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一の君

──よ……弱っつ!! ここまで、軟弱な身体だったか!? たかが、城一つ分処理しただけで、倒れるだと!? 一から、……鍛え直しだ!!

 眠りに呑まれる前、猛省した所で、記憶が途切れた。




「一の君!!」

 切羽詰まった声。

「お疲れだとは思いますが、お目覚めください!!」

「お願いです! 目を醒ましてください!」

「一の君にしか……出来ないんです!!」

 幾つもの、悲鳴のような声が降り注ぐ。

「隊長を、助けてくださいっ!!」

 最後に、揃った声が懇願した。

──ジュリー?

 大切な、大切な、警備の長。

 幼い頃から、ずっと傍に居てくれた、自分だけの親衛隊の隊長、ジュリー。平民出身だから、名前しか持たない。

 立身出世を夢見て王宮に出仕したのだろうに、出来の悪い子供だった自分に、付き従ってくれた。

 そして、いつでも変わらず、真摯に自分と向き合ってくれた。

 ……今の自分には、理解できている。ジュリーは、……自分にとって、一等大事な人間だ。

 疲労からくる酷い眠気をねじ伏せて、目を開ける。

「ジュリーが……どうかしたの?」

「一の君っつ!!」

 安堵したような声が上がる。

「ジュリーが、なに?」

「近衛隊の弾劾を受けています」

「このままだと、市民権を剥奪されます」

「奴隷落ちして、近衛隊の隊長預かりになってしまいます!」

 一斉に、状況が話される。

 聞き取った内容に、眉根が寄る。

「奴隷? なにそれ? なんで、私の親衛隊の隊長が、近衛ごときに弾劾されないとならないの?」

「今の隊長の身分は、近衛隊の一兵卒です!」

「は? なにそれ? 超優秀なジュリーが、役付きなし? なんなの、その宝の持ち腐れ?」

──傷の治療をした時に着ていた服、……親衛隊の隊服じゃなかったな。……あの時、ちゃんと気付いていれば……。

「一〇年前、一の君がお眠りになってすぐ……私たち、一の君の親衛隊が解散まで追い詰められて──」

「俺たち……辺境送りも噂されてて──」

「私たちが解散させられたら、もう一の君の封装置を護ることが出来る人間が居なくなることが分かり切っていて──」

「陛下が、隊長に、自分の近衛隊に移るのなら、親衛隊を残すことを検討しても良い。と、仰って──」

 一斉に、全員が、話し出す。

「ああ……それは、ジュリーなら、……請けちゃうねぇ」

 ジュリーが、三〇年かけて──今なら、更に一〇年追加なのか?──、自分のために、一から組織してくれた親衛隊だ。

 人一倍真面目で、部下思いなジュリーなら、それは、請けるしかない状況だろう。

「一〇年も、眠っていたのか、私は……。ごめんよ、私が、逃げたばかりに──」

「いいえ! 一の君は、こうして帰ってきてくださいました!」

「隊長も、私たちも、一の君が必ずお戻りになることを、知っていましたから!」

「お前たち……──」

──感動ものだろ、これ。

 ベットから降りる。

「すぐに、連れて行って」

 夜着を脱ぎ捨て、差し出された簡易の王服をきっちりと着込む。

「この一〇年のこと、今度の時限震で起こった出来事で調査で来てること、全部報告して」

 副隊長……今の親衛隊隊長のウォルターに先導させて、歩いている間に、次々と報告を受けていく。

 報告が重ねられる度に、頭が、冷えた。それは、もう、キンキンに冷えきった。

「……そう」

──そうか……。随分と、舐めた真似を、してくれたな。




   *




「扉を開けろ」

「え!? 一の君!?」

──まだ、私が目覚めたことが、周知されていないのか!?

 情報の遅さに、舌打ちする。

「ウォルターは、私の親衛隊の隊長職にある。随身(ずいじん)として、同道する」

 謁見室の扉の護衛兵たちを、ひと睨みで制する。

「扉を、開けろ!」

 謁見室に入る。

 弾劾は、クライマックスを迎えた所だったようだ。

「──度重なる、近衛隊隊長への不服従!」

「──近衛としての、職務放棄!」

「──陛下の御身を護れなかった、近衛としての自覚不足!」

「以上の罪状で、近衛、ジュリーの、市民権を剥奪する!」

「その身を、近衛隊隊長、ランバート‐ハイ‐ファイ‐フォルーレン殿の預かりとする!」

 両脇から抱えられ、両膝を床に跪かされて、項垂れていたジュリーの顔が、ランバートによって上向かされる。

「……やっと、捕まえたぞ」

 ジュリーの耳元で、ひそり、とランバートが(うそぶ)く。

 ガチ……ン!

 ジュリーの首で、鋼の首輪が、閉じられる。

「これで、お前は、……私のモノだ」

 (わら)ったランバートの手の中で──

 バキッン!

 鋼の首輪が、弾けて、砕け散った。

「な……っ!?」

 うろたえるランバートの気勢を制して、謁見室に鋭い声が通った。

「その処断、待ってもらおうか」

 謁見室の扉の前に、怒り心頭で立つ姿。

「い……一の君?」

 その声に、ぴくり……とジュリーの瞳が開かれ、扉に向く。

「……っ」

 何かを言おうとして、だが、ジュリーの身体は、そのままくずおれた。

「ウォルター!」

 怒りを抑えた声に応えてウォルターが走り、ジュリーの身体を近衛隊の手からひったくる。

 大事に抱えらて戻ってきたジュリーの顔を、覗き込む。

「遅くなって、ごめんね」

 労わるように、ジュリーの頬に優しく触れる。

「ひどい顔色だよ? 死にかけた昨日の、今日だよ? 一〇日は、絶対安静だって、言ったでしょう?」

「っ……」

「いいよ、しゃべらなくて。眠ってて。片付けが出来ていなくて、ごめんね。今度こそ、後は任せて」

 ふい、と、その顔が、玉座に座る王に向く。

「ご無沙汰しております、父者」

 膝を折り、頭を下げ、礼をとる。

「昨日の、……千年に一度規模の時限震の処理を行った、私の功績に対する褒賞を、いただいてもよろしいか?」

 有無を言わさぬ息子の要求に、王が渋面を作る。

「お前が、歪みの処理を行ったとの報告は受けている」

「では、異論はありませんね? 私が処理せなんだら、歪みは、王城を抜け、城下まで広がっていたでしょう?」

「う……うむ。何か、望みがあるのか?」

「この一〇年、……立太子できるレベルにまで到達した者は、現れなかったそうですね?」

 ゆっくりと辺りを、睥睨する。

「一つ目。……私の、廃太子手続きの破棄を」

 ざわ……。

 謁見室に集まっていた者すべてが、ざわめいた。

「私の力は、昨日、証明しました。不足が、ありますか?」

 場が、静まる。

「父者、いかに?」

「……わかった。お前の、王太子位を再度認める」

「王太子位、承りました」

 再度、王に礼をとる。

「二つ目。ジュリーの弾劾を無効に」

「一の君! そいつは、近衛として役立たずです! 私が──」

 叫ぶランバートの気勢を、再度、制する。

「無礼ぞ、ランバート! 私は、王太子だ」

 紅い瞳が、冷えた光で、ランバートを見つめる。

「近衛隊の隊長といえ、たかが、大公が次男。私に意見するなら、まともな事由をあげろ」

──ジュリーを、そいつ呼ばわりだと? たかが、大公が次男の分際で、王まで動かし、私からジュリーを奪うなど……!!

「そいつは、昨日、職務放棄──」

「昨日、ジュリーは非番だった。どこが、職務放棄だ?」

「非常事態でした! 時限震の間、陛下を守ることすらせず──」

「私を、命がけで守ったぞ。だからこそ、私は目覚められ、間に合った。そうして、私は民を護ったが? それでも、不足か?」

「……っ!」

「確かに、天災だな、時限震は。非常事態だ。ではその間、お前は何をしていた? お前もまた、薄くとも、王の血を引く者だろう?」

「わ……私は、陛下をお護りして、城外への避難誘導を──」

「父者と一緒に? 城外へ避難? は? 他の王族は、歪みを正そうと奔走していたのに? それを放ってか?」

「……っ!!」

「それを、敵前逃──」

「そこまでです、一の君」

 ジュリーが、口許を覆ってきて、続こうとした言葉を遮った。

『それ以上言えば、陛下のお怒りを買います。ご自重ください』

 ひそりと、ジュリーが告げてくる。

「ジュリー?」

 崩れるように、その場に跪く。

「ご無礼を、いたしました。ご容赦を──」

「ウォルター!」

 咎めるように目を向けた先、ウォルターが困ったように、首を横に振っていた。

「隊長……。ご無理をなさらず」

 跪くジュリーの身体を、ウォルターが支える。

──そうだな。ジュリーは、こんな人だった。ウォルターでは、止められないか……。

 ため息を吐き、気を落ち着ける。

「父者、二つ目の願いは?」

「……お前の言うことの方が正しいと、認めよう」

「では、三つ目。これが最後です。ジュリーを、私の親衛隊に返してください。ジュリーに、近衛の一兵卒など、役不足です」

「一の君!?」

 ランバートが悔しげな目を向けてくるのを、冷えた紅い瞳で睨み下げる。

「これだけは、絶対に、譲れませんが?」

「……わ、わかった。戻そう」

「陛下っつ!! 私に下さるとのお約束を反故にするおつもりですか!?」

「ランバート! 死にたくなくば、もう、諦めよ!」

 王の言葉に、自分の本気を良く理解したものだと、笑みを掃く。

「では、ジュリーは、連れていきます」

 ウォルターにジュリーを抱きあげさせて、そのまま謁見室を下がった。




 自分の私室に隣接する控えの間の寝台に、ジュリーを寝かしつける。

 ここなら、大公家も手出し出来まい。

「大丈夫、ジュリー?」

「……無茶を、なされて」

「だって、君を、奪われていただなんて、ついさっきまで知らなかったんだよ? どれだけ心配したと思ってるの?」

「それは……申し訳ありませんでした」

「謝って欲しい訳じゃ、ないんだけど? ……もう、隠していることは、ない?」

「……その、私が女だということは?」

「……ウォルターたちに、さっき聞いた。私にまで隠していたなんて、酷いよ?」

「申し訳ありません。……フォルーレン卿の目から、隠れたかったんです」

「ここまで隠れられていたのに。……それなのに、なぜ、今はバレてるの?」

「その……一の君の廃太子の式典に参加することを親衛隊一同強要されて……。その時に、……その、サングラスなど、王の前で不敬だと、取り上げられて、……身バレしてしまいました。バレた後は、すぐに返されたので、他にバレずに済んで、ほっとしましたが」

「お前のサングラスは、視覚異常からの保護のためでしょう? 出仕時から、許可を得ているのに? それを、取り上げたの?」

──どこまで、思いあがっていやがる!

 ランバートの思い上がりに、腹の底から、冷えが這い上ってくる。

「私は、平民ですから、上級国民の方の命令には……」

──どうせ、お前のことだから。逆らって、万が一にでも私に迷惑が波及しないようにと、考えたんだろう!

 握った拳に、知らず、力が入る。

「わかった。でも、……もう、私の庇護下を離れないで、ね?」

「……」

「返事は?」

「……」

「ジュリー?」

「一の君。私は、……私への弾劾は、的外れではありません。そんな私には──」

「は? 何を言っているの? 私が言ったこと、聞いてたでしょう!?」

「申し訳、ありません。これ以上、一の君に、ご迷惑をおかけしたくありません」

──今度は、……いったい何に、引っかかってるんだ?

「ジュリー、……その話は、回復してからにしようか?」

「……申し訳ありません。私は──」

 謝り続けるジュリーを、まずは止めないと。

「ジュリー……ちゃんと、眠って?」

「一の君……王の重みを、理解するなどと……私は、思いあがっておりました。……きちんとお支えできず、本当に申し訳ありませんでした──」

「ジュリー? それは、お前なら、……なんでも汲んでくれると、私が、甘え過ぎていただけだよ?」

「いいえ! いいえ! 私が、愚かだったんです。私は、……王であることの重みを、軽視しておりました。私は──」

 いけない、これは、……うわ言だ。負傷からきた過労状態での、うわ言だ。

 言い募ろうとする、ジュリーの言葉を、優しく遮る。

「ジュリー……お願いだから、今は眠って?」

「親衛隊へ戻していただきましたが……私では、お役に立てません。どうか、お(いとま)を──」

「ジュリー!! それ、本気で言ってる!?」

「どうか、お側を辞することをお許し──」

「それだけは、ぜったい許さない!」

「一の君……どうか、ご慈悲を──」

「ジュリー! お前、今、正気じゃないよ? 眠りなさい!」

「一の君……どうか、お赦しを──」

「眠るんだ! ジュリー!!」

 指先に力を集めて、ジュリーの額に、安寧の気を直接流す。

「一の……君──」

「眠って! 眠るんだ、ジュリー!」

「……一の……き……み──」

「眠って──」

「……」

 ジュリーの息が落ち着き、やがて、静かな寝息に変わるところまで確認する。

──やっと、眠ったか? まったく、忠実過ぎるにも、限度があるぞ。

 強張っていた肩から力を抜いて、大きく溜息を吐く。

 強い疲労感に襲われながら、私室に続く扉を開く。

 目の前に、……親衛隊の全員が、片膝折って、跪いていた。

「一の君、ご帰還を心よりお待ちしておりました」

 練習でもしていたのか、全員の声が一筋違わずに揃っていた。

「うん……ありがとう。苦労を、かけたね」

 唇に、笑みが浮かぶ。

「隊長を……取り戻していただき、ありがとうございます!」

「うん……大事な家臣だからね。もちろん、お前たちもだよ?」

「心からの忠誠を、我が君に!」

「すべてを、受け取ろう」

 一斉に、深く頭が下げられる。

──はは……。どこまで、揃ってるんだよ? 感動するじゃないか!

「どうぞ、ご命令を、我が君!」

「……カイって言ったけ? ジュリーのこと、任せていい?」

 見回して、ジュリーの世話のために、一番年若そうな隊員を指名する。

「はい、我が君。心を込めて、お世話させていただきます」

「任せたよ」

「……ウォルター、フォルーレン大公家を見張らせて。これ以上の、王家への口出しは許さない。出来る?」

「はい、我が君。私たちでも可能ですが、影部隊の方が適任でしょう。使って良いですか?」

「は? ……影部隊って、何?」

「あれ? え、……と? まだ、言ってませんでしたっけ?」

「聞いて、ないよ?」

「い、……我の君が眠られてから、隊長が、諜報に適正のある者を訓練して新設した、親衛隊の別働部隊です。常は、情報収集のために、各星系に散っています」

──王直属の近衛隊を、軽く凌駕する、私の親衛隊。……それを作ったのは、三〇年前……いや、四〇年前の、ジュリーだ。それが、……眠っている間に、更に進化していた、だと!?

「……どこまで有能なの、お前」

 はぁ……。知らず、ため息が漏れる。

「…………もしかしなくても、他にも?」

「き……牙隊と、秘匿隊も、新設されていて、稼働中です」

「で?」

「牙隊は、傭兵統括機能を。秘匿隊は、各隊の情報連携と、情報収集、任務上必要な証拠隠滅を専門とする部隊です」

 ふぅ……。思わず、盛大なため息を吐く。

「何なの、それ……。ジュリーが作ったってことは、どうせ、また……国の各機構、凌駕してるんでしょう?」

「は……はい」

「ウォルター、……他に、報告してない……いや、隠してること、ない?」

「え……えーと──」

 ウォルターの目が、あちらこちら、と泳ぐ。

「ウォルター……この際だ。この一〇年のこと、……洗いざらい、報告しようか?」

 笑って、(うな)がす。でも、きっと、目までは笑ってはいなかったんだろう。

「ひぃ……!!」

 ウォルターの口から、小さな悲鳴が漏れた。

暴走は、止まらない……。

一の君の、親衛隊隊長への愛を叫ばせろ! その2

親衛隊の、隊長への愛を叫ばせろ! その1

隊長は、おわかりだと思いますが、元の世界に戻されたジェナーです。

これ、逆ハーレムの上、溺愛ってヤツなんでしょうか?


元の世界に戻された、ジェナーとノアールのエピソードを書きたかっただけなんですが……。

ドウシテ、コンナコトニナッテイルノデショウカ……?

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