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第八話「冷々たる別離」⑰

 一方、包囲が狭まるなか、神楽夜たちは決断を迫られていた。

「突破できるか……?」

 シーカーはソナーの索敵範囲ぎりぎりに映った敵影を睨み、そう言った。

 まるで水面に広がる波紋のような画像が、青と赤の二色で描き出されている。画像のほとんどは青色で、波紋のように見える部分が赤色だ。画像中心にはヴェントゥスが赤い(やじり)で示されている。

 いま、その鏃を上と下で挟み込み、赤い弧線がふたつ、ゆらゆらと確認できた。この赤い弧線こそが敵だ。状況からして、連合以外考えようがない。

 近傍の<ジャミング・タワー>の影響もあってか、ソナーで確認できる範囲は思いのほか広くない。いま画面に映っているのは十キロに及ぶか及ばないかといった具合だ。おまけに正確さにも欠ける。

 しかし確実に、追手は二方向からここに迫っている。見る限り数分で接敵する距離のようである。どのみち、猶予はない。

「速さが売りなんでしょ? なんとかならないの?」

 神楽夜はここぞとばかりに、いいだけ聞かされた自慢話を引き合いに出して、まくしたてた。

「艦だけならねえ。この反応はたぶん水中型(ネイビー)だ。本命ってわけじゃないだろうさ」

 敵の勢力がこれだけならまだマシだ。あからさまに存在を主張しているあたり、これはおそらく陽動だろう。

 そう睨んだシーカーは続ける。

「迎撃する装備もない。うちは運送屋でね。こう囲まれたんじゃ、あいつらに取りつかれるのは時間の問題。死にたくなけりゃ、投降したほうがいい」

 と言いつつも、シーカーはエンジンを始動させる。逃げ足だけは自信があるというだけあって、まだ諦めていないようだ。

 けれども、彼の言い分は姉弟と夫妻の表情を曇らせた。

 そこへ、

「迎撃ならできるだろう」

 と最後尾の席から声があがった。そのひと言に、全員が首をねじ向ける。視線を浴びたレジーナはゆっくり立ち上がると、

「おい、赤いの。お前が飛んで空を押さえろ」

 夫妻に向かって指示を出した。

 途端、ジックとアルマはきょとんとしながら、同時に「俺が?」「私が?」と己を指差して訊いた。確かにふたりとも赤い衣服である。

「……帽子のほうだ」

 当たり前だろうと言いたげにレジーナはきついまなざし向ける。やはりというか、ジックは彼女の態度が癪に障ったが、緊急時である。努めて平静に、

「どこをどう見たらそう言える」

 と当然のことを訊いた。

 すると腕を組んだレジーナは疑いに片眉を吊り上げ、ジックを見たまま数秒の間を置いたのち、

「お前――そうか。まだわかってないんだな」

 と含みのある言い方でひとり納得した様子を見せた。

 人を食ったような態度に続けて、はっきりしない思わせぶりなその物言い。早くもジックの堪忍袋の緒が切れかけた刹那、ブリッジを激しい衝撃が襲った。

 一瞬の叫声に包まれるブリッジで、

「まあ、そうだろうな!」

 とシーカーはヴェントゥスの浮上を試みる。これは海中からの攻撃だ。だが本命ではない。その証拠に、放たれた魚雷は一発たりとも艦への直撃射線を取っていない。艦周辺を攻撃し、空へとあぶり出す腹らしい。

 それはシーカーにとって望むところであった。ヴェントゥスの強みは空でこそ活かされる。万が一の奇跡が起きて、敵陣を突破できるとするならば、それは空以外であり得ない。

 急上昇に伴う加圧に、ブリッジにいた全員がその身を座席に押しつけた。

 海面を斬り裂き、白い飛沫(しぶき)をあげながら赤い船体が突き出てくる。

「やっぱりな」

 シーカーは、海中を脱したことで作動したレーダー反応を見て、不敵に笑った。敵影を示す赤い点が、ソナーで確認した以上の規模で、画面上のヴェントゥスを取り囲んでいた。

「ハッチはうしろにあるな?」

 背後から訊いてくるレジーナに、シーカーは、

「カナヅチは引っ込んでなよ」

 と苛立ちを露わにする。要は、飛べない機体が出ても意味はない、ということだ。そう言われてもレジーナは構うことなくブリッジをあとにしようとする。

「レジーナ!」

 神楽夜が慌てて呼び止めた。

 彼女は立ち止まったが、神楽夜を見ようとはしない。揺れる船内に座席の背をつかみ、体勢を崩すことなく真っ直ぐに、ブリッジの出入口を見つめている。その頑なさに、神楽夜は声のかけ方がわからなくなった。

 神楽夜が言葉を探していると、

「……ここで終わりたいやつは、ここにいろ。私はごめんだ。ようやくはじめられるんだ。ここから」

 そう言い残し、レジーナはひとりブリッジを出て行く。

「ここで、終わり……」

 繰り返した神楽夜は、朔夜を見た。ひとりでゼルクを動かせるかはわからない。動かせたとしても、その動作は不安定だ。今度の戦場は海。陸地であったクラドノとはわけが違う。

「サク。力を、貸してほしい」

 無論、朔夜の答えは決まっている。姉は自ら背負うと言ったのだ。ならば、家族として、弟として、それを支えようと思うのは、当然のことである。

「うん、もちろん」

 朔夜の力強い首肯を見届けて、神楽夜はレジーナを追いかけた。それを見送るアルマは、苦虫をかみつぶしたような顔でいる夫へ困り顔を向ける。

「ジック……」

 ――ここで終わりたいやつは、ここにいろ。

 ジックの脳裏にレジーナの言葉が反響した。

(くそっ!)

「そんなやついるかよ」

 吐き捨てたジックは立ち上がり、アルマの手を引いて出入口へ向かい、

「あいつらを援護してくる。サクヤを頼む」

 と彼女を朔夜の隣に座らせた。

「気をつけて」

 アルマの言葉を背に受けながら、ジックは颯爽とブリッジを去った。

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