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第八話「冷々たる別離」⑯

 暗雲垂れ込める洋上に、ケイン・アルカンが差し向けた軽空母、計七隻が展開する。フランス側から追い立てる三隻に加え、それと挟み撃ちにする陣形で旧ポルトガル領のリスボンから出航した四隻が迫っていた。

 いずれも飾り気のない灰色をし、船体上部を構成するカタパルト・デッキに、発進を待つグスタフや戦闘機を並べている。その下層、発進準備が進むにつれ慌ただしくなる格納庫では、マシュー・ゲッツェンが、新たに受領した試作機<ヘルシャフト・カスタム>の雄々しき姿を眺めて、悦に入っていた。

(今度こそ。今度こそその機体、貰い受けるぞ、サムライ)

 意気込む彼の背中に兵員のひとりから声がかかる。

「マシュー・ゲッツェン大佐、発進準備をお願いします!」

 マシューはパイロット・スーツの襟首に増えた星印を指でなぞり、

「よかろう。マシュー・ゲッツェン、出るぞ!」

 気炎を上げてコクピットへ乗り込んだ。

 機体を乗せたデッキが甲板へと持ち上がるにつれ、黒鉄色のマント状をした装甲で首から下を覆った新鋭機が、曇天の下に姿を見せる。

 装甲は機体本来のものではない。主に陸戦を主とする機種が、洋上の戦闘において着用するフライト・ユニットであり、基本的に使い捨てられる装備だ。グスタフは陸戦のほかに水中戦に対応した機種も販売されているが、空中戦に適応した機種はない。装甲は、その代替措置として考案されたものである。

 陸戦型のグスタフは洋上より敵艦を包囲、取りつく目的で展開する。フライト・ユニットの装甲は、敵艦などの迎撃から身を守りつつ、洋上を安全かつ素早く移動するために必要な装備である。今回のマシュー機に装備されるものは、そのプロトタイプで、流通品よりも高出力に仕上げられたものであった。

 マシュー駆る<ヘルシャフト・カスタム>の操縦系は、これまで乗ってきた<フォルクス>シリーズと変わらない。しかし、ヘルメットから投影される外部状況ははるかに精度よく、まるで肉眼のように自然で違和感がなかった。以前は若干の時間差を感じたものだったが、これだけでも、一瞬の判断の遅れが命取りになる戦場においては劇的な変化を与えるといえよう。

 あとは運動性である。カタログ上の総合的な性能評価は、フォルクスを基準として四倍近い内容であったが、果たして。

 甲板に出た機体を、マシューは期待を込めて前進させた。

(これは)

 踏み出しからしてなめらかな挙動である。機体の姿勢制御システムの進歩もさることながら、新たに採用された関節機構が存分に効果を発揮し、金属同士が生み出す「硬さ」を緩和させている。

 人工筋肉。このヘルシャフト・カスタムに採用された関節はその模造品とも呼ぶべき代物で、現時点でのナノ・バイオ・テクノロジーの粋を凝らした逸品といえる。

 巨大な人工筋肉は、<アーキタイプ・グスタフ>のみが持つ特有のものだ。すでに結果が示されているように、いまの地球連合にそれを再現するノウハウはない。その打開こそ、この<ヘルシャフト・カスタム>が目指したところ、アーキグスタフのみが可能とする人間らしい柔軟性の再現であった。

(いける)

 人工筋肉の再現には至らなかったとはいえ、機体の動作は従来機に比して別次元の出来栄えである。マシューは武者震いに似た(たか)ぶりを覚えつつ、フライト・ユニットを起動させた。

 傘が開くかのようにマントが広がり、縁にあたる推進器が下方に向けて火を噴くと、機体はゆっくりとその足を浮かせる。

(今日で決着をつけてくれる!)

「マシュー・ゲッツェン。ヘルシャフト・カスタム、行くぞ!」

 これまでにない自信を発露させ、マシューは母艦より飛び立った。それに続き、各艦より戦闘機十数機とマント姿の陸戦用グスタフ三十機以上が、一斉にケルト海の上へ展開した。

 洋上を滑るように行くグスタフたちを引き離し、マシューは一団の先陣を切る。そこへ作戦司令部より通信が入った。

「――わかった。包囲が完了次第、頭を押さえろ」

 そう応答するなり、マシューはさらに機体を加速させた。

(よりにもよって、魔の海域に潜むとは)

 マシューが急ぐのには理由がある。

 近年、大西洋では原因不明の海難事故が多発している。空を行く輸送機や洋上の船舶が突如として消息を絶つのである。バミューダ・トライアングルさながらの奇怪な現象に、連合が注意喚起する事態にまで至ったほどだ。

 最初、南に多かったその現象は、次第に北でも起こりだした。事態を重く見た連合が調査を開始したのは、現象が確認されだしてから半年以上が経過したあとであり、原因は結局わからずじまいで、それどころか調査隊までも被害に遭う始末であった。

 その頃の大西洋に面した街には、ゴシップ好きな運び屋から根も葉もない噂話が広められ、いつしかこんな説が好まれるようになった。

 視界いっぱいに広がる巨大な渦潮のなかに、あり得ない大きさをした龍を見た、という話である。一時は海蛇といわれていたが、いまでは龍とする声が多い。そのうち伝説の聖獣になぞらえて、これはリヴァイアサンの仕業だ、などとする説が定着し、いまでは連合でさえその俗称にあやかっている。

 リヴァイアサンの巣。もっぱらそちらのほうが、一般的な呼称である魔の海域より通りがよい。マシューがそう呼ばないのは、単に渦潮の波を龍と見間違えたからだろう、と考えるからである。

 とはいえ、決戦に水を差されたくはない。頭上を覆いつくす厚い雲は嵐が近づいている証拠だ。そうなれば戦闘の継続は困難になる。だからマシューはさきを急いだ。

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