第八話「冷々たる別離」⑳
「墜とされた!?」
ジックは消えたゼルクの反応を見て迎撃の手を止めた。すでにヴェントゥスは、連合軍の戦闘機に包囲されている。ジックが長剣を振るわなければ、いくらレジーナの守りがあったとて、撃墜は時間の問題となる。
ジックが呆然とした隙に、ヴェントゥスの後方への位置取りを成功させた二機の戦闘機が、搭載した誘導ミサイルすべてを甲板に立つ赤いアーキグスタフへ発射した。
ぎょっとしたジックが剣を振るうも間に合わない。
(しまっ――)
すべてを迎撃できず、剣筋を逃れた数発がヴェントゥスへ最接近した。
ところが、
「なに、ぼうっとしてる!」
レジーナの怒声が聞こえ、同時に、黒く巨大な盾がいくつも現れ、ミサイルを直撃寸前で防いだ。
「まずは艦を守れ! 飛べないお前にできるのはそれだけだ!」
レジーナの叱責はもっともだ。飛べるかどうかは別として、神楽夜のことは心配だが、艦が墜ちればアルマの命が危ない。
(俺が飛べたら、助けられるってのか)
剣を振るいながら、ジックはレジーナから再三聞かれたことを思い出した。
――飛び方は思い出せたのか。
もちろん、ジックは生まれてこの方、飛んだ経験など一度もない。アービターとはいえ、自分は至極まっとうな人間であるはずだ。そうであると信じている。飛び方など知るはずもなければ、想像すらつかない。
けれど、
(あいつがいなくなったら、サクヤは)
大切な人が消えてしまうつらさは、ジック自身がよく知っている。どうしようもできない自分の不甲斐なさを斬り捨てるように、彼は猛烈に剣を振るった。
片や、海中へ落ちた神楽夜は、何度目かの、
「姉ちゃん!」
という呼びかけに目を覚ました。痛みに意識が飛んだらしい。
だが、状況を確認する間もなく襲ってきた衝撃に、神楽夜はその体をコクピットの壁に打ちつけた。
いまだ右腕は焼かれるように熱く、震えが止まらずいる。けれど、さきほどに比べれば痛みは和らいでいる。それなのに機体は動きを止めていない。つまり――。
「まさか、サク!」
ゼルクは潜水士のごとき装備を施したグスタフ<フォルクス・マリーネ>八機に囲まれ、すでに両足を頑強なワイヤーで拘束されていた。朔夜は姉から引き継いだ右腕の激痛に狂いだしそうになりながらも、持てる推進力を総動員して、それらを引きはがそうともがき続ける。
「僕も、戦う!」
「サク……」
「あそこは、あの家は! 僕たちの帰る場所だから!」
こうしている間にも、青い繭の覚醒ははじまってしまうかもしれない。ここで終わるわけにはいかない。まだやるべきことが、残っている。
「サク、変わって!」
姉の要請に、朔夜は有無を言わず制御を明け渡した。再び、あの灼熱の痛みがやってくる。
「っく」
だが、それがなんだ。神楽夜は痛みを懸命に堪えながら暗い水中を睨めまわし、叫んだ。
「打ち貫くは、我が拳!」
その声が届いたわけではないが、海上で様子を窺うマシューは、覚えのある悪寒を背中に感じ、まさか、と思った。
次の瞬間、
「な、なんだァ!?」
吃驚するマシューの下から、水面を突き破り、突如として岩山の頭が突き出てきた。隆起した大地は洋上の艦隊を転覆に追いやり、ゼルクを囲んだフォルクス・マリーネたちを海上に連れ去った。そうなれば、陸にあがった魚も同然である。
「焔覇爆装!」
全身を気迫の炎で包み込み、神楽夜はこめかみに青筋を浮かせながら吼え盛る。
「旭光照拳・御剣流! 天道脚ッ!」
両手両足に敵を引きずって、天高く蹴り上げた脚を勢いよく振り下ろし、着地して四股を踏む。周囲を気で圧し潰す技の前に、鹵獲までいま一歩と迫ったフォルクス・マリーネは、八機すべてが大地に擱座した。
気力だけで立っていた神楽夜は、力が抜けた拍子に膝をついた。
突然現れたこの足場は、間違いなくレジーナのあの技だ。神楽夜は、遠くなったヴェントゥスの周囲にも同様の現象が起きているのを見た。どうやら包囲を抜けたらしい。
安堵する神楽夜に、
「姉ちゃん、早――って!」
と朔夜が帰還を呼びかけるが、声は途切れ気味だ。ゼルクとの接続も、もはや怪しい。
米粒よりも小さくなっていく赤い艦。それを見送る神楽夜の目は、安らかでもあり悲しげでもある。
その後頭部に、冷たい銃口が突きつけられた。
「降りろ」
男――マシュー・ゲッツェンは低く圧のある声で告げる。
嵐が過ぎ去った海には、朔夜の姉を呼ぶ悲痛な声だけが、こだまするのであった。
第八話「冷々たる別離」
つづく




