表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/29

退去

「義父上、いつ旅立たれるおつもりですか?」

「ああ……。近い内にとは、思っているんだ」

「義母上も、一二五歳を越えられました。もう、時間がないのでは?」

「そうなんだよ……」

「私も、一〇〇歳。即位して、もう二〇年を過ぎましたよ。義母上にとっては、それでもまだ、子供のままなのでしょうか?」

「私は、もう、お前を一人前だと思っているよ、ヴィ‐タ? ジェナーも、そう思っているはずだ」

「義父上……。それならば、なお。義母上を、これ以上、王族の責務で縛りたくはありません」

「そうなんだが……。ジェナーほど、王族の務めを重く思っている者はおらぬから、心配が尽きないようでな」

「しかし、義母上は、王の血を引いてはいないと常々おっしゃっているではないですか! それでは、もう長くても三〇年ほどしか残されていません!」

「わかっている。私も、最後の時くらい、あいつを自由にしてやりたい。共に、自由に生きたい。そんな思い出でも作っておかねば、残された時を生きる私自身が辛い」

 レ‐ラームの民の寿命は、約一六〇年。長命な者でも、一八〇年が限度。ジェナーに、急速な老いが始まるのは、目前だ。

 ジェナーを喪った後、三〇〇から四〇〇年を生きることになるだろう自分にとっては、思い出を作る時間は、切実なものだ。

「義父上! ならば、なお、義母上を──」

 バタン!

 王の私室の扉が、思いきり開かれる。

 ノアールとヴィ‐タの顔がそちらを向く。

 幼い少年が、満面の笑みで飛び込んでくる。

「ちちうえ! あ、おじいさまも!」

「ソル‐ビィー、入室の際のノックはどうした?」

 ヴィ‐タが、飛び込んで来た少年を抱きかかえながらも、注意を忘れない。

「ごめんなさい、ちちうえ」

「ちゃんと返事が返ってから入室しなさい。次に忘れたら、お仕置きですよ?」

 しょげかえる息子と、きっちり目線を合わせてヴィ‐タが注意を終える。

「それで、どうしたんだい?」

「あのね、あのね、おばあさまから、剣をいただいたんです!」

 少年が、握りしめて持ってきた短剣を、その父に見せる。

「ああ……。ジェナーが、自分の身は、自分で守れるようになれ、と判断したんだな」

 ノアールが、笑う。

 幼い頃、同じように、ジェナーから短剣を贈られたことのあるヴィ‐タも、優しく笑む。

「ソル‐ヴィー、それはとても名誉なことなんですよ。おばあさまから剣をいただくということは、王族として認められたということです」

「ぼく、ちちうえのおてつだい、できるの?」

「ええ、そうです。民を護る、王が一族として、これからがんばっていくのですよ」

「はい! 民をまもることこそが、王のだいいちのやくめです!」

 頬を真っ赤にして、瞳をキラキラさせて、ソル‐ビィーが、こくこくと頷く。

「えらいぞ、ソル‐ヴィー」

 ノアールが、優しくソル‐ヴィーの頭を撫でる。

 その時であった。


 ずんっつ!!


 大きな負荷が、身体にかかった。

「……!!」

 ソル‐ヴィーは、無言のまま意識を手放した。ヴィ‐タの腕の中で、ぐんなりと身体が力を失う。

「は……ぅ!」

 ヴィ‐タは、抱き上げていたソル‐ヴィーを落とさぬようにと、強く抱きしめて上体を折った。

「ぐぅ!」

 ノアールは、思わず膝をつく。

「……義父上、これ、は?」

「力の強い……王の誰かが、逝ったぞ」

 そう、この感覚は、一〇〇年前、二大陸で起こった戦で、王族としての資格を失った者が大量に出た時にもあった。

 だが、その時をして、これ程の負荷がかかったことは、なかった。

「陛下!! ご無事ですか!?」

 宰相のレオが、先ほどソル‐ヴィーが開け放っていた扉から、飛び込んでくる。

「大丈夫です。レオ……、あなたは、大丈夫ですか?」

「私は、王の血が薄いので、負荷が少ないです! 陛下がたは?」

「ソル‐ヴィーは、幼い故、限度を超えたようだ。ヴィ‐タは、……耐えられるな?」

 ノアールの問いに、ヴィ‐タが、脂汗を流しながらも、答える。

「私は、王です」

 ノアールが、その答えに満足気に頷く。

 顔色も青く、苦しげなヴィ‐タの姿に、レオがヴィ‐タを支えつつ、その腕から、ソル‐ヴィーを受取る。

 共に飛び込んできた近衛隊の一人に、レオは、そのソル‐ヴィーを渡した。

 自分では、幼いその身体でも、支え続けることが出来ないと判断したためだ。

「殿下を、寝室にお連れしなさい」

 レオの命に、近衛隊の一隊が、ソル‐ヴィーを連れ出す。

「一刻もすれば、身体が負荷に馴染む。それまでの辛抱だ」

 ヴィ‐タに声をかけつつ、ノアールがレオと残る近衛隊に指示を出す。

「至急、すべての王族の安否確認を」

「承りました」

 レオが、術司の招集を命じながら、私室から下がる。

「義父上、大丈夫ですか?」

 未大陸で一番の王族としての責務を負うノアールに降りかかる負荷は、自分の比ではないだろうこと知っているヴィ‐タが、問う。

「心配するな、少しだるい程度だ」

 ヴィ‐タを安心させるような、深い笑み。

 そんなハズはない! そう、口をついて出そうになる言葉を拳を握りしめて堪える。

──義父上も義母上も、我慢が過ぎる!!

 宰相のレオから、二人の過去について聞きだしているヴィ‐タは、歯がゆくてたまらない。

 二人ともに、一度は王位を捨てた王族であることを知っている。

 それなのに、その身に享けた役目があまりにも大きくて重くて、未大陸にて新たに興された、この漆黒の国の、初代王と王妃に祭り上げられてしまったのを知っている。

 望んだ王位でもないのに、過ぎるほど民を愛し、同じく渡りきた王族たちを統べ、困難な治世を良くこなし、……そして、自分を育成してきたのを知っている。

 どれほどの愛情と、次代の王としての教育を注がれたかわからない。

 本当の父母に託されたからでは、ないよ。次代の王だからでは、ないよ。

 ヴィ‐タを愛しているよ。ただただ、そなただから、愛しているんだよ。

 物心つく前から降るように愛情を注がれて、どうして実子ではないからなどと言って、歪むことができるだろう?

 それなのに、自分が未熟なばかりに、二人を開放してやれない。

「くっ……」

 自分の不甲斐なさに、涙が滲む。

「どうした、ヴィ‐タ? それほど、辛いか?」

 労わるようにノアールの手が伸びてきて、ヴィ‐タの背を優しく撫でる。

 自分の方がよほど辛いだろうに、ヴィ‐タのことを先に案じる。

「大丈夫です。義父上や義母上に比べたら、私など──」

「私など、と言うものではない。……おまえは、変な所でジェナーに似たな。自己卑下など、王がするものではないぞ」

「……義母上に、似ておりますか?」

 喜色を浮かべるヴィ‐タに、ノアールの眉根が寄る。

「だから、そこは似るな、と言っているんだが?」

「ふふ……。気を付けます」

「お前の、ジェナー大好き! な、ところは、昔から変わらんな。ウルリーケに嫌な顔をされぬか?」

 ため息を吐きながら、呆れたようにヴィ‐タに問う。

「私のマザコンよりも、リィの、王妃さま、素敵!! の推し愛の方がはるかにレベルが上です。……私が、リィの愛を勝ち取るための一番の障壁が義母上だったんですから」

 どこの世界に、母親と、妻の愛の奪い合いをせねばならぬ不毛な夫が居るだろうか? 勝ったから、いいようなものだけれど。

 ウルリーケに、妻問いの是を得た時には、どれほど安堵したことか。

「……そういえば、義母上、来ませんね?」

 これだけ城内が騒がしくなってれば、いつもならとっくに、ヴィ‐タを心配して駆けつけているハズだ。

「そういえば、そうだな」

 ノアールが、ジェナーとの私室に目を向ける。

「義父上?」

「変だな。今日は、新たな言を織るから、部屋に籠ると言っていたのに──」

 その時、ヴィ‐タの私室の扉が、叩かれる。

「誰?」

「レオです。陛下、入室の許可をいただけますか?」

「許す」

 静かに入室したレオが、ヴィ‐タに軽く頭を下げて、報告する。

「安否確認完了しました。皆さま、ご無事でした」

「……では、この負荷は?」

 訝しげに、ヴィ‐タが呟く。

「もしもですが、……二大陸の方で、また何か起こったのでは? 王族が集団で斃れたなどで、こちらに負荷が伝播したとは?」

「いや、それはないだろう。二大陸と未大陸は、ハーン・キリエの封で、完全に分かたれているから──」

 ノアールが、ふと不安になる。

──ジェナーは、……なぜ、来ない?

『私は、さすらい人の再来を補佐する者。そのためだけに、……レ‐ラームを救うためだけに、この界に生まれたんだ』

 かつて、寂しそうにそう告げたジェナー。

 今、漆黒の国を興し、ヴィ‐タを育て王位を譲った、さらに、その後継のソル‐ヴィーまでも育った。

──まさか……。

 ノアールが立ち上がる。

「義父上?」

 よろめきながら、部屋の扉に向かう。

「義父上!? 無理をしないでください!!」

 後を追おうと立ち上がろうとしたヴィ‐タだが、断念して、レオに目をやる。

「先王陛下、どちらに?」

 レオが、ノアールを支える。

「部屋へ連れていってくれ」

 ひどく焦ったようなノアールのようすに、レオが訝しむ。

──まさか!

 バン!

 ジェナーとの私室の扉を開く。

「ジェナー!!」

 呼んでも、静まり返ったままの室内。

 よろり……と、室内に足を踏み入れる。

 さして広くはない室内を見渡す。

 窓際に、こちらを背にして窓を向いて置かれた椅子に、“ジェナー”が置いてある。

 ジェナーが、片時も離さないはずの晶琴。

──まさかっ!!

 椅子に、辿り着く。

 今日着ていたジェナーの服が一式、抜け殻のように、椅子から床にかけて散らばっていた。

「“ジェナー”、ジェナーは、……どこだ?」

 震える声で訊ねる。

 だが、いつもなら返ってくる音が、返ってこない。

 ぞっ……とするほどの喪失感。

 この、王が逝った感覚は、ジェナーが……去ったからだ。

 ジェナーも、また、どこかで王の血を引いていたのだろう。それも、とても濃い血を。

「あぁ……っ!!」

 全身から力が抜けて、膝をつく。

──いつか……いつか、失うのではないかと感じていた。そう、手に入れたその瞬間から、いつか、この時が来るのではないかと、恐れていた。

「限られた時間だと……そう、知っていたのに……っ!!」

 もっと、愛していると告げておくべきだった。

 もっと、抱きしめておけば良かった。

 もっと、大切にしたかった。

「……ジェナーっつ!!」




   *




『ありがとう』

 ふいに、頭の中に、響いた声。

 あの日の声が、聞えた。

「っ!? 待って……、待ってください!!」

 身体が、淡い光で包まれる。

「待って! せめて、せめて……別れを──っ!!」

 光が、閃光となる。

『そんなもの……要らないよ』

 光の中、意識が霞んだ。




『ありがとう』

考えてみれば、暴走は、この子から始まっていたのかと……。

この、困った子供が、義母上への愛を叫ばせろ!

……まだまだ暴走が続いています。

次話では、元の世界に戻されてからの話になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ