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第九話「リンケージ」⑪

(まずい)

 マシューはすかさず腰のホルスターから拳銃を抜き、左脇の下をくぐらせるように構えて、それを撃った。逃げながらで狙いもなにも定まったものではないが、遮蔽物のない通路であればけん制にはなるはずだ。

 しかし。

(馬鹿な!)

 突撃してくる三人は散開すると壁を蹴り、天井をも足場に見立て、立体的な機動で迫り来る。それに気を取られているうちに、敵のひとりが自動小銃らしき黒い得物を構えた。

 死ぬ。

 突きつけられる現実にマシューの顔が一層険しく歪んだ刹那、幸いなことに庁舎側の自動扉から守備隊の兵がなだれ込んだ。盾を構えた隊員が、すぐさまマシューたちと黒い兵士の間に割って入る。即座に銃撃戦がはじまった。

 開かれた扉からは数名の兵士が顔を覗かせている。そのうちふたりが身を屈めながらマシューたちに走り寄った。彼らの誘導を受け、マシューは息絶え絶えなアルカンに肩を貸して退避を急ぐ。あと数歩で庁舎だ。

 アルカンは解せなかった。まさかこの<リュエール・デ・ゼトワール>が襲撃を受けようとは。昨夜のシスル家のマンション襲撃といい、暗躍する何者かの気配を感じずにはいられない。さきほど目にした火の海といい、侵入の手早さといい、事を起こした者らの手際は、もはやテロの域を超えて余りある。

「クーデター、か……?」

 アルカンの脳裏にハウトマンの不敵な笑みが思い浮かび、それをかき消すように背後で兵士の断末魔があがった。

 振り返ったアルカンとマシューは、盾を構えていた兵たちの首が飛ぶのを見た。短刀を翻す黒い敵兵は、すでに次の獲物に狙いを定めている。片手に持った小銃の銃口が、こちらを向いた。

「マシュー!」

 アルカンが叫んだと思った矢先、断続的な発砲音が鳴り響いた。

 扉のまわりに陣取っていた兵士たちが口々に「閣下!」と大声をあげ応戦する。兵士の怒号と銃撃の音が激しさを増す。それらが、マシューには遠く聞こえた。

 体を目いっぱいに広げ、うつぶせに倒れ込んでくるアルカンを、マシューは震える手で抱き留める。

「お、おじ……」

 全開の自動扉の真ん中で茫然と立ち尽くすマシューは格好の的だ。扉脇に身を隠していた兵が強引に彼を引っ張った。よたよたと床に尻をついたマシューは、自身の右手にべっとりとついたアルカンの血を見て、思考が止まった。

 兵が手当を試みるなか、アルカンはマシューにすがりついて懸命に声を振り絞った。

「マ、シュー。ハ、ハウトマンに、気を、つけろ」

「おじさん、しゃべっちゃ駄目だ!」

「やつは、争いを、呼ぶ。日本を……次は、宇宙を」

 白い大理石調の床が、溢れ出る血に染められていく。

「そんなの、いまは!」

「だが、ヴェルナーは」

 被せるように出た父の名に、はっとしてマシューは口を閉ざした。

「それでも――お前を……お前たちを、取った、はずだ」

「なにを……」

 ――最後はきっと、君たち家族を取ったと思うよ。

 執務室で、アルカンはそう言った。けれどマシューがいくら記憶をたどっても、父がそんな素振りを見せたことは一度だってない。幼いマシューに対してすら、父親の役目は家庭の秩序を守ることだ、と言った男である。

 幼心が飲み込めない言葉と、それを厳格に言い放つ父の態度は、ヴェルナー・ゲッツェンという存在をより孤高のものとしてマシューの心に焼きつけた。

 それこそが父であると、マシューは今日この日まで信じてきた。だから軍に入って以来ずっと、父の偉大さに超えられぬ壁を感じながらもずっと、それだけを頼りに生きてきてこられたのだ。

 ゆえに揺らいではならない。

 だのに、

「恨ま、ないで、やってくれ……」

 アルカンはそう絞り出す。まるで、そうではないとでも言いたげに。

 マシューに恨むことなどない。父はそのままであればいいのだ。孤高に、世界の秩序を守る軍人であればいいのだ。

 どうしてそんなことを言うのか。理解に苦しむマシューは、アルカンに呼ばれてはたと我に返った。

 アルカンは残りの数秒のすべてを賭けた。

「自分を、信じろ」

 息を呑むマシューの頬に、しわの多い節くれだった手が伸びる。そして、

「――大きく、なったな」

 我が子を尊ぶ父のような目で微笑みながら、アルカンはその手を力なく落とした。

「おじさん! アルカンのおじさん! 駄目だ!」

 必死にゆすっても返事はない。さきほどまで酒を酌み交わしていたのが嘘に思える。アルカンの亡骸をきつく抱きしめ、マシューは歯を食いしばった。

(なんでだ!)

 心でいくら自分を問い詰めても、答えは返らない。

(誤解するなと、そう言いたかったのか?)

 長らく意識から遠ざけてきたものが、いま、マシューは目の前にあると感じた。だが、敵は己と向き合うその一時さえ許してくれない。

 扉脇で迎撃にあたっていた兵士たちが悲鳴をあげて吹き飛んだかと思えば、三人の黒い兵士がゆっくりとした足取りでマシューの前に現れた。マシューとともにアルカンを見取った最後のひとりが応戦の構えを見せるも、彼は引き金を引くことすら許されず、瞬く間に喉笛をナイフで貫かれた。

 マシューは無造作に放り捨てられる死体から視線を上げ、敵兵を睨み上げる。

 ――人間はその尊厳に生き、まっとうに死なねばならないからだ。

(ここで、死ぬわけには)

 ――ハ、ハウトマンに、気を、つけろ。

 脳裏にこだまするアルカンの言葉に、遺体を抱く腕に力がこもる。そうして固まるマシューに、敵兵の黒い手が伸びた。

(まだ……)

 ――ヴェルナーに似てきたな、マシュー。

「まだ倒れるわけには、いかんのだ!」

 マシューが叫んだのと同時に、目の前を凄まじい突風が駆け抜けた。手を伸ばす敵兵が視界から消え、盛大に床を転がる。その両脇にいた二体は瞬時に後方へ跳んで間合いを取った。

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