第十羽 褒美
半分ほど読み終えたところで彼女の様子を覗いてみると眠そうに目を細めて首をコクリコクリと一定のリズムを打っていた。
「眠いの?」
「んん……」
「寝たら?」
「んん……」
僕の提案に彼女は可愛らしく首を横に振った。
眠いなら無理をしなくてもいいのに。
僕は仕方なく読んでいた本を閉じて、彼女に布団をかけてあげた。
「ふにゃ……」
ナユは黙っていればモテそうなのにもったいない性格だなと改めて感じた。
しかしどうして僕の周りには美男美女が多いのだろうか。
翼しかり、瑠香さんしかり、ナユしかり、もう一人の幼馴染の刹那しかり……
僕だけがごくごく普通な高校生。なんだか泣けてくる。
過去に幼馴染たちに三人の中で僕だけが普通だと言ったら『ネコっちはカワイイからいいの』と刹那に言われた。
一発攻撃しようとしたが身長の差でことごとく防がれた。
ちなみにネコっちというのは僕のことである。
「すぅ……」
ナユの寝息も聞こえてきたから帰ろうかと立ち上がると、服の袖を握っているナユの手に気がついた。
起こさないように離そうとしたがしっかりと握っていて、離そうとすると起きてしまいそうだったので仕方なくそのままにして椅子に腰を下ろした。
「はぁ……暇だな」
空いている手で先ほど読んでいた本を取って読むことにした。
主人公の女の子がお城に迷い込んで女王様に追い掛け回されるという話。
昔からよく聞く話の現代風アレンジがされているものだった。
「んん……」
ナユが少し動いたのでその動きにあわせて掴まれている方の手を動かした。
「……パパ……」
「……寝言か」
確かお父さんは小さい頃に離婚しているって言ってたけどやっぱり親のことは忘れられないんだな。
僕は早く乳離れしたいと思っているがそれは親がずっと近くにいるからそう思うんだろう。
そんなことを考えているとドアが開けられた。
「お、まだいたのかい」
「ナユの奴が離してくれないんです」
「まぁまぁ可愛らしい寝顔しちゃって。アタシにはこの寝顔を見せてくれたことはないのにねぇ」
「そうなんですか?」
「そうさね。那由多と初めて知り合ったのはアタシが高校生の頃だったけど一回も見たことないさ」
「高校生の頃ってそんな昔から?」
「ま、詳しい話は気が向いたときにしてやんよ」
話を流されたから深入りはしないほうがいいんだろうな。
「じゃあ邪魔者は退場しますかね」
「いや、瑠香さんがいないと解放された後にどうすればいいかわかんないですからいてくださいよ」
「どうしようかねぇ」
「綺麗な瑠香さん、お願いしますっ」
「恥ずかしいこと言うんじゃないよっ。ま、まぁいてあげるよ」
瑠香さんは軽く頬を赤くしながら僕の頭を叩いてきた。
照れ隠しなのかわからないけど、ぼーりょくはんたーい、と言いたい。
僕の心のメモ帳に一つ項目を作ろう。
『素直な感想を言うと攻撃される場合があるので注意』と。
「そういえば瑠香さんってどうしてナースになろうとしたんですか?」
「そうさねぇ。さっきも言ったけど高校のときに他校の奴らにボコられて入院したときかねぇ」
なんだかこの人と僕の住む世界は別世界のようだ。
他校の人に襲われるなんて想像も出来ない。
「ま、それで色々あって今に至るわけ」
「その色々を聞きたいんですけど……」
「却下。ハズい」
これ以上深入りすると再び叩かれそうな気がしたので深入りしないことにした。
それにしてもこの人が改心するほどの出来事とは何だろう……
「じゃあ話を変えて、瑠香さんって綺麗だけど彼氏とかいるんですか?」
「ん~」
あ、はぐらかされた。
顔は赤くしてるからいるんだろうけど。
少しからかってみるかな。
「どんな人なんですか~?」
「アタシにそんなのいるわけないじゃないか」
「またまた~」
「いないって」
「本当ですか~?」
僕がニヤニヤ笑っていると容赦なしにデコピンが飛んできた。
「はわっ」
「しつこいっ」
「むぅ。いいじゃないですか」
「んん……ん?」
瑠香さんと僕がじゃれていると、僕の右袖を握っていた手を離して自分の目を擦りながら上半身を起こしたナユがこちらを見てきた。
「……まだいたの?」
「いや、ナユが離さなくて」
「あ、ご、ごめん」
素直だな。
いつも素直なら可愛らしくていいのにな。
「んじゃもう外出時間も過ぎるから帰りな。今度脱走したら……ね?」
「は、はいっ」
命がないだろうな……僕は瑠香さんに目で殺されそうだ。
この人の目力に勝てる人はいるのだろうか。
少なくとも僕の知っている中ではいないとの結論に至った。
「……明日も来る?」
部屋を出る間際にナユがそんなことを聞いてきた。
「ん? そのつもりだけどダメかな?」
「べ、別にアナタが来たいならかまわないわっ」
本当に素直じゃないなぁ。
まぁこの子が素直だったら何人もの人が恋に落ちているだろう。
ここら辺は世の中のバランスが取れてるのかもな。
でも翼はバランスを崩しているか。