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第八話「冷々たる別離」⑮

 繭の正体。そこから神楽夜が思い出すのは、はじまりの日のことである。

 これまでも世界各地にたびたび現れては、大陸を抉り取るほどの被害をもたらしたとされる謎の繭。確認されている金と青の二種は、高濃度のエネルギー体であること以外、詳細はわかっていない。これは日本を発つ際に鍾馗から聞かされたことだ。

 そのうちの黄金の繭の覚醒に、神楽夜は奇しくも立ち会った。なかから出てきた黄金の騎士のごとき人型の機械は、現代の人類が使用する巨大作業用機械<グスタフ>に酷似したものだった。ただしその性能は、現代技術を超越した驚愕に値するものだ。

(そういえば)

 そこで神楽夜は新たな疑問を覚えた。

 いまにして思えば、正体不明とされた繭から見知ったものが出てきたというのに、麟寺も鍾馗もさして驚いた様子ではなかった。

(知ってた……?)

 交戦経験のある養父から聞いたのか。しかし、ふたりとも口にするのは「繭と」戦ったという表現で、その中身について触れたことはなかったはずだ。

 では、白銀機関からか。

 そもそも、黄金の繭撃破から間を置かずやってきた月の者たちは、いったいなにを目的に日本を訪れたのか。

 思案に耽る神楽夜の耳に、レジーナの声が届く。

「地球にもやつらの拠点はある」

「地球に?」

 神楽夜が地理や歴史に疎いことは、いまさらいうまでもない。

 時は現代からおよそ百年前にさかのぼる。

 月面に存在する謎の白い巨塔<バベル>をめぐって、世界を二分する戦いとなった<第二次バベル戦争>を経て、ヴァイス・リッターこと白銀機関は月の支配を確実なものとした。その際、白銀機関に(くみ)したのが日本であることは、以前触れたとおりである。

 戦後の日本は、白銀機関が地球へ降り立つための橋頭保として使われた。彼らはそこから世界各地へ部隊を派遣し、一部の地域を支配下に置いていったのだ。

「いまはどのあたりだ、操縦士?」

 レジーナは操縦席にいるシーカーの背に訊いた。

 シーカーはさきの一件で悪くした機嫌を引きずりながら、

「あん? なんでそんなこと」

 と渋って見せる。

「いいから答えろ」

「……ケルト海のど真ん中だよ。陸までだいたい三百キロ」

 嘆息まじりに、シーカーはやや不貞腐れた調子で答えた。それを受けたレジーナはどこか楽しげである。

「ま、そんなところか。なら、あそこが近い。――ヴィクトリア・フォールズだ」

 ヴィクトリア・フォールズ。アフリカ大陸は南部に位置する旧ジンバブエの都市である。その名を冠する世界有数の大瀑布は、かつて観光の名所として栄えたが、干上がったいまとなっては落差百メートル以上の絶壁が残るのみだ。そこを、白銀機関はどういうわけか百年前に占拠し、いまも支配下に置き続けている。

 その事情を神楽夜が知るわけはない。ただ、月へ簡単に行けないであろう養父が、白銀機関に近づくためにそこを目指すことはありそうな話であった。

養父(とう)さんが、そこに」

 神楽夜がつぶやいたそのさきを、

「いるかは、行ってみなければわからない」

 とレジーナが引き継いだ。

「ほかにもいくつかあるが、基地としては、いまのところそこが一番デカい。地下の遺跡でなにをしてるかは知らないが、トウヤが見逃す手はないだろう」

(遺跡……)

 神楽夜はレジーナの言のその部分が妙に引っかかった。

 ともあれ、行くしかあるまい。いま手がかりとなるのは、養父が白銀機関を探ろうとしている、という予想だけである。このままこの場に留まるより、はるかに前向きな選択に違いない。

「行ってみよう、姉ちゃん」

 背中にかかった弟の声に、神楽夜は振り返った。いつの間にか目覚めていた朔夜は、姉とレジーナの会話を聞いていたようだった。

 毎度のことだが、朔夜が向けてくる目は真っ直ぐで迷いがない。特にいまのまなざしは、京都白城で、養父を探しに行くべきだと主張した時と同じである。あの時は迷いが先立ち、一度は断った神楽夜であったが、

「うん、行こう」

 と今回はその目に頷きを返し、心を決めた。

 そうなれば、あとは艦を向けるのみ。神楽夜が進路を告げようとシーカーに首を向けた時、

「随分詳しいな」

 と、横で黙然と話を聞いていたジックが唐突に口を開いた。それは神楽夜も感じていたことである。

 問いを投げられたレジーナに応じる様子がないと見るや、彼はさらに続けた。

「遺跡があるってどこで知った?」

 それに、レジーナは鼻で笑って返した。

「そんなこと訊いてどうする?」

「信用できるかって話だ。下手すりゃ蜂の巣だろうからな。いまこの艦の進路は、お前の発言に左右されてる。俺が言えた口じゃないが、飛び入りの外様(とざま)に好き勝手されるのはどうかと思ってね」

 ジックは横目で斜めうしろのレジーナを睨み、続ける。

「ヴァイス・リッターといえば、知られているのはせいぜい月を治めてるってことくらいのはずだ。俺もアルマのことで少し調べたことがある。なにかを研究してる組織ってことだけで、やつらの規模もその目的も、特にわかりはしなかった」

 そのとおり、白銀機関の実態は謎に包まれている。

 構成する人員の詳細、活動の資金を提供しているであろうスポンサーの存在、果てはその活動目的まで。彼らがいったいなにを研究し、なんのために組織としてあり続けるのか。徹底した情報統制は、連合やレジデンスといった世界規模の組織ですら、その全容を把握できないほどであった。

 しかし、繰り返すが、彼らは国ではない。月を本拠地とした、どの陣営にも与さない独立研究機関である。そんな彼らが圧倒的な技術力と軍事力をもって地球各地を占領し、基地を築いて他者の干渉を遠ざけているというのだから、ますます謎は深まるばかりだ。

 ごく普通の一般人が知り得る情報といえばこの程度が関の山。ましてや、地球にある基地の実情など知れたものではない。もし知っているとすれば、それはすべからく関係者と見るのが道理であろう。

 その場にいる全員の注目がレジーナに集中する。しかし、当の彼女は態度を変えることなく、

「それは知ってるさ。あと数か月もすれば、そこで働いてたんだから」

 とあっさり、けれども不快そうに言い放った。

「働くって……ヴィクトリア・フォールズで?」

 神楽夜が訊くと、

「ヴァイス・リッターで、だ」

 レジーナはあけすけに答えた。素性を明かしたわけではないとはいえ、すでに知れたも同然であるからだろう。最初の時のように隠そうとする様子は見られなかった。

 そのさまを見てジックは「どうりで」と嘆息まじりに首を正面に戻す。

「それで? 次はなにを言えばいい?」

 背にかけられたレジーナの言葉に、

「いいや。訊いた俺が馬鹿だったよ」

 とジックは帽子を再び目深に被り直し、静かになった。いくら問いを重ね、答えが返ろうとも、彼女の証言を裏づけるものはなにひとつないと気づいたからである。男は、さきほどの険悪な空気を引きずった挙句の、八つ当たりじみた物言いを密かに反省した。

 そこに追い打ちをかけるかのごとく、

「だろうな。ここで語ることに真実なんてない。それを知るには見るしかないんだ。自分のその目でな」

 とレジーナはあえて言葉にするや神楽夜を見据えた。

 ――所詮、連合の言うことだってことさ。

 レジーナは一貫している。はなから真実などはない。己が目にした事実のみが、その者にとっての真実である。他者の話を信じるのは、確たる証拠が示された時のみ。それが、レジーナの信条とするところだ。

(信じてみるか)

 彼女の澄んだ瞳に神楽夜は改めて決意を固める。ジックが抱く疑念もわかるが、たとえ彼女に乗せられていたとしても、行くことで見えるものもあるはずだ。

「わかった。ヴィクトリア・フォールズへ行こう。――シーカー!」

 艦を出すべく、神楽夜は操縦席に座る彼へと首を振り向けた。シーカーは返事もせずに操縦桿横にある画面を食い入るようにして見ている。

 まだ機嫌が悪いのか、と神楽夜がさらに声をかけようとした矢先のことだった。

「連合だ!」

 シーカーが吃驚(きっきょう)に声を荒げて振り返った。

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