第二十羽 母親
「ちょっと刹那、聞いていい?」
「何かな? ネコっち」
病室についてから僕は刹那に尋ねてみた。
「来週コスプレを持ってくるって言ってたけど……その入手元は?」
「ん? もちろん自作に決まってるじゃないっ。コスプレは自分で作ってなんぼよっ」
……今まで着せられた服とか自分で作ったものだったのか。
てっきりそういう店があって買ってきているのかと思ってたのに。
「ネコっちにはとっておきのものを作ってきてあげるよ~」
「いや……」
「せっちゃんは紅に着せるのが楽しみって言ってたよね」
「もちっ。ネコっちに着せるのが私の生きがいさ」
「……やめてください」
僕のトラウマが呼び起こされるから。
しかし僕のそんな要求通じるわけがない。
通じていたらとっくの昔にやめてくれているはずだ。
僕らがこんな雑談をしているとドアが開かれた。
「コウちゃ~ん」
そうほわほわした感じで言いながら入ってきたのは僕の母親、猫羽藍だった。
てか他の入院患者もいるのでそんな大きな声で息子の名前を呼ばないでほしい。
「母さん、そんなに大きな声を出すと他の患者さんに迷惑だよ」
「母さんじゃなくて藍ちゃんって呼んでよ~」
自分の息子に名前で呼ぶことを強要しないでください。
しかもちゃん付けを。
「あら~? 刹那ちゃんに翼ちゃんじゃな~い」
「ども~藍ちゃん」
「こんにちは、相変わらずですね、藍さん」
「いつもコウちゃんと仲良くしてくれてありがとね~」
この人はいつもこんな感じだ。
大人びて見える刹那と並ぶとどちらが年上かわからないほど童顔だが、来年で四十になる。
こないだは大学生らしき男子にナンパされたと自慢してきた。その大学生はロリコンだろうか。
「コウちゃんの言ってた物、持って来たよ~」
母さんはそう言って手に持ってた紙袋を僕に手渡してきた。
頼んでおいた暇つぶしの本だ。
「ありがと」
「んん~コウちゃんかわいいっ」
小さい母さんが突然わけのわからないことを言いながら飛びついてきた。
「……公共の場で抱きつかないでよ」
「仲いいですよね~猫羽親子は」
「でしょでしょ~?」
そう言いながら頬擦りするのはやめていただきたいのですが……
「私はコウちゃんと結婚するのよ~」
アナタはもう結婚してるでしょうが。
僕の父親、猫羽蒼と。
「小さい頃にコウちゃんが言ったのよ~『ママと結婚するんだ~』って」
「いつの話だっ」
勘違いされかねない発現は控えてほしい……
というか何で十数年前のことを今持ち出す。
もちろん言っていたのは幼稚園の頃だ。
「ぶぅ。コウちゃんのいけず~」
そう言ってようやく離してくれた。
「あ、もうこんな時間か。店番を手伝わないといけないから僕はこれで」
「じゃあ私も帰るかな」
「じゃあね、紅」
「来週を楽しみにね、ネコっち」
楽しみというか不安がいっぱいだ。
いつもみたいに逃げたいが、病院だから逃げるに逃げられない。
「また来てね~」
母さんは僕のそんな気持ちも知らずにのんきに手を振って幼馴染達を送り出す。
「じゃあ私も帰るわね~蒼さんが待ってるから~」
「はいはい。また何かあったら頼むよ」
「任せなさ~い。じゃあね~」
みんなが帰ったので、暇つぶしに持ってきてもらった本を読むことにした。
やっぱり読書が時間を潰すのにはいいよな。
「はぁ……はぁ……美少年の女装……」
……何か寒気を感じた。
確か向こう側の患者はオタクだって瑠香さんが言ってた気が……
本当に来週が心配になってきたぞ。
僕は本を読むのに集中できなくなった。
だから寒気から逃れるためにかなり早いけど眠りにつくことにした。
お昼になったら瑠香さんが叩き起こしてくるだろう。




