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第九話「リンケージ」④

「それで、なんで俺だけ連れ出すんだ?」

 基地内の通路で前を行くマシューの背に、九垓は不服そうに言った。マシューはそれに一瞥すらくれることなく、すたすたとどこかへ向かい続ける。こうなったのは、マシューにいましがた入った通信のせいだ。

 ――外せないだと?

 九垓とイネッサのやり取りが気まずい空気を生むなか、ひとり部屋を出たマシューは通信相手の老人にそう訊き返した。どうにも、鹵獲した<サムライ>の鎧を剥がすことができないらしい。

 その理由について老人は、機体を起動させ、制御システムから装甲を排除(パージ)するのではないか、との推測を立てた。それを聞いたマシューはすぐに九垓へ同道を命じ、そしていまに至る、というわけである。

「私にもボディーガードが必要なんでな」

 九垓の問いに適当な返事をしながら、マシューはさきを急ぐ。

(嘘が下手だねえ、この人はさ)

 というより、嘘がつける性格ではない。うしろに続く九垓は呆れた様子で、歩きながら後頭部で手を組んだ。

「どうせ、あそこに置きにくくなったんだろ?」

 あのあと、イネッサはベッドの上でうずくまったまま顔を上げることはなかった。それからの剛三郎が向けてくる「あー、やっちゃった」という目はあまりに煩わしいことこの上なく、部屋を出る口実を得られたのは九垓にとって不幸中の幸いといえた。

 けれども、

「わかってるなら、もう少し言葉を選べ」

 九垓は普通に叱られて、後味の悪そうな顔を浮かべる。自分の発言を振り返れば確かに言い過ぎだったかもしれない、と思うところもなくはないが、大筋を覆す気はさらさらない。

「嫌われたなあ、こりゃ」

 九垓は心にもない言葉を並べて茶化すが、

「なんだ、好みだったのか」

 とマシューはまたも関心なげにあしらって、突き当りの角を左に折れていく。

「んなわけ」

 そう短く嘆息してあとに続けば、さらに通路は奥へと伸びていた。

 窓はなく、壁、床、天井すべてが金属製のパネルで覆われている。頭上から落ちる照明の光は少し強めに感じられ、物音もせず、さきほどまでいた宿舎とは違う冷たい雰囲気だ。

 視界の彼方に壁と同じ材質の扉がひとつあり、その両脇に無感情な顔をした兵士がひとりずつ立っている。

 この通路の終着を見た九垓は、

「兄貴、ここは」

 と怪訝そうに訊き、後頭部に組んだ手を解いて下ろした。

 マシューは歩みを止めることなく、

「会いたかったんだろ?」

 と背後の九垓を尻目に見る。

「なるほど。ボディーガード、ねえ」

 やはり体のいい口実だと思いながらも、九垓はこのさきにいるだろう好敵手の顔を想像して、口端を不敵に歪める。

(カグヤ・イヴ)

 黒い髪に赤い目の女とは、考えただけで禍々しい。しかし、顔を拝めるのはありがたいが、いったい何用で赴くのか。マシューはついさきほどまでその女と会っているはずである。

「で、今度はなにを聞き出しに行くんだ?」

 するとマシューはふいに足を止めて九垓へ首をねじった。

「なあ、クガイ。お前の機体は装備の追加はできるのか?」

 出し抜けに訊かれた九垓は思案顔で明後日を見やる。

「まあ、できるけど。なんでよ」

「装甲もか?」

「装甲? あー、着けようと思えば着くんじゃないか。やったことねえけど」

 九垓はマシューの頭のなかがわからず眉をひそめる。一方のマシューもなにやら考え込む表情で顎をさする。

「となると、やはりハードポイントはあるはずだな……」

 ぶつぶつと繰り出されるマシューの独り言を聞いた九垓は、

「ハードポイント? そんなのねえよ?」

 さも常識であるかのように言った。

 ちなみに、ハードポイントとは機体の外部に装備をあとづけする際に用いる接続部を指す。グスタフであれば、機体の拡張性を高める意味で全身の各所に設けられているのが常である。ただ、その着脱に機体が起動していなければならないという条件はない。

「じゃあ、どうやって装備するんだ」

 マシューはますます納得いかない顔になった。

「いや、普通に」

「それじゃわからん。機体を起動させればなにか、こう、システムが立ち上がるとか。そういうのじゃないのか?」

 やや苛立った様子でまくしたてるマシューに九垓は腕を組み、過去の記憶を必死に掘り進んで唸った。

「なんつーか、着る感じ……でわかるか、兄貴?」

「着る?」

 なんとも抽象的な表現に、マシューは眉間のしわを深くする。対する九垓も適切な表し方を探して険しい表情だ。やがて九垓は、

「イメージすんだよ、イメージ。たとえば、バックパック着けたきゃ、それを自分が背負うイメージすんの」

 とやっとのことで捻り出した。

「それだけか」

「ああ、それだけ。確か、レジデンスの連中も似たシステム使ってるって聞いたぜ? 遅れてんじゃねえの、連合」

 最後のそしりはこの際聞き流すとして、イメージするだけというのは興味深い話であった。整備班長の老人が言う推論も現実味を帯びてくる。

 レジデンスのグスタフの制御系が連合と異なることは、マシューも噂程度に聞いている。それがアーキタイプに近しいというならば、

(もしや、レジデンスは)

 と想像してしまうものだが、いまは考えても詮ない話である。

「まあ、いい。とにかく、やつから鎧の外し方を聞き出す」

 マシューは通路の奥へと歩みを再開した。

「そうか、それで<サムライ・ガール>に」

 とはいえ、そう簡単にいくとは思えない。

「素直に言うこと聞くかねえ」

「さてな。力づくになるかもしれん。だからお前を呼んだのだ」

 振り返ることなくマシューは言う。そして、

「やつもアービターだと思うか?」

 背中で訊いてくるマシューに、九垓は初戦の感触を思い出した。

「そうじゃねえか? <サムライ>からは同類の感じがするぜ?」

「同類……」

「わかるんだよ、同じ力だって。――あいつもきっと、星に選ばれたやつに違いねえ」

(星に、か)

 その言葉の意味するところはマシューにはわからない。(ただ)そうにも、感性で生きる節がある九垓のことだ、易々と理解できるような表現は望めまい。

 確かに、幾度となく繭を退けてきたとされるアービターたちは、人類史の救世主といえなくもない。マシューはその意味で九垓の言葉を飲み込んだ。

 マシューの接近に気づいた扉脇の兵士たちは敬礼をもって迎えると、扉の施錠を解き、ふたりをなかへ通した。

 いよいよである。先導するマシューが随分と歩を進めたと思いきや、ある独房の前でぴたりと足を止めた。それに倣い、九垓も続けて鉄格子の前に立った。

「へえ。こいつが」

 九垓は珍しい動物をよく見ようとするかのように独房へ顔を寄せる。まじまじとした視線を、神楽夜は鬱陶しそうに横目で睨んだ。泣きもしなければ助けを乞うこともしないその目つき、

(女だてらに見上げたもんだ)

 と九垓は非常に気に入った。そして直感する。

(こいつ、諦めてねえな)

 おそらくマシューもそれを感じたのだろう。だから自分を同行させたと見える。九垓は密かに笑うと、鉄格子から身を引いた。

「確かに<サムライ・ガール>だ。いい目してるぜ、カグヤ・イヴ」

 九垓はようやく会えた好敵手に真面目な賛辞を贈ったつもりだったが、いつものとおり言い方が軽いためか、赤目の少女は軽口と捉えた様子で涼やかに瞳を閉じた。

 しかしせっかくの機会だ。それで引き下がる九垓ではない。

「クラドノじゃ世話になったな。俺はうれしいぜ。あんな(たぎ)ったのははじめてだ」

 無邪気に言う男に、神楽夜はクラドノの夜を思い出しながら顔を向けた。

「クガイ・リー。傭兵だ。よろしくな、<サムライ・ガール>」

 額に巻いた白いバンダナに緑が多い東洋風の身なり、籠手と脛当てをつけたその男は、屈託のない笑みを浮かべる。はじめて会敵した時はマシュー機の照明が逆光でよく見えなかったが、声はあの夜聞いたもので間違いない。

「あの時の、アービター」

 ここで再会すると思わず、神楽夜は眉をひそめた。

(また面倒なやつが)

 その俊足ぶりは鍾馗に匹敵すると思えるほどだ。逃げる算段をするにあたって、ゼルクをどう持ち出すかだけでも頭が痛いのに、この男の相手まで織り込むとなれば、脱出はさらに困難なものになる。

「そう言うお前はどうなんだ? あの機体、お前もアービターなんだろ?」

 九垓は好奇心に満ちた顔で訊く。もちろん、マシューに話のバトンを渡すためだ。

 男がどうしてそう思うのか、神楽夜が怪訝な顔つきをすると、

「その機体について、お前に訊きたいことがある。カグヤ・イヴ」

 前に出たマシューが話を引き継いだ。もはや決めつけて名を呼んでいる。神楽夜はここでなにか返せば「そうだ」と認めることになりかねないと考えて、左に向けていた顔を正面に戻した。

 しかし、今回の問いに彼女の素性は関係ない。<サムライ>に乗っていたという事実さえあればいいのだ。マシューは一方的に話はじめた。

「装甲のことだ。あれを外すには、お前の操作が必要か?」

(装甲を外す?)

 神楽夜はマシューがなにを言っているのか解せなかった。<アームド・ゼルク>は日本に還って来る以前からあの姿である。時たま気まぐれで養父が乗って見せ、型を披露していた頃からずっと変わってはいない。

 黙然とする神楽夜にだけ聞こえるように、マシューは鉄格子に顔を寄せた。

「協力すれば、日本へ帰るための交渉をしてやろう。だが黙秘すれば、これ以上ない恥辱を味わうことになる。次に来る者は私ほど温くはないぞ」

 この手の尋問はマシュー自身、得意とするところではない。それは、傍で聞いていた九垓にも容易に伝わった。確かに尋問にしては優しすぎる。

 九垓が身を置いた戦場での捕虜の扱いは、生爪を剥ぐ、歯を抜く、焼き印を押すなどはざらで、相手が女であれば(なぶ)られるだけ嬲って、それでも情報を吐くまでは殺さないというのが一般的だった。無論、国際法に捕虜の扱いが定められている以上、表に出る話ではないが。その点、マシューのやり方は非常に人道的だ。

 神楽夜は深く息を吸った。ここでうまく話に乗れば、ゼルクのもとへ行く機会を得られるかもしれない。一瞬はそう考えた神楽夜だが、次なる一手が思い浮かばず、決めあぐねる。

(そんな都合よく動くもんか)

 なにかの奇跡が重なって、クラドノの時のように再び動かせる可能性はある。けれど、それは万にひとつの賭けだ。この九垓というアービターがいるとわかったからには、より慎重な行動を選ぶべきだろう。

(でも、まあ。場所がわかったほうが、あとあといいか)

 たとえ、ここに連れて来られた時みたいに目隠しをされるとしても、ゼルクの場所まで空を往くことはないだろう。基地内ならば、保管場所をつかむに歩数と感覚だけでも手がかりになる。なにもないよりははるかにマシだ。

 神楽夜は腹を決めると、

「……わかった。でも、私じゃないと動かせないよ」

 なめらかに嘘を吐いた。教会で見た朔夜に倣い、努めて淡々と述べたつもりだった。しかし内心は、

(やば……バレっかな)

 と戦々恐々である。にもかかわらず言ったそばから、

「どうすんの?」

 などと強気に急かす胆力を見せつけられるのは、さすが、日々健気な弟や純な紫蘭(しらん)をいびってきただけはある。

 逆に選択を迫られる形となったマシューは悩まなかった。このために九垓を連れてきたのだ。神楽夜が想像より素直に応じたのはなにか考えあってのことだろうが、ここ<リュエール・デ・ゼトワール>はアルカン領最大の要塞である。

(簡単に逃げられると思うなよ)

 マシューは鼻を鳴らした。

「よかろう。では格納庫へ連れて行く」

 通路沿いに控えていた兵士に向かってマシューは手を掲げた。兵士は敬礼をもって応え、数名の部下を伴って牢の前まで駆け寄ってくる。そして牢の鍵を開けるとマシューにまたも敬礼し、道を開けた。

 マシューから「行け」と目線で指示を受けた九垓が先陣を切り、開放された扉から身を屈めてなかへ入った。その彼に、兵士たちが続く。神楽夜はぞろぞろと押し入ってくる男たちを流し見てすぐ、九垓が妙な顔つきであるのに気づいた。

 九垓は、

「ああ? お前……」

 と、なにやら疑う目つきで神楽夜の全身を舐めまわすように見る。神楽夜は固唾を飲んだ。

(あーれ、これは)

 駄目か。そう思った矢先、

「どうした、クガイ?」

 牢の外からマシューの声がかかり、九垓は「いや、なんでも」と首をかしげながら、拘束具を手にした兵士たちに道を譲った。

 兵士らは自分の手首と神楽夜の両手足の枷を長い鎖の手錠でつなぎ、ベッドから立ち上がらせた神楽夜の頭に黒い袋を被せる。

「よし、行くぞ」

 マシューの号令に従い、兵士らは神楽夜を牢の外に導く。さきに牢を出た九垓は様子を見届けながら、やはり腑に落ちない様子で首をかしげていた。

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