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第八話「冷々たる別離」⑲

「あれは!」

 甲板で、ブリッジを盾に風を凌ぐジックの<ヴァーミリオン>は、灰色の厚い雲間から降下する艦隊を見つけた。方角は西。ヴェントゥスが取った進路上である。

 その様子は当然ブリッジからも見て取れた。

「こっちが本命ってか!」

 シーカーは悪態をつき、それでも速度を落とさない。そのままわずかに左へ、正面に現れた艦隊を躱すように進路を調整する。

 けれど、

「くそ!」

 右舷より飛翔体の接近を告げる警報音がけたたましく鳴り響く。左へ旋回するヴェントゥスはいま、もっとも無防備な船底を右側、つまり南からの追手に見せてしまっている。

 シーカーは歯を食いしばって舵を切った。

 再び行われた旋回行動に、艦が危機的な状況にあることは、格納庫の神楽夜たちにも充分伝わった。同時に、機体のセンサーがミサイルの接近を検知した。

「足止めだろう。おそらく次はグスタフが来る。私が防いだらすぐに出ろ。行けるか?」

 レジーナに促され、神楽夜は展開させた右籠手の推進器を始動させ、腰を落とす。

「いつでも」

 とうに覚悟は決めていた。是非もない答えに、レジーナは愚問であったと前を向く。

「エナジー・シェル」

 レジーナが静かに唱えると、構えた盾が一瞬だけ闇に染まる。彼女はさらに腰を落として、まるで来る攻撃に備えるかのようだ。しかし、ミサイルが迫っているのはヴェントゥスの側面である。

(いったいなにを)

 レジーナの様子に神楽夜は疑問を覚えたが、その疑問は、矢先に外から聞こえた爆発音によってかき消された。

「当たった!?」

 焦る神楽夜に反し、

「いいや」

 とレジーナは不敵な笑みだ。自信に満ちたその顔が示すとおり、ヴェントゥスは不調なく飛び続けている。

 なにが起きたのか。あたりを見回す神楽夜に、レジーナは振り向くことなく叫んだ。

「行け、カグヤ!」

 神楽夜ははたと彼女を見る。

「行こう、姉ちゃん!」

「よし!」

 ただちに駆け出したゼルクは、背面を下に向けるように身を捻り、徐々に高度を上げるヴェントゥスから大海原へ飛び出した。それから間髪入れず、腰溜めに構えた右腕から烈風とともに猛火が走り、ゼルクは大空へと舞い上がった。

「出た!」

 薄暗いコクピットで思わずそう力んだのはマシューだ。新たな乗機が頭部に持つ双眼は、追い求める<サムライ>の姿を確かに捉えた。

 ただちに司令部への通信を開く。

「こちらマシュー・ゲッツェン。サムライが出た。作戦の第二段階(セカンド・フェイズ)を実行せよ」

 言い終える間もなく、マシューは機体をさらに加速させる。

「ようやくだ。ようやく、汚名を返上できるというもの!」

 マシューの独り言は、すべてにおいて自分を(たかぶ)らせるためのものだ。さして競う相手がいなかった彼は、幼少の時分から、こうして自分を自分で奮い立たせてきた。

 そのためか協調性にやや欠ける部分がある。ただ、心の折れにくさでいえば右に出る者がいないほど強靭だ。つまり諦めが悪い。それが、いまこの状況を生み出しているのだから、あながち馬鹿にならない。

 赤い艦は、自分たちが詰みであることにまだ気づいてはいない。ここで畳みかけることで、獲物はより一層、こちらの策にはまり込むことになる。

「フォルクス隊、散開!」

 マシューの号令で、うしろに続いていたフォルクス三十機余りが横並びに包囲を広げる。

「最悪、艦はいい! あのサムライを海に叩き落とす! 撃てェッ!」

 フォルクスたちは広げたフライト・ユニットの前面をわずかに左右へ開き分けると、肘を九十度折り曲げて、逆手に持った連装式ミサイル・ユニットの口を空に向けた。

 ミサイル・ユニットは、左右三発ずつの誘導ミサイルを格納した長方形のコンテナで、これも使い捨ての装備である。先端にある蓋がぱかりと下向きに開き、続いて白煙をあげて灰色のミサイルが飛翔した。

 ミサイルは暗い洋上によくなじんだ。その行先を睨み上げるマシューには、覇気ともいえるなにかがみなぎっている。

 大佐という肩書きがそうさせるのか。否、むしろ、いまこの男に勇ましさを与えるのは、亡き父にまた一歩近づけたという自負心だ。それと、

(このゲッツェンの名にかけて!)

 という、もはや呪いのような家名への執着も忘れてはならない。それが、海上に早くも嵐を呼び込もうとしている。

 神楽夜はミサイルの飛来を視認するや、巧みに右腕の向きを変え、身を転じて迎撃に出た。

「姉ちゃん、そんなに長く飛べないからね!?」

 ゼルクの性能は同化した朔夜のほうが神楽夜より熟知している。全身の推進器もあわせて使っているとはいえ、ほとんど腕の推進器に頼る状態だ。それで機体を飛ばす負荷は計り知れない。無理をすれば、空中であえなく爆散、ということもあり得る。

「わかってる! 数を減らす!」

 速攻が求められる。神楽夜は右籠手の刃を肘方向へ滑り出した。

 幸か不幸か、ミサイル群はこちらめがけて飛んできているようだ。ならば、そのことごとくを斬り払うまで。

翳祇流(かげるぎりゅう)死逝連術(しせいれんじゅつ)(かい)旋舞斬(せんぶざん)!」

 空中で咆哮をあげた神楽夜の身が、凄まじい勢いで反時計回りに回転をはじめる。さながら竜巻である。逆巻く気迫が刃となり、ゼルクへ群がるミサイルを次々に斬り裂いていく。

 だが、

天誅(てんちゅう)ッ!」

 聞き覚えのある、そして猛るあまりに裏返った男の声が空に響いた。その途端、ゼルクを激しい衝撃が襲った。

(なに!?)

 技を終え、回転を緩めたそばからの第二撃。直撃だった。神楽夜の不意をついたのはほかでもない、マシュー・ゲッツェンである。

 マシューは(から)になったミサイル・ユニットを放り捨て、急上昇しながら、腰のうしろのホルスターから新たに二挺の拳銃を引き抜く。そして、異様に長い銃身を持つ黒いそれをサムライに向け、吼えた。

「今日こそ! その機体、このマシュー・ゲッツェンが貰い受ける!」

「また、あいつか!」

 睨み上げた頭上の敵から無数の弾丸が浴びせられ、さきほどの不意打ちで姿勢が大きく崩されていたゼルクは、その高度をさらに落とす羽目になった。

「ぐ、ぅっ!」

 右籠手の推力が生命線である以上、左腕で防ぐしかない。それでも頭を守るのが精一杯だ。だのに、まとった鎧はミサイルの直撃に砕け散り、一部から、黒く艶めく内部構造を露出させてしまっている。由々しき事態だ。

 さらに状況は悪化の一途をたどる。

「姉ちゃん、距離!」

「わかってるって!」

 朔夜を介してのゼルクの制御には距離の限度がある。足を止めれば、ヴェントゥスとはみるみる離れる一方だ。その弱点をマシューが知るわけはない。単に、幾度も辛酸をなめさせられた右腕を封じようとしただけである。

 さらにいうならば、マシューの狙いははじめからサムライの鹵獲(ろかく)にある。アルカンには勢いで「拿捕してみせる」と言ったが、実のところ赤い艦がどこへ行こうと知ったことではないのだ。

 その策が、奇しくも神楽夜を追い詰めた。

「しぶとい!」

 なかなか落ちぬサムライにしびれを切らしたマシューは、機体を急降下させ、

「これでッ!」

 銃撃を交えながら、踏みつけるような飛び蹴りを繰り出した。

(いまだ!)

 神楽夜は、相手が蹴りの体勢に移る一瞬の隙に、右籠手の推進器を最大にした。あの渓谷の時と同じように、全速力で横へ躱す。

 はずだった。

 大爆発に宙を舞うゼルクのなかで、神楽夜は右腕に走った冷たく鋭い痛みに短い悲鳴をあげた。刹那、その痛みが冷たさからでなく、果てしない熱さからくるものだと脳が理解した途端、小さかった悲鳴はつんざく絶叫へと変貌した。

 弾けんばかりに右手を開ききり、口を大きく開けてはいるが呼吸はできず、般若のごとき形相で震える右腕を押さえつける。腕に熱した鉄を当てられ続けているような、拷問じみた痛みに汗がにじむ。

 神楽夜は機体が落下していることも忘れ、己の身に起きた事態の把握に焦燥の目を走らせた。

 ゼルクはなにか強大な攻撃を受けたわけではない。直前に受けたのは、せいぜい敵機が放つ銃弾程度だ。砲撃もなければ、ミサイルの飛来もなかった。

(いや、さっきの……!)

 技の終わりに放たれたミサイルを、神楽夜は右腕で防いでいた。咄嗟のことで、本能的に装甲の厚い右腕での防御を選んだのだ。

 見れば、右籠手の装甲はひしゃげ、頼みの推進器は見る影もなく破裂している。ミサイルによる損傷を負ったまま、出力を全開にしたがための爆散であった。マシューの不意打ちが、ここで効いた。

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