第八話「冷々たる別離」⑱
彼が格納庫にたどり着いた頃には、神楽夜はゼルクに乗り込み、レジーナはすでにアーキグスタフとなって発艦準備を整えていた。
駆け入ってきたジックを見た白銀のアーキグスタフは、
「なんだ、来たのか」
と、さも期待していなかったふうに見下ろして言う。これもジックには鼻についた。
「よく言う。わかって言ったんだろ」
レジーナは、この艦に集った者が、みな拠り所のない者だと気づいている。もちろん自分も含めてだ。だからあのような言い方をしたのだが、当のレジーナはといえば、
「さてな」
と、すげない返事である。
ジックは不満げに赤いアーキグスタフへと姿を変え、神楽夜の<アームド・ゼルク>、そしてレジーナの<エスクード>に並び立った。
「それで、飛び方は思い出せたのか?」
またもレジーナから問いがよこされた。その間に、格納庫の後部ハッチが上昇をはじめる。朔夜の仕業である。開いたそのさきに広がるのは、暗い表情をしたケルト海だ。
「そっちこそ、スイミングスクールに通ってからのほうがいいんじゃないか?」
ジックの返しにレジーナは鼻で笑い、「よく言う」と前を向く。そのうしろへ起動したゼルクが歩み寄った。
「どうする? あっちはなんか、飛んできてるみたいだけど」
神楽夜の目は、ヴェントゥスを背後から追う複数の機影を捉えている。しかしこちらは無策だ。地上戦ならまだしも、水中戦の心得は神楽夜にはない。
と、
「お前のそれは、なんだ?」
不意にレジーナが神楽夜に訊いた。
「それって、どれ?」
「その機体だ。なんでそんなの着て――いや、トウヤのか、それ」
神楽夜は、なにを見てそう判断したのかわからなかったが、そのとおりである。
「そうだけど」
困惑した調子で言った。
「ちなみに訊くが、接近戦以外は?」
「えーっと……無理?」
無理である。ここまでくれば、いくら神楽夜でも自分が用なしであるとわかる。なんとかお役御免を免れようととぼけた調子で濁す神楽夜に、レジーナは深く嘆息した。
「なんでこう……」
うまくいかないのか。いまほしい戦力は、空戦能力か中距離以遠を攻撃できる射撃能力を持つ機体である。格闘しか能がないような機体は荷物でしかない。
レジーナは頭を悩ませる。
そこへ、
「でも、跳べるよ?」
と朔夜の声が届いた。
「そのなりでか?」
疑いの目を向けるレジーナに対し神楽夜は、
「これを使えば、少しだけど」
右籠手の装甲を展開し、内蔵された推進器を露出させた。
「なら、迎撃に出てもらおう。守りは私がやる。赤いのはカグヤが漏らした敵を甲板で迎え撃て」
令するレジーナは妙にさまになっていたが、ジックはひとつだけ我慢ならないことがあり、食ってかかるふうに「おい」と彼女に呼びかけた。そして、じれったそうに返される「なんだ」との答えに、
「俺はジック・ブレイズだ。その呼び方、どうにかならないのか」
と文句をつけた。
するとレジーナは「どうにもこうにも」と首をかしげ、
「はじめて聞いたぞ」
とさらりと言った。
てっきり名乗ったものだとばかり思っていたジックは、バツが悪そうに押し黙る。確かにいまこの瞬間まで、ジックは彼女に名乗っていない。
どうにも調子が狂う相手だ。感情的になりやすいジックにとって、レジーナのように冷静で的確な(そしてややもすれば傲慢な)言動をとる人間は、苦手とするところであった。
しかし、レジーナのほうはそうでもない。
「なんだか、お前みたいなやつに昔会ったことがあるよ。やたらと家の名前を気にするやつだった」
彼女がその瞳を懐かしげに揺らした直後、船体が大きく斜めに傾きだした。咄嗟に片膝をつき、転倒を免れた三人は、後部ハッチから見える景色が横へ流れるのを見た。
「旋回してる!?」
驚く神楽夜に、
「正面突破は難しいようだな」
レジーナはそう状況を読んだ。そして急旋回の慣性に負けじと立ち上がると、
「行くぞ。上は任せた、ジック」
腰を落として左手の盾を前面に構えた。
なんとも調子がいい。ジックは呆れた様子でため息を吐くと、得意の長剣を船体後方にある車のウイングに似た部分に巻きつける。そして、
「落ちたら釣ってやるよ」
と言い残し、解放された後部ハッチから瞬く間に甲板へと昇っていった。
ならば、次は自分か。神楽夜は右腕を腰溜めに構える。
ところが、
「なにしてる」
すぐさまレジーナに止められた。
「え?」
「お前の出番はあとだ。いずれ脇腹を突かれる。その時まで籠手は磨いとけ」
「あ、ああ」
神楽夜は「わかってるとも」と言わんばかりの調子だが、その実、どういう作戦なのかさっぱりである。
はじめ、ヴェントゥスは南に進路を取って浮上した。しかし追手は北と南からの挟撃を狙う布陣でいる。躱すために東へ行けば、アルカン領の中心に戻ることになる。よって、右旋回して西を目指すことしたわけである。
が、さきほどまで後部ハッチから見えていた南側の艦隊は、随分と横に広く展開していた。それは、こちらが西へ逃げると踏んでのこと。レジーナが「脇腹を突かれる」と言ったのは、南側の追手がヴェントゥスの側面へ迫ることを表したものだ。
そこまではレジーナでも状況から推測できる。されど、相手は堅実を旨とするケイン・アルカン。むざむざ西側へ退路を残すはずがなかった。




