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第十の言 さすらい人流伝

比翼連理、第一章、終了です。

 さすらい人の

   その日数の尽きる日に

 さすらい人の声

   一つの『言』を織る


  我が子よ

    心して聞くが良い

  我が愛しき子らよ……

  そなたらは、この地へ根を降ろす者

  このレ‐ラームへと根を降ろす者

  そは異界

  ならば独りの孤独を知ろう

  されど、求めるなかれ

  同じ血を求めるなかれ

  そは、縁に非ず

    禍となる

  二つ心を持つ者

    そは、全ての災いとならん

  昏き澱みに沈みし者

    そは、全ての哀しみとならん

  故に、その眼を開け

  故に、その腕を差し伸ばせ

  新しき者を用いよ

  新しき見を求めよ

  されば、その身の内の孤独は癒されん

  時を思うな

  時はただ、流れ去るのみ

  時を追うな

  掴めぬ夢は、虚しき

  先を思え

  そこには望みし者現れん

  先を目指せ

  そこに目指す者在り

  汝が民を思え

  汝が民と共に生きよ

  我等は、この地にこそ根を降ろさん……

  我等は、この地にこそ眠らん……


  その身に受けし思いのたけを

  さすらい人は民に帰す

  深き感謝の思いをもって

  さすらい人は民を治めん

  そしてその日

    さすらい人は請う

  我が愛する子らよ

    レ‐ラームに永遠に在れ

      と……

                 ………………。

「されば、王よ 」

 静かに晶琴の音が止まる。

「『さすらい人』の真意はお分かりか?」

 静かな、それでいて凛とした声が、エル・マリカの王に問うた。

「“姫巫女”様、我は愚矇なただの人間にしか過ぎません。その『さすらい人 流伝』も、我にはただの古歌にしか聞こえませぬ」

 項垂れた王に、白銀色の乙女が軽く笑んで頷く。

「謙遜なる王よ。その真意はこうである。

『我が子よ、心して聞くが良い。我が愛する子らよ。

 そなたらは、この地へ根を降ろす者。このレ‐ラームへと根を降ろす者』

 これは、古の放浪人の子孫たる全ての王族に向けた、彼の人の言葉である。

『されど、求めるなかれ。同じ血を求めるなかれ』

 これは、同じ血を色濃く受け継ぐ者同士の婚姻を戒めるもの

『そは、縁に非ず。禍となる』

 これは、婚姻を戒める理由。

『二つ心を持つ者。そは、全ての災いとならん。昏き澱みに沈みし者。そは、全ての哀しみとならん』

 これは、その結果である。

 『二つ心』それは、そなたが族に連なるアルフィ姫の身に現れた。著しい闇に染められし人格の存在。それは、本来の人格を喰い破って破壊し、人に災いをなす。

 『昏き澱みに沈みし者』それは、王族に多き、気を病んだ者。あるいは、欲に溺れ。あるいは、血に飢え。あるいは、禁忌を好んで破る者。それは、王族の本来守らねばならぬレ‐ラームの民を害するものとなる。

『故に、その眼を開け。故に、その腕をさし伸ばせ。新しき者を用いよ。新しき見を求めよ。』

 これは、レ‐ラームの民との交わりを求めるもの。心身共に共通する求めである。

『民を思え。民と共に生きよ。我等は、この地にこそ根を降ろさん……』

 王族は、仕えられる者に非ず。王族は、仕える者。レ‐ラームの民に仕える責を負うておる。

 王よ、フォン・ノエラに要請するが良い。『言織り』を一人、この宮において買い、その務めを学ばれよ。

 まず、最初に『望郷の放浪人(さすらいびと)』の古歌を学ばれよ。そうすれば、自分が仕えるべき者であること、容易に理解出来ましょう。

 今、私が伝うるはこれまで……。今一度、ゆっくりと考えられよ」

 『さすらい人 流伝』と呼ばれる古歌よりの、抜粋した助言を終え、サラリと衣擦れの音をさせて、白銀色の乙女が立ち上がる。

「ありがとうございます。“姫巫女”様」

 王はその足元に跪き裳裾を捉えて接吻する。

「まだ、完全に傷も癒えぬ内から御無理をお願いしまして、本当に申し訳ございませぬ」

 怜悧な冴えた美貌を湛える白銀の乙女が、ゆっくりと頭を振る。

「寛大に真実を入れようとなさる、王のお心に打たれました。真実は、いつも厳しく苛烈なるものです。が、それは真実『さすらい人』が、その子孫の繁栄を願って語った『言』です。心して、実行に移されよ」

 そう穏やかに語って、白銀の乙女は、王の室を辞した。




   *




 穏やかな陽差しの降るバルコニーに、白銀の乙女が佇んでいた。

 緩く渦巻く白銀の髪は、数本の緻密な(かんざし)で止められ、高く結い上げられている。

 その身は全て最高の薄絹の衣で、幾重にも取り巻かれ、水晶の帯止めで、しっかりと止められている。

 その僅かな動きにも澄んだ小さな音を立てる、帯止めと同じ華奢な細工の耳輪、首輪、腕輪、足輪、そして額輪。

 水藻に宿る空気の泡のように、極細の銀糸を縒り合わせた紐に通された幾つもの極小の水晶球が、ぶつかり合ってその音を立てているのだ。

 その小さな溜め息に応じて、再度小さな音を立てて水晶球が鳴る。

 俯いた顔は酷く暗かった。

 ここは、物質的には全て満ち足りている。

 だが、それは望んでいる物では無い。

 乙女の一番望んでいたのは──

 バルコニー下の繁みが揺れた。

 乙女の視線が、そこに集中する。

 すっくりと現れた黒い影が、身軽るにバルコニーに跳躍してくる。

 乙女は、一歩も動けずその場に立ち尽くした。

 一瞬の自失の後、乙女の顔に浮かんだのは、引き吊った微笑であった。

「ノ~~アー~~ル~~っ」

「待て、怒るな」

 大きな手が、乙女の口を塞いだ。

「迎えに来た。行くぞ」

 手渡される、使い込んだマント。右併せの薄衣。なめし皮の胴着。水晶の鋲打ちの帯布。籠手。編み上げの靴。長手袋とスラックス。

そして、言織り達の本拠地である水晶真殿で打たれた、愛用している双剣。

 いつも着けていたジェナーの衣装である。

 それを握り占めたまま、ジェナーの体が、小さく震えていた。

「ジェナー?」

 訝しげな声に、ジェナーが思いきり叫んだ。

「馬鹿野郎! 半年も音沙汰無で、姿晦ませやがって! 何処で何やってやがった! 俺が……俺が、どんなに心配していたか知りもせず! どんなに心細い思いしてたか! この阿呆! 人非人! 悪党! 嘘付!」

 ノアールの弁解を一切受付ない様子で喚き捲くる。

 やがて、それが小さくなって行き、切れ切れの物になり……沈黙が訪れた。

 ノアールの顔に、今迄ジェナーに見せた事の無い愛しむような表情が昇った。そして、ゆっくりと口を開く。

「悪かった。遅くなってすまぬ」

 それが、止めであった。

 ジェナーの白銀の瞳が、銀の粒を生んだ。頬を伝って、その細い顎の線へと落ちる。

「迎えに……来てくれて……良かった。置いて……置いて行かれたか……と思った。せっかく見つけたあんたに、……置いて行かれたかと──」

 息を詰まらせてジェナーが涙を零す。

「置いて行く訳が無いだろう? お前は、私の一生ものの道連れだと言った筈だ。

 それに、俺は『さすらい人』の再来とは言っても、未だ何を成すべきなのか知らぬ。お前は、それを見つける手掛かりを持っているのだろう?

 加えて、お前は、私専属の吟遊詩人(バード)だ。旅に同行せねば、歌は出来んぞ」

 ノアールの唇に、常のシニカルな笑みが上る。

 ジェナーは言葉も無く泣きながら頷いた。

 幾度も、幾度も……。

「さ……人に見つからぬ内に、王宮を抜け出すぞ。着替えろ」

 促されて室に入る。が、未だ不安らしく、何度も何度も声を掛けてくる。少しでも返事が遅れようものなら、お構いなしに全裸に近い姿のまま飛び出してくる始末である。

 ノアールは苦笑を浮かべながら、ジェナーの問いに答えてやった。

「じゃ……、エル・クォードの国王に、宣戦布告してきたの?」

 最後のマントを身に着けつつ、驚いたジェナーが駆け出して来る。

「ああ。他国にこれ以上要らぬ干渉をするならば、黙ってはおかぬ、と。今度戦を起こす因と成り兼ねない事をしたら素っ首叩き落としに参上する、と」

 ノアールの中から甘さが消えていた。

 優しさが消えた訳では無い。ただ、必要な毅さを身に付け、要らぬ弱さに繋がっていた部分の甘えが綺麗に拭われたのだ。

「ノアール……、あんた随分良い顔になったね。たった半年の間に……」

「お前と言う、人生の道連れが出来たからな。

 今一度、自分についてゆっくり考えさせられた。自分のことしか見えて無かった己が恥ずかしいと思えた。だから──」

「遅くなったのか?」

「それもある」

「それもあるって?」

「シン‐フーザーには逃げられた。済まぬ、見失ってしまって……」

 陰りを落とすノアールに、ジェナーが明るく笑いかけた。

「構わない。あんたの脅しが効いたらしくてね、戦は起こる気配すらない。ありがとう。心から感謝する、ノアール……」

「お前のその言葉が、何よりの報奨だ」

「で、これからどうする?」

「まずは、シンの動向を探る。奴は抜け目なさそうだから、何をやるか分からぬ」

「それから?」

「特にはない」

「それじゃ、一緒にハーン・キリエを抜けよう」

「ハーン・キリエを何?」

「抜けよう」

 にっこり……と、ジェナー。

 ノアールには、事も無く言い切るジェナーが理解出来なかった。

 最北端にある国ジ・ダラルのそのまた北端にある、二大大陸の北の終点。それを越えると言っているらしい。

 高度な術司が幾度も試み、失敗して来た人跡未踏の険しき高山(ハーン・キリエ)。噂では、その向こうには荒涼たる砂漠が広がっていると言う。

 それを、越える……。

「越えるんじゃないよ。言っておくけど」

「何?」

「上を抜けよう何て、そりゃフォン・ノエラの聖獣もってしても無理だよ。その下を抜けるのさ。地下に抜け道があるの知らなかったのか? 俺の透見(すかしみ)の目は写し出したぞ」

「抜け道……。本当にそんな物が?」

「未だ人は通ったことは無い筈だ。でも、それは『さすらい人』が遠い未来……。つまりは俺達が通るために作った物だから通れるよ。

 でも、あんたでなければ無理だ。『さすらい人』の再来であるあんたの持つ力場操作能力がなければ到底生きて向こう側へは抜けられまい。

 あんたは、将来のために、ハーン・キリエの彼方に存在する未大陸の位置を確かめておく必要がある」

「何故?」

「だって身移しの術は、自らの行ったことのある所へしか行けないんだろ?」

「だから! 何故、そんな所へ行く必要があるんだ?」

「……『さすらい人』は人を新たな世界に導く者。

 古のさすらい人は、不安定ですぐに異界と重なる世界を固定させ、その場を守る王族という守護者をレ‐ラームの民に与えた。文字を、文化を与えた。安定した人の増加を与えた。人々はゆっくりと、だが確実に大地を覆っていった……。

 あんたの使命は、この二大陸に収まるには増えすぎたレ‐ラームの民を、新たな大陸に導くこと」

「増えすぎた……民?」

「フォン・ノエラを出奔してから二大陸を隅々迄調べてまわった。このまま今の調子で生み出させれば、三〇年も経てば不毛の大地と化す。北大陸と南大陸は、今の人口の三分の二以下を養うのが一番理想的な状態の力しか持っていない」

 ジェナーの言葉に、ノアールは自らの巡ってきた国々の様子を思い起こす。

 確かに、場所によって不毛の地と化した所が目立っていた。が、それはあくまでも、力場の異常で、魔に巣食われてしまっていたのだと考えていた。

「それに、今の若者達の活力は方向性を失っている。何故だと思う?」

「それは、……若さ故血気に逸っているだけだろう?」

「まあ、それも否めないがね。根本原因は、今の完成され過ぎている状態では、自分達の能力を試みる場が無いからだよ。だから、無意味な事で自分の余っている活力を使おうとする。このまま行けば遠からず、今は溢れている活力が、押さえられ過ぎて萎えてしまうだろうな。そうなれば、このレ‐ラームは滅びへの道をたどってしまうぞ」

 言い切るジェナーの瞳が問う。『どうする?』と。

「だからその悲劇の起こる前に、私達は新しい大陸に人々を導くのか……」

 満足そうにジェナーが頷く。

「だが、それがまた大きな問題だぞ」

「何故?」

「……あんたって、どうしてそうお呑気なんだ」

 がっくりと項垂れてジェナーが呟く。

「ジェナー?」

「あんたさ、自分が生まれた所を離れて、ホイホイやって他の地へ移るか? それも、あるかどうかも定かでない地へ……」

「若者の好奇心は旺盛だ」

 気楽な答え。

「……見ず知らずの人間が、『このまま二大陸に止まれば、それがそのまま滅びに通じます』とか言って信じると思うか? 取り敢えず信じたとしても、今の自分の持っている物を捨てて、未知なる……それも、困難だと分かっている道を進もうなんて奴がそうそう居るかよ。大概の人間が、自分は残って、他人を未大陸に追い立てようとするに決まってるぞ。無理に追い遣られても、開拓意識は湧くまい? それじゃ、未大陸での発展が望めん。『さすらい人』の使命は、あくまでも人々を未来へと導くことで、停まることではない」

 再度深い溜息を吐いてジェナーが問う。

「それでは、私にどうするように望んでいるんだ?」

「……それが分かれば苦労はしないよ。言った筈だ。俺は飽くまでもあんたの補佐のための存在。(いにしえ)の『さすらい人』に関する情報を“ジェナー”から引き出して伝えることと、今の状況を調べ報告し、あんたの指示を仰いで行動することしか出来ない。

 俺には、決定する権利は……ない」

 どこか寂しげな様子でジェナーが答える。

「権利はなくても、責任はあろう」

──完璧に論点が、ずれてる……。

 ジェナーは頭を抱えた。

「だ~~~っ!! だから、決定する権利も、義務も、責任も、山程持ってんのは、『さすらい人』の再来たる、あんたなんだよ! 俺には、このレ‐ラームの未来を決定するだけの権利は無い、の!」

「いいや、ある!」

 きっぱりと言い切るノアールに、ジェナーは絶句。

「ノ……ノアールゥゥゥ~~~」

「……お前は、私の道連れだろう? だから、事を起こすに当たっては、同じように決定する権利がある。それに、私にこの道を進むように導いたのはお前だ。十分に、問題解決のために頭を搾る責任があるぞ」

 ノアールの青い瞳が真剣な色を宿して、ほとんど白銀に近いジェナーの蒼銀の瞳を見つめる。

「…………」

 ジェナーは大きな溜息を吐いた。

「あんた、駄々っ子かよ……」

 ニヤリと、ノアールの口許が笑みを象る。

「お前程では無いがな」

 そうして、差し伸ばされるノアールの右腕。

「……分かったよ。そんなに脅さなくったって、ちゃんと最後迄付き合いますよ。“相棒”殿」

 いつぞやとは、正反対の道連れの申し出……。

 今度は、ジェナーが、大きな呆れと諦めの溜息をつきつつ、ノアールの腕を取った。

「それでも、仕事が終わったら、俺を吟遊詩人にしてくれよ」

 念押しを忘れない所が、ジェナーらしいとノアールは笑う。

 今までに味わった事がない程の、深く満たされた思い……。

 欠けた物が全て補われる感覚。

 そう、ジェナーによってもたらされたのだ。長い間、探し続けて得られなかった、人生の目的と言う、大きな意義が……。

 だが、それも、傍らにジェナーが立っていてこその物である。

「行くぞ!」

 決意に溢れた毅いノアールの声が告げる。

 ジェナーは満足げな笑みを浮かべると、ノアールの後に従った。

 なんのかのと言いつつも、強い決意を見せるノアールに、何処までも付いて行きたいと、心から願うジェナーであった。

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