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第十一話「それは孤高なる常道」②

 黄金の粒子とともに黒煙が夜空にのぼっている。それを下にたどると、一面が火の海と化していた。

 あちこちに築かれた瓦礫の山には、おびただしい数の破壊されたグスタフが転がり、ここが凄惨な戦場であったことを教えてくれる。

 戦いの火種たる黄金の(まゆ)はすでにない。残されたのは、繭出現の余波から生じた巨大なクレーターのみである。ここに川の水が流れ込み、蓄積することによって、やがて<プラハの悲劇>の象徴たる湖となる。神楽夜たちが目にしたあの湖だ。

 二十年前。黄金の繭討伐が終結した直後、まだ湖となる気配すらないその中心に、ひとりの男が立っていた。

 なにかを抱えたまま立ち尽くす男の背に、

「トウヤ!」

 と別の男の声がかかる。すると、灯弥(とうや)と呼ばれたその男は、体の左側を向けるようにゆっくりと、かすかに身をねじった。

 声をかけた男――若かりし鍾馗(しょうき)は、灯弥の腕に抱かれたそれを見て、息を呑んだ。

 見覚えのある長い黒髪が、硝煙の風に揺れたからだ。

「ス、ミレ……」

 まさか、と思いながらも、鍾馗は彼女の名を絞り出した。それに反応したように、灯弥が、いよいよ体の正面を向ける。

 もう、鍾馗は絶句せざるを得なかった。

 削ぎ落された肉の合間から、だらりと垂れた背骨が覗く。

 引きちぎられたような断面には、臓物以外に、繊維質が感じられる筋がいくつも垂れ下がっていた。そこをぼたぼたと赤黒い血が滴り、灯弥の下半身をぞっとする赤に染め上げている。

 そんな状態にもかかわらず、灯弥は、上半身しかない彼女の左の肋骨に指をかけ、まるで赤子でも抱くかのように、左腕でそれを持っていた。

 そこで鍾馗は気づいた。

「お前、その腕!」

 急いで近寄ってみれば、灯弥の右腕は肘からさきがすっぱりとなくなっていた。

 鍾馗は傷口を確認すべく身を屈めた。その目の前で、青白い炎が、ないはずの前腕を補うかのように肘から伸びはじめる。

「これは……アービターの」

 呆気に取られる鍾馗をよそに、炎は次第に前腕らしい形を取り、伸長をやめた。

 上体を起こした鍾馗は友の顔を怪訝そうに見る。が、魂の抜け殻となった灯弥から答えが返るわけもなく。思案の果てに鍾馗は、彼らを匿いながら、密かに日本への帰途につくことを決めた。

 この時、鍾馗には予感があった。連合が血眼になって灯弥の居場所を探すだろうこと。そして、その潜伏先が日本だとすぐに当たりをつけることも。けれども彼は、灯弥を日本に置くことをあえて選んだ。

 その狙いどおり、灯弥の潜伏先に見当がついたにもかかわらず、連合は日本への干渉を一切してこなかった。

 理由はいうまでもない。彼らは恐れたのである。日本といまだ戦時の関係を続ける月の存在を。

 間もなく<プラハの悲劇>は過去に追いやられ、繭から世界を守った英雄たちの話は、耳にすることもなくなっていった。

「一体、なんのために」

 当時と違う広大な湖となったクレーターの前で、鍾馗はひとりごちた。

 湖の際まで近づき、しゃがみ込む。

 水面に映る己の姿はあの頃の面影こそあれど、しわは増え、随分痩せたように見える。もともと褐色なほうではない肌の色合いも、かつてより血の気が薄く感じられる。

 ロンドンにて神楽夜からこの地を訪れたと聞かされて、灯弥の手がかりを求めてやって来たはいいが、これでは感傷に浸るばかりで、まるで意味がない。

 灯弥はいったいどこに行ったのか。鍾馗は進展のない人探しに深い嘆息を吐いた。

 と、

(この音は)

 遠くから聞こえる輸送機かなにかの飛行音に、顔を上げた。

 陽が昇ってすでに六時間余り。陽光は天頂近くより降り注ぎ、それに翼を(きら)めかせながら、連合軍の輸送機が数機、このプラハの周辺を旋回していた。

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