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第九話「リンケージ」⑩

 火の手が上がったのは南にある格納庫だった。基地の出入口であるゲートからほど近い場所である。異変を聞きつけ急行した守備隊の兵士たちは、あちこちに散乱する仲間だったモノの四肢を見て絶句した。

 見れば格納庫は、斜めに包丁を入れられ切り削がれた豆腐のように、上半分をすっぱりとなにかで切られていた。なかのグスタフも同様だ。

 警戒する守備隊のひとりが炎のなかから現れる人影を見つけ、銃を向ける。止まるよう警告を発するも、人影に従う様子はない。やがて姿を露わにした神父は、

「なんと脆い」

 と重々しい声を発したそばから、突風と化して守備隊の群れに斬り込んだ。二十メートル以上の距離を瞬く間に詰め、防弾チョッキやヘルメットといった防具もろとも、すべてを問答無用に斬り捨てる。

 斬殺した兵士らの隊列を抜けた神父は、うしろで振り落ちる血しぶきと肉片にゴミを見るような目を向け、牛刀のごとき両腕についた血糊を振り払った。

 その光景を執務机の上に表示させた監視カメラの映像で確認したアルカンは愕然とした。

「なんだ、こいつは」

 その反応はマシューに確信を与えた。ケイン・アルカンがあのような化け物の研究を容認するわけがない。

 ――人間はその尊厳に生き、まっとうに死なねばならないからだ。

 アルカンの言葉に嘘はない。軍人らしからぬ言葉にも思えるが、それを守るために戦うという意味で、マシューは彼の言葉を飲み込んだ。

「おじさん。やつだ。やつが教会で襲ってきた」

「化け物、か」

 マシューのさきを引き継ぎつぶやいたアルカンの顔には険しさがにじむ。

「マシュー。指令室で私の補佐を頼む。戦った時の情報がほしい」

「は!」

 姿勢を正し敬礼するマシューを見てアルカンは頷き、彼を伴い足早に執務室を出た。

 一連の慌ただしい空気は宿舎にいる九垓たちにも伝わった。

「なんの騒ぎだ?」

 と九垓は窓の外に視線を送る。すると、出入口の自動扉が開き、二名の兵士が入室した。部屋の警護にあたっていた者らである。

「正体不明の敵だあ?」

 彼らの口から火急の知らせを受けた九垓は、その内容を繰り返した。

 正体不明という言葉にイネッサは、どくり、と心臓が跳ねるような錯覚に陥った。落ち着きつつあった心がざわめきだすのを感じる。

(まさか、グラディアが)

 イネッサのその予感どおり、基地の南側はグラディアによって死屍累々(ししるいるい)の状況にあった。ぞくぞくと集まる兵士とグスタフを睥睨(へいげい)するグラディアは、呆れた声色で、

「次から次へと湧いてくる。目を離せばすぐにこれだ」

 と言うなり、全身から突風と淡い赤色の光を放ちはじめた。

「間引いてくれよう」

 さらに光のなかで、帯をなした数字の羅列がグラディアの周囲をぐるぐると飛び交いだすと、彼の体は徐々に宙へと浮いた。

 呆気に取られる兵たちは発砲の号令で我に返るなり、手にした銃火器を一心不乱に撃ち放った。グスタフを交えた大火力は、人間ひとりに対して過剰すぎるものだ。もはや遠慮はない。どう見ても、あれは人ではない。

 ひとしきり撃ち終えて、兵士らは黒煙のなかに目を凝らした。そして異口同音にこう言った。そんな馬鹿な、と。

 小規模の基地を軽く消し炭にできるほどの火力をもってしても、異形の神父は傷ひとつついていない。彼を包み込むように下から上へと流れる赤い波動が、攻撃の一切を弾いるようだ。

 グラディアはその赤い光をまといながら、すっかり濃紺に染まった空から忌々しげに眼下を睨むと、今度は全身から目が潰れんばかりの閃光を走らせ、あたりを包み込んだ。

 光がゆっくりと収まっていくにつれ、兵士たちは現れた怪物の存在に目を見開いた。

 大きさが、さきほどとは桁違いである。一般的なグスタフの頭頂高が八メートル前後であるのに対し、それは二倍以上に見える。

 長袴をはいたように厚みのある脚部に、より巨大になった両腕の刃。胴部にある肋骨かと思しき部位は可動し、細い腕であることを明らかにした。頭はカブトムシさながらの一本角(つの)が生え、その両脇で縦に三つずつ並んだ目らしき光は、赤い輝きを放って己が覚醒を顕示する。

 夜の下、燃え盛る炎を背に立つ怪物は、神罰の顕現というにふさわしい。畏怖の念に固まる連合の兵たちは、しかし、果敢にも迎撃を再開した。

 再びはじまった一斉射撃は確実に敵を捉える。なにせ大きい的である。一発たりとも外すことはない。けれども、敵の水銀のごとき色合いをした装甲にはまるで歯が立たず、命中すれども明後日のほうへ跳弾してしまう。

 さすがに動揺が広がりだしたころ、泰然不動の構えを崩さずいた敵が、その目を赤く輝かせた。

 直後に起きた大爆発を、マシューは庁舎から司令部へつながる渡り廊下で見た。夜の(とばり)が下りる空が一瞬で昼間のような明るさになり、すぐさま、近くに落雷したかのごとき轟音が体の芯を震わせた。

 衝撃に姿勢を低くしたマシューとアルカンは、振動が収まるなり慌てて音のした側の窓に詰め寄った。

「なんて、ことだ……」

 アルカンはやっとの思いでそう絞り出した。

 南側は真っ赤だった。燎原(りょうげん)の火のごとく広がるは、まさに地獄の具現だ。そこから一歩、また一歩と進み出る巨大な影がある。

 息を呑んで凝視するアルカンは、突然鳴った手首の端末に驚かされてそれを見た。指令室からである。

「いま向かっている!」

 所在の確認だろうと思い即座に応答するアルカンに、相手の通信兵は構うことなく、ひどく焦った様子で早く逃げるようまくしたてた。

 それに対し何事かを尋ねる前に、彼らのもとにもその状況はやってきた。

「いまの、銃声か」

 マシューは遠くから聞こえた音に眉をひそめた。その間も通信兵はアルカンに状況の説明と退避の段取りを叫んでいる。嫌な予感に身構えるマシューの耳に通信兵の「武装した黒ずくめの集団が」という単語が飛び込んだ瞬間、

「おじさん!」

 マシューはアルカンの腕を引いてもときた道へと駆け出した。

 うしろを見やれば、遥か彼方、司令部側の扉が開き、黒い強化戦闘服(パワード・スーツ)の三人組が姿を見せた。横一文字に赤く光る目元のバイザーがゆらめくと、彼らは常軌を逸した速さで追撃をしかけてきた。

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