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第二の言 西の都──マリ・マリカ

 レ‐ラームは 中程の縊れた上半身肥大の太めのZを、赤道よりやや南半球を中心に描く二つの大陸。

 穏やかな太陽と、静かな月がそれぞれ一つ。

 空の交差(クロス)と呼ばれる垂直に交わる二つの小衛星輪(リング)を持つ世界である。

 中央に赤道と横に走る山脈を持つ北の大陸(ハーン・アッシュ)と、南半球の中程に位置する南の大陸(ソーン・アッシュ)

 その二つの大陸の縊れにある沼地と山脈に接する二大国の南大陸側の国、エル・マリカの、西の都がノアールとジェナーの向かっている場所である。

 エル・マリカは、交易を中心とする軍国で、レ‐ラーム中三番目に広大な地を支配している。

 最大の面積を擁するのは、内海を挟んで向かい合う位置のエル・クォードで、この国とは冷戦状態にある。

 エル・クォードは、豊かな鉱脈を背景にする商業の盛んな強大な軍国である。

 二番目の国は、南の大陸最南端に位置する、稀宝玉(きほうぎょく)を産する、聖獣と言織り発祥の地、フォン・ノエラ。

 エル・マリカはこの国に、強いられてでは無く従臣の礼をとっている。

 最南端の寒地に有りながら、横に長い形で、南に高き山脈、北に温暖な赤道海流と西風海流それに偏西風と言う大地の恵みを受けた穏やかな四季を持つ。農耕を中心とする文化国のこの国には、南の大陸中の他の四国も従臣こそしないものの、親交は深い。




   *




 西の都(マリ・マリカ)の外れの丘。石畳の街道を一頭の馬がゆったりと歩んでいる。背には二つの人影。

「もうすぐ着くぞ」

 丘を上りきった所でノアールが声をかける。

 馬の首に、力無く寄り掛かっていたジェナーが身を起こす。

「降ろしてくれ」

 力の無い声が請う。

「まともに歩けるのか?」

 からかうようなノアール。それでも、望む通り馬から降ろし、西の都の正面に立たせる。

 瞬間、ジェナーの体が硬直した。

 碧い海岸線をバックに広がる、長い城壁に囲まれた巨大な白亜の都。活気に溢れる街並み、人々。そこまでは良い。普通の国の都市らしい風景だった。

 問題は、その中心の王宮。

「な……んだァ?」

 それは……、不気味と言うのもおこがましい程、暗い暗い雰囲気と底知れない闇を背負って立っていた。

 一寸先も見えぬ様な真っ黒な黒煙に包まれているのだ。

 立ち尽くすジェナーの横を、馬に乗ったノアールがすました顔で進んで行く。

「お……い?」

「何だ?」

 震える声で呼ばれて、煩げにノアールが振り向く。

「あんた術司なんだから見えてるんだろ?」

「ほ……う。見えているのか?」

 感心したような声がかかる。

「どーせ、俺の視界は異常だよ。それより本気かあんた!」

 驚愕より恐怖に近い叫び。

吟遊詩人(バード)としての好奇心は疼かぬかな? それに、もうすぐ日も暮れるが、何処で腹ごしらえをする?」

 問われてジェナーが詰まる。が、口は閉じたものの、持ち主の意志に反して大変に正直な腹の虫は大合唱で答えを返した。

「そーゆう事だ」

 ノアールが口の片端を上げて笑う。

「……責任持てよ! 飛んで火にいる夏の虫だけは御免だからな」

 そう言って、再度ノアールの鞍の前に飛び乗る。

「すまんなイゾルデ。もう少し乗せてくれ」

 何故か、馬の方にだけ断る。

 そんなジェナーのフードに包まれた頭を、グリグリと豪快にノアールが撫でる。

「お前のそーゆー所、大好きだ」

 あやすような言い方に、ジェナーがふくれる。

 二人は、森を抜けて二ロンデ(約四キロ)程の行程で、すっかり息投合してしまっていた。互いに、今まで道連れのある旅などしたことが無かったのも幸い(?)して、連れのある旅と言うのも悪く無いと感じ始めていた。

 まあ、互いにかなり通常の旅人とはかけ離れた感覚を持っているのだ、まともに安全な旅をしようとする者が、道連れに等する訳もない。

 そう言うはみだし者同士の波長が一度合ってしまえば、後は斜面を転がり落ちる雪玉、もしくは底無し沼にはまった哀れな獲物──もがけばもがく程、深みにはまる……。

「あー、腹減ったよ~」

「宿をとったらすぐに食べさせてやる」

「何? 奢ってくれるの?」

「当たり前だ。一応は助けて貰ったから礼はせねばな」

「一応……ね。ま、いいや。山程食うからな」

「お好きに。前の仕事の報酬は悪くなかった」

「例の賊退治?」

「そう。商いの街だったからな」

「腹ごしらえすんだら前の事も話してくれよ」

「約束通り、言を織らぬならばな」

「約束するよ。あんたが俺を『言織り』だってばらさなきゃね」

「承知している。お前も、調べがつく迄、私が『黒騎士』だと言うことは伏せていろよ」

「ん、分かった。じゃ、契約終了」

 西の都の城壁。街道側の大門。交易国の都らしく、大通りの遙か彼方に微かに覗く、向かい側は埠頭である。

 エル・クォードとの冷戦下、その一の砦である西の都は、警備も中々に厳しい。

 門兵の視線がジェナーを捉える。探るような目付き。誰何せんと、口が開きかかる。

 が、その背後に、ノアールの姿を認めると、そのまま門兵は、元の姿勢に戻った。

 ジェナーは、その成り行きに感心したように頷いていた。

 宿の並ぶ通りに入った途端、今までの疲れなど吹き飛んだ様子でジェナーが宿の物色を始める。ノアールはそんなジェナーに苦笑しつつも楽しそうに眺めていた。

誰かを見守る立場に立つなど、幾歳ぶりであろうか? それも会って間もないと言うのに、これほどにまで気安い相手など。

 不思議な奴だ……。

「ノアール! 此処が良い。すっごく美味しそうな匂い」

 フンフンと犬のように鼻を鳴らし、御丁寧にも子犬さながらの媚ようでノアールにねだる。

「分かった、分かった。恥ずかしい奴だな」

「ほっとけ! 腹が減っては戦は出来ん」

「『戦』?」

「腹に力が入らんと声が出せねェ。こんな大都で稼がすして何処で稼げと言うんだ?」

「成る程。お前は『吟遊詩人(バード)』だったな」

「そう、そう」

 うんうんと頷いて、宿の中に飛び込んで行く。

 宿にはきちんと手入れの行き届いた馬小屋が、しっかりと備えてあった。

「抜け目の無い奴」

 子豆のように元気の良い馬番らしい少年が、馬を預かりに飛び出してくる。

 嬉しそうに嘶く馬の首筋を軽く叩いて落ち着かせると、少年と一緒に馬小屋へと向かった。

 餌と水だけを頼み、気性が荒いので無闇と触らぬように注意して宿へ入る。

 その宿では、上等の部類の部屋へ二人は通された。

「やっぱ、あんたと居ると助かるな。野宿したり、高い金を払わされたりしなくて済む」

 ジェナーの呟きにノアールが振り返る。

「なんだ? 楽人ならば、歌と引き換えに泊めてくれるだろう?」

「歌だけ要求されるんなら良いんだが、そうもいかねェ」

 ジェナーの深く被っていたフードが初めて取られた。

 髪が、窓から差し込む残光を弾く。

 マントの下から現れた姿に、ノアールは呆れた。その下には、恐ろしい程に冴えた美貌が隠されていた。

 穏やかな渦を巻く長い白銀の髪。澄んだ湖にほんの一雫の蒼を溶かしたような白銀の瞳。透けるような白い肌。あれだけの刺客を屠ふったとは思えぬ華奢な体。

 服装だけは、吟遊詩人にしては多少戦うことに重きを置いたものであった。

 薄いシャツの上に、膝迄を覆う右併せの薄衣。その上になめし皮の短い胴着。それを水晶の鋲打ちの帯布で留める。足はやや厚めのスラックスと、底が厚く紐に同じ水晶の鋲を打ち込んである編み上げの靴でしっかりと保護されている。右腕には肩迄をスッポリと覆う、指先だけを切った長手袋。左手には他と揃いの水晶の鋲の打ってある皮の籠手。

「俺は客は取らないって言っても信じてくれない。で、マントを着けたままだと、風体が良く無いって高額を吹っ掛けられる。

 必ずゴタゴタしやがるんだ。で、気楽な野宿が多くなる。

 あんたの連れになってればそんな苦労も無い。高潔の騎士然とした容貌は役に立つもんだなァ」

「成る程な……。『言織り』にしておくには惜しい美丈夫ぶりだ」

「『美丈夫』? あんた何か勘違いしてないか?」

「何を?」

「俺、女だぜ」

 思いっ切り、ノアールの顔が崩れた。

 基が整っているだけに、その顔は大層間が抜けて見えた。

「フン! 疑ってるな、その眼は。ま、無理も無いと思うが。

 ……何なら寝てみるか?」

 腕を組む、ジェナーの腰の後ろ辺りに覗く二本の剣の柄……。

 ノアールは数瞬の惚けた状態から回復して苦笑を漏らす。

「そんな事をしよう物なら、串刺しにする気だろ? 楽しい奴だな。本当に気に入ったよ」

 ジェナーの物言いが余程受けたらしく、ノアールは小さな笑いの発作を起こしている。

「自分の身を守れる奴なら、男でも女でもかまわんよ。それに俺は女には興味が無い」

 言葉に、ジェナーの目付きが変わる。

「勘違いするな! 私には自然の(ことわり)に背く気は断じて無いぞ。足手纏いにならなければ、連れの性別には興味が無いと言う事と、今の所連れ合いを作る気が無いと言うだけだ」

「驚かすな。『黒騎士』に幻滅する所だったぞ。あんまし意味深な言い回しするなよな」

 胸を撫で下ろして言うジェナーに、ノアールが吹き出した。

「お、お前本当に楽しい奴だな。

 とにかく食事にしよう。今日は良く働いたから腹が減った」

 ジェナーに向けた後ろ姿の肩が、未だ震えていた。

 あんまりな笑われように、ぶった切ってやろうかと言う凶悪な発作に襲われる。が、相手は『飯の種』。今日は特に、奢ってくれる相手なので、辛ろうじてそれを抑えた。

 食事が始まると、驚愕と感嘆の混じった視線がジェナーに注がれた。

「なんだよ?」

 怪訝そうにジェナーが聞く。

「いや。その細い体の何処に、そんなに入るのかと」

 ノアールと違って酒こそ飲まぬものの、平らげた量は、既に倍になっていた。

「ほっとけ! 体が元手なのはあんただって同じだろ。『食える時に食う』がモットーなんだ」

「それにしてもな。大丈夫か?」

「何が? 金は払ってくれるんだろ?」

「そちらじゃない。先程宿の主人から請われていただろう? そんなに香辛料の効いた物まで食べて、声が出るのか?」

「そんな(やわ)な事で出なくなる、情けない鍛え方はしてない」

 きっぱりと言い切って、また盛大に掻き込み始める。

「落ち着いて食べろ。食べ物は逃げはせぬぞ」

「ほっとけ! どうせ俺は、品とは無縁だ」




   *




 食堂中が湧いていた。その中心に、竪琴を奏でるジェナーの姿がある。

 くるくると変わる表情が、生き生きした声が、過去の英雄譚(サーガ)を、現在の英雄譚を、歌う。

 時には力強く、時には笑いを誘いながら、次々に持ち歌と、注文された歌を歌い上げて行く。

 人々は、心踊らせ、笑い、興じた。

「ノアール。そんな隅っこに居ないで来いよ。次は、あんたの好きなの歌うよ」

 ジェナーが人の輪の中から声をかける。

「構うな。人気者ではないか。稼ぎにせいをだしていろ」

「あんたには飯を奢ってもらったからな。そーはいかないよ」

 怒ったように、ジェナーが反論する。

「強情な奴だな。では『望郷の放浪人(さすらいびと)』出来るか?」

 少し意地の悪い笑みを浮かべて請う。

「また、難曲を……」

 眉を顰めるジェナーに、ノアールが小さく笑う。

「悪かった。他の──」

「俺にこなせぬ歌など無いのだ!」

 ノアールの気勢を制してジェナーが、弦を掻き鳴らした。

 澄んだ音が、食堂の壁に反響し、静かな余韻を引いて止まる。




日は巡り、月は巡り、星走る

空の交差(クロス)

 レ‐ラームに幸いあれと印結べ……

ソラを越え、大地を踏みし放浪人(さすらいびと)

  レ‐ラームを日々巡る

大海原を、島々を

草の大地を、湖を

美しきかな、レ‐ラーム

ソラの恵みし、レ‐ラーム

されど、その地に故郷(ふるさと)

  見出すことあたわざり

放浪人は、かく問うた

彼の人は何処(いずこ)に行きたまいしや

我が父、我が母、我が親族よ

我が友、我が民、我が心族よ

共に有りし彼の人は何処に……

彼の地は何処に行きたまいしや

緑の大地、草海の地に光輪注ぐ

我、育みし彼の地は何処に……

レ‐ラームの人は請う

放浪人(さすらいびと)よ、根を降ろせ

我等、人を慈しむ

我等、大地を慈しむ

陽と共に生き、水と共に生き

自然の恵みに感謝を捧げん

喜び、怒り、哀しみ、楽しみ

我等、全てを入れる者なり

我等、全てを愛する者なり

放浪人よ、我等請う

我等の地へと(ごう)結べ

妻を娶り、子を成して

我等と共に時を経ん

放浪人(さすらいびと)は答え、言う

我の心は、(ごう)を恋う

そなたらの、与える全てを忘れ果て

我の心は、ソラへと還える

レ‐ラームの人は言う

哀しみの、その大きさを計ろうと

一時(ひととき)の、癒しの時を過ごされよ

我等、心から安らぎを贈らん

放浪人は涙した

レ‐ラームで初めての

嬉しさ故に、涙した

故郷(ふるさと)を、遠く離れた果てに来て……

  人は強くあれるもの

  人は優しくあれるもの

 ソラを恋う、心は押さえ難くとも

 放浪人は見出せり……

新たなる、大地をそこに見出せり

新たなる、民をその地に見出せり



                ………………。

 竪琴の音が、咽び泣くような余韻を残して止まった。

 誇らしげに顔を上げて、ノアールを見る。

「ノアール?」

 目の辺りを覆って俯く姿を見、ジェナーは慌てて駆け寄る。

「まいったな。歌えるとは思っていなかった。お前何処で完全な詩を手に入れたんだ?」

 震える声が、口から漏れた。

「この歌、王族始祖の歌だった……。思い出させてしまったか?

 ごめんよ。あんたに喜んで貰いたくて、調子に乗り過ぎた」

 青くなったジェナーが、気遣わしげにノアールを抱き締める。

「いい。少し昔が懐かしくなっただけだ。……少しだけな」

「ごめん、ノアール」

「謝るな……。

 しんみりし過ぎたな。お前、もう一つ二つ歌ってから戻って来い」

 気だるげにノアールが席を立つ。

「う……ん。大丈夫か?」

「心配は要らぬ。私はずっと一人だから……」

 その言葉にジェナーは、ノアールの襟元を掴むと、自分の顔の近くまで引き降ろして噛みつかんばかりにして言った。

「……忘れるなよ! 今は二人だ!」

「二人……?」

 少し驚いた様子でノアールが呟く。

「そう……そうだな。今は二人だ」

 納得したように頷くと、ノアールは笑った。

「お休み、ジェナー」

「お休み。良い夢を、ノアール」

 ジェナーは、満足そうな笑顔を浮かべた。

 部屋へと続く階段を昇るノアールの足が、食堂から漏れる歓声にフト止まる。

 朗々としたジェナーの声が、笑い声に混じって聞こえてくる。

「二人……か」

 どこか寂しげであり、どこか嬉しげな表情。

「お休み、相棒……」

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