第三十二羽 睡魔
僕がナユの病室に戻ると刹那の姿はなく、眠たそうに目を擦っているナユとイスに座って本を開いている瑠香さんだけだった。
「あれ? 刹那は帰ったんですか?」
「あぁ、確認が終わって満足したから帰るって言って帰ったぞ」
「確認?」
「アタシも詳しいことは知らん」
そう言うと瑠香さんは視線を本に戻した。
なんだかいつも力で何とかしようとしている人が本を読んでいる姿が不思議な感じがした。
「何の本を読んでいるんですか?」
僕が声をかけると再び視線を僕に向けてくれた。
「ん? これかい? 那由多に読みやすいからって勧められてな」
「へぇ……どの本です?」
「まだ最初しか読んでないけど、なんだか兎が出てきたな」
「あぁ、あれですね。確かにそれなら読みやすいですよ」
毎日のようにナユに読み聞かせをしていたから本の内容は大体覚えている。
僕がそう言うと瑠香さんはうれしそうに笑ってから「そうかい」と言って視線を本に戻した。
僕は眠そうに目を細めているナユの隣のイスに腰を下ろすと、ナユは僕のパジャマの袖を掴んできた。
「ん? 何?」
「眠い……」
「じゃあ寝ればいいじゃんか」
「……こっち来て」
ナユは力なくベッドをポンポンと叩いた。
それの意味することはもう理解した。
『横に来い』だ。
「はいはい……」
反抗するのも無意味なので僕はほぼ定位置となりつつあるベッドに腰を下ろした。
僕が腰を下ろしたのを確認してナユはベッドの中でもぞもぞと動いて、頭を僕の腿の辺りに乗せてきた。
……えーっと、これはいわゆる……
「膝枕ですかい……?」
「むにゃ……」
「……ってもう寝てるしっ」
少しくらいは抵抗を感じないのかな……この子は。
瑠香さんは本に集中しているので暇だ。
手が届く範囲に暇つぶしの物もなかったからすることがない。
「せめて本くらい取らせてくれよなー……」
大変暇なので寝ているナユを弄ることにした。
頬をつつくたびにもぞもぞ動くのが面白い。
何度かつつくとナユが僕の手を払ってきた。
「起きてるんですかー?」
「うむむ……」
もぞもぞ動いて腿がくすぐったかった。
ナユは嫌そうに眉をひそめていたので頬をつつくのはやめて頭を撫でてあげた。
すると今度は気持ちよさそうな顔になった。
「本当に感情の起伏が激しいですねーいつも大人しければいいのにね」
「ふぁぁ……」
ナユを撫でるのを止めて欠伸のした方へ視線を向けると目を擦っている瑠香さんがいた。
やっぱり普段本を読まない人がそう言う類の物を読むと眠くなるんだろうか?
「つまらなかったですか?」
「いんや。内容は面白いんだが……文字ばっかりだからなぁ……ふぁぁ……」
瑠香さんは口元を軽く隠しながら大きな欠伸をもう一度した。
「……ちょっと寝る」
「それって職務怠慢じゃ……」
僕の反論は無視して瑠香さんは本にしおりを挟んでから立ち上がり、イスの上に本を置いてナユのベッドに腰を下ろした。
ベッドが少し揺れたがナユが目覚める気配は全くしなかった。
「んじゃ二十分後に起こして……」
瑠香さんはそう言い残してベッドに倒れこみ、寝息を立て始めた。
「もぉー……」
二人に囲まれ身動きが取れないんですけど……動けなくてすることがない。
それにしてもこの二人は本当に気持ちよさそうに寝るなぁ……
「ふぁ……やば……」
他人の欠伸は欠伸を呼ぶ。
それを言った人は的を射ていると今日改めて思った。
つまりだ、僕は今無性に眠気に襲われて……