第九の言 封印
「七大印呪を使う術司とみたが、七大印呪如きで、妾を倒せると思うてか?」
妖姫の涼やかな笑いが、真殿に満ちた。
「私の術は、七大印呪であって、七大印呪に非ず! 力場を創造し、この地に定着させた、古の『さすらい人』。彼の用いた理論の全てを、私は解明した! 私が操る力場は、彼と同じだ!」
「『さすらい人』のことを理解できる人間が、このレ‐ラームに居るものか……。彼は、異界人ぞ! 妾でさえ知りようが無かったものを知ったと? 未だ、三十にも満たぬそなた如き若僧が? 自らの力に溺れた、気狂いが!」
妖姫の全身から、怒りの波動が立ち昇った。
長い長い年月を人の血筋の奥底に隠れて生きてきた妖姫は、何よりも力を信じ、求めてきたのだ。
“力”……。このレ‐ラームにおいて力とは、術を司る根本である聖力……力場の理解に通じる。力の源を知ることによってのみ初めて、完全にその力を用いた術を司ることが出来るのだ。
そしてその理論体系を完成させて、不安定だったこの世界を安定させたのは、古い古い伝説に、真実とも想像ともつかぬ程の時を渡って伝わりきた古の『さすらい人』。
どれほどにその存在に焦がれ、その強大に力に魅かれて、多くの伝説を学び、多くの知識を手に入れたか……。
それでも、『さすらい人』は、妖姫のその欲望を満たしてはくれなかったのだ。彼の者の残したモノは、膨大な知識を飽くことなく求めてきた自分にも理解することが不可能なモノであったのだ。
「小賢しい! 相応の死をくれてやろうぞ!」
普通の人間であれば、とうに死に至るであろう凄まじい妖気に満ちた、どす黒い闇の矢が、ノアール目掛けて放たれた。
ノアールは微塵も動けない。否、動かない。
口許に、不敵な笑みが刻まれていた。
一筋の髪の先に宿っていたレア・クリスタルが、ふわりとそこから離れる。黒き髪のその一筋が、色を失って黄金の色を放っていた。
「はっ!」
烈迫の気合と共に、闇の矢に向かって晶石が走る。
そして、迷宮を、その上の王宮までをも揺るがす震動が起こった。
巨大な闇の矢の矢尻に、晶石が留まっていた。矢の勢いの全てを、小指の先程の小さな晶石が止めている。
やがて、ゆっくりと晶石が、進み始める。
貪欲に、その闇の波動を晶石が呑み込み始めたのだ。その歓喜の波動が、妖姫にでさえ感じとれた。
「小賢しい!」
妖艶な笑みをたたえていた口許が、歪む。王座から立ち上がり、ノアールと真向に対峙する。
翠の瞳が、怒りに黒く変化してゆく。
渦巻く闇が、その濃度をいや増す。
妖姫の足元に、大きな亀裂が口を開けた。
それは、異界に通じる。負の力に満ちた異界が覗いていた。
時は、満月。そして空の交差との合の日。
正にしろ、負にしろ、全ての力場は活性化される。そのために、異界に通じる扉が、あちこちで開かれる。
妖姫は、自らその異界の扉を、それも自分の望む力場を持つ異界の扉を開いたのだ。
濃密な負の力場が、小真殿を満たす。
「どうじゃ? 正の力場の入り込む隙など与えはせぬぞ」
勝ち誇ったような笑みが、再度妖姫の口許に刻まれる。
が、それでもノアールは露ほども動じなかった。
「言った筈。私は、お前を、潔める……と」
再び、一つの晶石が髪から離れた。
鋭く床を打つ。閃光が……走った。
音無き、音を立て異界の扉が、一瞬にして破壊される。
それでも飽き足らず、晶石は、真殿中に渦巻く闇を貪欲に貪り始める。
一つ、二つと晶石が、ノアールの髪から離れゆき、闇に喰らい付く。
渦巻き、真殿を満たしていた闇が、次々と晶石に呑まれ消滅していく。
妖姫の顔色が見る間に失われてゆく。
「そ……そんな馬鹿な! この妾の力場操作能力を越える者など存在する訳が無い!」
ほとんど悲鳴に近い叫びが、口から漏れた。
「レオの哀しみを、私は知っている。愛する者を失う辛さを、私は知っている。その体、正当なる持ち主に返すのだ、闇の者よ!」
ノアールの髪が、完全な黄金色に変色していた。残った全ての晶石が、一斉に、妖姫へと放たれる。
「止めよ! 止めよ!」
華奢な足が、床を蹴って跳躍する。宙に浮かんだ小柄な体が、追い縋る晶石を避けようと、目まぐるしく移動する。
「止め──!」
悲鳴。三十個の晶石が、見事な球状の結界を結んで、妖姫を取り囲んだ。
大きく、一度、そして二度、三度と正の力場と共鳴を起こす。
その都度、妖姫の顔が苦痛に歪む。
その全身から負の波動が立ち昇り、晶石の中へと吸い取られてゆく。
「離れよ! 姫から離れよ、魔の者よ!」
ノアールの叫び。
弱々しく、妖姫が笑みを浮かべる。
「そなた、理解してはおらぬわ」
低く嘲笑う。そして、静かに妖姫の瞼が降りた。
宙に浮かんでいた結界が、負の波動が薄れるにつれて床へと下りてくる。
浮遊する力さえも失われつつあるのだ。
やがて、その体に纏い付いていた闇が全て消滅し、負の波動さえも消えた。
晶石が、再度咽ぶような歓喜の波動を一帯に響かせた。そして、妖姫を解放する。
力無く床に、妖姫の体が崩れ落ちた。
晶石は、舞い踊りながら、ノアールの元へと戻る。
差し出した両腕に巻かれる籠手の中に、自ら飛び込んで行く。
それは歓喜の波動を漏らし、強く光を放つと徐々に元の静かさを取り戻していった。
ノアールが、深い溜め息を漏らす。
足元には、気を失ったらしい妖姫の妖艶な体が倒れ伏していた。
「ノアール!」
ボロボロと涙を零しながら、ジェナーが真殿の中に飛び込んで来る。
「ジェナー? お前どうして此処に?」
「やっと……、やっと見つけたノアール!」
泣きながら飛びつかれノアールがバランスを崩して、倒れる。
「俺はずっとあんたを捜してたんだ! 『さすらい人』の再来を!」
「ジェナー?」
「もう、放さないからな! あんたには、伝えなければならない事が、山程あるんだ!」
「ジェナー?」
訳が分からずに戸惑うノアール。
二人の背後で、影が動いた。
起き上がる妖姫……。
ノアールの気がそちらへ向く。
「やはりお出で下さいましたのですね、『姫巫女』様──」
愛らしい声が、口から漏れた。が、次に漏れた声は、元の妖姫の艶然たる声。
「クク……。来たな、『姫巫女』」
嘲笑する声。
「消えていない?」
愕然とノアールが呟いた。
全ての闇も、負の波動も妖姫の体からは消滅しているのだ。にも関わらず、それは本来の姫では無く、依然妖姫のままであった。
平然と、それを受けたのはジェナー。
毅然として立ち上がり、相対する。
「呼んだのはあんただ。いや……、あんたの封じた本来の人格。と、言ったが良いかな。──あんたは、封印された人格の筈。一体誰に、その封印を解かれた?」
「ジェナー?」
未だ状況を把握しきれぬノアールが尋ねる。
「本気で、妾を消せると思うてか?」
ノアールを嘲笑して、妖姫が叫ぶ。
「お前とてそうだ、『姫巫女』。妾を消せる者など居りはせぬ!」
「……全く、遺伝てのは恐ろしいな。血族婚の昏き血の影に潜んで、どれ程の時を生きたんだ?」
呆れて、ジェナーが問う。
「クク……。そうだねェ、かれこれ二〇〇〇年にはなるかのォ。だが──」
誇るように、妖姫が答える。
「まだ、足りぬか? 強欲なババアが!」
一言で返した言葉に、妖姫の怒りが炸裂する。
「たかが、二十歳の子娘が! 妾を消せると!? フォン・ノエラの薄き王族の血が、妾の濃い血に敵うと? 笑止!」
「確かに俺は、フォン・ノエラの者だ。が、それだけだと思っているのか?」
妖姫の表情から笑いが消える。思わせ振りなジェナーの言葉に大きな違和感。
「何を言っている?」
「何故、私が“乙女”の称号を受けていると思っている? ……私は、精霊達と語るのみならず、その聖力をも貸してもらえるからだよ」
古の『さすらい人』は、精霊達の言葉を解し、その聖力をも自由に操ったという。そして、普通の人間は精霊の存在を感じ取ることさえ出来ない。
それは、長い間人の影に潜んで生き続けてきた自分も同様である。
妖姫の顔色が一挙に失われ、その口許が引き吊った。
「『さすらい人』? その男のような半端な『さすらい人』では無く?」
「半端? ノアールが? 長生きしすぎて呆けたか、婆さん? 本物が分からぬと? 俺は、『さすらい人』の再来の補佐をすべく、『望みし者』にこのレ‐ラームに生み出された存在に過ぎぬ。この生来の透見の才と、晶琴の特殊な音に耐えられる体質が、精霊達との繋がりを生んだだけだ!」
「……古き時代の歪みを消すが、俺の任。その体、選ばれし大地の乙女に返して貰う。『水晶の翼の乙女』の名に賭けて!」
懐から取り出される小瓶。中には、清水。蓋を開け、それを晶琴の根本にある晶柱の塊に注ぐ。
弦の中を清水が、一斉に駆け昇る。
それが止まるとジェナーの手が晶琴の弦に翳される。容赦無くその弦をを掻き鳴らす。
「止めよ! 晶琴のその音を止めよ~~!」
度を失った妖姫の悲鳴が上がる。先程のノアールとの戦いの時とは、比較にならぬ狼狽である。
「ノアール! 音遮壁の結界張る力残ってるか?」
のんびりと傍らのノアールにジェナーが問う。
すっかり黒い色を失い、その本来の物であろう黄金の光を放つ髪を見て問うたのだ。
黒き髪は、力を封じていたからこそ、その色を宿していた。
「呪型で、十分出来るが? 何故?」
「言っただろう? 晶琴は操作を間違えると悲惨な結果になるって……。晶琴の音には、強力な精真作用があるんだ。強力な力場への干渉も出来る力をもってるもんだから、悪くすれば、気が狂う。特に、『今言織り』の持つ、覚醒している晶琴が清水を呑んだ時に発する音はね」
ノアールは慌てて、結界を張った。
「──そうでしょう、妖姫? 貴方の昏い血は封じさせてもらいますよ」
妖姫は、執拗に人格の表に現れていた。
その事態にジェナーが眉を顰める。
「真の音に和する声を出すのは……、疲れるから嫌なんだけどな。さすが、二〇〇〇年も生きた婆さんだ。執念深い」
深く溜め息を吐き、次いで大きく深呼吸を繰り返す。
フッ……と、唇が開かれる。
そして、晶琴の音と酷似した声が、不思議な歌を歌った。
時に高く、時に低く、時に澄んだ声を、時に咽ぶような声を交えながら、歌う。
晶琴の音叉共鳴が一段と強まる。
それは、真殿の壁に酷い亀裂を走らせる程にまで高まってゆく。
妖姫の体が、床をのたうちまわる。
「消えぬ! 妾は消えぬ。幾時代を経ようと、必ず今一度、この血族の中に現れようぞ!」
呪詛の呻きが、妖姫の口から漏れる。
「させぬ! “ジェナー”!!」
ジェナーの言葉に従ったように、晶琴から一枚の羽毛状のかけらが浮かび上がる。
一際異彩を放つ声に、晶琴の音が重なる。ジェナーの瞳には、妖姫の頭部から漏れる異様な影が写っていた。
「“ジェナー”、呑んでしまえ!」
晶琴のかけらが、その影を全て吸収し始める。
「オオ……、助けよ。妾を──助──け──」
切れ切れに妖姫の喉から声が漏れ、やがて消えた。
再度力無く、妖姫の体が床に伏した。
その体が、見る間に変化してゆく。小柄な飽くまでも華奢で繊細な体に。そして、その顔から、妖艶さが消え、あどけない少女の物へと変化する。
それを確かめると、ジェナーは真っ青になり、床に座り込む。
全身から汗が吹き出し、肩が大きく上下して、肺が空気を求めて喘ぐ。
「終わったのか?」
「あ……ああ。妖姫の人格を司るモノは、全部この中に吸収したよ」
喘ぎながら、昏い色を宿した晶琴のかけらを見せる。
「すげェ執念。俺、もう限界」
支えてくれるノアールの腕の中に、ゆっくりと瞳を閉じて凭れ掛かる。
「御苦労様、ジェナー。いや、ラ‐ヴィータ‐デ‐ティステ‐ソーン姫。フォン・ノエラの“姫巫女”殿。そして“水晶の翼の乙女”の名を冠する『今言織り』の乙女」
「ハハ……。バレちゃったな。でも、いいや。知ってもあんた変わらないだろ?」
整わぬ息の下、今にも睡魔に引きずり込まれそうになりながらジェナーが問う。
「変わらぬ。お前の真の道連れになれた上、定めし者とやらでもあるらしいからな。嬉しいよ。お前となら、私の進むべき道が見出せそうだ」
優しく呟く。
「綺麗な色だ……」
ジェナーがノアールの黄金の光りを弾く髪の一房を梳き上げる。そして、考え込むように瞼を閉じる。
「白い肌に、青い瞳と黄金の髪……。この組み合わせは──」
「オルフェス‐ハン‐ノエル‐サ‐ディザールー王子」
ジェナーの呟きに新たな人物の言葉が重なる。
真殿の入り口から、シン‐フーザー真官が入って来た。
その、常は無表情な顔に、今迄見せたこともないような笑みを刻んで。
「フーザー真官?」
ノアールが驚いて、そちらを見遣る。
サラサラと衣擦れの音をさせながら近付いてくる。
「執政官殿に聞かれたのですか?」
驚きを隠せない様子で、その姿を見つめる。
「まあ、この都の要人で、執政官殿の親友ですからね……。執政官殿が話されても無理はないですか」
ノアールが、眉を顰めつつも納得する。
「妖姫は無事に封じましたよ。もう二度と現れることはありません」
ノアールが穏やかな笑みを浮かべて、戦勝報告をする。
シンがその顔に、底冷えのする笑みを浮かべたままゆっくりと、近付いて来る。
「フーザー真官?」
訝しげな思いを隠せず、ノアールが問う。
薄く瞳を開いたジェナーが、その視界にシンの姿を認める。
ジェナーは、叫びも無く跳ね起きると、ノアールとシンの間に飛び込んだ。
そして──
「ジェナーっつ!」
ノアールの魂切るような悲鳴。
ジェナーの体を刺し貫く鋭い刃。
血に濡れた切っ先が、鈍く光を反射していた。
「チッ! 邪魔をしおって、たかがバード如きに身を落とした女が!」
叫びざま、一気に剣を引き抜く。
傷口から、血飛沫が上がる。
「グウッ!」
ジェナーの口から苦痛の声が漏れる。
大きく咳き込むと同時に、その口から鮮血が飛んだ。
「フーザー真官! 何と言うことを!」
倒れゆくジェナーを両腕に抱きとり、ノアールが叫ぶ。
「そのお命頂戴する、ノエル王子!」
上段に構えた剣が、一気に降り降ろされる。
が、それはノアールの頭上スレスレで、その愛剣によって食い止められた。
金属のぶつかる激しい音が、小真殿の中に谺し、消えた。
「何故、貴方が? 信じられぬ! 私が敵国の王子だからか?」
ガッチリとその剣を受け止めたまま、それでもこの状況を信じられぬ様子で、ノアールが問うた。
「相変わらず、甘い感情に耽る王子よ! それで、我が国の正統なる後継者とは、全くもって信じられぬわ!」
二度、三度と打ち掛かってくるシンの刃を受け止める。
「『我が国』? お……お前は、エル・クォードの人間か!」
ノアールの確認の問いに、シンが哄笑した。
「今頃お分かりか? 情けないことよ。エル・クォードの王族ならではのこの金髪碧眼を見て、一目で分からぬなどとは情けない限り!」
「それに、十年前に我等は会うておるぞ。そなたが、ジ・ダラルより戻りし時にな! お前の背に走っているだろう、刀傷を付けた相手も見忘れたか?」
勝ち誇ったような、シンの嘲笑。
「この国を攻めるに当たり、内部から切り崩すために派遣された工作兵が、この私。
妖姫の封印を解きしも、この私。
その力を借りて、力場を歪めたのも、この私!
もう間もなくして完全に闇に呑まれたと言うに! ようも崩してくれたものだ!
せめて、その首級貰い受ける。
都合良くも、妖姫との戦いで術を使い切った様子、今の内に、去んで頂きましょう!」
ノアールはその事実に呆然となった。
「やっぱり、あんたってどっか抜けてる。俺の言った通りだったろ? だから……こいつは嫌いだったんだ! ……こいつは、権力に目の眩んだ匂いがしてた!」
叫びと同時に、ジェナーがノアールの腕を飛び出す。
自分を抱き、動けぬノアールを思って……。
「ジェナー!」
血を撒き散らしながら、ジェナーの体が転がり、ノアールから離れる。
「あんたの足手纏いは御免だ!」
叫びざま、再度咳き込み辺りに鮮血が散る。
「ジェナー!」
鋭い突きを避けながら、ジェナーの方を見る。
闘いに集中させるために、ノアールの腕から離れたジェナーの心は分かってはいた。が、深手のジェナーの心配をするなと言う方が無理なのである。
今、ジェナーは完全にノアールの心を捕らえていた。
道連れとして、良き助け手として、友として、等しくこのレ‐ラームにおいては特異なる存在として、『さすらい人』の再来と言う自分の探していた目的をもたらした者として。
そして何より……、自分のことを心から気遣ってくれる存在として。
「甘きことよ!」
連続する突き。降るような攻撃。闘いに集中出来ぬノアールは防戦一方である。
それを崩したのは
「全て聞いたぞ、シン!」
怒りに染まった気を全身から発して、レオが小真殿の入り口に立っていた。
「私を、国を、裏切ったのみならず、か弱いアルフィを利用し……、その上我等が“姫巫女”様を傷つけるとは言語道断!」
苛烈であった。
『西都の金獅子』の本領を発揮した、鋭く、且つ激しい剣が、容赦無く打ち込まれる。
「この七年……、何にも換え難い親友だと思っていたものを!」
怒りの中に深い哀しみが沈んでいた。
正当な王族の血を外れた己。それでも王族の血を引く己……。その中途半端な立場故に誰も近づかなかった己。その己を友として、助言者として支えてきたシンが……。
「甘い、甘い! この世は、勝ってこそ正義!」
レオに引けを取らぬ腕を見せて、シンが切り結ぶ。
「認めぬ!」
そう叫んで、切り掛かったのはノアール。
さすがのシンも二人を同時に相手にするのは分が悪すぎた。
が、退くに退けぬ。
二人から逃げる事は不可能。
退くために隙を作れば、どちらかが、確実に懐に飛び込んで来る。
苦く舌打ちする。
……そして目に入ったのが、倒れ伏すジェナーの姿。
シンは、何の躊躇いも無くその剣を手放した。
小真殿に、声なき悲鳴が上がった。
二人の気が逸れる。
「ジェナー!」
「ラ‐ヴィータ姫!」
二人は同時に、ジェナーの許へと走っていた。
深く突き立つ剣。伏した背から入り、斜めに脇を抜けて、ジェナーの体を床に縫い留めていた。
「せめてもの報復だ!」
哄笑し、シンが小真殿を飛び出した。
「ジェナー! ジェナー!」
「姫!!」
それ以上は無いと言う程に、二人はうろたえた。
痛みに耐え切れず、ジェナーが絶え間無い呻きを漏らす。
「こんな時にこそ、術が司れれば良いものを! 使い切るなど、術司にあるまじき愚かな事をしてしまった!」
自分でも気付かぬ内に、ノアールの瞳から涙が落ちていた。
「ノ……ノアール」
苦悶の皺を眉根に刻みつつ、薄くジェナーの瞳が開く。
「奴を……追え」
「お前を置いて行けるものか!」
「あんたは、王族だ! このままでは、エル・クォードとエル・マリカのみならず、フォン・ノエラまでをも巻き込んで戦が起こる! 戦は、……何も産まぬ!!」
切れ切れに、ジェナーが懇願する。
「俺は死なない! やっと……あんたに会えたんだ。死ぬものか──」
意識が混濁してきているのが見て取れた。
「ジェナー!!」
ノアールの叫びに、再度覚醒が促される。
「ノア……ル。頼……む──」
その腕の中で、ジェナーの体から力が抜けて行く。重みが増す。
それでもその腕は、シンの去った方向を指し示していた。
「ノアール!! 姫の言う通りにして下さい! 姫は……姫の命は、私の命に換えても、お助けします」
レオが叫ぶ。
「しかし──」
「姫は、このレ‐ラームで最大の聖力体である精霊に愛でられしお方! 彼らが決して死なせはせぬ筈です! お願いします! 今の私の体力では、シンには追いつけない!」
そこまで聞いて、ノアールはようやく立ち上がった。
「執政官殿……、お言葉信じます。ジェナーを頼みます!」
ノアールは、決心を鈍らせぬために振り向くこと無く、小真殿を後にした。




