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第七の言 緒戦

ちょっと、エグい描写があります。

薬物中毒がほんのり。頑固なジェナーに、シンが最終手段をとりました。

そういう内容に、センシティブな方は、回れ右してください。

「……そなたが知っている、シンについての全てを語るのだ」

 厳しいジェナーの声に、晶琴の音が重なる。

 脅えた目をした男の瞳が、やがてゆっくりと焦点を失う。

 がっくりとその場に崩れ落ちた体が、奇妙な痙攣を起こす。

 そして、うつろな表情のまま、男は語り始めた。

「百年程前の事であった──

 我が、エル・クォードの辺境に派遣されていた王族の遠縁に連なる者に、一人の奇妙な男児が誕生した。

 その赤子は、生まれながらにして人の言葉を解し、その身に強大な聖力を纏っていたが故に、真殿へと預けられた。

 後年、その優秀な頭脳が買われ、男は首都にある中央真殿に仕える真官となり、そこに出入りしていた儂の目に止まったのだ。

 儂は、男の底知れぬ知謀に魅せられ、次々と新しい事業を成功させていった。

 時の経過と共に力を増す儂の権力を恐れた兄王が、儂を排そうとしていることを告げられ……。

 儂は、男の進めるまま、この手を血に染めた……。

 実の兄をこの手で葬り去った……。その妻も、子も残らずこの手にかけた。

 その男の名が、シン‐フーザー‐ライ‐シザーだ」

 エル・クォードの王の言葉に、ジェナーは言葉を失った。

 古の日、王の祖、初代さいすらい人は、己を受け入れてくれたレ‐ラームの民に感謝した。

 その感謝の心は、レ‐ラーム世界の世界律を定め、界を安定させることで表された。

 安定した界を得た、レ‐ラームの民は、さすらい人に、自分たちを治める者として立つことを乞い願った。

 そして、彼は、王として立った。

 王としての彼は、レ‐ラームの民を護ることを誓う。

 そして、王の(ことわり)を定めた。

 その血に、禁忌を定める。

 大禁忌は、三つ。

 民を虐げること。

 背徳を冒すこと。

 血族同士で争うこと。

 そうして、王族はレ‐ラームを治める位置に定められた。

 その三大禁忌の一つ『血族同士で争うこと』を犯した者を、王と戴いていたエル・クォード。

 このような、大きな戦の因となっても不思議は無かった。

「もっと早くに、これ程の禁忌を犯した者と知っていれば……。ノアールに相談して、王の位を廃していたものをっ!!」

 苦り切って、ジェナーが呟く。

 その背後で、不意に低い冷笑が起こった。

「封印していた筈の晶琴が掻き消えたので、もしやと思って来てみれば……。油断も隙もない方だな、姫巫女殿は……。

 未だ、懲りないとみえる」

 静かに、シンの腕が上がる。

 その動作に脅えて、ジェナーが後ずさる。

「お仕置きです」

 にっこりと、シンの口許に笑みが昇る。但し、その瞳は飽くまでも冷たい色を宿していた。

 カシャ──ンっ!!

 音を立てて、晶琴がジェナーの腕から滑り落ちる。

「!! …………っ!!」

 ジェナーは苦悶の色も濃く、己の肩を深く抱き込んで、その場に座り込んだ。

「…………っ!! ××××────っ!!」

 普通の者には、意味を成さぬ言葉が、ジェナーの唇から迸る。

 大きく見開かれたジェナーの瞳から、耐え切れない涙が流れ落ちる。

「……私のことを、調べてどうするつもりだったのです?」

 優しく、優しくシンの声が尋ねる。しかし、その声が優しければ、優しい程に、その内にある冷酷さが浮き彫りにされる。

「っ……。──っ!」

 苦しみのあまり床をのたうつジェナーは、それでも答えを返そうとはしない。

 固く瞳を閉じ、激しく首を横に振る。

「……全く。並みの者ならば、とうに正気を手放している筈なのですがね。

 楽しませてくれて、嬉しいですよ、姫巫女殿」

 青い瞳に、心底からの喜悦が浮かぶ。

「言いなさい!

 言った筈です、『さすらい人』の再来たる資格はこの私にもあるのですから……。

 そなたは、私に仕える義務を負っている筈ぞ!」

 薄く開かれたジェナーの瞳に、強い光が宿る。

「×××っ!!」

「『さすらい人』の再来たる者は、異世界の記憶を持ってこのレ‐ラームに生まれ出る。

 それを告げたは、そなたぞ……。

 私には、異世界の記憶がある。幾らそなたが否定しようとも、その事実は変えられぬ。

 さあ……、語るがよい!」

 大きく加えられた衝撃に、ジェナーの体が海老のように反る。

「──────っ!!」

 一際大きく上がった悲鳴と、ジェナーが意識を手放したのは同時だった。

 力なく床に投げ出された、ジェナーの身体……。

 見下すシンの瞳は、ひたすらに冷たかった。

「強情な……。幾ら逆らったとて、我が手から逃れられぬこと、身に染みておろうに」

 エル・クォードに到着すると同時に、ジェナーに対して強力な封系の術が施された。

 それはジェナーの“乙女(レイディ)”としての能力の全てを封じ、同時にその強力な封印は、戻ったばかりのジェナーの体力の殆どを削ぎ落とした。

 今のジェナーには、精霊と情を交わす力も、剣を振るう力も残されておらず、唯一残された言織りとしての力は、シンに対しては決して見せられることが無かった。

 何度も、シンの元を抜け出そうと試みたジェナーであったが、その都度捕らえられ、前回の脱走には、とうとう晶琴さえも取り上げられる。

 そして、シンは知ったのだ。ジェナーの語る言葉も、異世界の物であると。

 シンは、その事に深い興味を抱いた。そして、無理にその心をこじ開けて掴んだ、『さすらい人』の再来たる者の目印……。

 異世界の記憶を持って、このレ‐ラームに生まれてくる者。

 その記憶をもって、レ‐ラームに新たな風を送り込む者。

 故に、その者は孤独であり。故に、その者は強大な力を持ち……。

 だからこそ、その孤独を癒すために。その異質さを理解するために、ジェナーに課せられた異質な能力。

 確かに、シンの内に異世界の記憶はある。

 が、それは、ノアールの物とはまるで別の方向を指し示す代物であることは明白で。

 ジェナーはそれ以来、完全に自分の心を閉じてシンの力をも弾き返す。

 今のように、力ずくで言を織ることを強制されても応じず……。

 シンに対して、ことごとく抵抗していた。

 自分の定めた『さすらい人』の再来は、唯一人、ノアールである、と……。




 与えられた薬の量は、疲れ、弱り切ったジェナーの耐えられる限界を超え、みるみる効果を現した。

 既に、自力で歩く力さえも失い、故に晶琴も手元に戻されていたが、ジェナーの状態はそのまま“ジェナー”にも影響を与える。

 徐々に力を失い、澄んだ色を宿していた水晶が、白く濁り始めていた。

 薬が思考を奪うと同時に、続いて与えられる薬を、唯々諾々として飲み下す。

「……そうそう。大人しく従えば、手荒なことなどしませんよ、姫巫女殿」

 揶揄するように、シンが微笑む。

 その笑みに刺激されて、再度ジェナーの瞳が正気の光りを取り戻す。

「……お前の、言いなりには、なら……ぬ」

 弱々しい呟き。

「……ノ……ノアール──」

 呼び続けるのは、唯一人。ノアール……。

 他の誰でもなく、ジェナーはノアールに救いを求めていた。

 強い力もつ、誕生の時から側に在った精霊達でもなく……。

 その愛する兄でもなく。

 初めて自分の生涯の道連れたると定めた、ノアール……。

 フ……と、ジェナーの意識に霞がかかる。

 焦点を失った瞳が、ゆっくりと瞼によって閉ざされた。




   *




 その同じ頃、始まってしまった戦場に、ノアールの姿はあった。

 傍らには、甲冑に身を包んだソル‐ヴォーグの姿。

 場所は、エル・マリカの一の砦である、マリ・マリカ。

 二人の背後には、『西都の金獅子』と呼称されるレオ‐シェンナを筆頭とする、エル・マリカの精鋭が打ち揃っていた。

「とうとう……止めることが出来なんだか」

 深い溜息と共に、ソル‐ヴォーグが呟く。

「申し訳ありません。私に力が足りないばかりに……」

 憔悴しきったノアールの様子に、慈しむようなソル‐ヴォーグの笑みが向けられる。

「まだ……諦めるには早い。

 ラ‐ヴィータは強い娘だ。必ず何らかの手段を使って連絡してこよう。

 その時に、そなたは遅れることなく行動すれば良い。

 ラ‐ヴィータさえ戻れば、後はいかようにもなる。それ程に、あれの影響力は大きいのだから……」

 その言葉に、静かにノアールは頷いた。

 ジェナーが、エル・クォードに移されて二十日余りが経過していた。

 確かに、エル・クォードの城に連れ込まれた事は明白であった。

 そこ迄は、その事実を確認出来たのである。

 が、その後ふっつりとジェナーの消息は跡絶える。

 まるで、このレ‐ラームから消えたように……。

 かつて追っていたシンが、完璧にその消息を絶ったのと同じように、何の手掛かりも残さずに消えてしまったのである。

 ジェナーの発する、綺麗な薄い蒼を帯びた白銀の波動は独特の物で、それを探して幾度となく翔系の知覚放射の術を司ったと言うのに……。

 その痕跡さえも、見つけることは叶わなかった。

 落胆する二人に休息する間も与えず、戦端は開かれる。

 敬愛する姫巫女を取り戻すのだと言う、民の声は抑えること叶わず、ついに最悪の事態は回避出来る段階を越えた。

 四度に渡る戦闘に、北大陸(ハーン・アッシュ)南大陸(ソーン・アッシュ)双方に大量の死傷者が出た。

 ソル‐ヴォーグもノアールも王族として、レ‐ラームの民の血を流す行為に心を痛めつつも、戦場に立った。

 レ‐ラームの民を烏合の衆のまま戦場に立たせれば、それだけ多くの血が流されてしまうことが分かりきっていたからだ。

 『戦を起こしたくはない……。戦は、何をも産まぬ』

 かつて、瀕死の状態の中でも、ジェナーの望んだ平和が……。

 『戦を回避するためならば、この身がどうなろうとも辞さない』

 そう言って、自らをエル・クォードの人質として差し出してまで、ジェナーの望んだ平和への希望が崩れてゆく……。

 『方向性を失った人々の活力を、正しい方向に導いて欲しい……』

 そう願って、無理を押して未大陸への道を辿った……。

 だが現実には、人々の活力は、一番無益な、戦へと注がれてしまった。

「許せ……、ジェナー」

 青い空を仰いで呟いたノアールの瞳に、銀色の光点が写る。

 空の交差(クロス)の綺羅めきに混じる、奇妙な銀色の粒……。それは徐々に広がって行き……。

「“おう”?」

 その一つに見慣れた姿を見出し、ノアールは思わず叫んでいた。

 その身に銀色を纏ったありとあらゆる聖獣達が、帯を作って空を横切ってゆく。

 鳳凰(ほうおう)(らん)(ほう)朱雀(すじゃく)玄武(げんぶ)解豸(かいい)(しん)麒麟(きりん)(りゅう)雷神(らいじん)(ばく)。グリフィン、ユニコーン、ペガサス、ドラゴン、スフィンクス、ケンタウロス、ウロボロス等々……数え切れぬ程の聖獣が、一直線に空を渡って行く。

──救……て……。ノ…………ア…………ッ……!

「ジェ……ナーッ!!」

 脳裏に響き渡る、強烈な悲鳴。

 ジェナーの叫び。

 ノアールは、瞬間的にその場から姿を消した。




   *




「さあ……、織るが良い! そなたが知っている全ての言を私に伝えよ!!」

 シンの声に促されて、ジェナーの腕がノロノロと上がる。

 完全に輝きを失い、白濁してしまった晶琴“ジェナー”にその掌が翳される。

 リュ……………………ンンン………………。

 弱々しい音が、室に虚ろに谺した。

 気だるげに上げられた面には、何の表情もなく……。

 蒼銀の瞳は、既に何をも映してはいなかった。

「……古の……日……さすらい人は定める。

 人の住む地を定める──」

 苦しげに、ジェナーが言を織り始める。

 遠い昔に、さすらい人が定めたレ‐ラームにおける人の住むことの出来る大地の位置を告げる。

 一つは、北大陸(ハーン・アッシュ)、一つは南大陸(ソーン・アッシュ)。そして遠い未来に、開かれるであろう未大陸についての言を……。

 シンの瞳が、鋭く光った。

「その大地は何処に在る!? 他の部分は良い、その位置を教えるのだっ!!」

 不意に中断される言。

 一つ一つの言は途切れることなく織られるべき物である。

 縦の糸に時を、横の糸に真実を織り込んで作られる言。

 それを中断することは、その調和を掻き乱す。

 言の持つ力は、その重い真実の故に巨大なものである。

 ビクリ……!!

 ジェナーの体が大きく痙攣する。

 逆流してくる“言”のもつ力。

 途切れて、織られることなく終わった言に織り込まれていた時の重みが、一挙にジェナーの上に降り懸かる。

「…………っ! あ……あぁ────っ!!」

 ジェナーの体から一挙に聖力が流出してゆく。

 弱り切っていた体はそれを止める術も持たず、無残にジェナーの体が痩せ衰えてゆく。

 力を失って、ジェナーの体が床に崩れ落ちた。

 苦しげに身を折り、胎児のように小さく手足を胸に引き寄せる。

 襲い来る、かつて無い程の苦痛。

 この苦痛と比べれば、シンから与えられた苦痛なぞ、細い針が刺した程の物であった。

 雪崩込む、支離滅裂になったレ‐ラームの歴史の記憶。

 “ジェナー”と共振してそれは見る見る内に、ジェナーの中で膨れ上がって行く。

 一人の人間の中に収め切るには、それは余りにも度を越していた。

「ノ……アル…………っ!! 救けて……。ノアールっ!!」

 救いを求めるジェナーの悲鳴は、シンによって張られていた結界をも突き破り、レ‐ラームのありとあらゆる場所に響き渡った。

 結界に阻まれて近付けぬ精霊達に変わって、何にも拘束されることなき聖獣達が、動いた。

 自分達をこよなく慈しみ、愛情を注いでくれた者であるジェナーを救うために、一斉に聖獣達は、大地を蹴って空へと翔び立った。


 そして、それ程に強い悲鳴は、当然の如くノアールの元へも届いた。

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