるだろうな。
「……わかったよ」
「初めからそう言えばいいのよ。お金はあとで渡すから立て替えておいてね」
「はいはい」
とりあえず瑠香さんに外出許可をもらって行くしか……