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第五の言 二人

 私室の中へと入った二人は、敵対にも似た警戒心を露わにした。

 先に口を開いたのは、焦れた執政官・レオ‐シェンナ。

「どうして貴殿が、こんな所におられるのかな、ノエル殿?」

「それはどう言う意味でしょう、執政官殿?」

「私は貴殿に会った事がありますよ、オルフェス‐ハン‐ノエル‐サ‐ディザールー殿。二十五年程前に、王宮で。貴殿は、まだ三歳の幼子でしたな。良く覚えています。利発なお子で、三つにして全てを見透かすような印象的な青い瞳をしておいでだった」

「執政官殿、貴方は私と大して変わらぬお歳ではないか? どうしてそのような昔の事を覚えていらしゃると言うのです?」

 否定的なノアールの言葉をレオがあっさりと一蹴する。

「エル・マリカの王族らしからぬ色でしょう? 私は妾腹の出なのです。これでも今年で四十二になります」

 にっこりと笑ってレオが答える。が、瞳は厳しい光りを浮かべたままである。

「たとえ髪の色を染め変えようと私の目は誤魔化せませぬよ。正統なる世継ぎの君」

「知らぬな。そのような事実はない」

「エル・クォードの二の君は、酔狂にも術司に焦がれ、七つにして王宮を飛び出し、単独ジ・ダラルに向かった。貴方の最後の噂です。無事辿り着き、ジ・ダラルで術をお修めになったようですね。それもかなり高度な」

「何を根拠に……」

「ジ・ダラルの民は、黒髪、黒い肌、黒い瞳の持ち主。それは生まれつき、その身に術を操る力を秘めているため。ジ・ダラルで真に術を修める事が出来た人間は、その体に力を封じる……。美しい黒髪になっておいでだ。その青い瞳と、意志の毅い気を思い出さねば、気付かなかったでしょう」

「……エル・マリカは、私の国とは敵対している筈だ。会える訳がない」

「ようやくお認めになりましたな」

「執政官殿、一体どういうことです?」

「幼くして王宮を飛び出された貴方は御存知無いでしょうが、先王の御世では、両国は友好を結ぶ迄には至りませんでしたが、それでも交流しておりました。決して、現在のように敵対してはおりませんでした」

 レオの言葉にノアールが沈黙する。

「現王は狭量な方だ。我が国が、フォン・ノエラには膝を折りながら、自国に膝を折らぬ事を酷い侮辱だとお感じになっていらっしゃる」

「無理は無いと思います。叔父は、父が自分を謀殺するものと思い込み。その果てに、実兄である王家一家を極秘裡に毒殺した程の小心者ですから」

「そこまで知っていて何故、仇を討とうとはなさらぬ?」

「そうした所で両親や兄が生き返ってくる訳でなし、王が誰であろうと国さえ平穏に治められていればそれで構わぬでしょう。叔父とて、王族の血を引いているのですから。……それに、何よりも人が死ぬのはもう見たくない」

「人死に?」

「ジ・ダラルは他国と一切交渉を持ちません。何も知らず私は帰途に付きました十七の歳。そして故国の土を踏んだ時、叔父は刺客を放ちました。戸惑う私を庇って、妹のように思っていた従妹は、……自らの父の手で切り殺されました。その時私は何も知らなかったのに。仇討ちなど考えてもいなかったのに……。それにも関わらず、私の存在を疎んじた叔父は──」

 ノアールの唇が強く噛まれる。

「民に私の生きている事が知れ渡る前に、殺そうとした。

 ……私は王位など望まぬ。王位が何程の物だと言うのです! そんな下らない物のために、幾人の人間が無為に死んでいったことか!」

 ノアールは堪り兼ねて叫んだ。

「疑って申し訳ありません、ノエル王子」

「やめて下さい! 私は王族を捨てた人間です。ただの術剣士、ノアール‐ハン‐ノエル! 他の何者にもなる気はありません!」

「分かりました。今この都も平穏ではありませんから、これ以上の厄介事を持ち込みたく無かったのです。許して下さい」

 謝意を表すレオに、ノアールがようやく気を取り直して答える。

「力場の異常ですか?」

「気付いておいでか?」

 レオが驚き、次いで納得したように頷く。

 ノアールは、剣士であると共に、強力な術司でもあるのだ。

「都に入る前に見た時から。力ある術司であればここの異常は一目で見抜けるでしょう」

「お分かりならば話しが早い。この館は特に力場が悪いようなのです。魔物の出没が多く、今迄に幾人もの術司や騎士達が命を落としています。 ……それでも、働いて下さる気持ちにお変わりはありませんか?」

「存じています。何も知らずに仕事を請け負ったりはしません」

「それは心強い。『黒騎士』の腕の確かさは病身で世事には疎くなっているの私の耳にも入っておりますよ」

 レオが嬉しげに答える。

「執政官殿は、一体どこがお悪いのです? 私で力になれる事があれば……」

「無理でしょう。色々と手を尽くしましたが、原因が分からぬのですよ」

「諦めるのは早い! まだ、四十二。王族の回復力をもってすれば、十分病に打ち勝てる歳ではありませんか!」

「良いのです。諦めている訳では無いのです。ただ──」

 レオの瞳が遠く宙を見つめる。

「……やめておきましょう。貴殿に愚痴など零しては笑われてしまう。私以上にお辛い立場なのですからね。お引き止めして申し訳ない。昼間の御活躍は聞き及んでいます。お疲れでしょう。今日はゆっくりとお休み下さい、ノエル殿」

「ありがとうございます、執政官殿」

 ノアールが礼を言って立ち上がる。

「執政官殿、貴方は私の雇い主なのですから、その馬鹿丁寧な言葉は止めていただけませんか。それに、『ノエル』の名を出すのも。ノアールと呼び捨てにして下さって構いません。ジェナーに、……連れには、素性を知られたく無いのです。知られれば、叔父は黙ってはいないでしょうから」

「わかりました、ノアール」

「それでは、これで。明日は少し早めに起きて、館の力場の状態を調べてみます」

「お願いします」

 ノアールは、レオの部屋を辞した。




   *




「ハーイ、お嬢さん方」

 ジェナーが明るく、二人の女官に近付く。

「誰? だあれ? この美形!」

 二人は、真っ赤になって嬌声を上げた。

「俺、バードのジェナー。今夜から暫く厄介になるんで、よろしく。お嬢様方」

「旦那様が、吟遊詩人(バード)を雇われるなんて久し振りだわ!」

「え? そうなの?」

「ええ。三年程前にちょっとした事があって、お体を壊されてからは、あまり派手な事はされなくなったわ」

「昔は、『西都の金獅子』って呼ばれたそれは凄い剣士様で、この館でも毎晩のように夜会や晩餐会が開かれてたのよ」

「そんな凄い方なの?」

「そうよ。今は、とてもお静かに暮らして有るけれど、ゆくゆくはこの国の宰相職に就く方と言われてるわ」

「私達、それに憧れてここに御奉公に上がったんですもの」

「将来重職に就く方のお館で奉公したなんて肩書だけで、良い所に嫁げるもの」

「ふーん。二人ともかわいいんだから、そんな事しなくても良い相手見つかっただろうに」

「あら、ここに奉公してたら、出入りの貴族の若様方も見れるって特権があるもの。それだけでもねェ?」

 お互いに顔を見合わせ二人が、笑う。

「旦那様とっても高潔な方だから、お眼鏡に適った人か、余程の権力者でも無ければお招きにはならないから安心だし」

「他の奉公人も立派な人ばかりだし」

「うーん……。俺で大丈夫かな?」

 心配げなジェナーの表情に、二人が興味津々で尋ねてくる。

「どうしてそんな事言うの? 雇われたんでしょ?」

「雇われた……と、言って良いのかな? 昼間新しく雇われた騎士が居るだろ? 知ってる?」

「知ってるー! あの騎士様も凄い美形なんだものー!」

 嬉しい悲鳴を上げて二人が答える。

「その騎士の連れなんだ。そのツテで転がり込んだ感じなんだけどな」

「大丈夫よ、きっと。貴方とってもいい声してるもの! それに美形は、いくらでも大歓迎!」

「ほんと? ノアールも俺も歓迎してくれるの?」

「「もちろん!」」

 きっぱりと二人が言う。

「ところで、あの騎士様、ノアールって言うの?」

「そうだよ。まだ話してないの?」

「だって、あの騎士様、何か近付き難かったの。とっても美形なんだけど、表情変わらないし、目元なんか、こうきつく引き締まってて」

 眉の上で逆ハの字に指を型取って見せて、二人が言った。そして引き吊った。

「怖いこと無いよー。あれで凄い笑い上戸だし、饒舌だし。その上、世事に結構疎いんだ。からかうと、とーっても面白いんだから」

 明るく言い放ってジェナーが笑う。

「誰が……、何だって……、ジェナー?」

 少々低くなったノアールの声が背後から降って来る。

 ジェナーの笑いが、そのまま引き吊った。

「あ、は、はは……。も、もう話しは済んだの?」

 振り返ったジェナーが、話しを逸らすように尋ねる。

「終わった。明日から早いからな。もう休むぞ」

 無表情に、言い渡すとその首根を引っ掴んで引きずった。

「ノアール、ごめーん。機嫌直して~」

 ヒラヒラと、女官達にお休みの手を振って、二人は部屋へと向かった。

「キャー! 二人並ぶと凄い対照的で綺麗! 危な~い!」

 無責任に喜んで、女官達が悲鳴を上げた。




   *




「な、ノアール。ちょっと聞きたいんだが──」

 寝る前の日課らしく、晶琴を磨き上げながら、ジェナーがノアールに尋ねる。

 ノアールが、柔軟の手を止めてジェナーの方を向く。同じく、就寝前の日課らしい。さすがは、腕の立つ剣士ならではの日課だ。

「この都どうしてこんなに魔物が集まるんだよ?」

「分からんな」

「一言で片付けるなよ。昼間調べてて、見当くらい付いたんだろ?」

 ジェナーの言葉に、驚いたノアールが目を見開く。

──こいつはァ~、読心術でも使うのか? 一々人の先を読む。

「何だよ? 何か付いてるか?」

 ノアールの凝視に、ジェナーが自分の体をキョトキョトと見回す。

「違うよ。お前どうしてそう人の先を読めるんだ?」

「……読心術など心得てないぞ」

 察してジェナーが先に答える。

「俺は『()言織り』だ。物を見極める力は並みじゃない。審議を見定める事が出来る力を持つからこそ、俺は『今言織り』の名を冠している。百の嘘と一の真、千の誠と一の偽り、萬の話と一の真実。俺の耳は聞き分け、俺の目は見通す。だからこそ俺は“ジェナー”だ」

 自信に満ちた、これだけは譲れぬと言う瞳でジェナーは語った。

「なる程な」

 ノアールは、再度満足した。最低限守るべき一線を持つ人間は(つよ)い。やがては信頼を置くに足る真の相棒になるかも知れない。

「で、何が分かった?」

「力場が異常を起こしているようだ」

「どういう事だ? そんな簡単に力場が異常を起こす所に都は結ばぬはずだろ?」

「だから、面白い。噂には聞いていたが、ここまで酷いとは思ってなかった。第一、力場の異常で魔物が集まって来ているとは予想もしていなっかった。私は、強力な()司でも巣くっているのだとばかり思っていた」

「何だ。あんたやっぱり魔物退治に来たんじゃないか。魔物退治なんてしないって言ってたのに」

「魔物では無い。()司だ」

「さっき()司は居ないって言ったろ?」

「それ程強力な波動は、今のところ感じぬだけだ。お前も、あの闇が見えたのだからそれ位分かろう? 術の心得が有るのだろう?」

「冗談はよせ。俺はただの『言織り』だ。ただ……ただ、闇が見えたのは俺が──」

 言い淀むジェナーには、ノアールの視線が痛かった。

「俺が、普通の人間じゃないからさ」

「何だ、それは?」

 聞き返すノアールの眉が、不機嫌に寄せられる。己をおとしめる様な物言いなど、ジェナーには似合わない。

「俺には、……精霊が見える」

 ジェナーの吐き捨てるような答えに、ノアールが驚きの様子を隠しきれない。

 精霊の発する波動は特殊。術司とて、それを感じるとるだけでも至難の業であるのだ。──それが、見えるとなると……。

「あんたも、俺を疎んじるか?」

 寂しそうな、縋るようなジェナーの瞳にぶつかり、ノアールは目元を和らげた。

「生まれつきか?」

 俯いたジェナーが、頷く。

「話したくは無かったのだろう? どうして話してくれた?」

「俺、あんたが道連れになってくれたのがとても嬉しかった。笑いかけてくれたのがとても嬉しかった。女だの、男だの、言織りだのと、いつも人は俺を何かの型に嵌めようとした。けど、あんたは、俺をただの人間として扱ってくれる。あるがままの俺を受け入れようとしてくれてる。それが分かったから、隠してること出来なかった」

 どんどん小さくなっていくが、それでもジェナーの言葉は続いた。

「情けないけど、俺、傷つくの嫌だ。後で知った時に……、俺がうんとあんたを好きになってしまった時に、俺が普通じゃないって……、異常な力の持ち主だって知られて嫌悪されるのは辛い。けど、今ならまだ、そんなには辛くは無いと思う。……それに、宿であんなことに巻き込んでしまった。俺、てっきり縁切られると思ってこの都出ようと思っていたくらいだ」

 最後は、ほとんどささやくような声で、ノアールに訊ねていた。

「ノアール……、もう一度尋ねていいか? 俺で良いか? 正直に答えてくれ。俺、あんた好きだから……、あんたが嫌なら、俺──」

 俯くジェナーに、ゆっくりとノアールの腕が伸びる。そして緩くその体を抱き締める。

「馬鹿だなお前。話さねば、私はそういう事には疎いから気付きはしなかったのに……。 私より、お前の方が余程不器用ではないか」

 驚き離れようとするジェナーの体を止めるように、腕に力を込める。

「私は、真っ直ぐな奴は大好きだよジェナー。自分に正直に生きる奴はもっと好きだ。お前は、少しだけ他の人よりモノが見えるだけだよ。その力を恥じる必要などない」

 ジェナーの体から力が抜ける。

「あんたって温かいな、ノアール。まるで、兄上みたいだ……」

 瞳に薄く涙を滲ませたジェナーが、ノアールの肩に頭を擦り寄せる。

「お前も、苦労したんだな」

 しみじみと呟くノアールからジェナーが勢い良く離れて答える。

「でも生きるっていいぜ! こんな嬉しいことにも出会える。あんたみたいな人に会えただけで、今迄の苦労なんて吹き飛ぶ!」

 子供のような笑顔が輝いていた。

「前向きな奴だ」

 ノアールが苦笑する。

「だって、そうじゃねェと俺みたいなの生きてられねェよ」

 豪快に、滲む目元を腕で拭う。

「あ…の、あのなノアール。俺──」

 真剣な瞳。ノアールは気勢を制した。

「言いたくないことは言うな。お前は私を詮索しない。だから私も詮索はしない。昔の事など知らなくても、今からのお前を知ることさえ出来れば、私達はうまくいく。……それで、充分だろう?」

 ノアールの唇の片端が上がる。そして頷いた。

「……ノアール。俺、本当にあんた大好きだ。あんたみたいな人間に会ったの初めてだ」

 驚きと歓喜をない混ぜにしてジェナーが叫ぶ。

「そうか?」

 ノアールはただ笑って答える。

「ああ! あんたって本当、凄い人だ!」

 興奮して叫ぶジェナーの頭をポンポンと軽く叩く。

「あんまり興奮すると眠れないぞ。お前も今日は疲れている筈だろ。ゆっくり休め」

「うん!」

 大きく頷き、これまた豪快に服を脱ぎ捨て肌着だけになって寝具の中に潜り込む。

 晶琴をしっかり抱え込んでいるその姿に、ノアールが笑みを浮かべる。

「お休み、ジェナー」

「お休み! ノアール!」

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