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第九話「リンケージ」⑧

 <リュエール・デ・ゼトワール>の敷地内は司令部、格納庫、宿舎といった基地施設のほか、国防総省の庁舎も併設しているため大変に広い。駐車場だけでも四十万平方キロメートルは優にある。敷地全体の延べ床面積はおよそ九十万から百万平方キロメートルといわれるが、実際のところは公表されていない部分もあり、定かではない。

 その広さゆえに移動の際は小型のバギーを使うのが一般的である。それが一台、敷地のはずれにある書庫の前に停められていた。

 もっぱら軍法会議所に勤務する者しか訪れないこの場所はいつもひとけがない。人の息遣いを感じられない白い壁の建物は、まだ陽があるのにひんやりとした空気が感じられる。その前に立ったマシューは、ガラスの自動扉が左右に開かれると、注意深くあたりを見回しながらなかへと進んだ。

 マシューはここを訪れたことがない。案内図を探して視線を走らせるうち、目的のものを見つけた。

「三階、か」

 静寂の圧に堪えかねたか、マシューは無意識に声を出した。人差し指で現在地からの経路をなぞると案内図から顔を背け、右手に続く薄暗い通路に首を向けた。

 照明はついていない。それは日中だからというわけではなく、単に人感センサーが働いているためだ。本当に自分以外いないと思い知らせてくれる。されど視線を感じるのは、天井のそこかしこに設けられた監視カメラによるものだろう。

 別に敵地へ潜入するわけでもなし、緊張するほうがおかしいのだが、マシューはごくりと唾を飲み込んでからゆっくりとした足取りで進みはじめた。

 それに合わせて天井の照明たちは目覚め、マシューの行先を照らす。ここの内装も収容所と同様、無機質な白い金属パネルである。

 ――あいつ、たぶん格納庫までの距離測ってやがったぜ。

 エレベーターへ向かうマシューは、さきほど九垓が言っていたことを思い出した。

 ただでさえ広い基地だ。移動にかける時間を惜しんだマシューは取り調べを容易にする意図で、神楽夜の収容先を格納庫に近い場所に指定した。徒歩で行ける距離である。それが、九垓の言葉を借りれば裏目に出た。

(移動させるか……)

 もちろん神楽夜でなく<サムライ>をである。いま神楽夜を外に出すのは危険に思える。あれほど強固な意志を目に宿すのだ。下手をすれば混乱を招く事態になりかねない。

 マシューは思案しながらエレベーターで三階へ上がった。扉が開くと、またしても薄暗い通路が眼前に伸びた。突き当りには縦に細長い窓が設けられ、外光が差し込んでいるものの光量が足りず、静けさも相まって余計に不気味さがある。そこに向かって記憶した経路をたどり、左へ折れた。

 右手の壁には突き当りにあったものと同じ窓が規則正しく並ぶ。左手には真っ白い壁が続き、そのなかほどで重そうな鉄製の黒い扉に出くわした。

(ここか)

 マシューは左手首につけた時計型の端末を、扉横の壁に埋め込まれた操作盤に近づける。操作盤といっても入力するためのボタンはない。手のひらよりひと回り大きい、コピー機の読み取り面に似たものがあるだけだ。無灯状態だったそれはマシューの端末に反応し、承認を示す青色に点灯したかと思えば、すぐまた無灯の状態へと戻った。

 続けてマシューは操作盤に顔を近づけた。青い光が発せられる。最後に右手を操作盤につけると同じく青色が灯り、黒い扉は静寂のなかにモーター音を響かせながら横へ滑り開いた。

 一斉に室内の電灯がつく。図書館よろしく見上げるほど高い背をした書棚が立ち並び、灯りが通路と違ってつきっぱなしにもかかわらず、どこか暗さが残る。

 うしろで扉の閉まる音を聞きながら、マシューは書棚の間をまっすぐに進んだ。やがてその広い空間も終わり、突き当りからさらに奥へ、人がすれ違える程度の幅で白い壁が引っ込んでいる。両脇に扉が二枚ずつあるだけで、さほど奥行きはない。まるでショッピングモールにある試着室のようだ。

 マシューはそのうちのひとつに入った。扉を押し開けるとすぐに、オフィスで目にするような椅子と、壁と一体になった白いテーブルに出会った。テーブルの中央には、この書庫の入口にあった操作盤と同じものが組み込まれている。

 椅子に腰を落ち着かせ、マシューは腕の端末をまたそれにかざした。操作盤は例のとおり青い光を発する。それで終わりかに思いきや、自動で個室の照明が一段落ち、操作盤がマシューの眼前の空間めがけ映像を投影した。

 人事、事件記録といった様々な項目が並ぶ映像の上をマシューの指が走る。その指が何度か映像の上で跳ねると、マシューは画面に釘づけになった。 

 わざわざ足を運んだのには理由がある。

(トウヤ・イヴ。二十年前、プラハに出現した黄金の繭と交戦――)

 神楽夜の父(正確には養父)があの<トウヤ・イヴ>だと知って、マシューはすぐに端末から連合のデータベースを開き、情報を得ようとした。しかし、彼の情報は外部からの閲覧ができない状態で、さらに一定の階級以上でなければ接続できない設定にあった。

 そこで外部端末を介さないここを訪れた、というわけである。

 二十年前。通称<プラハの悲劇>と呼ばれる黄金の繭覚醒は、極めて小規模の被害で鎮圧された。その立役者となったのが、五人のアービターの存在だった。

 ノーム・レジーナ、シルフ・トーリス、サラマンデル・エクエス、エピスコプス・ウンディーナ、そしてレクス・アカーシャ。体のどこかにその証を、それぞれ玄武・白虎・朱雀・青龍・麒麟を模した青白い紋様として持つ戦士。それがアービターだ。

 連合が組織される以前から、アービターの存在は一部の者の間で認知されてきた。その存在理由までは定かでないが、彼らは繭が出現すると決まって姿を現し、命を賭してこれと戦ったという。生身で特異な能力を発現し、他に類を見ない<アーキタイプ・グスタフ>を駆って未知の脅威に立ち向かうアービターは、人類の最高戦力ともいわれた。

 <トウヤ・イヴ>もそのひとりだった。そして<プラハの悲劇>は、この男を除くアービターおよび参戦した連合軍の全滅という結果に終わる。

(日本出身、当時二十八歳。妻ありで子はなし。討伐隊を殲滅後に逃亡し、行方不明)

 読み進めながらマシューは苦い顔つきになった。そこまでの大筋は彼も知るところだ。続けて指で映像をスクロールさせると、添付された当時の写真を見つけた。

 マシューは一瞬ためらうように手を引き、しかし、すぐに思い切った様子で映像に触れた。

 次々に現れる画像には、黄金の繭討伐の準備をする光景が収められていた。いまでは旧式となった連合軍の量産機に並び、それらとは一線を画す印象のグスタフが五機確認できる。おそらくアービターのものだろう。

(どれも違う)

 九垓は、あの<サムライ>は<トウヤ・イヴ>のものだと言った。

(てっきり、映ってるものと思ったが)

 赤やら黒やらと色合い豊かな五機であるが、甲冑姿の機体は見当たらない。

(とすれば、このうちのどれかにあの鎧を)

 物的証拠を突きつければ神楽夜も態度を変えると考えていただけに、マシューはほかの資料がないかと指を滑らせた。

 すると、ふいにマシューの手が止まった。

 屋外の写真だった。青空の下、整列した兵員たちが壇上に敬礼する姿を斜めうしろから撮ったものだ。その壇上に立つ人物を注視したマシューは、

「……父上」

 と悲しげにつぶやいた。写真には「討伐作戦前日」と併記されている。

(あの日か……)

 朝、玄関先で見送った背中が、マシューにとって最後となる父の姿だった。彼が記憶する限り、母は、家を空けてばかりの父の見送りなど一度もしたことがない。その日も同じで、見送りはマシューひとりだけだった。

 もう二十年も前のことだというのに鮮明に覚えているのは、珍しかったからだ。当時五歳だった彼からすれば大きく見えた扉を軽々押し開け、いつもなら言葉もなく朝日へ消えていくはずの父が、その日ばかりは振り返ってこう言ったのである。

「行ってくる」

 それまでの数日間、父ヴェルナーはなにかに急かされるように、マシューへ軍人のなんたるかを説いていた。ゲッツェン家の名に恥じることなく、秩序の守り手として生きよとの宿命がマシューのなかに根づいたのはこの時だ。

 思い出が脳裏をかすめるたび、マシューはページをめくるように手をすばやく動かした。次々に写真を流し見る。しばらく式典の様子を写したものが続いた。

「こいつは」

 ぴたりと止めた指先が、そこに小さく写る男の顔の上から離れる。

「――トウヤ・イヴ」

 黒髪に狼のような鋭さを感じさせる顔立ち。怒って見える眉から降りる骨ばった鼻筋。遠目に写る彼の横には、同じく黒髪の女性が佇んでいる。

(この男が、父上を)

 父ヴェルナー率いる繭討伐艦隊は、繭の力を我が物にしようとした<トウヤ・イヴ>の攻撃を受けて全滅した。つまりマシューにとって神楽夜は、いわば仇の娘である。

 だが、だからといって憎しみの矛先が向くことはない。もっといってしまえば、<トウヤ・イヴ>が父を死に追いやったのだとしても、そこに復讐心を抱くこともない。

 父は本懐を遂げたのだと、マシューは信じているからである。

 マシューは一連の写真データを自身の端末に複製した。そして画像が表示されたウィンドウを閉じると、概要の下に続く<詳細>の項目を指先で軽く叩いた。

「見られない」

 表示された閲覧不可を示す文言にマシューはつぶやく。

(上の人間だけ、か)

 大佐の権限をもってしても不可能であるならば、残るは将官級の者、すなわち軍の指導者たちのみだ。それほどまでに隠す必要のあるなにかが、<トウヤ・イヴ>とかかわりがあるということなのか。

 試しに父ヴェルナーや<プラハの悲劇>のページも見てみたが、同じだった。<トウヤ・イヴ>に絡む項目に制限がかけられている。

 マシューは頭上を睨み上げた。この部屋にも監視カメラはある。なにを、いつ、誰が、閲覧もしくは閲覧しようとしたかの記録はすべて残る仕組みだ。そそくさと画面上で指を動かすと、マシューは操作盤の電源が落ちるのを待たずして席を立った。

 一階へ戻り出入口の自動扉を抜けたマシューの体を、夕暮れ時の生暖かい空気が包み込む。マシューは深い安堵の息を漏らした。振り返れば、魔窟にも思える書庫がある。

 しばしの間それを眺めた彼は、意を決したような面持ちでバギーに乗り込み、どこかへと走り去って行った。

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