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第八の言 妖姫

「こ……の、下郎がっ!」

 激昂した人物が、手近に居た一人を何の躊躇いも無く叩き切った。

「たかが、囲い者一人を手に入れるために、何を行ったと? 言うてみい?」

 全身から、恐ろしい威圧感が立ち昇る。

 人好きのする、明るい笑顔を浮かべていた顔からその全てが消し去られ、冷やかに人を見下す居丈高な、自信に溢れた顔が表れていた。

 取り囲んでいた荒くれ共が怯むのが、目に見える。

「この私を囲い者にするために、一体何を行ったのか言うてみいと申しておる!」

 ジリ……ッと、音をたてて空気が燃えた。文字通り、燃え上がったのだ。

 その人物の怒りに呼応して、森全体が凄まじい勢いで蠢いていた。

 異様な事態に、男共が顔色を失って悲鳴をあげる。

「言えぬのならば、無用だ! 人をかどわかす、下劣な職に就く輩にかける慈悲など、……私は持ち合わせておらぬ!」

 言った、そのままの体勢から攻撃に入る。閃く二振りの剣が、容赦なく男達の間を滑る。

 鋭い刃が、何の抵抗も受けず男たちの体を切り裂いて、通過してゆく。

 一瞬の間を置いて、血柱が、幾本も立ち昇った。

 何時の間にか集まって来ていた森の野獣達。

 が、まるでそれには気を止めず、その脇を無防備に走り抜ける。

 人には決して馴れぬ獣達の頭部を、その人物の白い掌が、擦れ違いざま優しく撫でてゆく。獣達は、その人物に向ける牙を持たぬが如く、従順にその愛撫を受けている。

 銀色の髪なびく、その後ろ姿を、野獣達の遠吠えが見送った。




         *




 開け放たれた窓から、突風が吹き込んだ。

 異様な風に、思わず外を見遣ったマーダーの目が大きく見開かれる。

 聖獣が、空を駆けて来る。まっしぐらに、自分を目掛けて。

 見事な五色に輝く毛並みの麒麟が、風を操ってベランダに降り立った。

 全身から殺気を漲らせて、前の蹄を大きく蹴り上げる。

「良い。下がっておれ」

 そう言ってその背から降りたのは、自分があれ程に執着した銀色の吟遊詩人。

 銀色の若神……。

 麒麟の巻き起こす激しい風に煽られて、銀の緩やかに渦巻く髪が宙を踊る。

 ゆっくりと、ゆっくりと自分の方へと歩が進む。

 マーダーは思わず後退した。

 白銀の双眸が、射抜くような光を放射してマーダーを睨み付ける。

 膝が、訳の分からぬ事態にガタガタと笑い始める。

「この愚か者が! この“姫巫女”を本気で怒らせおって! これ程腹立たしい事におうたは初めてぞ!」

 ジェナーの口から漏れた言葉に、マーダーの驚愕がいや増す。

 喉が大きく上下する。疑いを拭い切れなかった。

 “姫巫女”とは、エル・マリカが盟主と仰ぐフォン・ノエラの姫であり、同時に、強力な聖力を持つ精霊と全ての聖獣、全ての(もり)に愛でられし巫女。

 その強力な霊力により、十五年前の大旱魃では、南大陸の全ての国が救い出された。

 それ故に、南大陸の全ての国が、フォン・ノエラを敬愛しているのだ。

「さすがに、私の呼称名までは忘れておらなんだか、この権力に溺れた盲が!」

 激昂するジェナーの波動に再度感応して、麒麟が地を蹴り、風が、大地が、大きく蠢く。

 それで十分であった。

 マーダーはジェナーを伏し拝んで、床に這った。

「私の聞きたいことは分かっておろうの?」

 真っ正面からの問いに、マーダーが青ざめる。

「ノアールを……、そして執政官殿をどうした? 二人に一体何をした!」

 声もなくマーダーの口が開閉を繰り返す。あまりの恐怖に歯の根も合わない。

「今の私は、怒りに我を忘れる寸前ぞ。はっきり答えねば、命の保障はせぬ!」

「お……王宮に! 王宮の地下にある迷宮に行かせました! 二人が中に入ったら、入り口を閉じてしまえと命じました」

「そこに何が封じてある?」

「『西都の妖姫』を……」

「執政官殿は、その姫をそこに封じた時の傷が元で体を壊された筈。そんな危険な所に如何にして入らせた? ノアールは何故、それに随行した?」

「妖姫は、レオの婚約者です! 五年前、急な発熱があった後から性格が激変し、その後の一連の事件の為に、やむなく幽閉されました! だがそれでもレオは、未だ妖姫を忘れておらぬ!」

 マーダーの言葉に触発されて、ジェナーの脳裏に蘇る一枚の肖像画。“ジェナー”に引きずられて出会った不思議な乙女を描いた肖像画……。

 巷の噂からは信じ難い愛らしい姿をもった乙女は、間違いなく『西都の妖姫』であったと言う訳だ。

 執政官の館に多くの歪みが発生していたのは、おそらくは『妖姫』の姿を象ったあの肖像画から影響を受けたからである。

 冷やかな視線に、促されてマーダーが先を続ける。

「その妖姫が、強力な魔物達を操って、迷宮を抜けようとしていると言わせて──」

「誰に?」

「そ、それは──」

 不意にマーダーの口が歪む。その眼球が大きく剥き出しになった。

 口からヒューヒューと言う笛のような呼吸音を漏らし、その喉元を掻き毟る。

 どす黒く染まった顔が、苦痛に醜悪な形相を浮かべる。

 体中から、精気が一気に抜け出しているのが、ジェナーの瞳に写し出されていた。

 宙を掴むように、皺枯れたその両手が伸ばされ、次の瞬間コトリと力を失って床に落ちる。その体には、一かけらの精気も残らない。

「ただの傀儡(くぐつ)!」

 ジェナーは、きつく唇を噛み占めた。

 身を翻してベランダに出ると、待たせていた麒麟の背に飛び乗る。

「王宮へ!」

 カツッ! 一際大きな蹄の音。大きな大気の渦が起こり、麒麟の体が宙に浮く。大きく嘶きながら麒麟は、ジェナーの言葉に従って王宮へとまっしぐらに宙を駆けた。




         *




「アルフィが?」

 驚愕してレオが立ち上がる。

「はい、たった今、フーザー真官からの急使がつきました。指示を仰いでおられます」

「知事殿はいかがされた?」

「それが、この報にご心痛の余り、お倒れになったと……」

「馬を! 王宮へ行く!」

 厳しい口調。

「旦那様! とんでもありません。せっかく此処まで回復いたしましたのに!」

「人任せにはしておけぬ! あれは私の妻となる娘」

 手早く甲冑を身に付け身支度を済ませる。

「一体何の騒ぎです?」

 騒ぎを聞き付けたノアールが、部屋を訪れる。そして、レオの姿を見咎めた。

「まだ完全ではないそのお体で、一体何をなされるおつもりです」

 無表情に問う。

「『西都の妖姫』を、再度封じるために、王宮へ行きます」

「……私が、行きましょう。今無理をされれば、今まで執政官として最低限行ってこられた政務さえ執れなくなりますよ」

「貴方は、たった今真殿から帰ったばかりでしょう。多くの力場を矯正してきた身で、どうされます? それに、これだけは人任せには出来ませぬ」

 きっぱりとレオが言い切る。

「……何故、貴方なのです?」

「『西都の妖姫』ことアルフィ‐リ‐アデル姫は、私の婚約者です」

「……そのような噂、聞かなかったが」

「五年前、アルフィが魔に魅入られてしまう直前に発表する段取りが付いたのです。が、アルフィは変わってしまった。私は、あらゆる方法を探し、得られず……。これ以上の被害を出してはならぬと、三年前、陛下からの下知が下りました。そうして、私が姫の僅かに残っていた以前の心に働きかけて、王宮の地下にある迷宮の奥へと導きました」

「なるほど。行きたいという貴方の理由は理解しました」

「では──」

「それでも、ダメです」

 レオの気勢を、ノアールが一言で切って捨てる。

「しかし──」

「貴方は、この都が今、どれほど狂っているかを理解していない」

 ノアールがキツイ瞳で、レオを見つめる。

「都を、王宮を、取り巻く歪みを知っておいでか?」

「歪みは──」

 レオは、言いよどむ。

「王宮の上空を覆う闇を、この都を覆わんばかり広がる闇をご存じか!?」

「そ…そんなに?」

「闇さえ見えぬ貴方ですよ。強情を張らずに私を使いなさい。貴方は私の雇い主です」

「しかし……」

「『西都の金獅子』ともあろう者が、何を躊躇(ためら)う? 自身の価値も図れずして、何を成し得よう? 事を成功させるためなら、利用できる物はすべて利用なさい!」

「分かり……ました。しかし、よろしいのですか? お連れに相談もなく……」

「言えば、自分も付いて行くと言い出すに決まっています。外出していて幸いでしたよ。それに、私には死ぬつもりは毛頭ありません。生きて帰って来て、ジェナーの憎まれ口を聞きます。『見てなければ、臨場感のある歌が作れない』と、言うね」

 優しく、それでも力強く言うノアールに、レオはそれ以上言うことは無いと口を噤んだ。

 金と黒のマントが、風を受けて大きく広がる。二頭の馬が、王宮へと続く街路を疾駆した。

 執政官のレオの姿に、全ての警備を止められることも無く通り過ぎ、迷宮の入り口のある地下へと、二人が駆ける。

 入り口の扉には、シン‐フーザー真官が真っ青な顔をして立っていた。

 その額に玉のような汗が浮き出している。瞳は固く閉じられ、唇が小さく動いている。

 流れ出ているのは、強力な封系印呪。

「シン! 大丈夫か?」

「や……やっと来たか、レオ。お前のお姫様は、気が荒い。もう限界だ、後を……頼む」

 呟きざま、その場にシンの体が崩れ落ちた。

 瞬間、迷宮の入り口が、中からの圧迫に負けた。石と鉄で作られたぶ厚い扉が、粉々に破砕される。

「シン!」

 もうもう足る砂煙の中にシンの姿を見失って、レオが、悲鳴をあげる。

「執政官殿、下がって!」

 カッ……!!

 閃光が入り口に向かって走った。

 それは、入り口だけに止まらず、迷宮の迷路の奥まで、一気に染み通ってゆく。

 一瞬にして、その場に居合わせた魔物達が消滅し、収まらぬ光りが、胱々(こうこう)と溢れる。

「呪型を、結ばずに……?」

 唖然としてレオが呟く。

「相手が強力だと助かる。力を制御しなくても、相手の強力な負方向の力が中和してくれおかげで、呪型も結ばずにすむ」

満足げなノアールの言に、レオは本気で絶句した。

「貴方は一体どういう術の修業の仕方をしたんです? 七大の印呪を使い、その上、呪型をも使う必要がない程、高度の力場操作能力を持つなど……。有り得ない!」

「私は、伝説の『さすらい人』と同じなんです」

「え?」

「私は、以前はレ‐ラームとは異なる世界に生きていました」

「……一体、何を言っておいでなのです、ノエル殿」

「『さすらい人』は、かつて空の果てからこの世界に降り立った、異世界人だと言います。──私の中には、異世界の記憶があります。この記憶は、一体何のためのモノなのか……? 何の必要があって残ったのか……? その訳を知りたい。だから、私はありとあらゆる事を知ろう躍起になっているんです。この強力な術は、その探索行の一端で身につけたに過ぎない」

「『さすらい人』の……再来?」

 呆然と立ち竦む、レオ。

 無防備になったその一瞬を逃さず、ノアールの拳がレオの鳩尾に打ち込まれる。

「やはり貴方は連れて行けません。どう考えても貴方はこの国に必要です。危険にさらす訳にはいきません。安心なさい。会ってみなければ分かりませんが、貴方の姫を元に戻す方法は必ず見つかるでしょう。伊達にこの世界を見て来た訳ではありません」

 意識の薄れ行くレオに、ノアールが囁く。

「ノエ……ル殿 」

 意識を手放すことに必死に抵抗しながら、レオがノアールを見つめる。

 燐光花の香料をレオに振り掛け、更にその体の周りに強力な結界を結ぶ。

「私は、自分の成すべき事を見つけたい。だが……、今は何も持ってはいない。だから、せめて自分の出来ることは行っておきたいんです。自分を見失うことが、無いように。偽った事、許して下さい」

 先程放った光系の印呪が未だ効力を失わず、くすぶった光を放つ通路に入って行く、黒ずくめの人影。

 一度だけ振り返り、呪型を結ぶのが見えた。

 その途端に、入り口から覗いていた内部の壁が掻き消える。自ら入り口を塞いだのだ。恐らくは、外に魔物が這い出ることを防ぐために。

 そうぼんやりと考えた所で、完全に意識が失われた。




   *




 迷宮の中心に位置する、大部屋。小真殿が(かたど)られるている。

 その中心に、ゆったりと座っている恐ろしい程の妖艶さを漂わせる、少女。

 琥珀色の小柄だが豊満な体を、線を強調する薄い衣で覆う。その肩を、背を流れる栗色の細く鈍く艶光りする長髪。萌える翠の美しい瞳。紅の形良い唇。

 ただ、そこからは生来人の持つ筈である、光と闇の性質の内、片方の性質が完全に欠け落ちていた。

 ……全くの闇で成り立っている人間。

 ノアールは、そんな事が有り得るのかと、目の当たりにしながらも、信じられなかった。

「来よ。美しく猛き若者よ。妾の愛を授けて遣わそうほどに……」

 艶然とした笑みを浮かべて少女が誘う。

「効かぬ。妖姫、……私にはそなたの魅了の波動は効きません」

 ノアールが、ゆっくりと座に近付く。

 両腕の籠手(こて)に手をやる。そして、その端に覗く結び目を一気に引いた。

 籠手裏に打ち込まれていたらしい宝玉(ほうぎょく)が、音をたてて床に転がり落ちた。

 それは稀宝玉(きほうぎょく)、レア・クリスタル。晶琴に用いられているのと同じ、意志を秘める生きた晶石(しょうせき)

 全部で、完全性を表す十に強調と強さを表す三を掛けた、三十個。

「その内に封じられし闇……、潔めさせてもらおう、妖姫。レオが貴方を待っている」

「妾を潔めるだと? ひよっこが、よう言うたわ」

「何者かは知らぬ。だが、無闇に人を害する者を、私は放ってはおけぬ。この都を、闇に呑ませはせぬ!」

 床に散らばっていた晶石が、一斉に宙に浮き上がる。

 球状に取り巻く晶石に引き付けられたように、ノアールの黒き髪が、フワフワとなびいて放射状に広がった。

 黒い髪の先に、晶石が取り付く。そして、その髪の色が徐々に失せ始めた。




   *




「執政官殿! 如何されました?」

 ジェナーの呼び掛けにレオが薄く目を開ける。銀色の輪郭が目に入ってくる。

「ああ、貴方ですか……」

 ぼんやりと呟き、次いで大きく起き上がった。覚醒と同時に張られていた結界が解ける。

「どうして、ここに?」

「副知事から無理やり聞き出しました」

「副知事?」

「外出して、一稼ぎした後、郊外へ散歩に出た所を、副知事の手の者に襲われました。聞けば、貴方とノアールが罠にはめられたと言うので……、俺も我慢の限界を越えました。力ずくで、事の次第を聞き、此処に……。

 大丈夫ですか? ノアールは?」

 問いに、入り口を顧みる。

「迷宮の中です。私は、不意を突かれて置いていかれました」

「貴方は、この国に必要な人。ノアールらしいやり方です」

 そこまで聞くと、スッ立ち上がる。

 迷宮の入り口の前に立ち、その場を見つめる。

──見たことのある風景だ。でも、何処だったろう? 此処へは今初めて来たが。こんな物があることすら先刻知ったのに。

 そうして再度自分の中の記憶を手繰る。

 思い当たったのは、“ジェナー”に感応して起こった、『妖姫』との不思議な邂逅。

 ここは『迷宮』だとマーダーは言った。そして、あの時迷い込んだ場所は、まさしく迷宮と呼ぶに相応しい場所であった。

 深く考え込むジェナーに、レオが言う。

「無理です。中から、封じられてます。ノアールが自分で閉じたのです。彼が解かぬ限り、開かれぬでしょう 」

 ジェナーが、何を思っているのか勘違いしたらしく、レオが続ける。

「彼は『さすらい人』と同じ力を持った者なのでしょう? 並みの人間には解けますまい」

 レオの言葉にジェナーが振り返った。

「今……何と言われた?」

 レオの所にまで駆け戻り、その傍らに屈む。

「彼が印呪を解かぬ限り、迷宮の中へは入れぬ、と」

「その後です! さすらい人がどうとか──」

「彼は、自分は古の『さすらい人』と同じだと……。異世界人の記憶を持つ人間だと言っていました。御存知無かったのですか?」

 驚いたように、レオが聞き返す。ジェナーは勢い良く肯定した。

「それでは、本当かどうかは分かりませんね。私の油断を誘うための虚言であったかも知れない」

「ノアールは、虚言は吐かない! ……見つけた! ……とうとう見つけた!」

 ジェナーの瞳から、銀の雫が溢れ落ちた。

「ジェナー?」

「もう離れるもんか!」

 背に負われていた竪琴が降ろされる。

 弦を軽く爪弾く。そして、琴は歌った。

 ジェナーの腕の中、見る見るその姿が、変化していく。

「晶琴!?」

 レオは驚愕に、目を見張った。

 晶琴を持つことが出来るのは、選ばれた言織りのみ。

 ……今では、徐々にその数を減少させていく言織りは、貴重で希有な存在である。

 この国、エル・マリカも多くの必要に迫られて、幾度も精霊真殿へ要請して、言織りを買おう──言織りは、その言を織る代価として己を養う金子と、真殿を賄う為の必要最小限度の金子を要求する。それは、養うと言う意味でも、使役するために雇う意味でも無いため、自然、相応の対価を求める行為と取られて、『買う』と言う言葉が使われる。──としたのだが、生憎と人手不足の為に、緊急な必要なり、人に混じって流れに身を任せている、『今言織り』の要請でもなければ、派遣する事は出来ないと断られ続けていた。

 その貴重な『言織り』が、今目前に居るのだ。

 重要な力を持つ、『言織り』とは少しも気付かせる事無く、身近に居た若者を、レオは呆然と見つめる。

 その驚きには目もくれず、ジェナーは大きく息を吸い込み、その口を開いた。

 朗々たる声が響く。そしてそれに和するように晶琴の弦が奏でられる。

 ジェナーの声と、晶琴の音が、見事に調和し、互いに共鳴して、空間を震わせる。

 共振が徐々に高まっていく。

 パ ァァン…………ッ……────!

 澄んだ炸裂音と共に、ノアールの印呪が破れる。

 同時に、ジェナーは中に走り込んでいた。

 レオが慌ててその後を追う。

「ジェナー! 貴方はこの迷宮の道を知らない! 迷います! お待ちなさい!」

「執政官殿! 来ては駄目です!」

 追って来ようとするレオを咎める。

「迷います!」

「ここには一度来ています! あなたの姫の波動に引きずられて、知覚放射の術で!

 以前お話したでしょう? 宿で起こった魔物騒ぎ……。その原因がようやく分かりました。あなたの姫の波動を晶琴が増幅して、それに魔物達が魅かれたんです。

 姫巫女を呼び付けるなど、とんでもない姫です。でも、純真そうな可愛い女性でした。きっと、助けてみせます」

「あ……貴方は、貴方がたは、一体何者なのです?」

 が、その叫びを完全に無視してジェナーは翔ぶようにして、先へと進んだ。

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