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第九話「リンケージ」⑦

 兵たちの敬礼に見送られて収容所を出た九垓らは、宿舎に戻るべく、窓もない無機質な通路を行く。最初の角を右に折れ、兵の視線から外れた途端、

「なにを話したんだ?」

 と、さきを歩くマシューが訊いた。

「ああ。なあ、兄貴。あいつ、ほんとに拷問すんのか?」

 九垓はやけに神楽夜を庇うような言い方をする。マシューはよもやと思い、

「惚れたか?」

 などと、つまらぬ邪推を口にした。

「ちげーよ」

 九垓は呆れ顔をマシューに向けたあと、頭のうしろで手を組んだ。

「逆に噛みつかれるって言ったろ。やるなら、いますぐ磔にしねえとまずいンじゃねえの?」

 マシューは物騒なことを平然と言う九垓にぎょっとしつつ、真顔を彼にねじ向けた。

「そ、それはやりすぎだろう」

「いや、どうだかな」

 したり顔の九垓は実に愉しそうだ。

「いまこの基地であいつの相手ができるのは俺だけだ。下手になかに入ろうもんなら死人が出る。兄貴だって見たろ、あいつの目」

 言われて、マシューは「確かに」と思った。クラドノで投降を断固拒否した威勢のよさがいまでも思い出される。それに、去り際に交わした視線からは、神楽夜の確固たる意志を感じずにはいられなかった。

 しかし、いまの神楽夜にはどうすることもできないはずである。そう高を括るマシューの心境を見透かしたように、

「それにな」

 と九垓は思わせぶりな呼吸をひとつ置いて、

「あいつ、たぶん格納庫までの距離、測ってやがったぜ」

 と続けた。

 マシューは愕然として足を止める。

「測った? どうやって」

「足だよ。歩数。近くに置いたのが裏目に出たなあ。んで、さっきはそれを訊いてたってわけ」

 そこで九垓はようやく、会話のはじまりである「なにを話したんだ?」というマシューの問いに答えた。

 そのとおり、神楽夜は牢から出される前、自分の両足首にまたがる鎖の長さと、その状態での自分の歩幅を測っていた。

 対峙した相手との間合いを測るのは初歩の初歩、武人として当然のことである。神楽夜はそれを応用したのだ。

 なんのためかは考えるまでもない。

「逃げる、気か」

「だから磔にしとけって言ってんのさ」

 マシューは背筋が凍る思いであった。

「ま、あいつ動かせないみたいだし。そうすぐにってことはねえんじゃねえかな」

 九垓はそう言うが、マシューには急ぐべきに思えた。ただし、

「磔は……なしだ」

 それはゲッツェン家の名誉以前に、気が進まない。

「おいおい、ほんとに逃げられちまうぜ?」

「その時はお前がいる」

 臆面もなく言ってのけるマシューに、九垓は半ば呆気に取られたようであった。その間にもマシューはすたすたとさきへ行ってしまう。九垓は慌ててあとを追うが、行き当たった十字路で本来ならば右に折れるところを、マシューは直進した。

「あれ。兄貴、宿舎そっちだっけか?」

「お前はさきに戻っていろ。――って、あッ!」

 勢いよく振り返ったマシューは総毛立った。

「まずい。昼、忘れてた」

 いまごろ剛三郎少年は嘆いていることだろう。嘘を吐かれたと。なにしろ、マシューたちが部屋を出てすでに二時間以上が経っている。

 九垓が「なんだ、そんなことか」と承知すれば、

「話は通してある。あいつらの分、頼んでいいか? 食堂に行けばわかる」

 と、マシューは矢継ぎ早に繰り出した。

「いいけどよ。兄貴はどうすんだ?」

「書庫に行ってくる」

「書庫?」

 連合の変遷や扱った事件の情報などが保管された施設である。敷地内に点在する格納庫や収容所とは違い一箇所しかなく、それも随分と端のほうにあった。

 なにをしに行くのか、という視線を向ける九垓に、

「ちょっとな」

 とマシューは含みのある真顔を書庫のある方角へ向けた。

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