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第十話「暁への飛翔」④

「あんちゃん!」

 剛三郎の出迎えに首肯だけで応じて早々、マシューは神楽夜に首を向けた。

「さっき、よくわからん男から通信があった。あとはお前に訊けと。なにか策があるのか」

「きっとアレスだ」

「アレス?」

 マシューは覚えのない単語に怪訝な顔つきになる。それに構うことなく、神楽夜はアレスからの指示を聞かせた。

「信用していいんだな?」

 と言いながらも、マシューはすでに操縦席に着いて忙しなく手を動かしている。船体後方にあるハッチを開く必要があるためだ。

 ひととおり操作を終え、席を立ったマシューは、足早にブリッジを出ていこうとしながら、

「機体を収容してくる。クガイに作戦を伝えておけ」

 と剛三郎に指示を放つ。

「了解!」

 敬礼の真似をして応じた剛三郎は、マシューの背中を見送ることなく操縦席に着き、おっかなびっくり操作盤をいじりだした。

「大丈夫?」

 なんとも不安が残る手つきに神楽夜が心配そうに訊くが、少年に構っている余裕はない。頭のなかはマシューから教わった通信の開始手順を再生するので手いっぱいだ。

「これを選んで……認証。そんで、次が――」

 あくせく働く少年とは対照的に、神楽夜は所在なげに立ち尽くした。それからものの数秒で、少年は見事に通信をつないで見せた。

 剛三郎の声が聞こえるなり、九垓は、

「ナイスタイミングだ! ちょうど仕掛けるとこだぜ!」

 と応じ、再び濃くなった霧を裂き、膝を抱えるように身を縮こませてグラディアートルの眼前に飛び込んだ。

「ぬ」

 敵はわずかに驚きの声を漏らしたが、反応が追いついたわけではない。

 極至近距離で交わす視線に、九垓の背筋が凍る。いままで幾度となく経験してきた感覚だ。死線をくぐる瞬間にいつも感じるこの震えは、恐れからではなく、きっと、武者震いというやつに違いない。

「イネッサ!」

 九垓は叫びながら、目前に交差したトンファーに雷撃をまとわせる。激しい閃光が、霧中にいる彼の位置を知らせた。

 グラディアートルが、飛んでくる九垓を打ち払おうと両腕を持ち上げる。

 と、その赤い六つ目の前に、四角く分厚い水の固まりが出現した。

 間髪入れず、

「くらえ!」

 九垓の両腕から稲妻が飛ぶ。

 刹那に轟いた体の芯を震わせる大爆音に、輸送機の神楽夜と剛三郎はぎょっとした。それは、機体を収容し、ブリッジに戻ってきたマシューも同じだった。

(もしや、クガイ)

 と、あらぬ想像を抱いて見やった東の夜空に、青い信号弾が打ち上がった。グラディアートルの赤い熱線で壁をまるごと切り取られた側である。

「合図だ!」

 マシューはただちに叫んで、操縦席に滑り込んだ。機体を離陸に向け格納庫の外へ動かす。そこで、剛三郎が格納庫内の異変に気づいた。

「あれ? あんちゃん、あっちも動いてる!」

「なに!?」

 もう一機の輸送機が、マシューたちに先んじて格納庫から飛び立とうとしていた。機首はマシューたちのとは直角に、北を向いている。

 一方、爆発の衝撃に弾き飛ばされた九垓は、身に降りかかった氷の破片を払いながら体を起こした。

 はたと空を見れば、青い信号弾がゆらゆらと高度を落としている。

「どこだ、イネッサ!」

 切迫した状況に、たまらず九垓は声を荒げた。

 と、そこへ、

「この程度で逃げられると思ったのか、ニンゲン!」

 顔面を真っ黒にただれさせたグラディアートルが、かろうじてひとつ残った左の赤目を光らせて、一歩、九垓のほうへ近づいた。

 妄執の権化ともいうべき形相に、

「くそ、どんだけ固ぇんだ!」

 と悪態を吐かざるを得ない。

 さきほど起きた爆発は水蒸気爆発だ。それを極至近距離で受けたにもかかわらず、グラディアートルは頭の形を保っている。イネッサが分厚い氷の壁で防いでくれなければこちらも木っ端微塵だったというのに、呆れた強度である。

 悪いことに、爆風で霧はあらかた晴れてしまった。身を隠すすべのない九垓は、にじり寄るグラディアートルに構えを取る。

 すると、聞こえていた輸送機のエンジン音が大きくなった。轟くそれは次第に近くなり、やがて北に向かって一機の輸送機が離陸をはじめた。

 格納庫付近の霧はまだ残っている。

「浅ましい。実に浅ましいな、ニンゲン!」

 あざ笑うグラディアートルのツノが左右に開かれる。

「この地で選定を行う! 何人たりとも逃れられると思うな!」

 ツノの間から赤い熱線が一直線に飛んだ。陸を離れかけていた輸送機は無惨にも胴から真っ二つになり、腹を擦りながら落着して爆炎を上げた。

「いまだ! 走れ、クガイ・リー!」

 どこからか急かす男の叫びに続き、周囲に次々繰り出された煙幕が視界を覆う。

「何奴」

 煙にまみれる何者かの影を目で追うグラディアートルは、閉じようとしたツノの合間に飛来したクナイにはっとした。

「わざわざ弱点を晒してくれるとはな」

 いつの間にか、黒いグスタフがグラディアートルの肩に乗っている。

「貴様、ア――」

 驚き見上げたが最後、その名を口にする間もなくクナイが爆散し、グラディアートルはツノを内側から吹き飛ばされた。

「行け! イネッサならばすでに輸送機だ!」

 九垓は煙幕のなかからかけられる男の声に覚えはない。従うか迷ううち、また輸送機のエンジン音が近づいてきた。

 いまを逃す手はない。

 九垓駆る<風雷>は、さきの見えぬ夜霧のなかを全力で駆け抜けた。

 その姿が見えたわけではないだろうに、グラディアートルは気配だけで進路を塞ぐと、がむしゃらに刃を振るった。すでに頭は原型を留めていない。

 奇しくも、あの教会の時と同じである。まるでミキサーに身を投じる気分だ。以前も相当危うかったが、今回の敵の乱舞はさらに狂気に満ちている。

 通り抜けるものすべてを切り刻まんとする勢いに、九垓は舌打ちした。

 されど、いまは助太刀がいる。

 霧のなかに白銀の刀身が翻り、九垓に襲い来る刃を次々に受け流した。

「構うな!」

 割って入ってきた黒いグスタフは目にも留まらぬ速さで刀を振るい、剣圧だけであの巨体を退(しりぞ)かせた。その隙に九垓は脇をすり抜ける。

(こいつは)

 九垓はすれ違いざまに黒いグスタフをしかと目に焼きつける。左腕のうしろに白い鞘をつけた機体だ。

 そしてその目を正面に戻す。

「あれだ!」

 九垓は目の前を左に向かって過ぎ去る輸送機に向かい、全力をもって跳躍した。

瞬靴(しゅんか)ッ!」

 両足に緑の風が舞い、<風雷>を夜天へと打ち上げる。

 輸送機の開かれた後方ハッチからイネッサの<ハイドランジア>が左腕を伸ばす。その手に九垓は懸命に右手を伸ばした。

 しかし。

(嘘、だろ)

 離陸した輸送機の加速は抑えられない。飛行能力のない九垓の機体では、一度地を離れた限り、それ以上速度を出せないのが現実である。

 はずなのだが。

 なにかに押し上げられる感触とともに、九垓はイネッサの手をつかんだ。

 普段は非力なイネッサであっても、グスタフとなればわけが違う。歯を食いしばって九垓の機体を機内に引きずり込んだ。

 収容を確認したマシューがハッチを閉める。たちまち、イネッサと九垓はグスタフの姿を解き、深々と安堵の息を漏らしながらへたり込んだ。

「――お前、なんかした?」

 手を伸ばした時の妙な浮遊感についてである。藪から棒に尋ねてくる九垓に、

「少し補強しました。あのままだと間に合わないと思って」

 とイネッサは視線を合わせず答えた。

「補強?」

 九垓は意味がわからず怪訝に修道女を見やる。それに、

「クガイさ――」

 と応じかけて、イネッサは途端に口を閉ざした。さきほど呼び方を注意されたばかりである。

「あ、あなたのそれ、私のに、似てるので……」

 慌てて言い直すイネッサに「へえ」と淡泊な返事をし、九垓は大の字に仰向けになった。要はアービター同士であるからこそ、その不可思議な力で補えた、ということなのだろう。しかし、そんなことはもはやどうでもいい。もう気力も体力も限界である。

(疲れた……)

 ようやく極限の緊張から解放され、体が泥のように鈍くなった。急激な睡魔が襲ってくる。九垓は、このまま少し休むか、と瞼を閉じた。

 が、

「おい! 寝るなら席につけ!」

 大音量で響いたマシューの艦内放送に、落ちていく意識を強引に引きずり上げられる。

「んだよ。大丈夫だって」

 もはや本当に雇用関係にあるのか怪しい口調である。

「大丈夫なものか! 行き先も決めておらんのだ! こっちに来て頭を貸せ!」

 がみがみと怒鳴りつけるマシューにほとほと嫌気が差したか、九垓は頭をぼりぼりとかきむしりながら起き上がった。

「行くっつったって、たかが知れてんだろ。どっか近い基地でいいんじゃねえの?」

「いや――」

 どこかのカメラで様子を見ているのだろう。九垓は急に応答しなくなった主の目を探して天井を仰いだ。

 そのうちに沈黙を破り、

「お前も見ただろう、あの黒い連中。もしかすると、敵はすでに腹のなかかもしれん」

 とマシューは深刻そうに切り出した。

「なんか心当たりでもあんのか?」

「確証はない。しかしな……」

 ――ハウトマンに、気を、つけろ。

 ブリッジにて操縦桿を握るマシューは、アルカンの言葉が気がかりでならなかった。

(しばらく様子見したいところだ……)

 九垓の言うように、近場の基地に救援を求めるべきところだろうが、気が進まない。それに、連合最大といわれた基地があの状況なのだ。近場にある小規模な基地では、もっと悲惨なことになるのは想像にかたくない。

 まとまらない考えに唇を噛んだマシューのもとへ、

「あの……」

 とイネッサの遠慮がちな声が聞こえた。

「クラドノに、戻れないでしょうか」

 イネッサの提案に、

「お前なあ」

 と呆れた声を出したのは、横にいた九垓だ。

 非難がましく睨まれ、イネッサは早くも諦め模様に表情を曇らせる。

 だが、

「――わかった。クラドノに行こう」

「お、おい、兄貴」

 主の決定に困惑する九垓は天上を見上げた。

「加速する。早くブリッジに来い」

 それきりマシューの声は聞こえなくなった。

 九垓はイネッサの意図を探るべく彼女の横顔を盗み見る。それを察したわけではないが、イネッサは修道服のフードを被り、やるせなさにきつく結んだ唇を覆い隠していた。



      第十話「暁への飛翔」



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