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第一の言 出会い

 白く柔らかな陽光。薄き靄に包まれた森が、緩やかな目覚めの時を迎えようとしていた。

 ザワッ……。

 (うごめ)き。

 風? 森? 大地? 

 一つにして全てのものの蠢き。

「何?」

 呟きとともに、梢が揺れた。

 長旅に擦り切れたマントを目深に被った人物が、木の上で大きな伸びをする。

「一体何の騒ぎだよ。朝っぱらから……」

 眠たげに目元を擦りつつ、耳を澄ませる。

 足下に見える石畳の街道を叩く、馬の蹄。

「一つ、二つ……。全部で十騎。いや、十一」

 五ペシナ(五分)も経つと、音は足下を通過し程無い所で止まった。

 興味深げに葉影から成り行きを眺める。

 一人の騎士が、十人相手に剣を抜き払う。少し刃幅のある細身の剣が靄を切り裂く。

 脅えた風も無い、無表情で隙無く身構える騎士の潔さには好感が抱ける。

 フードの下で、興味をそそられた瞳が光る。

 無関係の事柄が、目前で進んでいく。

 その人物には、それを見物だけで済ませる気は無いようであった。

 木の枝から枝へと、葉の一枚も鳴らすこと無く、身軽るに身を移す。

 そうこうする内に、焦れたらしい十人の内の一人の突っ込みで、金属のぶつかり合うトーンの高い音が森へと染み込んでいった。

「手伝いは要るかい? その相手じゃ、大変だろう?」

 のんびりとした調子で、争いの真ん中の木の上まで飛び移っていたマントの人物が、存在を誇示するように声を発する。

 ガッチリと相手の剣を受け止めたまま、一人の騎士の方の気が新たな人物に伸びる。

 何方にかけた問いであるのか、分からぬ問い……。

 それに反応を返したのは、一人で十人の騎士を相手にしている方であった。

「何者だ?」

「通りすがり。と、言うより通りすがられた者……かな。人の寝ている所にこの騒ぎを起こしたのは、あんたらだ」

「それはすまない事をした。すぐに片を付ける故、許せ」

 マントの人物は、それで何方の側に組みするのかを決めたらしい。興味が完全に、一人の騎士の方へと向く。

 騎士は、返事に答えながら馬首を巡らせて一刀の下に相手を切り伏せる。馬も諸共に切られ、石畳の上に派手な音を立てて転がった。

 鮮やかな切り口から、一瞬の間を置いて鮮血が吹き出す。石畳が、真紅の花びらで彩られる。

「おーおー、凄まじい。要らぬ世話だったか……。

 と、そうでも無いか?」

 胡座を組み、その上で顎を支えていた腕が解かれ、マントを払った。顔は、街道から少し離れた森の中を見つめている。

 暗い霧のような球体がフワフワと漂って近付いて来ている。

 ただの霧と思って迂闊に近寄ると『後悔先に立たず』の見本と化す。

 ()司の生み出した小さな毒虫の集まりが、一見霧のように見えるのだ。

 遅効性の毒は、体をグズグズと生きながらにして腐れさせ、その神経をジワジワと(おか)し狂気に駆り立てる。

 狂気の果てに待つものは『死なば諸共』。

「この人数に、()司迄加わるとは大した人だ……。

 再度問う。手伝いは?」

 三人目を屠りながら、騎士が答える。

「一人で出来ぬ訳では無い。が……、歓迎はしたいな」

「で、分担は?」

「君に()司は無理だろう。こいつらを頼みたいが?」

「承知!」

 答えと共に、体を丸めマントを鳥の翼のように広げて、木上から飛び降りた影。

 ついでとばかりに、真下に居た刺客らしい十人中の一人を倒し、馬を奪う。

 両足だけで馬を操り、両手それぞれに握られている中剣が、背にしたマントの影に隠れている。

 目深に被ったフードの影に覗く口許には、不敵な笑み。

「任せて大丈夫のようだな」

 助勢者の腕を見切ると、騎士は()司の相手をすべく森に分け入った。

「毒霧など……下級な()司めが」

 肩から(くるぶし)までの丈のマント。少し厚めのそれは、右肩の防具兼用の黒い肩当で留められている。

 両肩にかかる黒いマントを払う。

 革か金属か良判然としない柔軟性を持ちながらも硬質な素材の胴着。それが、腰回りまでをきっちりと覆って簡易の鎧防具となっている。燻し銀のやや幅広の帯布で止める。帯布は前面に金属の鋲が打たれて防御力を増している。その下に腿の中程迄を覆う前併せの衣。黒の縦襟のそれには、同色の細かい刺繍が入っている。腕には、帯布と揃えた銀打ちの籠手。足には、細身の足首までのズボン。膝迄を覆うなめし皮の靴。膝から足首までの脛当。こちらも鋲で補完されている。

 それら全てが黒。柔らかに背を覆う髪も黒。瞳だけが、青く澄んだ空の色を宿していた。

 声が一際高くなり、青い瞳が開かれる。

(えん)っ!」

 毒霧の浮かんでいた空間を赤き炎が舐め取った。

 一瞬の炎の広がりの後、無。

()司。命惜しくば、雇い主に告げよ。私には、その気は毛頭無いと」

 騎士の呼び掛け。が、答えは無く。足下から立ち昇る異様な臭気。

 竿立ちになる馬を宥めつつ、騎士は後退した。

 ドロドロと沸き立つ地面から、這い出して来る崩れかかった肉体、澱んだ瞳の者達。

姑息(こそく)な真似をする。自らの魔の餌食にした者迄使う気か……!」

 苦く舌打ちして、指を組む。

 声が流れる。それに合わせて指の組み型が変わってゆく。

 やがて併せた両の掌から青白い光りが漏れ始める。

「哀れな者達よ。土へと還り、定められし時満るまで安らかに過ごせ……。

 (じょう)っ!」

 開かれた掌から放たれた青白い光りが、魔に犯された者達を包み込んだ。

 閃光。

 そして、再び無。

「私は忠告したからな。二度目は無い」

 取り出された懐剣が、五ニイヅ(約十メートル)程離れた木の幹に突き立った。

 ゆらりとその空間が歪む。墨染の衣を来た男が、胸元を押さえて崩折れた。

「何…故?」

 血の混じった泡を口の端から流しつつ、男が呟く。

「私が、ジ・ダラルで業を修めたのを叔父上から聞かなかったのか……」

「術司……の国、ジ・ダラル?」

「相手の力量も確かめず、事を受けるからだ。愚か者」

 こと切れた()司に言い捨てて、その場を後にした。

 少しは飛び入り助っ人の援護が出来ようと、急いで森を抜ける。

 が──。

 石畳に転がる、屍累々。自分の倒した三人の刺客に加わる七つの死体。どれも急所一突き。殆ど他の傷跡の残らぬ綺麗な屍。

──凄まじい腕だな。

 やや呆れた面持ちで、騎士はそれを見下ろした。

「やあ、お疲れさん」

 立ち尽くす騎士に、草むらから声がかかる。

「御助勢かたじけない。礼を言う」

 座り込む助勢者に礼を述べ、軽く頭を下げる。

「怪我でもされたか?」

 動こうとしない相手を(いぶか)しんで問う。

「いや。それより話している間に場所を変えたがいいぞ。この森は、飢えた獣が多い。そろそろ血の臭いに」

()かれて来る。か?」

「そうそう」

「で、貴公の馬は?」

「んなもの……。金はすぐに食い物に化ける」

 答えた途端、それを証明するように腹の音が鳴る。

「……もしかして、貴公空腹で?」

 歪む口許を必死に押さえて騎士が問う。

 見せつけられた凄まじい腕に反する、何ともな性格に、騎士はすっかり警戒の念を忘れた。

「もしかせんでもそうだ。笑うんじゃない」

 憮然とした声音で答が返った。

「今程自分の好奇心を呪った事は無いぞ! 都まではもたせるつもりだったんだ!」

 今更言った所でどうなる事でも無い事を怒鳴り、興奮に空腹感がいや増す。大きな溜め息を吐いて、力無く地面に伏した。

「では乗れ。森を抜ける迄まだある」

 目尻に滲む涙を拭き拭き騎士が手を伸ばす。

──以前、これ程に笑ったのは何時だったろう?

「構わん。行けよ。こいつは俺のミスだ。馬も今の騒ぎで疲れてるだろ。いい迷惑だ」

「強情な。急げと言うたは貴公であろう!」

 言いざま、マントを被った小柄な体を脇に抱え込んで強引に鞍の前に置く。

「お、おいっ?」

 焦った小柄な体が騎士の方を向き、覗く口許が何事か告げようと開く。

「心配は要らぬ。イゾルデは良い馬だ。この程度、朝飯前」

 迫る獣の咆哮に急き立てられ、馬の腹を蹴り、先を急ぐ。

「……強引な奴だな」

「強情も変わらぬと思うがな」

 小さな(つぶや)きに()かさずに騎士が返す。

 瞬間、考えるより早く口が動いていた。

「……あんた口から先に生まれたんじゃないのか?」

「良く言われる」

「…………」

 一言返った言葉には、ただただ無言であるしかなかった。




   *




 森が切れる頃、マントを翻して小柄な体が馬から飛び降りた。

 続いて黒ずくめの騎士も身軽るに馬を降りた。

「名乗るのが遅れたな。私は、ノアール‐ハン‐ノエル。

 改めて、助勢感謝する」

 騎士の名に聞き覚えがあり、繁々(しげしげ)とその姿を見つめて首を傾げる。

──全身黒一色。で、あの腕……。

「術剣士『黒騎士』?」

「そう呼ぶ者もいるな」

『それがどうした』と言わんばかりの様子で、騎士・ノアールが答える。

「そ、その謝意は返上するぞっ!」

 突如上がった叫びに、ノアールの顔に当惑が浮かぶ。

「何か、気に触ったか?」

「ち、違う違う! 飯の種を助けるのは当たり前だ」

「め……飯の種? なんだそれは?」

 何か、余程自分の存在で迷惑でも被った事があるのかと心配して尋ねてみれば、返ってきたのは、あまりに予想外の異様な単語。

 当惑が、頓狂な驚きに食われる。

「あ……ああ、悪かった。俺は、吟遊詩人(バード)なんだ」

 答えて、ごそごそと背に負い、マントで隠されていた物を取り出して見せる。

「ほれ、竪琴」

 差し出された象牙のような光沢を放つ、三日月を型取った見事な琴を見つめる。

「……嘘付きめ。きみは『言織(ことお)り』だな?」

 悪戯っぽく目元が笑い、口の片端がキュッと上がる。

 『言織り』は、最南国に位置するフォン・ノエラ国にある精霊真殿に席を置き、世界各国に散らばりその特別な能力を持って人々に助言をもたらす者達である。

 めったにとは手に入らぬ、稀宝玉レア・クリスタル。意志を持つ、その生きた水晶から作り出された楽器は、類稀な至上の音を発する。

 その音を利用して、(いにしえ)から伝わる伝説を語ることにより、伝説の持つ裏の意味を拾い集め、再度別の意味を持って紡ぐことの出来る者を……『言織り』と言う。

 そして残された伝説には、今の者達には多くの助言となる言葉が織り込まれている。人々は、その助言なしには生きていけない。

 世は、それ程迄に乱れ始めていた。

 ノアールの掌が琴に触れると同時に、竪琴が大きく身震いしたような音を奏でた。

 その姿が見る間に変わってゆく。象牙色が透き通り、やがて光を弾き且つ内に留めるような完全な無色透明に。弦も獣の腸の不透明から、硬質な無色透明の水晶に。

 形は三日月型から、鳥が両の翼を大きく持ち上げた型へと変化した。

 名高いレア・クリスタルで作られた楽器の中で、最も扱いが難しいとされる、竪琴の型が見事に再現される。

「立派な晶琴(しょうきん)だ」

 現れたその姿に、惜しみない賛辞の台詞があがる。

「あんた言織りを知っているのか。今時珍しいなァ。

 ま、……ばれたんなら隠す必要も無いか。俺は、言織りのジェナー。言織りのしきたりで本名は名乗れねェんだ。勘弁してくれ」

 返された晶琴に元の偽装を施しながら、マントの人物・ジェナーが名乗る。

「構わぬ。名など呼んで通じれば良い。

 で、『飯の種』と言うのは何だ?」

「本当に知らんのか? 最近一番売れてる歌は、あんたの英雄譚(サーガ)なんだがなァ。本人が知らんってのは、大惚けだぜ」

 心底から呆れて答える。

「言ってくれるな。君の方こそ、口から先に生まれたと言われないか?」

「ほっとけ! 言織りが喋らなくなるのは、言盗(ことぬす)みに遇った時か、死んだ時だけだぞ。

 ッとに、『黒騎士』がンな饒舌とは知らなかった!」

「……。私とて、言織りが、こんなに口が悪いとは知らなかった」

「俺は、城買いの『昔言織(むかしことお)り』じゃないからな。『今言織(いまことお)り』に品を求めるあんたがおかしいんだ」

 完全に機嫌を損ねたようにジェナーが言う。

「今……言織り。

 話に聞いたことはあるが、実物には初めてお目にかかった。言織り自体少なくなっているもので分からなかった。謝る」

 素直に出られて拗ねてもいられなくなる。

「いいよ。どーせ今言織りは、吟遊詩人(バード)と見分け付かないからな。こっちもそれを利用しているし」

「ありがとう。……しかし、言織りにしては大した剣の使い手だな」

「それが、()言織りの辛いところさ。今現在(・・・)の、いろんな秘密を知ってるんで、権力者には狙われる。そんな事実は無いんだが、人操りの術を知ろうと、術司には追われる。昔言織りには、新たな言を得ようと言盗み用の弟子をけしかけられる。

 加えて旅の友は、賊、詐欺師、喧嘩に魔物。腕を磨かねば死に神とお友達する羽目になる。あんただって旅してるんだ、知ってるだろ?

 俺は、二百は生きたいからな」

 最後の一言だけは、力強くきっぱり言い切る。

「二百……。贅沢な奴」

「ほっとけ! 王族など、四百、五百はざらじゃねェか」

「お前ッ! 私の素性を知っているのか?」

 ノアールの全身から、今迄の気安さとは打って変わった緊張が立ち昇る。

 剣幕にジェナーが首を傾げつつ再度、琴に施していた偽装を解く。そして、本来の姿を取り戻した晶琴を爪弾く。

 口から先刻のノアールの言葉が流れ、それに琴の音が綺麗に調和する。

 晶琴の音が調和するのは、真実の言葉のみ。

「成る程。あんた確かに王族の出らしい。さっそく言織(ことお)りに加えてやろう」

 鼻唄混じりにジェナーが、本格的に晶琴を奏でるべく調整を始める。

「黒い髪は、東方系。青い瞳と焼けてはいるが地は白い肌だから、南方系。その繊細で整ってる割にキツイ御面相は、軍国か戦士国の出身。の割に、名は北方系だな。ノアール‐ハン‐ノエルか。本名とは言い切れんなァ。

 何処の国の出身かまるで見当がつかん。それに王族の下野の噂は最近聞かねェしー。

 う~ん。何家だ?」

「分からんでいい! 

 真実の歴史を伝承し、助言を紡ぐのが『言織(ことお)り』なのだろう?

 特に『今言織(いまことお)り』は、真実を見定め新たな言を織る、言織りの中でも稀少な能力の持ち主のはず。課せられた責任は重い筈だぞ。なのに何だ、その好奇心まるだしの根性は?

 やたら私に首を突っ込むと命を落とすぞ」

 怒ったように言われて、フードの端から覗くジェナーの口の端があがる。

「よし、決めた!」

 力んで言われて、ノアールが訝しむ。

「俺はあんたを道連れにするぞ! あんたと一緒に居ると、良い言を織れそうだ。それに、心強い護衛になる」

 満足そうに言い切られて、ノアール蒼白。開いた口が塞がらないとは、まさにこの事であろう。ほんの数刻前に、危険な目にあったばかりだと言うのに……。

「護衛の前に命を落とすぞ! 刺客相手に、他人を護る暇など無い!」

 その言葉に、ジェナーが興じる。

「じゃ、他の時は護ってくれる気がある訳だ。

 成る程、さっきのは刺客だったのか。……王家筋も主家に近いんだね」

 ニコニコと晶琴の弦を爪弾く。その音は、二人の言葉と完全に調和していた。

「危険だと言っている!」

「はっ! 俺に助勢者として力を借りたの誰だい?」

「一人でも出来た」

「それは知ってる」

 その返事にノアールが口を開こうとする。が、ジェナーの方が一瞬早かった。

「安心しなって。ヤバくなったら、俺はあんた放って逃げるからな。

 俺は、二百まで生きると言っただろう?」

 ジェナーが不敵に笑って見せる。

「~~~あ、の、な~っ」

 ノアールの疲れ切った声。

 『信じられない……』と言う単語がノアールの頭の中で渦巻いていた。

 たかが好奇心のためだけに、これ程貪欲になれる人間が居るとは思わなかった。その上こいつは、それを満たすためならば、危険をも省みない性格であるらしい。

「なーに。あんたも俺のせいで下らん争いに巻き込まれそうになったら逃げればいいだろ。ま、あんたの気性じゃ、出来るかどうか怪しいがね」

「お、お前な~~~」

「とにかく、次の目的地は一緒だろ? よろしく『黒騎士』殿」

 差し出される右手。

 一瞬の逡巡の後、諦めたような溜め息を吐いてノアールの右手がそれを掴む。

「強情で強引か……。凄まじい性格だな。『今言織り』は、『昔言織り』とは似ても似つかぬ」

「ほっとけ! 好きでこんな性格してんじゃねェよ」

「ま、西の都(マリ・マリカ)までは付き合ってやろう」

「黒騎士の魔物退治か。また一つ持ち歌が増えそうだ。飯の種、飯の種!」

 手を叩いてジェナーが喜ぶ。

 その様子を横目に睨んで、ノアールが意地悪く笑う。

「言っておくが、私は魔物退治に行く訳じゃないぞ」

「何でェ~!? じゃあ、何で西の都に行くんだよ?」

 ジェナーが危うく晶琴を取り落としそうになりながら抗議の叫びをあげた。

「賞金に釣られて荒くれ共が増えているそうなんでな。用心棒」

「……もったいない。あんたなら一発だろ?」

 晶琴を奏でる前に、こちらの説得が先とばかりに、琴をしまいノアールの正面に立つ。

 が、ノアールよりも頭一つ半程低いので、この諭しも余り恰好がつかない。

「私は、生きる事に執着はしてないが、下らん事で命を落としたくもない」

 きっぱりと言い切る。

「ふ~ん……。吟遊詩人としての歌は作れたが、言織り用の糸を縒ろうにも縒れない訳だ。 あんたの英雄譚て、何処までが真実か分かった物じゃないな」

「噂には尾鰭背鰭が付くものだ。それに、降り懸かる火の粉を払って何が悪い?」

 煽るために言った言葉もあっさりとかわされ、ジェナーは拗ねた。

「火の粉の数が並みじゃないよ! あんた余程禍いに縁があるか、好んで火の粉の下に飛び込んでいるかのどっちかだ!」

「どちらかと言うと後者だな」

「……。自覚、してるのか?」

「平々凡々には耐えられん性でな」

「あんた人のこと言えねェぜ。凄まじい性格ってのあんたにもピッタリだ」

 呆れてジェナー。

「ま……な。だが、凄まじい性格同士ならさぞ楽しくなろう」

「……『とんでもない』の間違いだろ?」

「『楽しい』で正しい。世の中、何事も楽しまねばな」

「……」

 ジェナーはただただ沈黙する。吟遊詩人としては、自分も結構世の中を楽しく渡って来たつもりであったが、上には上が居る…。

 何とも、互いに似たような感想を相手に持ってしまうほどに、一見似てないようで至極(しごく)似ている二人の……、それが出会いであった。

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