第九話「リンケージ」⑭
爆炎に染まる基地は、連合最大と謳われた威厳を欠片も残していない。そのなかを悠然と、我が物顔で進む異形の巨体は、進路に残る建築物を避けることなく突き崩し、蹂躙し続ける。と、目的のものを見つけ、六つの赤い目に怪しげな光を宿した。
「やべえな」
それにいち早く感づいたのは九垓である。マシューが運転するバギーの助手席から遠くの巨躯なる影を睨んだ。夜空の下、影は足元の業火に照らされて、胸から下だけが判然としている。艶やかで重圧そうな造りである。
影は頭のツノらしき部位をその中心から縦に引き分けた。やがてツノの頂点に赤い光が収束しだし、それが玉状に膨れ上がった時、
「おい、クガイ!」
というマシューの制止を振り切って、九垓はバギーから飛び出し、叫んだ。
「リンケージッ!」
紅蓮の世界に青い閃光、ほとばしる。たちまち光のなかから現れた九垓のアーキグスタフ<風雷>は、直後にツノから放たれた赤い熱線を、交差させた両腕のトンファーで受け止めた。
「っく!」
飛び出した勢いは殺され、その圧倒的な出力に負けた九垓は、両足から激しい火花を散らしながら大地を抉って後退した。
着弾の衝撃は<風雷>の背後を駆け抜けたバギーにまで及んだ。
「のわっと!?」
マシューは奇声をあげながらも、危うく横転しかけた車体を持ち直した。咄嗟のハンドル捌きに、
「さっすが、あんちゃん! すげえや!」
と剛三郎は目を爛々とさせる。少年はこうした喫緊の事態を求めていただけに元気だ。
一方のマシューは焦燥に駆られているかと思えば、
「この程度、造作もない!」
と、やけに得意げである。バギーに乗車する者でイネッサだけがまともに怯えていた。
「見えた!」
マシューは叫んだそばからアクセルを踏み込む。格納庫にまだ火の手は及んでいない。これ幸いと思ったところで、
「あ、あいつ!?」
マシューは格納庫の前で黒い軍勢を蹴散らす神楽夜を見つけた。
「ええい、逃げおってからに!」
歯ぎしりして悔しがっている場合ではない。このまま行けば、またもあの黒い兵士らと相対することになる。いまは九垓がいないのだ。
「つ、突っ込むんですか!?」
猛進するバギーに仰天したイネッサは、組んだ両手を額に押し当てて神に祈った。その祈りが届いたわけでもあるまいが、地を震わせる轟音が響き、車体は軽く宙に浮いた。
一度そうと決めたらば頑ななのがイネッサである。もう天地がひっくり返ろうが月が落ちてこようがお構いなしだ。
そんな彼女に代わって背後を見やった剛三郎は、
「アニキ!?」
と仰天した。
陥没した舗装の上で片膝をつく九垓の機体へ、一本角の巨体がにじり寄っている。まだ距離があったはずだ。剛三郎は訝しげに目を凝らした。
巨体周辺の路面は火がまばらで、明らかに沈下している。
(まさか)
「跳んだの、かよ」
剛三郎の言うとおり、さきほどの衝撃は、あの巨体が跳躍したことで起きたものだ。いかにも鈍重そうな体躯に見合わず、機動性はあるらしい。
「ハ。その腕」
九垓は不敵に笑いながら迫る敵を睨み上げた。牛刀によく似た両腕には見覚えがある。
「やっぱしつけえな、神父さんよ」
「ほう。私が追ってくると?」
水銀色の巨体から発せられる声は紛れもなくグラディアのものだ。ただ、電子的でくぐもって聞こえる。
「狙った獲物は逃がさないってのが、あんたら異端狩りじゃねえのか」
九垓は立ち上がり、構えた。
「異端――確かにそうだ。貴様らアービターは異端だよ。なぜそのような仕組みとなったのか、まったくもって理解に苦しむ」
また一歩、巨体が間合いを詰めた。
「仕組み? なんの話だ」
「本来それは、貴様ら家畜が持つことはおろか、知ることすら許されない理だ。その所以を暴くのは私たちの役割ではない。が――」
ずん、と地鳴りを伴ってまた一歩、巨体はそそり立つ壁のごとく九垓の視界を覆った。
「暴れぬよう四肢をもぐのは、こちらの領分だ」
影がかかった巨体の顔で赤い目が六つ、禍々しく輝く。
「てめえ、なにもんだ」
さきほどから会話がかみ合っていないと思っていた。九垓はあくまで神父であるグラディアと話しているつもりだった。しかし彼の口ぶりからは、教会の意思などまるで関係がないように感じられる。人間を家畜と呼んだあたりがそうだ。
戦慄する九垓に、グラディアは答える。
「私かね。私は――」
謎の巨体は凶器と化した両腕を高らかに持ち上げ、
「エクスプリゲートがひとり、グラディアートル」
名乗りと同時に前傾し、圧倒的な質量でもって九垓に斬りかかった。
九垓は、両側から挟み込んでくる刃を身を屈めてやり過ごす――つもりが、
(なに!?)
刃は突如として向きを変え、頭上で交差することなく、縦に振り下ろされた。
(あの勢いで向きを)
変えたのか。九垓は不意を突かれながらも横へ跳び、次いで背筋を走った悪寒に進行方向を見た。
「くそ!」
やり過ごしたと思った刃がすでに待ち構えている。グラディアートルが移動したわけではない。その腕だけが宙に浮いてあった。
(なんだってんだ!)
それをかろうじて左のトンファーで受け流すも衝撃は凄まじく、体勢を大きく崩された九垓は転倒を余儀なくされる。
そこへ容赦ない突きの連打が飛んだ。九垓はごろごろと地を転がり避けるが、刃はまるで複数あるかのように次々と刺突を繰り返す。
九垓は頃合いを見計らって跳び起き、
「うっ」
起き上がったさきから首を撥ねようと振るわれた刃を、身をうしろに反らせて躱した。刃は顎を掠めていくかに思われた。が、九垓は吃驚する。
(消えた!?)
目の前で陽炎のごとく消えた。しかし、動きを止めてはいられない。
九垓は反った状態から、さらに横へ身を捻って跳んだ。すると下から勢いよく刃が突き抜けた。そのままいれば背から串刺しになるところである。
矢継ぎ早に攻撃は続く。地面と平行に宙を舞う九垓の首を、またも刃が狙った。跳んだ方向から迫るそれを、九垓は舌打ちしつつトンファーで受けた。
勢い余って地面に叩きつけられた反動を逆に利用し、九垓は後方に跳び退きながら体勢を整える。
(どうなってやがる)
その一瞬にグラディアートルを確認する。敵は間合いを詰めて以来、一歩も動いた様子はない。変化があるとすれば、あの特徴的な両腕が、肘から上を残して消えていることだ。
(詰めれば)
四方八方、どこから襲い来るかわからぬ刃に、障害物が少ないこの場所は不利である。ならば懐に潜り込んでその範囲を限定させる。
九垓は着地するなり疾風迅雷のごとく間合いを詰めた。駆け抜ける彼のトンファーに雷光が追随する。
水銀色の巨体は反応すらできていない。
(ノロマが!)
両腕を消すような真似はできなくとも、九垓とてそれと見紛う速さで拳を繰り出せる。
「天鼓閃撃ッ!」
炸裂する散弾銃がごとく、一時に数多の拳が放たれた。雷撃を伴うそれらは白光を散らし、激しく明滅する。並みのグスタフであれば跡形もなく粉砕できるところだが、
(な……)
打ち込みに手応えがなく、九垓は唖然と敵を見た。それを嘲笑うかのように、グラディアートルの六つ目が赤く発光した。
片や、格納庫前にバギーで乗りつけたマシューは降りるなり、続く熾烈な戦闘音を横目に神楽夜へ銃を向けた。
「やはり磔にすべきだった」
マシューの言に神楽夜は鬱陶しそうな目を向けたあと、そのうしろにいるイネッサと少年を一瞥した。
(なんでイネッサがここに)
肩で息をする神楽夜のまわりには、七人の黒い兵士が倒れている。マシューが盗み見る調子で敵兵の状態を確認しつつ、
「お前がやったのか」
と訊いた直後、神楽夜が答えを思案する間もなく、続いていた戦闘の音が身をよろけさせるほど強烈に迫った。
驚き混じりに神楽夜は首を横に捻る。と、その眼前にまで、身の丈の数倍はある瓦礫が滑るようにして飛んできていた。
死ぬ、という思考すら間に合わない。脳が逃げるための電気信号を全身に送る前に、
「あ……」
瓦礫は神楽夜の目の前で爆散した。
情けないことに、体はそこでようやく動いた。飛び散る破片を腕で防ぐ神楽夜は、顔の前に左横から突き出された白い鞘を凝視した。
「――アレス」
どういう持ち方をすればそうなるのか。アレス・ヴァールハイトは神楽夜に背を向けて、親指と小指を折り曲げた右の掌底を横に突き出す格好でいるのだが、刀を納めた鞘はその手のひらから伸びていた。
(あの瓦礫を、鞘のひと突きで)
爆裂させた。神速のごとき早業に、神楽夜は内心舌を巻いた。
「持っておけ。丸腰でいるよりはいいだろう」
アレスは神楽夜を見向きもせず言う。
「でも、これは人を殺す道具だ」
「違うな。お前の命を守る道具だ」
神楽夜はそれ以上言い返そうとはしなかった。恐る恐る鞘を手に取ると、そこへまたも爆発音が届いた。
「アニキ!」
剛三郎の叫びは、地に這いつくばる九垓には届かない。全身を斬り刻まれ、懺悔するかのように手を突いた九垓は、忌々しげにグラディアートルを睨み上げた。
対してグラディアートルは無傷であった。巨体の左右には分離した両腕が浮き、本体は赤い障壁のなかで九垓を見下ろしている。
「これがアービターの力か。それとも、貴様の才覚か。いずれにせよ単騎で伍するとは、さすがと言っておこう」
(やっぱり、あれは)
水銀色の巨体が放つ声は忘れようもない。イネッサはその正体をすぐさま看破し、慄いた。
グラディアートルが横に持ち上げた上腕の先端が赤い輝きを収め、浮遊していた両腕が再接続されると、周囲にまとっていた赤い障壁が消えた。
そして、動けぬ九垓の側面に立ったグラディアートルは、その長大な片腕を九垓の首へ添え、狙いを定めた。
イネッサは、剛三郎が必死に叫ぶ横で尻をついたまま、ただ呆然と事が収まるのを待った。
――自分が可愛いシスターのところにか?
九垓が浴びせてくる言葉はどれも辛辣極まりなかった。地獄の底でうずくまっている自分に手を差し伸べてくれるどころか、追い打ちをかけるようですらあった。だからあの男がここで死のうが、なんの感傷も抱くことはないと正直に言える。
けれど。
――ま、人間どっからでもやり直せる。
その言葉が、なぜか心の隅に引っかかるのだ。いわれのない腹立たしさとともに。
――けどな、死んだら終わりだ。
「まずは、ひとり」
グラディアートルの凶刃が持ち上がる。
悲痛な叫びをあげる剛三郎の横で、イネッサは自問した。
(どうして)
そこまで叫ぶのか。あの男は地獄へ連れて行くと言ったのに。なのに、
(どうして、あんな男のために)
と、イネッサは悔しげに九垓を睨んだ。
あの男は必要とされている。それだけでも腹が立つ。人の情など目もくれず、甘えの一切を許さない、そんな冷徹極まりないあんな男が、こんなにも純な呼び声を浴びられることが許せない。
だが――本当に腹立たしいのは。
そうなれない自分にこそ、腹が立つのだ。
――力は、人のために使うものなのよ。
そう教えてくれた母の、最後の日の顔がよみがえる。慈愛に満ちた、でもどこか物悲しいあの顔が。
その母が膝をついて頭を垂れる。そして、やつが刃を振り下ろす。その一瞬、母は笑うのだ。そんな想像が、たちまち目の前の惨状に重なった。
同時に、教会で死んだ父の姿が脳裏を掠めた。
(また……)
奪われる。同じ男に、目の前で。
腿の上に置かれたイネッサの手が、修道服をきつく握った。
燃えていた。視界に広がる炎のごとく、自分のなかに燃えていた。渦巻く感情の名前を、彼女はよく知っている。
正論ばかり突きつけてくる軽薄な男に、なにか情を抱いたわけではない。でも、
(死んだら、終わり――)
彼女は弾かれたように立ち上がった。
それから間を置かず、グラディアートルは突然足元から吹き出た巨大な水柱に体勢を崩された。
前に手をかざし、剛三郎たちの前に出たイネッサの背に、青白い光で龍の紋様が現れる。
「あれは」
驚嘆の声を漏らす神楽夜に、
「力のあり方はさまざまある」
とアレスが言う。
「よく見ておけ。理をもって力を御す、その輝きを!」
その言葉を聞いてはいたが、神楽夜はすでに、イネッサが作り出す光の景色から目が離せなくなっていた。
神楽夜たちの視線を背に、イネッサは一度閉じた目を大きく見開き、声高らかにこう叫んだ。
「リンケェェジッ!」
第九話「リンケージ」
つづく




