第八話「冷々たる別離」⑭
レジーナが言う二十年前とは、プラハに黄金の繭が現れた時期と重なる。繭を倒し、生き残ったのが威武灯弥だと、神楽夜はプラハの湖を訪れた時に聞いている。それだけを並べるなら、養父は英雄として喝采を浴びたはずである。
なにか知らない事実があるのか。疑念渦巻く神楽夜に答えはすぐもたらされた。
「全滅させたからさ。繭の討伐にあたった連合軍すべてをな」
レジーナは変わらない態度で言った。
「全滅って……」
どうして。神楽夜がそれを口にする前に、
「繭の力を独占しようとした。連合の見解ではそうなってる」
とレジーナは続けた。
「いいや。連合の見解もなにも、それが事実だ」
そう横槍を入れて、シーカーは胸ポケットからシガレットを取り出し、火を点ける。オイルライターの開閉する音がして、甘ったるい香りがブリッジに漂った。それに、
「おい」
と寝ていたはずのジックが低い声を出して、非難がましく睨んだ。隣にはアルマがいる。けれどもシーカーは詫びることなく、ブリッジ内の空調を強めにするだけで、勢いよく煙を吐くものだから、
「お前!」
ジックはカッとなって席を立ちあがった。そのまま胸倉を掴むかに思われた瞬間、
「消して、シーカー」
と神楽夜の毅然とした声が飛び、場が静まり返った。
シーカーはバックミラーを介して神楽夜に品定めするような目を向ける。受け立つ神楽夜は一遍も動じることなく見返した。
ふたりはしばし睨み合ったが、やがてシーカーはやれやれと首を振り、右手を少し掲げると、まだ半分以上残っているシガレットを手のひらに包み込んで握り潰した。
「勘違いしないでくれよ? 俺のボスはあんたじゃない。そしてこの艦もあんたのもんじゃない。俺にしてみれば、ここにいる連中はみんな、格納庫にある荷物と同じだ。そこで吠えてるガンマン気取りも、アービターじゃなきゃとっくに海に叩き込んでる」
振り返ることなくシーカーは言い、操縦桿の脇にある備えつけの吸い殻入れに右手を払った。
「ありがとう、シーカーさん」
礼を言うアルマに、
(なにがだ。白々しい)
とシーカーは湧き上がる苛立ちを秘めて、なにも答えない。
怒りの矛を収めたジックが席に腰を落ち着けるのを見届けて、神楽夜はレジーナに問い直した。
「それで、本当はどうなの?」
――連合の見解ではそうなってる。
レジーナの言い方には、まるで別の見方があるかのようだった。
「本当もなにもない。そんなのは、当時そこにいたやつにしかわからないだろう。ただ、私が知っているトウヤ・イヴは少なくとも、誰よりも繭を憎んでいた」
神楽夜は、鬼気迫る形相で家に帰ってきた養父の顔を思い出した。麟寺らの話から察するに、あれは日本海に現れた青い繭と戦ったあとに違いない。目についたそばから殺しそうな気迫は、レジーナの言う憎しみがよく表れていた。
「所詮、連合の言うことだってことさ」
それきり、レジーナは窓の外へ視線をやった。
彼女の言うとおり、真実を知るには養父に訊くほかないわけであるが、肝心の居場所がわからねばそれも叶わぬこと。神楽夜は脱線した話を戻そうと、レジーナに問いを重ねた。
「養父さんが月にいるかもっていうのは、どうして?」
対して、レジーナの答えは答えになっていなかった。
「……あの繭は、いったいなんなんだろうな」
こちらを向くことなく、腕を組んだまま独り言のように言う彼女に、神楽夜は訝しげな顔になった。
「なんの話?」
「やつらなら知ってるんじゃないかって」
「やつら?」
訊き返す神楽夜に、
「ヴァイス・リッター」
と、レジーナはあたかも確信があるかのような顔を向けた。
その名を聞くのは二度目になる。マンションでレジーナの父が話に持ち出していた。しかし、神楽夜はそれの意味するところを知らない。
「ヴァイス・リッターって」
解せない面持ちでいる神楽夜にレジーナは驚きに満ちた目を向けた。
「お前たち日本が一番仲よくしてるんじゃないのか? あの月の連中と」
月の連中と聞いて、神楽夜はようやく合点がいった。
「ああ、白銀機関」
つまりレジーナは、灯弥が繭の正体を知るかもしれない白銀機関を探るため、本拠地である月に向かったのではないか、と言っている。




