リターン
ちょっと、負傷スプラッタシーンがあります。
苦手な方は、ご注意ください。
「隊長!!」
「大丈夫ですか!!」
「だから、早いって言ったじゃないですか!!」
「しっかりしてください!!」
声が、聞こえた。
──生きているのか、……私は?
無理に、目をこじ開ける。
「……すげぇ、綺麗な瞳」
「蒼銀色だったんだ」
ざわめきが、煩い。
「……×××××」
「隊長?」
──いかん、界共通語じゃダメだった。
「……隊長は、お前だろ、ウォルター」
ハイ‐レフォン語に切り替える。
「うわ……イケボ」
「イケボだ」
再度、ざわざわと呟きが起こる。
「ウォルター?」
「た、隊長は、貴方以外いません! 俺は、貴方の不在の間の代理です!」
「……私は、現状報告を求めている」
「あ、申し訳ありません。でも、その前に、その……服を着てもらえませんか?」
「……?」
自分の身体にかけられている幾枚ものマント。その下の身体は、確かに全裸であった。
部下たちの視線が微妙に逸らされていて、その頬が赤らんでいる。
──バレたのか……。こんな時に、厄介な。
無言で立ち上がり、すばやく近衛隊の制服を着込む。
グリースが無いが、せめてもと、落ちてきていた前髪を上げて、撫でつける。
顔の上半分を隠す、サングラスをかける。
最後に、ヴォイスチェンジャーのチョーカーを首に巻く。
「現状報告」
「あ、いつもの声」
「ウォルター……」
自分の冷えた声に、慌てたようにウォルターの報告が始まる。
「歪みの発生が増加しています。城下に到達するまで、もうあまり時間が残されていないと思われます。我々は、隊長が歪みに巻き込まれたのを視認した直後に……その……隊長が、全裸で、身につけていらした服と一緒に落下してきました」
「それで?」
「隊長を回収して、歪みから離れた場所に避難しました」
「それで?」
「隊を分けて、一隊は、一の君の封装置の移動措置のために先行させています。残った我々は、隊長の保護を──」
「隊をわけたのは、良い判断だ。だが、半分も私の保護に残るとは、無駄だぞ」
「そんな! 女性の隊長を保護するのは、男である我々の義務です!」
「……まったく!! この星の男どもは、やっかいだな!」
惑星ハイ‐レフォンを母星とする、ハイ‐レフォン国。
この国では、極端に女性の出生率が低い。
そのため、男性の女性に対する、過保護が過ぎる傾向にある。
「今は、私が女だと言うことを忘れろ!」
「そんなっ!!」
「ウォルター! お前の役目はなんだ!?」
「一の君の親衛隊です!」
「それを忘れるな! 一の君の救出に向かう!」
「はい!!」
「隊長! 今度は、早まらないでくださいよ!」
「お前たちが遅いのが悪い! 行くぞ!」
部下たちを率いて、一の君の封装置のある部屋へと急いだ。
「すまない、遅れた!」
「隊長!」
「隊長! ご無事で!!」
「現状報告!」
「一の君の封装置に浮遊装置取り付け済みです!」
「すぐ、移動可能です!」
「良くやった」
「脱出は、どこから?」
「少し待て……」
良く見えるように、サングラスを外す。
──ありがたい。……レ‐ラームに行ったおかげで、透視の能力を制御出来る。
近く……遠く、あらゆる事象を見渡せるようになった。
「マズいな」
こぼした呟きに、部下の目が集まる。
「隊長?」
「広がっていた歪みが……今度は、逆に、集まってきている」
「もしかして、この近くにも?」
「すまん……全員を助けることは出来ないかもしれん」
「一の君を、助けることが出来ますか?」
「それだけは、任せろ」
「ならば、構いません!」
「行きましょう!」
「指揮を、隊長!!」
「カイ! 事象防御を行えるのは、お前だけだ。封装置に付け。絶対に離れるな!」
「はい!」
「東階段に向かう! 五班、進行方向の警戒!」
「はい!」
「一班、三班、先行! フローター進行の邪魔になる瓦礫の撤去!」
「はい!」
「二班、フローターを運べ!」
「はい!」
「四班、上方の落下物を警戒!」
「はい!」
「ウォルター! 全方向、警戒!」
「はい!」
「まずは地上を目指す! 進め!」
「はい!」
「五班! いったん退け!」
指示に、封装置まで五班が後退する。
なんとか死者は出していないものの、避けきれなかった細かい歪みに巻き込まれ、全員が負傷していた。
四方から迫る、巨大な歪みが見える。
「く……」
──レ‐ラームを救ったと判断したんだろう!?
「カイ! 前方2時、小さいが歪むぞ! 防御展開!」
「はい!」
──……ならば、ハイ‐レフォンを……一の君を、助けろよっつ!!
「っ! カイ! 封装置の真上──!!」
──ダメだ! 間に合わないっ!!
封装置と、発生した歪みの間に、自分の身体を強引にねじ込む。
ぞりゅ……ん!
「くぁ────っつ!!」
歪みに、右脇腹をごっそりと抉られる。
「隊長っつ!!」
部下たちの悲鳴が上がる。
「警戒っつ!!」
命令に、その気が反射的に引き締まる。
──良し。
封装置には、……傷は入っていない。
──大丈夫。護れた……。
そして、右脇腹を、探る。
ぼたぼたと零れる血で、庇った封装置が染まる。
──重傷過ぎて、……痛みもないのか?
「ゲホ……っ」
バタバタバタ……。
吐血を、右腕で拭うも、拭いきれない。
──あぁ……。これはもう……ダメだな。
「ウォルター……」
「は……い」
ウォルターの声が、震えている。
「前方11時方向、恐らく抜けらる」
「は……い」
「一の君を……頼む」
「っつ!?」
「……返事は?」
「は……い! 隊長っ!!」
涙に濡れて、ウォルターが返答する。
「頼んだ……」
意識が、昏く霞む。
──一の君……、最後までお供できず、申し訳ありま……せ──
『ごめんね! 遅くなって』
声が、した。
パキ……ン!
封装置の蓋に罅が入る。
──っつ!?
パキパキ……ビキっ!!
「一の……君?」
封装置から、全員が距離をとる。
バキン!
蓋が、完全に割れる。
ざぁ……っ!!
保護液を纏いつかせて、立ち上がる人影。
腰まで届く、白い髪。
細身で華奢な身体に、濡れた薄絹が張り付いていた。
「……その傷は、何?」
第一声は、不機嫌に低い声。
紅い瞳が、見下ろしてきた。
「お帰りを……お待ちして、おりましたっ!!」
傷をおして、跪く。
痛みよりも、何よりも、ただ、歓喜が身体を支配した。
「ジュリー……その傷は、何なの?」
「あ……ゲホッ!」
ボタタ……。
口を押さえた指の間を、吐血が伝う。
「隊長っつ!!」
倒れそうな身体を、部下たちの腕が支えてくれる。
「……歪み?」
一の君の呟きが、聞こえた。
「邪魔しないで……今、ジュリーと話しているんだから」
払うように、一の君の右腕が振られる。
パン!!
霞む視界に映る景色が、一変した。
──歪みが……消え、た?
「お前、また、……私のために、無理をしたの?」
屈んできた一の君が、右手を伸ばしてきて、頬に触れる。
「一の……君? もしかして、力を……制御されていらっしゃいますか?」
「うん? ジュリー、……それは今、関係ないから。傷を、診せて?」
脇腹に、一の君の手が触れる。
「内臓、こぼれてるじゃないか……。こんな傷で、動いちゃ、ダメだよ。死んだら、どうするの?」
するり……。
一の君の左腕が、右脇腹を撫で上げる。
まるで、逆回転を見ているようだった。
こぼれていた内臓が、腹部に戻っていく。
「……いろいろ、足りてないね」
──歪みに、呑まれた分のことだろうか?
ぽう……。
白金色の優しい光が、一の君の手から、脇腹に向かって注がれる。
するすると、空間から生み出されていく、足りなかった臓器、体液、血液。
傷口がみるみる修復されていく。
──なんと見事な、……治癒。
「あぁ……」
──……ご立派になられて。
「良く……お帰り、ください、……ました」
声が、歓喜で震える。
「ん? なぁに? ジュリー?」
穏やかに、紅い瞳が見つめ返してくる。
「一の、……君──」
──……なんだ? すごく……眠い?
「眠い? ごめんね、癒系の術では、削がれた体力までは補えないから……。
これだけの傷だ、一〇日は、絶対安静だよ? わかった?」
眠気に負けながら、ゆるく頷く。
「本当にわかった? お前……、私のためなら、いくらでも無理をするから」
優しく、細められる紅い瞳。
「今は、眠っていいよ? 大丈夫。全部、片付けておくから」
──あぁ……お優しいところは、……お変わり、……ない。
「ウォルター副隊長、現状報告頼んでいい?」
「はい! 一の君!!」
一の君の御前に、親衛隊の全員が、跪いていた。
どの顔にも、笑顔がある。
──良かっ……た。
そのまま、暗闇に、意識が呑まれた。
元の世界へ戻されました。
ここで、
一の君の、私の警備の長、親衛隊長への愛を叫ばせろ!
と、暴走が始まりました。
私は、名付けが、とても苦手です。時には、命名で三日もかかることがあります。
それなのに、……名前を出す予定は無かった親衛隊隊長の名前を呼びやがりました。
は? と、名前をスラスラと打ち込めた瞬間に、何事? と、思いました。
そして、ハイ‐レフォンでのエピローグが、伸びていってます。
もう、ドウシテ、コウナッタ? です。




