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第九話「リンケージ」⑥


 *


 格納庫中の視線がある一点に注がれていた。ほかの機体を整備する者たちが一様に手を止めて、興味深げに見つめるさきにあるものは、胴部のコクピット・ハッチを開放した<サムライ>である。

 そのコクピットから、

「動かせないィ!?」

 と驚嘆するマシューの声が響き渡り、アーキタイプ起動をひと目見ようとしていた整備士たちは互いに顔を見合わせた。

「動かしたくない、の間違いだろう!」

 ハッチに立ち、差し込む外光を背にするマシューは、真っ黒い内装のコクピットのなかで両膝をつき頭を垂れる神楽夜を怒鳴りつけた。九垓はその傍らで神楽夜の首の枷から伸びる鎖を握りながら、

(やっぱりなあ)

 と、仕方なさそうに肩をすくめる。独房を出る際に感じた違和感は正しかった。九垓はクラドノで<サムライ>と打ち合った時の、覇気ともいえる感覚を神楽夜には感じなかったのである。

「言ったはずだぞ、次の者は温くないと。さっさと起動させろ。それが貴様の身のためでもある」

 マシューは以前にも聞いた言葉を並べ立てたが、口調はわずかに必死さが増した。それもそうだ。こうして意固地であればあるほど、この娘はさらなる苦痛を味わうことになる。忠告する義理は当然ないとはいえ、ゲッツェン家の人間としてかくあらんとするマシューが見過ごせるはずはなかった。

 この甘さともいえる部分が、マシューの軍内での評価を下げる要因になっている。以前に難民の暴動を鎮圧した時もそうである。捕虜とした者らすべてを解放して、もといた砂漠に帰した彼の行いは、当時大いに物議をかもした。結局、アルカンのうしろ盾が効いて事なきを得たものの、上層部から厄介者扱いを免れ得ぬ結果となったのはいうまでもない。それ以前に、普段の、家柄を鼻にかけた物言いからして面倒に思われていたわけではあるが。

 そんなマシューの情けを神楽夜が知ることはない。彼女は目隠しをされたまま不敵に笑った。

「無理だって言ってんじゃん。くどいよ、あんた」

「な……」

 マシューは崩れない強気な姿勢に絶句したが、九垓はむしろ「言うねえ」と愉しげである。もはや助かる見込みなど皆無なこの状況で、なお諦めないその意気は、かえって声援を送りたくなるほどだ。ちょっかいをかけたくなった。

「兄貴。こいつが言ってんの、たぶん本当だぜ」

「なんだと」

 急に庇いだした九垓に驚いたのはマシューだけではない。前が見えないながらも、神楽夜は口元に疑念を湛えてわずかに顔を上げた。その唇が、

「お前、アービターじゃねえだろ」

 との九垓の言に厳しく結ばれる。微妙な変化を九垓は見逃さなかった。

(図星か)

 ならばどうやって動かしたかが気になるところである。

「妙だったんだよ。こいつからはしねえんだ」

 九垓は、不審げなまなざしを向けてくるマシューに答えた。

「星がどうのとかいう、アレか?」

「お、兄貴もわかってきたなあ」

(いや、わからんが)

 とは言うまい。マシューはへらへらと愛想笑いで応じた。目が笑っておらず、見ようによっては薄ら笑いにもとれる。しかし九垓はどうでもいいらしく、さきを続ける。

「この機体はアービターのもんだ。それは間違いない。俺の印がそう言ってる。――だからさ、これ、お前の親父ンだろ?」

 九垓は手元の鎖を軽く引いた。弾みで神楽夜の顎が少し上がる。

 数秒、九垓は口を割るのではないかと期待して待ったけれども、神楽夜は口を真一文字に結んだまま動かない。そのうちに九垓は、神楽夜が目隠し越しに睨んでいると感じた。

(ほんと、大した根性だ)

 しかし正直である。

「こいつぁ駄目だな。拷問したって吐きゃしないぜ? むしろ逆に噛みつかれちまう」

 深々とため息をつき、根負けしたふうに九垓に言われたマシューは、

「仕方あるまい」

 と、ひと際険しい顔つきになって、すぐさま神楽夜を独房へと連れ戻す。そして、

「愚か者め」

 と吐き捨てながら、彼女の身を牢へと放り込んだ。

「機体は強引にでもバラさせてもらう。どんな尋問をされるか楽しみにしておけ」

 マシューは言い終えるなり、終始神楽夜と睨み合いながら足早にその場をあとにする。

 それに随伴の兵たちが続くなか、九垓だけはそっと格子に顔を寄せ、

「何歩だった?」

 と意味ありげな笑みを浮かべてから去っていく。

 はっとした神楽夜が格子に飛びついた時には、格子の隙間から、ひらひらと振られる九垓の手がわずかに見えるだけだった。

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